『北を目指して……』火の勇者
火の精霊であるアグニと二人きりの空の旅は、想像をしていたよりも過酷で、凍え死にそうなほど冷たい風を受けながら進むことになった。
羅針盤は出発直後から狂いっぱなし。それでもアグニが示す方向に向かってどうにか飛び続けている。
風に流されながらも北を目指し飛び続けていると、海の彼方にうっすら白いものが見えた。そこに向かっていくと、流氷があった。
春だというのに未だ溶けずに残っていたようだ。
空から流氷を見ていると時々黒い点が見える。ミロンガという魔物だとアグニが教えてくれた。アグニはなんでも知っている。
「生きるために食べなさい」
アグニは俺に言った。砂漠を出てからというものあまり食欲がない。あまり食料も持ってなかったため、最後に食事をしたのは二日前だ。
今ある食料はバレイモが一袋と、腐りかけのスピナッチの束。少しばかりの燻製肉だけ。数日中にはなくなるだろう。
新型の飛空船の高度を下げ、徐々に流氷に近づいた。ミロンガの群れは威嚇するようにこちらに向かってヴオーッと吠えていた。
腹が減って感覚が研ぎ澄まされていたせいだろうか、火魔法の刃で一閃。ミロンガの首を刎ね飛ばした。
それを見た他のミロンガたちは一斉に流氷に空いた隙間に向かって逃げ出し、海へと潜ってしまった。
飛空船を流氷の上に停泊させ、ミロンガの肉を回収する。ミロンガの体は大きく、人族の大人三人分くらいはありそうだ。飛空船が汚れるのが嫌なので、流氷の上でミロンガを解体することに。
力強くミロンガの喉元からナイフを入れ、一気に尻尾の方まで裂いていく。先程まで生きていたミロンガの体内からは湯気が立ち上っている。俺の息も白い。
内臓も血も食べられるものは残さず持っていく。それが仕留めた魔物に対する礼儀だとアグニは言っていた。
時間が経つにつれ、指先は冷え動きにくくなり、解体している肉は固くなる。
それでもどうにか一人で解体した。魔法を使えばなんてことないのだが、空腹でいつ魔力切れを起こすかわからないので、なるべく魔力は使わないようにした。
骨と皮だけを残し、飛空船に戻る。
すでに日は落ちかけていたので、ひとまず流氷の上で一夜を明かすことに。砂漠を出てから、ずっと空を飛びっぱなしで、動力源となっているアグニを休憩させたかった。
飛空船の調理場で、じっくりとミロンガの肉を焼いていると、探知スキルにより魔物が近づいてくるのが見えた。
襲われて飛空船が壊れでもしたら一巻の終わり。
様子を見に甲板に出てみると、真っ白い毛のキツネの魔物が、解体したミロンガの骨にむしゃぶりついているところだった。しばらく見ていると、その強力な顎でバリボリと骨を噛み砕き始めた。
こちらを襲ってくる気配はない。肉も十分に手に入ったのでこちらも襲う気はない。
ただ、魔物が魔物の骨を食べているところを見続けただけなのに、なぜか食欲が湧いてきた。
焼いていたミロンガの肉に塩を振ってかぶりつくと、獣臭い匂いが口中に広がった。それでも二日食べてなかったからか、もう一口もう一口と食べてしまう。
アグニに「食べないか?」と聞いてみたが、
「私は燃えるもののほうが好きなの。あのスノウフォックスにお裾分けしたら?」
と返してきた。
焼いたミロンガの肉を一切れ、スノウフォックスという白いキツネの魔物の前に放り投げた。スノウフォックスは匂いを嗅いでから口に入れると、ものの数秒でペロリと平らげてしまった。まだないのかと卑しい目で見てきたが、あとどれくらいで北極大陸にたどり着くかもわからない。しかも北極大陸にたどり着いたところで、人が住める場所があるかどうかもわからないので、これ以上は渡せなかった。
「すまないな。これ以上はあげられない」
俺がそう言うと、スノウフォックスはお礼のつもりか「コーン」と空に向かって鳴いた。
その鳴き声がきっかけだったのか、それまで俺が空を見ていなかっただけなのか、暗い空にベールのような緑色の炎が輝き揺れていた。
「これは……アグニ! アグニ!」
アグニを呼ぶと、小さな炎になったアグニは飛空船の中から出てきて空を見上げた。
「磁気嵐。それで方向がわからなかったのね。キレイね」
そう言うとアグニは俺の肩に乗っかった。
俺はアグニのぬくもりを感じながら、空を見上げていた。
翌朝、羅針盤が正常に戻っていた。