『セス運送会社の繁盛期』
社長が消えた。
ベルサさんは呆れたように溜息を吐いていた。
「ナオキらしいよな。私たちにできるのは、言われたことをやるだけ。一本立ちしろって話さ」
そう言われて、ようやく頭が働いてきた。
社長はよく自分がどこかに行ってしまうかもしれないから、と言っていたが、今思うと社長は自分の未来を予想していたのかもしれない。
僕らはできることをやるだけ。
北極大陸にはエルフの里から定期的に交易品が来ることになっているが、天候や魔物の出現によって大幅に遅れることがあるらしい。天候に関してはどうしようもないのだが、魔物に関しては用心棒代わりの強い冒険者がいれば対処可能だという。
「じゃあ、僕が用心棒代わりになって魔物を駆除しますよ」
エルフの交易船が来た時に提案してみた。社長が作った音爆弾があれば、海の魔物はだいたい駆除できる。
「コムロカンパニーさんなら、安心だ。頼むよ」
交易船のエルフの船長に許可を貰い、船に乗せてもらうことに。
北極大陸付近は強風と高波に揉まれていたが、離れれば離れるほど風も波も穏やかになっていった。
「潮風が気持ちいい」
少年時代から船に乗っていた僕は、船の上が一番落ち着くようだ。北極大陸とエルフの里の航路には大型のクジラの魔物やクラーケンのような魔物もいたが、問題なく駆除できた。一応、魔物学者のベルサさんに連絡してみたが、今は違う研究をしているらしく、肉や内臓はアイテム袋で保存するよう言われた。
夏から秋にかけて、エルフの交易船で用心棒をしていたが、冬が近くなれば北極大陸周辺は凍ってしまう。
「冬はどうするつもりだ?」
晩秋、交易船の船長に聞かれた。
「どうしましょうかね? まだ、予定は決めてません」
清掃・駆除業は続けるとして、他に自分でなにをするか。なるべくなら海や船に携わる仕事が良いな、と思っていた。
「だったら東へ行ってみないか? 精霊使いたちが、魔法国エディバラまで航路を開拓しているらしくてな。協力してやってくれねぇか?」
「わかりました」
言われるがまま、僕は東の砂漠で植樹している精霊使いたちのもとへと向かった。
「ああっ! コムロカンパニーの! 協力してくれるのかい?」
「これなら行けるかもしれないね!」
精霊使いたちには歓迎された。
しかし、これまで東の大陸と交易をしてこなかったエルフの里には幽霊船のようなボロ船しかない。造船しているというが、古い技術しかなく作業はほとんど進んでいないとのこと。
「近海は濃霧が発生するし、やっぱりウェイストランドの船に乗せてもらうしかないかな」
エルフの里の南にはウェイストランドというダークエルフの国があり、そこからなら南の群島を経由して東の大陸まで行ける。
「どちらにせよ船が必要ですよね。とりあえず群島の方まで行ってみますか」
もしかしたら、エルフの里まで来たいという交易船もあるかもしれない。
空飛ぶ箒で移動していると、二隻の船が見えた。片方の船から、火の玉が放たれている。商船が海賊船に襲われているようだ。
商船には冒険者たちが護衛のために乗っているようだが、まるで役に立っていない。逃げ回って、商人に「金と商品を渡してしまえ」と迫っている。命あっての物種だが、これでは海賊の手先と思われても仕方がないんじゃないか。
とりあえず、商船で暴れている海賊たちを捕まえて、海賊船の方に放り投げる。叫び声とともに、海賊が積み重なっていった。
「お疲れ様です。どうします?」
一通り、海賊たちを気絶させてから商船にいる商人に聞いた。
「どうしますって……どうもありがとうございます」
「いや、まだ終わってませんけど、海賊を近くの町に連れて行かないと……」
そう言ったが、商船の商人は役に立たない冒険者たちから、
「早くここから離れましょう。海賊船が沈むとこちらも巻き添えに」
などと言われ、帆を張って去っていった。
残ったのは海賊船と死にかけの海賊たちだけだ。
