364話
「フィーホースが誰かに殺された! 助けてくれ!」
そう言って「コムロ水脈」に駆け込んできたアーキの手には錆びた剣。後ろから、学者や冒険者たちも続いて走り寄ってきた。
「お前ら、今まで一体どこにいたんだ!?」
ルークが大声でアーキに聞いた。冒険者や行方不明になっていた者たちの家族も近づいた。
「どこって西の遺跡です。それより、フィーホースが……!」
「お前が手に持っているのはなんだ?」
「これは……。ルーク様、ついにスカイポートの町を発見したんですよ! これはおそらく倉庫のようなところに置かれていた宝剣でございます。すぐにアペニールに行って発表しましょう。人手も足りない。皆、どうか発掘に協力してくれ!」
どうやらアーキは自分が8日間いなくなっていたことに気がついていないようだ。
「気づいていないのか!? アーキ、お前は8日もいなかったのだぞ。後ろのお前たちもだ。ここにお前たちの家族がいるのは心配して来てくれたのだぞ? どこでなにをしていたのだ?」
「いや、だから発掘を……どうして家族が? 来るのに3日はかかるというのに……。ルーク様、今、何日ですか?」
「春のひと月が終わろうとしている」
ルークにそう言われ、アーキは手に持った錆びた剣を見て、後ろにいる仲間たちの方を振り返った。
「アーキ、やっぱりあの時の青い光は、何かの魔法だったんだ!」
後ろにいた仲間の一人が言った。遺跡でなにかしたのか。
「皆、近づくな! 真っ二つにされるぞ!」
テントの方にいた学者の一人が叫んだ。全員が、一瞬アーキから遠ざかろうと一歩退く。
「そんな? じゃあ、俺が自分でフィーホースを切ったっていうのか?」
アーキが動くと、周囲の人も動き一定の間隔を開けている。家族も学者仲間も、アーキから遠ざかった。言葉よりキツい拒絶。
俺は布に封魔の魔法陣を描いて、アーキに近づいた。
「その剣で何をしたかは知らないけど、抜身は危険だ。とりあえず、これを巻いてくれるか?」
「……社長さん。わかった」
アーキは魔法陣が描かれた布の上に錆びた剣を載せた。
「この剣はなんなんだ?」
「おそらく、『7つの謎』のうちの一つ、『時を刻む宝剣』だ。お前たちの周囲の空間ごと8日間ほど時を刻んでしまったらしい。フィーホースはちょうどその空間の間にいて犠牲になったようだ」
「『7つの謎』だって!? だったら、俺たちは金持ちになれるじゃないか!」
アーキは一瞬喜んだが、周囲を見て黙ってしまった。無意識に誰かを真っ二つにする宝剣なんか誰も欲しがらないし、持ちたくもない。
「確かに、証拠はある。スカイポートの遺跡で見つけたと公表するべきだ。それに『7つの謎』の一つを解明したってことでいいんじゃないか? どうする? 持っていくか?」
「いや、もういい。社長さん、もし保管してくれるなら、持っていってくれないか」
「わかった。然るべき場所に持っていくよ。一応、聞いておくけど、これでなにかしたか?」
「振っただけだ。見つけた時に喜んでしまって、軽く一回振ってみただけ」
アーキは言い訳するように早口で言った。
「わかった。ありがとう。ブロウ、俺、ちょっとここ離れるからあとよろしく。遺跡の発掘は少し間を空けたほうがいいかもしれない」
「わ、わかりました!」
俺は錆びた剣をもって、南にあるドワーフの集落へと向かった。
ドワーフの族長は突然現れた俺に驚いていた。
「どうしなすった?」
「実は剣の錆を落としていただきたいのですが」
俺が知っている鍛冶屋といえば、この集落のドワーフたちしかいない。ほとんど武器を持っていないからな。
「おお、そんなことならお安い御用じゃ。どれ、見せてみろ」
俺は持っていた布を開いて、錆びた剣を見せた。
「ほう、妖刀だな。魔法が付与されておる」
「危険なので、この剣を振らずに錆を落とせますか?」
「無論、可能だ。そもそも魔力を剣から奪ってしまってからのほうがいいだろう」
族長は集落の人に風呂桶のようなものを持ってこさせ、吸魔剤と水をたっぷり入れた。
「まぁ、魔力を取るのに、1日。錆を落とすのにも1日掛かりだろうな」
族長はゆっくりと吸魔剤入りの水の中に錆びた剣を浸した。
