『駆除人・前日談』
これは俺が、こちらの世界に来たばかりの頃の話だ。
スキルもレベルも知らなかった俺は、掃除と害虫駆除をこなし、日銭を稼いでいた。
依頼者は、中年の男で、自宅の清掃を依頼してきた。
「自分が留守にしている間に家を掃除しておいてくれ。変な奴が来たら、自分はいないと言ってくれ」とのこと。
家は庭付き一戸建てで、奥の部屋に男の奥さんが寝ているという。
その頃の俺は言葉もままならず、依頼者の話もよく理解できていなかったが、奥さんは病気なのだとか。
男が出て行くと、俺はすぐ掃除にとりかかった。
奥さんの部屋は掃除しなくてもいいと言っていたので、浴室や倉庫などの掃除をしていく。倉庫には壺や使っていない食器の他に、武器や防具が多かった。男は元冒険者なのかもしれない。
そんなことを考えていたら、後ろに白い服を着た中年の女性が立っていた。男の奥さんだろう。髪が長く色白。俺に何をしているのか、聞いてきたので、掃除の依頼を受けていることを身振り手振りでどうにか伝えた。
俺の答えを聞いて、奥さんはカラカラと笑った。普通、掃除の依頼を真面目にやる冒険者なんかいないのだという。
奥さんが自分の部屋の掃除も頼むというので、俺は奥の部屋に行った。
ベッドがあり、小机とイスが置いてあるだけの質素な部屋だった。小机の上には奥さんの着替えがある程度で、あまりにも味気ない気がした。
部屋の埃を掃き、雑巾で水拭きをする。
木のバケツに井戸で汲んだ水を入れて戻ってくると、奥さんは、居間で自分の淹れたお茶を飲んでいた。
「ご苦労様、あなたもいかが? 少し休憩したら?」
テーブルの上にはすでに俺のカップも用意されていた。俺はバケツを置いて、素直にお茶を戴くことにした。
「冒険者になってどのくらい?」
「一〇日目くらいです」
手を広げて一〇とジェスチャーしながら俺は答えた。
「訓練には出たの?」
「ええ。でも、剣も魔法も才能はないようです」
「フフフ」
奥さんは手で口を押さえて笑った。普通は剣も魔法も使えないのに冒険者なんかやらないのかな。
「ごめんなさい。バカにしたわけじゃないの。ただ、あなた、剣も魔法も使えなくても気にしてないようだから」
確かにあまり気にしてない。
「食べていければいいかと」
「冒険者なのに、不思議な人ね。普通は大きな魔物を倒したいとか、誰も行ったことがない場所に行ってみたいとか、珍しい物や不思議な光景を見てみたいと思うものじゃない?」
「今の俺にとっては、この町でも十分不思議ですから」
俺にとっては異世界なのだから。見るもの全てが今まで見たこともないような珍しい物だ。
「そう。心が豊かなのね」
そういうんじゃないと思いますけど。俺は首をひねって答えた。
奥さんはお茶を一口飲んで窓の外を眺めた。
居間から、この家の庭が見える。庭には花壇もあったが、手入れをしていないようで、雑草の中に花が咲いているような状態だった。
「大事なことよ。冒険者をやっているといつの間にか、自分のやっていることに疑問を持つ人もいるんだから。あなたもそういう気持ちを忘れないでね」
奥さんも冒険者をやっていたのかもしれない。
「はい、覚えておきます」
俺はお茶を飲んだ。片言で話していたので、理解するのも、こちらから話すのもかなり時間がかかってしまった。それでも、人と会話をすると少しは言葉が上手くなったような気がする。ジェスチャーも減った。
「仕事に戻ります」
俺はバケツを持って、奥の部屋へ行った。
部屋の掃除が済み、奥さんを呼びに行くと居間のイスで眠っていた。
眠っている奥さんを抱え、部屋のベッドに寝かせる。奥さんは俺が抱えても起きなかった。
俺が家の掃除を一通り終えても、男は帰ってこなかったので、庭の雑草を抜くことにした。軍手を付けて雑草を抜いていると、金の高価そうな指輪を見つけた。ちょうど金がなかったので、拾ってポケットに入れておこうか、という気持ちも湧いてきたが、軍手で拭いて居間のテーブルに置いておいた。
雑草を抜いてしまうと、花壇にスイセンのような白い花が現れた。どこか儚げだがキレイに咲いていた。水をやると元気になるかもしれない。
奥さんとの先ほどの会話を思い出して、ちょっとしたサービスをすることにした。
倉庫に花瓶になりそうな壺があったので、裏の井戸で洗って水を入れ、奥さんが寝ている部屋に花と一緒に持って行った。
小机の上に花瓶代わりの壺を置き、摘んだ花を入れる。たったそれだけでも味気ない部屋が少しだけ、華やかになったような気がする。
玄関の方で音がした。ちょうど男が帰ってきたようだ。
俺が音を立てないように部屋から出て居間に向かうと、男はテーブルの上の指輪を見て驚いているところだった。
「この指輪、どこにあったんだ?」
「庭に落ちていました」
俺は庭を指差した。
「そうか。庭の方もやってくれたんだな」
「ええ。奥さんが起きて、自分の部屋の掃除もしてくれと言われたので、そっちも掃除しておきました」
全て片言で話したが、どうにか伝わったようだ。
男は金の指輪を左手の薬指につけていた。指輪の意味が地球と同じだったとしたら、男は大変なものを失くしていたようだ。
「妻は?」
「部屋で寝ています」
俺の言葉を聞き、男は奥の部屋に行った。
男は驚いたように花瓶の花を見た。男が部屋に入ったことで、奥さんが目を覚ました。
奥さんが花瓶の花を見て驚いたように何かを言っていた。男は自分の指輪を見せていた。
二人は何か話し、急に泣き始めた。
何を話していたのか、言葉はわからなかったが、俺がいていいような雰囲気ではなかったので、そっと家を出た。
冒険者ギルドで、受付嬢に依頼を達成したことを伝えると、依頼書にサインを貰わないと達成したことにならないと言われた。
結局、その日は報酬ももらえずに、井戸の水を飲んで、早々に宿で眠ってしまった。
翌日、冒険者ギルドに行くと、受付嬢が慌てた様子で俺を呼び止め、報酬を渡してきた。
男が夜に冒険者ギルドに来て、俺にお礼を言っていたという。男は元冒険者で今は肉屋を営んでいるそうで、俺が肉屋に行くときはサービスしてくれるそうだ。




