『愛情のいらない料理』
セスとメルモは、会社の方針で強制的にサボらなければならなかった。
グレートプレーンズ南部の避難所では、二人が所属する会社・コムロカンパニーの社員以外、養魚池や畑のため、忙しそうに働いていた。
「うちの会社ってとことん変だよな」
「社長が変だからしょうがないんじゃない?」
メルモは自分の会社が変であることを受け入れてしまっている。
「で、メルモはなにをやってるの?」
セスは、底の深い大鍋を用意しているメルモに聞いた。
「セスも暇なんだから、料理対決でもしない?」
「無理だよ。僕が世界で一番美味しいと思ってるのはロイヤルロブスターの塩焼きだから、グレートプレーンズじゃ用意できない」
「そう。なら手伝って」
「なに作るの?」
「ドゥミグラス・シャンポリオンって料理。聞いたことない? 世界で一番時間がかかる料理なんだけど」
正直、セスはそんな名前の料理を知らなかったが、「聞いたことはある」と嘘をついた。ちょっとでもメルモに弱みを見せると、会社での序列が変わってしまうかもしれない。
同期で入った二人だが、メルモの方が仕事もできて力も強いと、セスは劣等感を抱いているのだ。
「どうせ時間を潰さないといけないんだから、作ろうかと思って」
「作ったことあるの?」
「作っているのを見たことはある。子供の頃、ポイズンスパイダーの毒で死にかけているときに、おばあちゃんが作ってくれたの。その後、おばあちゃんもポイズンスパイダーに噛まれて死にかけたんだけどね」
メルモの昔話は、ドクグモの魔物か、誰かの血が噴き出る話が多い。
「まぁ、そんなことは置いといて、小麦粉とバターを炒めてルーを作って! 私は野菜を切らないといけないんだから」
メルモはセスに言う。
「焦がしたらおしまいだからね。マウンテンフォックスの体毛くらい飴色になったら、一旦火からおろしてね」
指示を出され、結局セスは手伝うことになった。
野菜と魔物の肉を切り終え、鍋の中のルーを取り出し、切り終えた野菜と魔物の肉と骨を入れ、煮ていく。
「この料理に愛情はいらないからね! 無心でかき混ぜて、時々アクを取るだけでいいの」
セスは「そんな簡単に美味しくなるのかよ」という気持ちを押し殺し、鍋をかき回し始めた。
「『料理は愛情』ってよく言うけど、この料理は愛情を加えなくても、もともと美味しいの。愛情を加えたら食べた人は全員、料理人に惚れてしまうって言われているのよ。わかった?」
「はい」
そのまま、しばらく鍋をかき混ぜていると、セスの頭に疑問が浮かんだ。
「これっていつまで煮てればいいの?」
「七日七晩、煮続けるのよ」
「ええっ!?」
セスは驚いて、かき混ぜているお玉から手を離してしまった。
「手を離さない!」
「は、はい! でも、七日七晩、煮続けるなんて無理だよ」
「だから世界で一番時間がかかる料理なんでしょ。本来は七日経ったら、その後三日置いて麹菌を加えてから、また七日間煮続けるのを繰り返すっておばあちゃんは言ってたけど、誰もやり遂げた人はいないらしいよ」
メルモはアクを取りながら言った。
「じゃあ、誰も完成させたことはないってこと?」
「そう。ただ、完成させたら歴史に名を刻めるし、料理人として一生安泰だから、いつも世界のどこかで誰かが挑戦している料理なんだって」
「でも、一人じゃできないでしょ?」
「だから何人もの料理人が必要で、『人をつなぐ料理』とも言われているって……あぁっ! だからおばあちゃんは死にかけた私に作ったのかも。私を現世につなぎとめておこうと願いを込めて」
そう言ってメルモはセスと一緒に、鍋をかき混ぜ始めた。
ルーを少しずつ入れて、五時間ほど煮続けていると、突然、「あ! 果物忘れた!」と、メルモが叫んだ。
「果物が必要だったの?」
「そう」
「だったら、今から果汁を注ぎ足していけば?」
「料理が変わらない?」
「新しい料理の開発ってことでいいんじゃない? せっかくここまでやったんだから続けてみようよ」
「それもそうだね」
さらに果汁を加え、煮続けていると鍋から良い香りが立ち上ってきた。
「これ、もう絶対美味しいよ!」
セスが叫んだ。二人とも額から流れる汗を気にせず、溢れる唾液を飲み込むのに必死で、食欲以外の感情が出てこない。
「無心でかき混ぜて! 味見したら、負けよ!」
と、セスを止めていたメルモだったが、夕方には味見をしてしまい敗退。野菜と果汁の甘味が魔物の肉と骨から出た旨味と絡み合い、少量でも濃厚な味わいが口中に広がる。飲み込んだ後の口の中が寂しく、もう一口求めてしまう。結果、味見は食事に変わり、匂いに誘われて集まってきた人たちにも振る舞った。
ドゥミグラス・シャンポリオン風の煮物を貪るように食べていると、チオーネという王都から来た調査官が二人の前にやってきて、もじもじと恥ずかしそうに小声でなにか言った。
「なにか用ですか? 皿ならそこにありますから使ってください」
セスは積み重なった皿を指さした。
「いや、そうじゃなくて……社長さんにお礼を……」
「ああ、社長に。わかりました。言っておきます」
どうせまた、社長がなにかやらかしたのだろう、と二人は考えた。そういうときは、だいたいお礼を言われるか、文句を言われるかのどちらかで、なにがあったかは後で社長に聞くしかない。そもそも、社長のやることは規格外すぎて、やられた側の話を聞いても要領を得ないことが多いからだ。
「ヤバい! メルモ! 社長にもこの料理を持っていったほうが良いんじゃない?」
「確かに! こんな美味しい料理を黙って食べたなんて言ったら、後でなにされるかわからないもんね。あ! せっかくだからチオーネさんが持っていってくれませんか?」
メルモに声を掛けられ、「私が、ですか!」とチオーネは驚いた。
「お礼も、直接言ったほうがいいし。そうだ、そうしましょう。ちょっと待って下さいね。小さい鍋を用意しますから」
「社長さんはどこに?」
「モラレスの宿に篭っていると思います」
チオーネにドゥミグラス・シャンポリオン風の煮物を持たせ、送り出した。
「私たちより、チオーネさんが夕ご飯を持ってきてくれた方が社長も喜ぶだろうね」
「うん、社長は若いおネエさんが好きだからね。でも、『人をつなぐ料理』を持たせて大丈夫だったかな?」
「あ……」
二人は、『人をつなぐ』の意味を考えながら、夜空を見上げた。