「錆を落としている間、他の人は離れていたほうがいいかもしれません」
「どうせ昼間はそんなにいない。家も離れておるしな。そう、心配な顔をするな。鉄ならワシら、ドワーフに任せい」
「お願いします。じゃ、鞘を取ってきますから」
「確かに布じゃ困る」
俺は、再びグレートプレーンズに向けて飛んだ。
「こちら、ナオキ。レミさん、『時を刻む宝剣』を見つけました」
通信袋でレミさんに呼びかける。
『え!? 本当に!?』
「ええ、かなり危険な代物なので、鞘を頂けますか? あれがないと封印できない」
『そんなに危険なの?』
「ええ。いったい1000年前の人は何を考えていたのかわからないくらいですよ」
『実物を見に行っても?』
「今、ドワーフの族長に錆を落としてもらっているところです」
『わかった。準備して待ってる』
一度、通信袋を切り、今度はアイルに連絡する。
「アイル、聞こえるか?」
『ナオキ、なにかあったか?』
「たぶん『時を刻む宝剣』を見つけた」
『おおっ、本当か! ナオキは散々ならないっていたのに勇者になるつもりか』
「いや、そうじゃなくて、バルニバービ島に届けようかと。『時を刻む宝剣』はな。周囲の空間ごと8日先に飛ばしてしまうみたいなんだ」
『8日先? へ~、それで?』
「だから、シャルロッテとトキオリを俺たちが今いる時間軸に連れてこれるんじゃないかって……」
『ああ、そうなの。そんなことできるの?』
「たぶんな。あの宝剣を使えば時間の進み方が入れ子構造になると思う。俺たちの今いる世界の時空と、空を飛んでいるバルニバービ島の時空、それから剣を使って8日先に飛んだ時空ができるだろ? 世界の時空と剣を振り続けてどんどん時を進めていけば、重なる時が来ると思うんだよね。計算すれば、何回振ればいいかわかるはずなんだけど……」
説明しているのにアイルからの反応がない。
「意味がわからなかった?」
『うん、小難しいことはいい。とにかく、1000年前にいた空間の勇者と時の勇者があの島から出て、私たちと一緒に生活できるってことでしょ?』
「そういうこと。もちろん、シャルロッテとトキオリが望めばだけど」
『わかった。バルニバービ島ね。この前、アリスフェイで空を飛んでいるのを見たな。今もどこかに飛んでるんだよね』
「そうそう。ちょっとそれを探そうと思って、協力してくれるか?」
『いいよ。あれ? ナオキ、どうやってあの島の周囲にある空間の壁を超えるつもり?』
「ああ、この前、俺、空間魔法のスキル取ったんだよね」
『え!? そうなの、意外! 人生を豊かにするためのもの以外、スキルは取らないとか言ってたじゃない?』
「いや、壁に収納あったら生活が豊かになるだろ? それにようやく気づいたんだよ。まぁ、ほとんど使ってないんだけどね。練習しないとな。とりあえず、そんな感じで」
『はいはい、了解! バルニバービ島が見つかったら連絡する』
「頼みます~」
俺は通信袋を切り、試しに空間魔法で瞬間移動してみた。
一瞬にして、明るかった空に宇宙が見える所まで来てしまい、すぐに地上に降りた。
「あぶねっ! 大気圏突入して燃え盛るところだった。空飛んでる方が気が楽だな」
俺は、瞬間移動をさせるなら、物体か他人にすることに決めた。一度訪れた町に行ける魔法とかって魅力的だと思っていたけど、俺には危なすぎる。
俺はしっかり空飛ぶ箒に魔力を込めて、グレートプレーンズへと移動した。
崖の洞窟にある発掘現場には冒険者たちも集まり始めていた。『時を刻む宝剣』が南半球で考古学者によって見つけられたことを告げると、「おおっ!」と歓声が挙がる。
「本当に『7つの謎』は見つけられるんだな。次行こう!」
冒険者のうちの一人が叫んだ。
もちろん、落ち込んでいる者もいるが、大多数は喜んでいる。考古学者でも見つけられると聞いて、強さだけで『7つの謎』が見つかるわけではないことがわかったのだろう。
「『時を刻む宝剣』はどこに置かれるんだ?」
「然るべき場所に渡す。場所はまだ言えないな」
俺がそう言うと、冒険者たちは「シャングリラの保管庫か」「竜の島の最奥かもしれないぞ」「北極大陸に迷路があるって聞いたけど」などと噂をしていた。
