『空に住む二人の慎ましやかな生活』
「行ってしまったでござるな」
トキオリがシャルロッテに聞こえるように呟いた。二人は島を出たナオキを見送ってもしばらく砂浜で海を眺めていた。
「ん? ああ、ナオキなら大丈夫さ。また、二人暮らしに戻っちまったね」
「それもまた、人生でござる」
「そうかもしれないね。難儀な人生だ」
二人ともナオキがいなくなって寂しいが、同時に再び二人きりになって嬉しくもある。
「さ、バレイモを育てないと。畑仕事はこれまで以上に大事なんだから、しっかり働かなくちゃね」
「そうでござるな」
畑にはちゃんと雑草も生えるし、水をやらなければ育った苗は枯れる。今までは時がループしていたため、あまり気にしていなかったが、作物も病気になることだってある。
「ちゃんと手をかけないとね。失敗しても、もう元には戻らないんだから」
「わかっているでござる」
森へ向かい、魔物を狩る。この島だけで暮らしていくため、そんなにたくさんは獲れない。二人で話し合い、多産の野ネズミの魔物やフィールドボアを集落の敷地内で飼うことにした。
「冬だって来るんだから、もっと保存食もあったほうがいいね」
「そうでござるな。余った肉を燻製にしてみるでござる」
ナオキが旅立つ時に作った保存食を冬のために用意する。未来のために何かをするということが、二人にとっては新鮮で特別なことをしている気がした。
「はぁっ! ナオキ殿に持たせた保存食は無事でござるかな?」
燻製器を作りながらトキオリが気がついた。
「ああ、ナオキは外の世界と数年程度の差があるだけだけど、確かにこの島にあるものはすべて千年経っているんだものね」
二人とも同じように後頭部を掻いた。長年一緒にいるので癖も似てきてしまう。
「まぁ、ナオキも子どもじゃないんだ。海で腹が減ったら釣りくらいはするだろうさ」
「そうでござるな」
長年生きていると、いい意味で適当になってくる。
「トキオリ、薪を割ったら風呂に入っちまいなよ」
夕闇が迫る中、シャルロッテが斧を手に薪を割っていたトキオリに言った。
「シャルロッテ、そなたが先に入って構わんでござるよ」
「私は後に入るから、先に入んな」
「まだ、薪割りも終わっていないから拙者は後でいいでござる。そなたは女子でござらんか。先にどうぞ」
「だからぁ、私は後でいいって言ってるじゃないか! わからない奴だね!」
「んん……? なにをそんなに怒っているのでござる? 風呂ぐらいのことで」
「いいかい! 千年経ってようやく私たちの時も動き始めたんだ。身体だってちゃんとループせずに働き始めたんだよ!」
「そうでござるな。それは拙者にもわかっておるのでござる」
全くわかっていないトキオリに、シャルロッテは苛立ち始めた。
「あんたってやつは、いつまで経ってもバカなままだ」
「なにを言うでござるか! 拙者がシャルロッテの病を治したのでござるぞ!」
トキオリも恩知らずなシャルロッテに怒り始めた。
「やっぱりナオキがいたほうが良かった! あいつはすぐに感づく奴だったのに、トキオリはなんにもわかっちゃいないんだ」
「わかっておらんのはシャルロッテでござる! 拙者とナオキがどれだけ手を尽くしてそなたを助けたと思っているのでござるか!」
「これだから、あんたといると喧嘩になるんだ! またナオキが来る前に戻っちまったね! 私は出ていくよ!」
「んん、待つでござる! ナオキ殿が去って早々に別居していては死んだ後に合わす顔がないではないか。少しお互い大人になるのでござる」
「大人の女がわかっていないトキオリに言われたくないよ」
「ナオキ殿が『二人が喧嘩になりそうだったら』と置いていってくれた物があったはずでござる」
二人は母屋となっている集落の冒険者ギルドに入った。カウンターの下にはナオキがもしもの時のためにと、置いていった木箱がある。中を開けると、二人用のボードゲームが説明書とともにいくつか入っていた。リバーシや将棋、チェス、バックギャモンなど、ナオキが前の世界のゲームを再現して置いていったものだ。
「『喧嘩になったらこれで決着を』か。相変わらず、気が利いているね」
シャルロッテは説明書の上部に書かれた文章を読んだ。
「どれで決着をつけるでござるか?」
「日が暮れちまうから、簡単なのがいいね」
結局、リバーシをすることになり、結果はシャルロッテの勝ち。
「さぁ、負けたんだから、こちらの言うことを聞いてもらうよ!」
「勝負でござる。仕方ない」
負けたトキオリはぐったりとうなだれている。
「こっちは千年ぶりに月のものが来て、お腹が痛いんだ。早く風呂に入っちまいな!」
「それを先に……ん~」
「ナオキなら、すぐに気がついていたね」
「そうでござるな。面目ござらん」
露天風呂から見える夜空には、丸い満月が昇っていた。




