『アイルは営業に余念がない』
ナオキが北極大陸のダンジョンから消えて、副社長だった私がコムロカンパニーの看板を守ることになった。目の前で人が消える瞬間に立ち会うと、結構ショックだ。しかもずっと一緒に旅してきたナオキが消えたので、正直、半年くらい使い物にならなかったと思う。ベルサには迷惑をかけた。
「ナオキが死ぬわけないだろ? 殺したって死なないよ。あいつは」
ベルサはあっさり言ってのけていたが、レベルもスキルもないあいつが生きていけるのか、疑わしかった。ただ、それまでの旅を振り返ってみると、死ぬイメージを持てないというのもわかる気がする。
清掃・駆除業を再開したのは、他の社員たちがそれぞれ自分のやりたいことをやり始めたからだ。セスは海に出たいと言い、メルモは服飾の勉強がしたいと北極大陸を出た。それがナオキの意思でもある。あいつは何でも先回りしていたから、社員たちには『手に職をつけろ』と言っていた。ベルサは北極大陸のポーラー族たちと魔物の研究に勤しんでいて、やりたいことを勝手にやっている。ナオキがいてもいなかろうが、子供の頃から変わらない。
私だけ、なにもなかった。
「仕事するか」
北極大陸の地図作りをしている間にひょっこりナオキが帰ってこないかな、と思っていたが、もし、本当にひょっこり帰ってきた時、今の自分の状態をナオキが見たら、信じられないくらいバカにされるな、と思って、ようやく動き始めたのだ。ナオキの背中を最も長い時間追いかけてきたのは私だ。あいつの性格はよくわかる。仕事してないなんて言ったら、鼻で笑われる。
私は北極大陸を出て、依頼をこなしながら世界各国、なるべくいろんな国を回ることにした。ナオキが消えた時、地面に描かれていた魔法陣が空間魔法のものだったとセスがナオキの魔法陣帳を見ながら言っていた。もしかしたら、どこかに飛ばされているかもしれない。
手始めに私は故郷であるアリスフェイ王国に向かった。町の広場で通行人に果物を放り投げさせ、それを細切れにしたりしていると、清掃・駆除業の宣伝になる。高ランクの冒険者の依頼を適当に請けて、注目を集めるようなこともした。
正直、レベルが二〇〇を超えている私からすれば、強いと言われている魔物なんて、赤子の手をひねるようなものだ。そんなことをしてもコムロカンパニーの社員たちから評価されるようなことはない。強い魔物の死体を引きずって、町人たちに見せつけて清掃・駆除の依頼を募集。すぐに清掃の依頼も駆除の依頼も大量に寄せられた。
あとは、徹底的に依頼をこなしていくだけ。
依頼をしている間は、なにも考えなくていいので、気分がいい。冒険者ギルドの職員からは、
「そんなにお金を貯めて何に使うんですか?」
と、聞かれた。
別にお金が目的ではない。仕事が目的なのだ。
ただ、お金が貯まると、宿に盗賊が侵入したり、街道を歩いているだけでも野盗に襲われたりする。そういう奴らを片っ端からぶっ飛ばしていく。地域の治安が良くなれば、商人や衛兵からも感謝される。
「いえいえ、コムロカンパニーをよろしくおねがいします」
私はそういうだけ。
そんなことばかりしていると、妙な奴から目をつけられてしまった。貴族出身の冒険者だ。
「そのほう、アグニスタ家のご令嬢と聞いたが、本当か?」
「んあ? そうだと言ったら、依頼くれるのか?」
「いや、冒険者に身をやつし、奮闘していると聞いてな」
「なんの用? 親父に言われて来たなら、斬るけど?」
「そうではない! 私はプラナタリア家の者だ。訳あって冒険者ギルドに登録しているんだ」
両手を振って冒険者は否定し、自分の家柄を明かした。
「冒険者ギルドの教官も務めたことがあるという噂を聞いた。よければ、パーティを組んでいただけないだろうか?」
「いただけないだろうな。こちらになんの利益もないだろ?」
「金か? 金なら少し融通が利くのだが……」
「いや、金なら私も持ってる。仕事と評判を守らないといけないからね」
「評判? それならうちの家系は得意だ。名を広めればいいのだろう?」
「私の名前じゃなくて、会社の名前だぞ。しかもいい評判だ」
「それなら貴族を使わない手はない。我らは噂話が好きだから、一気に広まる。それでなにを売ってる会社なんだ?」
「清掃・駆除業だ」
「は?」
「だから、家の掃除をしたり、魔物を駆除する会社だよ」
「そういうサービスを売ってるということか?」
「そうだ」
「わかった。宣伝はする。実家の清掃を頼んでもいい。だから、どうか俺の教官として鍛えてくれないだろうか?」
「そういうことなら、いいよ」
私はその貴族出身の冒険者を連れて、森へと向かった。適当に鍛えてレベルを上げてやればいいだろう。そう思ってたんだけど……。
「やる気あるのか! 魔物だろうが山賊だろうが討ち滅ぼせ! 自分が通る場所が道となると思えば、小さな魔物でも見逃さない! どんな魔物だろうと自分の経験値の糧となる! サボるんじゃない!」
久しぶりに弱い冒険者を鍛えるということで力が入ってしまった。どうせ、装備してても動きが鈍るだけの厚手の鎧や、持ってるだけで疲れるような盾は捨てさせた。
「冒険者になった時点で、守るものなどないことを知ることだ。たった一人で魔物と対峙しなくてはいけない。生き残ることに家柄は関係ないからな。より狡猾に、どんな方法を使っても生き残れ」
全身、回復薬を塗りまくった貴族の冒険者に言った。焚き火の側で寝ていた彼は、泣きながら頷いていた。
レベルが上がれば、自然と動きも良くなり、生き残りやすくなる。冒険者のランクもCまで上がり、喜んでいた。
「これもひとえにアイルさんのお陰です!」
父兄まで来てお礼を言われた。
こちらも貴族の屋敷から仕事を請けるようになって、会社の評判も良くなった。なにより、回復薬の売上が格段に伸びた。
さらに、貴族同士は横のつながりが太いので、自分の子供を鍛えたいという貴族たちから依頼が続々と寄せられた。その度に仕事も請け負い、○にコと描かれたコムロカンパニーの回復薬も売れ続けた。
「会社の評判が良くなるならいいか」
他にも貴族出身の冒険者たちが森のボスを倒しに行くと言うので、後ろからついていった。もちろん怪我をしたら回復薬を売りつけ、会社の名前を拡散していった。
嫌いだった貴族の社交界にも、コムロカンパニーとして出席した。うちの厳しい父親もいたが、コムロカンパニーの副社長として、回復薬やベタベタ罠を売りつけた。
「こんなものが役に立つのか?」
「将軍は、こんなものを使っている会社の社長に一瞬でやられたわけですよね?」
父親は「ぐぬぬ……」と言いながら、すべて買い占めていた。
親だろうがなんだろうが、コムロカンパニーの看板を守るために使い倒してやろう。
そう決意してから、ナオキのことはあまり考えなくなった。