『ジャングルに恋して』
グレートプレーンズの南にある崖を登ると、鬱蒼としたジャングルがある。
私はそこで三日間、魔物の血を採取しながら、強い魔物を探していた。魔物の血は同僚のベルサの実験のため必要なので、倒した魔物から頂戴している。
感覚を研ぎ澄ませて注意深くジャングルを進んでいるものの、ビキニアーマーでは擦り傷が絶えない。植物の葉は硬く、ヤスリのように私の肌を削っていく。
回復薬とともに魔物の脂を身体に塗り、なるべく滑りやすくしているが、その分、小さな虫の魔物が近づいてきてしまう。私の剣の間合いに入った時点で切り捨てているものの、量が多い。
ナオキ曰く、虫の魔物の中には強力な病気を感染させるものがいるらしいので、油断はできない。
ナオキといえば、あいつの存在によって、随分と私の人生は変えられてしまった。
強さを追い求めていないのに強く、現在はグレートプレーンズの南部開発の責任者という駆除業者とは思えないことをしている。
私が「ナオキは、なにをやりたいんだ?」と聞くと、「勇者駆除の延長線上にあったことだからしょうがないだろ」と返された。そもそも、神に依頼された「勇者駆除」だって、おかしい。敬虔な宗教家でもないのに、神や邪神と連絡なんて。実際に私は邪神を見たことがあるので、ナオキの言っていることは事実だと思えるが、他人から見れば頭のおかしいやつでしかない。
もともとアリスフェイの田舎に住んでいたギルド職員だったのに、こんなところまで来てしまった。
「それも、私が望んだことか……」
そう自分を納得させながら、強敵を探す。
正直、この国のコロシアムには私より強いやつはいなかった。グラディエーターたちは一振りで戦闘不能になり、魔物もこちらが睨んだだけで怯える始末。結局、出入り禁止となってしまった。
単純に腕力やレベルではないとわかっていながら、なにをどうすればナオキのような強さを手に入れられるのか、さっぱりわからない。
ジャングルでも大型のサルの魔物と戦ってみたが、向こうはスタミナがないのか、すぐに疲れてしまって相手にならなかった。こちらは体術スキルも剣術スキルもカンストさせているのだから当たり前なのかもしれないが、これ以上成長できず、ナオキとの差を埋められないなんて、絶対に認めたくはない。
「やはり『飢え』が足りないのか?」
実家を飛び出してから数年。仕事にも恵まれ、食べ物がないなんていう状況まで追い込まれたことはない。
パンッ!
再び、近づいてきた虫の魔物を切り捨てる。
地面から伸びる草に紫色の体液がこびりついた。きっと毒だろう。
ナオキは毒を使うことをためらわない。この虫の魔物も生き残るために毒を使う。
「私は……ためらう」
騎士道。一対一での戦い。名声。正々堂々と各々の力を出し切る戦い方。捨てたと思っていたものが頭に浮かぶ。
「このジャングルで、そんなものは必要ないな。皆、生き残りをかけた戦いをしている」
そうして見ると、目の前にいる全ての魔物や植物が戦い方を教えてくれているように思えた。
手足を捨てたヘビの魔物は自在に動く身体を、空飛ぶトリの魔物は俯瞰した視点を、ハチの魔物は一撃必殺の毒を手に入れている。植物もまた甘い果実を実らせ、魔物たちを寄せ付けて子孫を残そうとする。地面の中ではいかに土が含む水分を吸い取るのか、という戦いを隣に生えている植物と繰り広げている。私の肌を傷つけるザラザラとした葉にもきっと役割があるのだろう。
「なるほど、ベルサがハマるわけだ。これは面白い」
その後、時々ベルサに魔物の血を届けつつ、ジャングルに入り浸った。
なによりも面白かったのは、地形や場所によって大きく育つ植物が違い、寄ってくる魔物も違うということ。ちょっとした谷と、山の上では生命力が強い植物が全然違う。まるで、地形がそうさせているように思えるほどで、子供の頃に読んだ戦場の理論を思い出した。地形と持っている武器によって戦況が変わるという理論だった。植物の場合は、そのまま繁殖力につながり、群生地となっている。
また、影になるような場所はシダ類が多く、他よりも若干気温が低いからか、大型の魔物の通り道になりにくいようだ。体温が下がると動きも遅くなり、他の魔物に狙われやすくなる。逆に隠れるのに適しているからか、小型の魔物が多い。見たことのない種類の魔物も結構見た。
「不思議だ。大型の魔物を倒すより充実している」
ただ知るというだけのことがこれほど面白い場所は、ジャングル以外にないのかもしれない。普通の森になら何度も入っているのに、地形を意識しているかどうかで、これほど見るものが変わるとは思わなかった。
地形を見て、魔物が通る道がわかれば、待ち伏せして倒すだけでいい。
逆に、自分で通り道を作ってしまえば、どうなるのか。それを実行するのに時間はかからなかった。
「地形を利用した戦い方か……これはナオキとも違う戦い方なのかもな」
ヒントを見つけた気がした。
数日後、すっかり私はジャングルの大量虐殺者になっていた。アイテム袋の中には大量の魔物の死体が入っている。
「はぁ……」
久しぶりに心地の良い倦怠感が襲ってきた。
たぶん、レベルが上がったせいで身体が睡眠を欲しているのだろう。
ジャングルには珍しく、柔らかい地面から朽ちた木しか生えていない場所を見つけた。魔物の気配もない。私はしばし休憩するため、木に寄りかかって目をつぶった。
ナオキから連絡が来たのは日が昇ってからだったと思う。気づいたときには私の身体は地面に埋まっていた。