もしこの海賊たちを近くの町まで連れて行って衛兵に引き渡したところで、絞首刑になるだけだ。
海賊船は持っていった僕のものになるのだろうか。
「くそっ、船長、これからどうするんだ?」
ボロ雑巾のようになった海賊の一人が僕に話しかけてきた。
「船長? 僕が?」
「ああ、海賊の正義は戦いで決まる。お前さんは俺たちを全員倒したからな。今からお前さんがこの船の船長だ」
ただ海賊を倒しただけで船の所有権が僕になるのか。
「俺たちは国もなければ、法もない。無法者の集まりだ。ルールがあるなら決めてくれ。それも含めて、いずれ船の中で選挙が行われるからな」
「そうか」
僕一人でも船を動かせるが、人がいたほうが楽に動かせる。しかも船が交易船になるなら、エルフたちも助かるだろう。
海賊か。僕は、もともと船荒らしから社長に拾ってもらった。
「よし、じゃあ、まずは全員回復薬で傷を治して、僕と話をしよう。あまりにバカな奴やトラブルを起こしそうな奴は次の港で船を下ろす。こんな感じでいいかな?」
俺に質問をしてきた海賊は、きょとんという顔をしていたが、目の前に回復薬を並べると、仲間の傷を治していた。
全員甲板の上に並ばせ、一人ずつ面接。三十四名の海賊がいて、そのうち三人が操舵スキルを持っていた。レベルやスキルに関わらず、生い立ちや人柄で選び、トラブルを起こしそうな三人が船を下りた。海賊旗を下げて、商船の旗を掲げる。
「僕が船長になったからには、これから海賊は止めて交易船にします。だから皆さんは今から海賊から船員です。給料も休みもしっかり与えるので、なにか不満があれば言ってください」
全員を集めて宣言すると、「肉は食えるのか?」「ワインは?」「陸に上がった時は?」など質問が飛んできた。
「基本的に自由だけど、飯も酒も節度を守ってほしいです。十分な給料は与えるつもりだけど、もし陸の者に迷惑をかけるような奴がいたら、海に放り投げます。それから船と服は清潔に。これは全員が守るように」
細かいことは算術スキルを持っている者と話し合い決めたが、海賊をやっていた頃よりも取り分はいいはずだ。実際、会計に任命した船員が、給料を告げるとどよめきが起こった。
「金貨一枚ってそんな大金持ったことねぇぞ!」
「船長が一番報酬を取っていくわけではないのか?」
船員の一人から質問された。
「ああ、僕は他にも仕事があるからね。売上の五%を貰うよ」
五%と言ってもわかる者は、二人くらいだ。まぁ、海賊行為で得たお金の半分を持っていっていた前の船長よりは、いいだろう。
「あとは仕事を取ってくるだけか」
仕事は、コムロカンパニーの名を出せば、すぐに依頼が来た。
初めは群島からウェイストランドに向けて、ピクルスなどの保存食や小麦、酒類の輸送依頼だった。船で五日くらいの距離だ。社長の魔法陣帳を見て、帆に風魔法の魔法陣を描けば、もっと速くなるだろう。
二日目にクラーケンという巨大イカの魔物が出たが、剣でバッサリ真っ二つにした。船員たちは驚きのあまり、僕をどこかの剣豪に育てられた男だと思ったらしい。アイルさんに修行をつけてもらったので嘘ではないが、レベル100を超えているのだから当たり前だ。
三日目、ウェイストランドに近づくと濃霧の中で海賊船に襲われた。前日に僕がクラーケンを倒したせいで、船員たちも興奮してあっさり海賊たちを撃退。海賊から交易船に誘ってみると、ほとんどがついてくるという。
再び、面接をして船員を選別した。船が二隻になったので、商人ギルドで運送会社として申請を出した。
「これでセスさんは船団の団長ですな」
航海士が声をかけてきた。
「コムロカンパニーの下部組織だけどね」
海賊から船員への引き抜きは、襲われるたびに続けた。
二年ほどで船の数は五〇隻を超え、大船団となっていた。すべての船に通信袋が置かれ、自由に動ける僕たちに運送会社として、並ぶ者はいなかった。
「社長の魔法陣帳のおかげだ」




