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駆除人  作者: 花黒子
~小話~

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『島の保存食は一味違う!』


 群島にある島国サーズデイのシェルワークという港町で、社長から食料調達を言い渡された僕とメルモは魚屋通りを歩いていた。


「セス! あれ見て! 魚の魔物を店先で捌いてる!」


 メルモは強引に僕の腕を引っ張るので、正直腕が取れそうだ。普段、女子だからあまり見せないように気をつけているのか、冒険者として巧妙に実力を隠しているのか知らないが、メルモの腕力は僕よりも強い。


「ここが中落ちってやつさ! そこのカワイイお嬢ちゃん買ってくかい!? 隣の彼氏にねだってくれよな!」


 魚屋のおじさんが僕たちに声をかけてくるが、できれば二度と口を開かないでほしい。おじさんの首をねじ切れるほどの腕力が、僕の手首をねじろうとしているのだから。


「私たちは別に付き合ってませんけど、中落ちは買います!」

 代金を払う時に、ようやく手首は解放された。

「セスが遅いから私が腕を引っ張ることになってカップルに間違われるんだからね! 私の動きをよく見てついてきてよ!」

「そうは言うけど、僕だってコムロカンパニーの料理を担当してるんだから、見てまわりたいよ」

「だったら手分けして買い出しすればいいでしょ!?」


 なぜか僕が悪いことになってしまったがメルモと離れることに成功した。

 女子は何にでも時間がかかる上に、ほとんど感情の赴くままに生きているから、一緒にいると疲れる。もちろん、会社の人たちにはこんなこと言えない。言った瞬間に顔面が潰されるだろう。僕は社長のようにクレバーに生きるのだ。


 魚屋に混じって、八百屋や肉屋も回る。どうせメルモは魚の魔物くらいしか見ていないだろうから、僕がフォローする。かゆいところに手が届く。出来る男とはそういうことだ。


「兄ちゃん! 随分、長いこと選ぶんだな。良かったら食べてみるかい?」

 僕が出来る男について考えていたら、近くの八百屋のおじさんが黄色い果物をカットして味見させてくれた。

「んまいっ! これはなんという実ですか?」

「パウパウだよ」

 パウパウは食べたことがあるが、こんなに甘くなるものなのか。以前見たものより形も大きく色も濃い。これが島クォリティーか。

「これを10個下さい!」

「まいどあり!」

 はっ! メルモから食費を分けてもらうのを忘れていた! ヤバイ! と焦っていたら財布には銀貨が何枚も入っていた。


「いつ分けたんだっけ? ま、いいか」

 メルモがそんな気が利くわけもないし、ベルサさんか社長が財布に入れておいてくれたのだろう。

 代金を支払いパウパウの実を潰さないようそっと袋に入れた。さらにおすすめだという苦い瓜のような野菜と、体調を整えるという香味野菜を勧められるがまま買ってしまった。メルモがいたら『無駄遣い!』と言うだろうな。


 次は肉屋だ。肉屋と言ってもフィールドボアのような森にいる魔物の肉はなく、ほとんどが聞いたこともない海獣の魔物の肉だった。

『肉は貴重なタンパク源だから、買っておくように』と社長が言っていたが、『タンパク源』がなんなのか、まだ教えてもらっていない。


「タンパク源!」

 声に出して言ってみたが、果たして何のことなのかさっぱりわからない。

「タン……? なんだい兄ちゃん。タンなんとかいう肉はうちでは扱ってないんだけどね」

 肉屋のおばさんが僕の方を見て、眉を寄せていた。肉屋のおばさんが知らないのだから、僕が知らなくて当然だ。

「その赤みの肉を一塊下さい」

「シーパンサーの肉だね。銅貨四枚になるよ」

 おばさんは油紙に赤身の肉を包んでくれた。ついでに「どんな料理にすると美味しいですか?」と聞いたら、「焼くより煮たほうが良いよ。臭いが強いから香草を買っとくと良い」と教えてくれた。