ラウタロさんは「この前来たばっかりだぞ」と怒っていたが、冒険者たちがいなくなるまではいてくれるらしい。冒険者の中には発掘が面白くなっちゃって、残ると言っている者もいるのだとか。
一先ず、準備万端のレミさんを連れて、南半球に戻る。
「きれいに刀身が残ってるのねぇ」
レミさんが水に浸かっている『時を刻む宝剣』を見て言った。
「1000年やそこらじゃ鉄の道具は崩れんよ」
族長が説明してくれた。
「スカイポートではドワーフの妃がいたと文献が残っていますが、クロノス・ティタネスでもドワーフと交流があったみたいなんですよ。1000年も南半球で生きてこられた優秀な種族として、どういう生活をしてらっしゃったのか、伺ってもよろしいですか?」
レミさんが族長に迫って聞いていた。考古学者の目をしている。
気圧されて族長も「か、構わんが……」と言いながら、集落を案内していた。レミさんは生活様式や婚姻関係が気になるらしい。
俺は空間魔法で物体を瞬間移動させる練習。島の中に物を送るには、島の周囲に張り巡らされている空間魔法の壁を超える必要がある。
右手から左手とかは簡単だが、遠くに飛ばすのが難しい。よく、空間を折り紙のように折れば、瞬間移動はできるとか言うが、「折り目をどこにつけるのか」「空間を曲げるってどういう力」とか疑問が湧いてしまってさっぱり成功しない。
その日は結局、ずっと空間魔法の練習をし続けていた。
翌日、族長は朝から『時を刻む宝剣』の錆取りをして、レミさんが観察している。
俺が洞窟の中にある泉で顔を洗っていると、アイルがやってきた。
「おはよう。『キマイラの生息域』が見つかったよ」
「おはよ。本当か? 誰が見つけたんだ?」
「リッサ師匠とシオセさん夫婦」
「あの人たち、うちの傭兵じゃなかった?」
「ナオキの『人類勇者選抜大会』の宣言を聞いて、抜けたんじゃないかな」
「自由だなぁでも、『7つの謎』って長年見つかってなかったのに、こんなにすぐ見つかるもんなんだな」
「情報が集まってきてるからね。全冒険者が同じ方向を向いた時は一気に見つかるんじゃない?」
「そういうもんか……」
濡れた顔を拭って、アイルと一緒に朝飯を食べることに。
南極の海にいた海獣の肉があったので、それを焼く。
「臭いはキツイが悪くないだろ?」
「うん、まぁまぁ。あ、バルニバービ島を見つけたよ」
「早いな」
「空の島は一つしかないし大きいからね。あと一日くらいで、この集落の上を通過するよ」
「そうなの! 近いな。やることやらないと。アイル、羊皮紙を持ってる? シャルロッテとトキオリに手紙を書かなくちゃ」
「地図用のでよければ」
アイルはそう言って、アイテム袋から羊皮紙と筆記用具を取り出した。
「えーっと、この世界の1年って360日だったよな?」
「うん」
「一振りで8日飛ぶから、45振りで1年。1000年だと45000回か。一度に振ったら腕取れちゃうな。計算式だけ書いておくか」
羊皮紙に簡単な計算式を書き込む。
「そんなんで大丈夫か」
「大丈夫だと思うよ。鳥の魔物を外に飛ばして実験するだろうしね。そもそも、あの2人のことだから、振らない可能性もある」
実験についても書いておく。鳥の魔物のミイラなんかが落ちてきたら、実験している証拠になる。鳥の魔物が脱水症状くらいになったら、もうすぐこちらの世界と同じ時間軸になるってことだ。
「いいのか?」
「いいだろ。うまくいくかどうかもわからないけどね。一応、『時を刻む宝剣』が見つかったから、送るって書いておくよ。あとは本人たちが好きにするさ。だいたい、スカイポートで見つかったから、然るべき場所はバルニバービ島しかない」
「まぁ、そうか。ナオキにしては考えてるんだな」
「俺なんて考えっぱなしだよ。それより、あと一日で島が上空に来るなら時間がないな。ちょっと空間魔法の練習もするから付き合ってくれよ」
「いいよ」
午前中いっぱい、アイルとともに空間魔法の練習。ただ、イメージが悪いのか全然上手くいかない。
「それさ、物体を移動させるってイメージだから悪いんじゃないの?」
アイルが腰に手を当てて、俺に指摘してきた。
「どういうこと?」
「魔力の壁みたいに物体を覆ってから、移動させてみたら?」
