『いつかのマリナポート闘技会』アイル
気が急いてしまって空が白み始める前に起き出し、宿の裏の井戸端で素振りを千回してしまった。
今日は闘技会の日。
マリナポートの闘技場には人が集まっていた。老若男女、人種も違う人たちが押し寄せ、闘技会が始まるのを今か今かと待っている。
これから自分の強さを全力でぶつけられると思うと血がたぎるのを感じていた。
強さとはなんなのか、自分はなんのために強くなるのか、わからなくなる時もある。それでも私は剣を振る。私は剣に答えを求めてきたのだ。振って、振って、振り続けて、ついた称号が「剣鬼」。
手首を流れる血潮がドクドクと聞こえてくる。左手首にはナオキが付けてくれたミサンガが巻いてある。
ナオキは本当に不思議な男だ。
魔法陣でワイバーンを複数倒し、レッドドラゴンと交渉をする。レベルもスキルも遥かに高いにも関わらず、自分の強さについて自覚していない節がある。
ナオキは強さを求めずして、強くなったように思う。必要にかられて強くなったという気もしない。いったいどういう強さなのか、何日も一緒に旅をしてきたが未だわからないでいる。ただ、人と同じ考えで動いてはいないということだけは確かだ。
クーベニアの冒険者ギルドの試験では、まったくナオキにダメージを与えられなかった。まるで硬い岩を斬りつけているかのように刃が立たなかった。試合結果は剣で殴られたことすら気づけぬまま、気絶した。完敗だった。
私は弱い。それでも剣にすがるしか私には方法がない。恥も外聞も捨て、私は自分を負かした男についていった。
ナオキと過ごしたのはほんの数日のはずなのに、濃密な時を過ごしたように思う。今の自分がどれくらい強くなっているのか、ただ知りたい。
闘技会の控室。控室と言っても天井はなく、頭上には青い空が広がっていた。
第一試合は始まっている。出場者二十人によるバトルロワイヤル。
私が出場するのは第二試合。
観客の声が聞こえてきた。順調に闘技場のボルテージは上がっているようだ。
徐々に集中していくのを自覚する。闘技場から聞こえてくる歓声がやけに遠くから聞こえる。なのに、空を飛ぶ鳥の魔物の鳴き声が大きく聞こえる。
太陽を背にした鳥の影が見える。
目の前に立った男が何かゆっくりと話しかけてきた。何を喋っているのか、あまりにも遅くて聞き取れない。手を伸ばしてきたので、振り払うと、男は腕を押さえたまま退室していった。
周囲の出場選手を見ると、どの選手も一様に動きが遅い。修行をしている最中など極度に集中した時に起こる状態だ。自分以外の動きが遅い。滝から落ちる葉を狙って掴んだこともある。私はゾーンと呼んでいて、過去に何度かこの状態にはなったことがある。大抵は身体を酷使した時などに起きるはずなのだが、闘技場の控室で起こるとは。試合までこの状態が保つといいのだが。
ゴォォオオオン!
銅鑼の音が鳴り響き、第一回戦が終わった。
運びだされる重症を負った選手たち。肩を落とし、疲れきった顔をした者たちが控室を通り、闘技場の外へ向かう。足取りが軽い者などいない。敗者の姿だ。
第二試合。
銅鑼の音とともに始まったが、選手たちの動きは緊張のためか、ぎこちない。
殺気もまるで感じられない。
正直、ワイバーンの群れに遭った時のほうが興奮したし、レッドドラゴンの咆哮を聞いた時のほうが絶望感はあった。
勝負はあっけないほどあっさり終わった。全力をぶつける前にライバルたちは倒れていったのだ。
私は自分が思っている以上に強くなっていたのか。
賞金として金貨一〇枚を渡される。
「人相手では、物足りなくなっているのかな」
私は賞金を貰う時に思わずつぶやいていた。闘技会運営委員のマスクをしたおじさんは目を見開いて、こちらを見て、
「何か言ったか?」
と、聞いてきた。
「いや、自分が恵まれた環境にいるんだな、と思って……なんでもない」
闘技会運営委員に言っても仕方のない事だ。ナオキという化物と旅をしているともっと強くなれそうだ。
「試合はまだ終わってないぞ。これから勝者たちのトーナメント戦があるんだからな!」
第一試合から、第八試合までのバトルロワイヤルがあり、八人の勝者たちでトーナメント戦が行われるという。
私が勝者たちの控室に向かう時、「せいぜい首を洗って待っていることだ」と闘技会運営委員が小声で言った。どうやら、贔屓の選手に賭けているらしい。
トーナメント戦は賭けの対象になっていて、人気によって倍率も違う。
私は女戦士ということで人気はないらしい。剣鬼の名もマリナポートまでは届いていないようだ。
昼前にトーナメント戦に出場する八人が揃った。
昼休憩では控室に食事が用意され、トーナメント戦に出場する選手たちはいくらでも食べていいという。私は特に腹も減ってなかったので食べなかった。昼食を食べた選手の一人がすぐに腹痛を訴えていたので、ほんとうに食べなくてよかった。
腹痛を訴えた一人が欠場となり、七人でトーナメントが行われた。
一回戦目は包帯を巻いた顔にフードをかぶった魔法使いだった。
曲者と言われているらしいが、魔法を使わせる前に距離を詰めて、剣の柄でみぞおちを打つと、あっさり気絶して倒れた。
倒れてなにか仕掛けてくるかと思って、見ていたが銅鑼がなって試合が終了。
二回戦目はシードで勝ち上がってきた太った商人風の男で、毒霧や鞭を使ってきたが、光魔法で私が姿を隠すと、男が自分の周りに毒霧を撒き、毒を吸い込んで自滅した。
決勝戦は、諦めない青年剣士だった。
青年剣士は鼻の下に気付け薬を塗っているのか、何度倒しても立ち上がってきた。投げ飛ばし、打ち据えても、立ち上がる姿に観客が沸いた。実力差はどう考えても私のほうが上なのに、会場の流れを持って行かれている。青年剣士の方が闘技場での戦い方をわかっているようだ。
私はわざと隙を作り、青年剣士に攻撃させてみることにした。青年剣士の剣先が目の前まで迫ってきた時、剣が少し伸びた。頭を捻って躱したが、どうやらそれが青年剣士の奥の手だったようだ。奥の手を破られた青年剣士はなりふり構わず、毒を塗ったナイフやかまいたちのような風が出る魔道具の杖を使い始めた。私はことごとく打ち落とし、破壊していった。観客の声援は徐々に私の方に傾いていき、青年剣士の表情は青ざめていった。
青年剣士の心が折れたところで、後ろに回りこんで後頭部に一撃。
割れんばかりの歓声が闘技場に巻き起こった。
賞金と乗船券を受け取り、闘技場を出た私に人が群がってきたが、適当に挨拶をして宿に帰る。
部屋に入るとテルがお茶を淹れようとしているところだった。
「どうでした?」
「優勝した」
「おめでとうございます」
「ありがと」
私はベッドに座り、剣を置いた。
窓の外を見ると、空高く鳥の魔物が飛んでいた。そのまま私は眠ってしまっていた。