『あるギルド長の手記』
「ネイサン様はどうしてこの発明をわかってくれないんですか!?」
またしてもドワーフの魔道具屋であるアーリムとケンカをして、彼女は俺の部屋から出ていった。
このところずっと意見が合わない。『砂漠の大輪』という兵器について、彼女は自分で作っておいて「決して使用しないように」という。
確かに『砂漠の大輪』の威力は想像しにくく、どの程度の犠牲が出るかはわからない。だからこそ、戦争の抑止力になり得るんだ。それについては俺とスパイクマンで散々話し合った。
夜更けに森で焚き火を囲んで話し始め、そのまま朝を迎えたこともあった。
「ネイサン、俺もお前もいつの間にか一国を左右する存在になった。なぁ、俺たちは変わっちまったのかな?」
明け方、スパイクマンは俺に聞いてきた。
「なにも変わらねぇよ。俺たちはあの頃のまんまだ。この年になって、火焔太鼓を仕入れたあの日と同じように、旅人をそっと温めてくれる焚き火を囲んで、朝まで将来について語り明かしてるなんて思ってもみなかっただろ?」
俺がそう言うとスパイクマンは、「あの時はまさか自分が火の勇者になるなんて思ってもみなかったよ」と笑っていたな。
俺もあの火焔太鼓を手に入れた時、まさかこんな風に国を動かすなんて思っちゃいなかったよ。
あれは、俺たちが森で薬草を採ってどうにか日銭を稼いでいた頃だから、一〇代の前半くらいか。
どこかの爺さんから、古い火の精霊の像の中から金貨がザクザク出てきたって話を聞いた俺たちは薬草探しをほっぽりだして古道具屋を回り、掘り出し物を探していた。
スノウフィールドの町の古道具屋で火焔太鼓を見つけたお前はすぐに買うことを決めていたな。「金貨五枚でも買ったほうがいい」っていうお前を、俺は頭がおかしくなったんじゃないかと心配した。火の魔法陣の知識を持っていたお前にはお宝に見えたかもしれないが、俺には薄汚れたただの破れ太鼓にしか見えなかった。
それでも俺は、散々古道具屋の主人に「こんな役に立たないクソみたいなもん持っててもしょうがないよ。俺たちが砂漠のバカな商人たちに売りに行ってやるから、銀貨三枚で売ってくれ」なんて値切り交渉をして、どうにか手に入れた。
安く手に入れ、高く売る。きっと大昔、石槍で魔物を獲っていた時代から変わらない商売の基本だ。
火焔太鼓を手に入れた俺たちは森のなかで、二人だけの宴を開いたな。お前はすぐに修復して金貨五枚で売りに出した。そしたら買い手がアホみたいに集まっちまって、砂漠のキャラバンにいた商人たちが勝手にオークションにかけて結局金貨一三枚で売れたな。
全てはお前が少しだけ火の魔法陣の知識を持っていたからだ。
知識を持たない者から物を買い、知識を有効に使い何倍もの価値を付けてやるのが俺たちの仕事さ。なに一つ悪いことなんてしてない。ただ、銀貨三枚が金貨一三枚に化けただけ。
でも、火焔太鼓が売れた日の夜、買い取った商人の家で火事が起こった。火の手は広がり、砂漠のキャラバンの半分を焼いたな。
お前は「火はなにも悪くないのに、かわいそうだ」と涙を流した。
俺はお前が泣いた理由はよくわからなかったが、翌日、お前には火の精霊の加護が付き、火の勇者になった。
それからは、最新の情報や知識が勝手に俺たちに寄せられるようになった。
あとは適切な場所から買い取り、適切なタイミングで売るだけでよかった。知識のない者たちから物を買い取り、知識のある俺たちが価値をつけて売るだけ。
なんのカラクリもない。ずっと同じことの繰り返しだ。
明日、俺は魔法国・エディバラから本を借り受けに行く。
きっとエディバラの奴らは本をそのまま奪われて、町が『砂漠の大輪』で焼かれるなんて思ってもみないだろうな。
でも、本当にそうかな?
時々、全てを知っていて俺たちに物を売る奴っていなかったか?
あの火焔太鼓を売ってくれた古道具屋の主人は、俺たちに施しをするつもりで売ってくれたんじゃないか?
俺たちに金がないことも、自分が損をすることもわかっている賢い主人の眼を、俺たちは気づかないふりをしていなかったか?
エディバラの奴らがあの古道具屋の主人と同じ眼をしていたら、どうする?
もし、そうだったら俺は『砂漠の大輪』を使うことができるかどうかわからん。
その思いがずっと俺の胸の奥で疼いているんだ。お前にも身に覚えのある痛みだろう?
でも、だからといって、火の国の商人たちの期待を裏切ることなんてできない。
これ以上考えるのは止めよう。感情に捕らわれれば商人の仕事なんてできない。
俺たちはあの頃からなにも変わっちゃいないさ。変わったのは世界のほうだ。
そうだろ? スパイクマン。