「え!? そんなんでうまくいくかよ!」
うまくいった。
どうやら物体の形とか折り紙がどうとか考えすぎていたらしい。丸いトンネルを通すようなイメージをしたらできた。
「私のお陰だな!」
「これは、反論できない。アイルのお陰だ」
手紙を書きあげて、空間魔法もできた。あとは『時を刻む宝剣』ができるのを待つだけ。
「『人類勇者選抜大会』の運営をアイルとセスに任せて、悪かったな」
夕飯の時にアイルに言った。
「そんなことだろうと思ってたから、別にいいよ。『海底に眠る花嫁』の件もあったし、忙しかったろ?」
「確かに。ただ、皆楽しんでくれてるのかってね。どうやっても死人も出るだろうし」
「今のところは自業自得で死んだ奴以外は出てないよ。魔族がちょっと苦しそうだけど」
「やっぱり偏見が強いか」
「うん、まぁ、エルフもダークエルフも排他的だから、その辺は変わってもらいたいよ。ただ、魔族を受け入れてくれるところは、ものすごい受け入れてるね。結婚希望者が殺到しているラーミアとかもいるらしいんだ」
面白いことになってる。
「ボウとリタの結婚話も広まっちゃってるから、人気のところではすごい人気なんだよ。竜族はどこでも人気なんだけどね」
「竜族は大きくて目立つし、フォルムもカッコいいもんな」
「ナオキも竜化の魔法を編み出してみれば?」
「それ、いいかも。竜といえば、うちのゼットが世界樹の下に竜の地下帝国を作ろうとしてる」
「ああ、それ、ベルサから聞いた。次から次へと暇しない会社だよ。コムロカンパニーは」
アイルはそう言って、笑いながらワインの瓶を空けていた。
翌日、仕上がった『時を刻む宝剣』を鞘に入れた。
「ナオキくん、この剣に『蝉しぐれ』って彫ってあったんだって」
レミさんが教えてくれた。
「そうなんですか?」
ドワーフの族長に聞いた。
「ああ、銘が打ってあったのじゃ。妖刀『蝉しぐれ』。名前の由来はわからんがな」
「やっぱりクロノス・ティタネスの騎士がスカイポートにいる恋人か思い人に贈ったのね」
「鞘から抜いてですか? クロノス・ティタネスの騎士はもしかしてバカなんじゃないですか? いや、バカだったかもなぁ」
俺はトキオリの顔を思い出した。
「ま、とりあえず然るべき場所に持っていきます。そろそろ通過するらしいですし」
俺は空を見上げた。
「頼むわね。人類の財産ですから」
「はい。レミさん、どうします? 終わったら、グレートプレーンズまで送っていきますか?」
レミさんはドワーフの族長と仲良くなっていたので、もしかしたらしばらく滞在して、ドワーフの生活を観察するのかもしれない。
「いや、近くに『空飛ぶ竜の乗合馬車』の塔があるらしいから、それで帰るわ」
「あ、そうですか」
こんなところに建てたか。年末は忙しすぎて、どこに塔を建てたんだか覚えてない。
「それにしては集落に冒険者が来てないような」
「この集落のドワーフは、火山で冒険者の案内さ。だから昼間は誰もいないと言ったのじゃ。冒険者たちがなにもない集落に来ることもない」
商魂たくましいな。
「そうですか」
「ナオキ、島が見えてきたよ!」
アイルが空を見上げて言った。
「じゃあ、然るべき人たちに預けてきます」
そう言って俺とアイルは、空へ飛んだ。
バルニバービ島は雷雲に囲まれているということもなく、雲と一緒に動いていた。
できる限り近づいて、アイルが光の玉を上空に打ち上げる。シャルロッテとトキオリに気づいてもらうためだ。
俺は、蝉しぐれこと『時を刻む宝剣』と俺が書いた手紙を、空間魔法で作った球体の中に入れて、島の中に瞬間移動させた。
「気づいてくれるかな?」
「島で異変があれば、気づくさ。ただ、4万回も振らないといけないから、すぐにどうにかなるようなことでもないし、気長に待とう。よし、これにて終了。仕事に戻ろう」
「ナオキはどこに行くんだ?」
「世界樹でゼットの手伝いかな。『人類勇者選抜大会』で、なにか変な軋轢とか出てきたら呼んでくれ」
「了解。冒険者が増えて冒険者ギルドも忙しいから、期待しないようにって」
「了解。そんじゃ」
俺とアイルは空の上で分かれた。
世界樹に戻ると、セーラたちのパーティが世界樹の実を見つけていた。




