『イーストエンド・ラプソディ』フリューデン
コムロカンパニーが東へ向けて出港した翌日、王都から正式な調査員の一団と中央政府の役人がイーストエンドの町にやってきた。
調査員の中には王子のファンであった貴族の奥方も入り込んでいたが、中央政府の役人の目があるからおとなしい。
「それで?」
メガネをかけた白服の役人は、中央政府から急いでやってきたと言う割には服も靴も身ぎれいだ。調書を取る姿も様になっていて、王都の調査員たちとは大違い。
「コムロカンパニーの社員たちが、衛兵に対し乱暴な態度を取ったため牢に入れました」
自分はあったことを包み隠さず答えた。
貴族出身の部下たちは青ざめているが、責任は全て自分が取るつもりでいる。
おふくろから帰ってこいと言われるし、親父が遺してくれた船もある。結婚するには遅すぎるかもしれないが、おふくろに孫の顔も見せたい。衛兵の仕事は好きだが、ほとんど調整役としての仕事しか回ってこなくなってしまっているのが現状だ。
潮時。
そんなことを考えている時だった。コムロカンパニーが貴族の遺体を拾ってきた。
結果は国の恥部を晒すようなことになってしまい、コムロカンパニーには大変な迷惑をかけてしまった。
「あなた方が不遜な態度でコムロカンパニーさんに接し、怒らせてしまったという事はありませんか?」
「この町は大陸の東端にあり、海賊と接する機会も多いですし、荒々しい口調になってしまうこともあります」
「コムロカンパニーに殺人事件の協力をしてもらっていますね? なぜですか? そもそもは容疑者としてこの詰め所の牢に閉じ込めたのでは?」
「彼らにその実力がありましたから」
「正確にお願いします」
「そもそも我々衛兵では彼らを取り押さえることは不可能です。殺人事件の犯人であるならば、わざわざ詰め所まで来て事情を説明してくれるなんてことはしないでしょう。初めから彼らはこちらに協力的だったわけです。牢に入れた理由は、手がかりが彼らしかいなかったからです」
「どうして彼らが強いと思ったんですか?」
「経験ですかね。彼らは中央政府の役人の方々と同じく身ぎれいで、どういった集団なのか見た目ではよくわかりませんでした。船の中を調べると、ほとんど持ち物がなかった。話してみると偉そうなところがなく、清掃・駆除業者だと。よほど金がなく世間知らずで見栄っ張りなバカたちか、想像を遥かに超える実力者たちかどちらかです」
「彼らは後者だったと?」
役人がこちらを見た。
「はい。自分の後ろに控えている衛兵たちはいずれも一撃で意識を刈り取られました。さらに自分が牢に様子を見に行くと、美味しそうな鍋をつついていたのです」
詰め所の部屋のドアが叩かれ、中央政府の役人の仲間が入ってきた。メガネの白服は仲間から二枚の紙を受け取り、目の前の机に置いた。
「このエンブレムに見覚えは?」
それは彼らが壁にかけていたエンブレムだった。
「彼らが開けた壁の穴を隠すために使っていた布に描いてあったエンブレムに似てますね」
メガネの白服は大きく息を吐いてから、その場にいる全員を見回した。
「このエンブレムは中央政府の立役者であるフロウラ家のもので、こちらは西方のブラックス家のもの。情報が東の果てまで届いているかわかりませんが、現在どちらの家系の人間もルージニア連合国にとって非常に重要なプロジェクトのポストに就いています。むしろそのプロジェクトはコムロカンパニーが草案を作ったと言われています」
後ろの貴族出身の部下や王都から来た調査員たちは青い顔をして、額に汗を浮かべている。
「どういうことですか?」
「両家からの信頼厚いコムロカンパニーを犯罪者として牢に入れたことについて、この場にいる誰も責任を取れないということです」
「自分だけでは責任が取れないということですか?」
「そうです。こんな田舎の国の衛兵風情が立場をわきまえず関わっていい相手ではなかったということです。両家の人間がどういう行動に出ても、あなた方の国がそれを止めることは、難しいでしょう。我々からは以上です。後日、どちらかの家から使いの者が来るかもしれません。逃げることはお勧めしませんよ」
中央政府の役人の白服たちは詰め所から出ていった。
その後、自分は王都から来た調査員たちに長時間に渡り叱責され、その日のうちにクビになった。
自分は文句も言わず荷物をまとめ、隣村の実家に帰った。
おふくろは衛兵を辞めてきた自分に何も聞かず、貸し船屋をやろうと提案してきた。
「お前に言われてきた奴らな。船を改造していきやがったんだ。あの船ならボロくても貸す相手はすぐ見つかるよ! ほら暗い顔してないで、稼がないとおまんま食えないよ!」
自分は黙って頷いて、ふて寝した。
「おい! 聞いてんのかい!? 真面目だけが取り柄じゃないか……まったく」
一週間ほど休み、おふくろに言われて貸船屋をやることにした。確かに親父のボロ船はコムロカンパニーに改造され、風がなくても動くようになっていた。
「これなら貸し船でもうまくいくな」
「だから言ったじゃないか? 話を聞かない子だね!」
一ヶ月後には、ボロ船は予約で一杯になっていた。
「一年先まで予約が埋まるなんてね。良かったね、衛兵を続けなくて」
「ん? んん……」
自分は曖昧な返事をした。潮時と思っていた仕事なのに未練がある。
「これでさ。嫁でも貰えれば……あ? 見てみな。なんだいありゃ?」
おふくろが村の通りを指差した。
村の通りには、似つかわしくない馬車が走っていて、なぜか自分たちの船の前で止まった。
バンッ。
馬車の扉が開くと、中から小人族の老人が出てきた。老人の足腰はしっかりしていて、顔は生気に満ちあふれている。
「イーストエンドの衛兵隊長をしていたフリューデンというのは君か?」
老人は高い声で聞いてきた。
「そうです。何か御用ですか?」
「ワシの名はリドル・ブラックスという」
ブラックスと聞いて、血の気が引いた。自分はこの人に何をされても文句は言えない。全て受け入れるしかないのだ。
「君を中央政府へ引き抜きに来た。一緒に道路公団を作ろう。連合国の民に説明するには調整役が必要だ」
リドルは自分に手を差し伸べた。
「手を取れ、フリューデン。イーストエンドが君を必要としなくとも、ルージニア連合国には必要だ。さあ!」
自分はリドルの手を握った。
その瞬間から自分の人生は大きく変わることになった。
 