 さらに商店街をくまなく回り、必要な食料品を忘れていないか確認していく。そのうちに、ある人に気がついた。


 商店街の端の大きな木の下に、暑い島国では見かけない厚い服を着た獣人が露店を広げていた。地面に敷いた絨毯の上に、よくわからない食べ物が並んでいる。

 近づくと何かが腐っているような酸っぱい臭いがした。誰が買うんだろう。

「おじさん、これなに!?」

 メルモが露天商のおじさんに高圧的に聞いている。

「ちょっと待てよ。メルモ!」

 僕はメルモが迷惑をかけないように近づいて声をかけた。

「あ、セス! 待ち合わせせずに済んだね。ちょっと待って、今おじさんにこの保存食について聞いてるところだから」

 本当にこんな得体のしれないものを買う気なのか?

「これはな、『畑の肉』と呼ばれる豆を大鍋で煮て大葉で包んで囲炉裏の上の火棚に二週間、置いておくのさ」

 露天商のおじさんは調理方法を教えてくれる。

「二週間後には粘り気のある糸を引くようになる」

「腐らせるってこと?」

 メルモが聞いた。

「そんな料理あるかよ!」

「兄ちゃんも料理人かい? 腐らせるんじゃなく、発酵させるっていうんだ」

「保存のために発酵させてるんだよ。燻製するのと同じ。ダイゴチーズって食べたことないの?」

 露天商のおじさんとメルモが「そんなことも知らないのか」と僕の顔を見た。

「これは発酵させた豆をペースト状になるまで潰し固めたものだ。スープや煮物料理に入れると味わいが違ってくるぞ。これはそのまま平たくして焼いた煎餅だ」

 露天商のおじさんは煎餅という平たい物を「食べてみろ?」と僕とメルモに試食させた。

「煎餅?」

 僕は訝しげに煎餅を口に入れた。パリパリとした食感で、味わったことがない風味が口の中に広がった。

「悪くない」

「美味しいね」

 僕とメルモは結局、ペースト状にしたものと煎餅をあるだけ買うことにした。


 他にも、ヘリングフィッシュを発酵させたものや穀物を発酵させて作った酒などを試食させてくれた。どれも今まで食べたことのない味だった。

「おれぁな。世界中を旅してその土地その土地で発酵食品を探してるんだ。兄ちゃんたちは知らないかい?」

 そう言われて考えてみたけど、僕らには食べ物が腐らないアイテム袋があるので、いつでも新鮮な食品しかない。

「発酵食品てのはさ、昔から続く知恵の結晶だ。ある地域では貴重なタンパク源にもなるしな」

「タンパク源!?」

「そうさ。兄ちゃんやお姉ちゃんの筋肉の元だ。いろんな栄養を取って健康な身体を作らなきゃなぁ」


 この露天商のおじさんは商店街の隅に追いやられているというのに、全然やさぐれてない。むしろ、発酵食品について語る瞳は輝いている。なんだろう、これは。おじさんは持っていて、僕にはないものだ。


「信念を持って世界を旅しているんですね」

「兄ちゃん、若いな。男の信念なんてのは語るもんじゃねぇ。そういうのは胸にしまって黙って行動すればいい」

 露天商のおじさんは豆をペースト状にしたものと煎餅を袋に入れてメルモに渡した。

メルモはおじさんの手に触れて、

「おじさん怪我してるの?」

 と、聞いた。たぶん、診断スキルでおじさんの身体を診たのだろう。

「へへへ。サンゴを違法に獲ってる奴らとケンカしちまってね」

「セス、回復薬持ってる?」


 アイルさんとの修行がいつ始まるかわからないので、僕はいつもポケットの中に塗るタイプの回復薬を入れている。


「これ使って下さい。うちの会社で作っているもので怪我の患部に塗ればすぐに効きますから」

「いいのかい? お代は?」

 僕は露天商のおじさんに回復薬を渡して、お代は受け取らなかった。

「セス、冒険者ギルドに寄ってく?」

「うん」

 僕らは一月分以上の食料を買い込み、冒険者ギルドに向かった。


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