『茶の味』ベルベ
アリスポートの魔法学院、植物学の教師であるベルベは笑うしかなかった。
目の前にいるアグニスタ家の当主が激昂しすぎて何を言っているかわからなかったからだ。
「まぁ、そう怒らなくてもだいたいの事情は察している。少し落ち着いてお茶でも飲んだらどうだ?」
お互い貴族同士でもあり旧知の仲である。将軍であるアグニスタ家の当主が顔を真っ赤にして怒っている時は、王でも近寄らない。怒りが通り過ぎるのを待つしかないのだ。
部屋の窓が震えるほど叫んでいたアグニスタは声がかすれ始め、ようやくベルベが用意したお茶に口をつけ、丸椅子に座った。
「はぁ、とにかく逃げられた……くそっ」
アグニスタは使用人もつけずに、たった一人軍服のまま魔法学院に乗り込んできた。
「ベルベ、お前の娘も拐かされたのだろう?」
「いや、ベルサも将軍の娘のアイルも自らあの男の会社で働いているんだよ」
ベルベはなくなったお茶を注ぎ足してやりながら答えた。
「解せん。あの会社はなにを目的にしている? 金か栄誉か。わざわざみすぼらしい格好をしている理由はあるのか? 同じ親としてなにか知らんか?」
「そんなことは将軍として現状を分析すればわかることだろう?」
廃村での負け戦については、アリスポート中に広まっていることだ。軍の精鋭やハイランクの冒険者たちがコムロカンパニーに手も足も出なかった。
「あれは模擬戦でしかない。しかも将軍である俺を開始直後に直接攻撃してきたんだ。あの社長は礼儀を知らんようだな。戦の侘び寂びもあったものではない」
「我々の常識では計れない相手ということだろう?」
「だから解せんと言っているのだ! わからぬやつだなぁ」
アグニスタは熱いお茶をぐいっと飲み干すと、黙ってベルベにコップを差し出した。ベルベは「味わうということを知らんのか?」と思いながら、コップにお茶を注いだ。
コンコン。
部屋にノックの音が聞こえてきた。
「悪いな、ベルベは来客中だ。あとにしろ!」
虫の居所がわるいアグニスタはドアの向こうにそう返したが、ベルベは「どうぞ」と言ってドアを開けて招き入れた。アグニスタは鼻を鳴らして面白くなさそうな顔をした。
「お久しぶりです! ドヴァン、傭兵の国より、ただいま帰還いたしました!」
「同じく、セーラ、火の国より帰りました!」
獣人の二人がドアの前に立っていた。
「ご苦労さん。戦争は終結したということだけど、本当のようだね?」
「はい、傭兵の国はかろうじて生き残っています」
「火の国は新しいファイヤーワーカーズのギルド長が選ばれ、体制が変わりました」
ベルベの問いにドヴァンとセーラが答えた。
「まさか火の勇者を追放したのか!?」
アグニスタがセーラに聞いた。
「火の勇者は、選挙後に行方不明です」
アグニスタはセーラの言葉を聞き、「解せん」と唸った。
「カリスマ性もあり、レベルも他国の王に比べれば申し分ないはずだぞ? なぜだ? 誰がギルド長になった?」
「紙問屋の主人です」
「はぁ!? なんだそれは? 解せん、解せんぞ!」
セーラの答えを聞き、アグニスタの顔は再び真っ赤になった。
「火の国の商人たちを変えたのも、傭兵の国を建て直したのもコムロカンパニーです。自分は少しの間だけ彼らと関わっていましたが、レベルや知識などとはまた別の能力を持っています」
ドヴァンがアグニスタに向かって言った。
「なんだというのだ? 傭兵の国の子よ。答えてみよ」
「人を巻き込む力じゃないか、と考えています」
「私も、巻き込まれた一人です」
ドヴァンとセーラの答えにアグニスタは「むぅ」と唸り、考え込んだ。
「我々の道理に合わない。我々とは物差しが違う。娘たちがついていくわけだ。負け戦の原因としては十分じゃないか?」
ベルベがそう言うとアグニスタは眉間にシワを寄せた。
「次は負けん。おい、他に情報はないのか?」
アグニスタはドヴァンとセーラに聞いた。
「地峡を渡り、南西の森に魔族の国ができました。その国の王はコムロカンパニーに二年も在籍していたとか」
「それからコムロカンパニーの社長はクーベニアの出身ですよ」
それを聞いたアグニスタはお茶を飲み干し、「調べるぞ!」と言って、部屋から出ていった。
「無事でなによりだったな」
ベルベはドヴァンたちを労い、お茶を用意した。
「美味しいです」
「香りが濃い……」
ドヴァンとセーラはお茶を味わった。
「春の味だ。将軍のお気に入りでね」




