363話
翌日、俺はグレートプレーンズの南にある崖の中にいた。かつて、この国で最後に辿り着く場所と呼ばれていた洞窟だったが、今では、1000年前にあったクロノス・ティタネス王国跡を発掘する最前線となっている。
その発掘調査団を指揮するのがレミさんだ。
「これが発見された遺物よ。描かれている魔法陣さえわかれば、なにに使われていたかわかるわよね」
遺物は長さ60センチほどの厚みのある棒のようなもので、確かになにに使われていたかはわからない。水筒にしては大きすぎるし、武器として使うには丸すぎる。
魔法陣を読み解くと、封魔の魔法陣だった。
「封魔の魔法陣です。つまり、なにかしらの魔法を封じるってことですね」
「なんの魔法?」
「さあ? それは描かれていないので。でも、封じないといけないほどの強い魔法があったってことですね」
「確かに、そうね」
「書簡も見つかったって言ってませんでした?」
「ええ、見つかったんだけど。なにか間違えだらけと言うか。何度も書き直しているのよ。見てみる?」
レミさんに見せてもらった書簡は竹の札に文字が書かれていた。ただ、古い文字を使っている上に、消されたりしていて俺には判別できない。
「なんて書いてあるんですか?」
「君の瞳には……この『蝉しぐれ』を贈る……とかなんとか」
「『蝉しぐれ』って虫の魔物の声を贈ったってことですか?」
「昔は素敵な表現だったんじゃない? おそらく誰かに宛てた恋文なんだと思うけど。名前が書いてないのよ。ただ、『騎士』とだけ」
「騎士? クロノス・ティタネスの騎士といえばトキオリだけど……。ん? この棒、真ん中に土が詰まってますね? これ、もしかして鞘かもしれませんよ」
俺は棒に詰まっていた土を掻き出しながら言った。
「え!? じゃあ、魔法が付与された魔道具の剣が入っていたってこと? それならこういう鞘があるかもしれないわね」
「魔道具の剣ですか……」
最近、なにかで聞いた気がする。
「『7つの謎』の中に『時を刻む宝剣』ってあったわよね?」
レミさんが顎に指を当てて聞いてきた。時の勇者がいたクロノス・ティタネスなら、そういう宝剣があってもおかしくない。
「おおっ! それの鞘かもしれないってことですか!? すごい!」
「でも、剣がないんじゃ……」
「それもそうですね」
しかも、時を刻む魔法ってなんだ? ヤバい香りしかしない。
「結構、危ないものかもしれませんよ。気をつけて発掘してくださいね」
「そうね」
「発掘結果は公表されているんですか?」
「国内だけには。だって発表しないとお金出ないでしょ?」
発掘調査費は国から出してもらっているのか。
「だったら、冒険者たちが押し寄せてくるかもしれませんよ。中には盗賊とかも……」
俺の言葉に、レミさんは顔が青くなっていた。
「ラウタロさんに話しておいたほうがいいですね」
「そうね! ちょっと軍の方に連絡をとってみるわ。と、と、とりあえず、ナオキくん、ちょっと、いてよ。『人類勇者選抜大会』の主催者でしょ? ここに冒険者が押し寄せてくるなんて聞いてないわよ」
「いるのはいいですけど、冒険者が来るのはしょうがないんじゃないですか? 発掘を手伝わせてみては? 無料でやってくれるかもしれませんよ。ただ、盗賊がちょっと面倒ですね」
「大事な遺物を持ち出されたら困るわよ」
「確かに。シャドウィックを使役して一日中見張らせるってのはどうですか?」
「え~!? あ、でも、魔族に協力してもらうのはいいかもしれないわね。夜型の魔族もいるものね。ちょっとボウくんに連絡してみよう。私、姑だし、きっといい人紹介してくれるわ」
レミさんはそのままラウタロさんとボウに連絡を取り、発掘現場の護衛を頼んでいた。
一泊だけレミさんと発掘現場で過ごした後、朝方、すぐにラウタロさんが率いる軍の騎馬隊がやってきた。
「よう、社長もいたか? すごいことになってるな!」
朝だというのに、ラウタロさんは声が大きい。何年か前まで、この発掘現場の洞窟でブツブツ哲学を語っていた頃とは大違いだ。
「おはようございます。すごいって、なにがですか?」
「『人類勇者選抜大会』だよ。どこの町もとんでもないことになってるぞ。見てないのか?」
「ここ最近、海に潜ったりして忙しかったんですよ」
「そうなのか? もう今は誰でも彼でも皆、冒険者になってるぞ。冒険者ギルドからほとんど依頼がなくなったそうだ」
「依頼不足ですか?」
「そうよ。全部仕掛けたのはコムロカンパニーだろ? 冒険者ギルドは足向けて寝られねぇな」
「そんな事になってるんですか。だったら、こっちに少しお金回してくれないかなぁ。俺なんか今、借金生活なんですよー」
「なに言ってるんだ? 冗談だろ? 天下のコムロカンパニーの社長が借金生活って……本当か? 朝飯、恵んでやろうか?」
「頂きます!」
軍の人たちが作ってくれた美味しいシチューと黄色いパンを頂いた。
「まさか、コムロ社長に会えるとは」
「チオーネ隊長は元気ですか? そちらの会社の傭兵になったと聞いたのですが」
「コムロカンパニーに関わると強くなれるって聞いたんですけど、本当ですか?」
いろんな質問がラウタロさんの部下たちから飛んでくる。
「俺、結構実在してるんだぜ。チオーネは元気だよ。今、治水工事の護衛してる。うちの会社は強くなれるっていうか、生きていく能力が上がるかもね。そんなことより、このシチュー作ったの誰だぁ!? 天才かよ! 美味すぎるぜ! 店出してくれ!」
隊員たちの質問を適当に受け流していたら、魔族領からゴースト系の魔族が到着した。
「まさかナオキ・コムロでは? 私のマントの裏地が青いのは……」
出会い頭に迫られてしまった。
「待て待て、依頼主はレミさんだ。よく話を聞いて依頼を達成してくれ」
「左様でございますか。では後ほど語り明かしましょう」
ちょっと俺はここにいないほうがいいみたいだな。
レミさんとラウタロさんに挨拶をして、世界樹へ戻ることに。
「では、また」
空飛ぶ箒で上昇し、崖を越えてジャングル通過中に通信袋に連絡が入った。次から次へとなんだ?
『社長ですか? こ、こちらブロウ。元風の勇者のブロウです。現在、南半球の『コムロ水源』にて畑を作っているところなんですけど』
「おお、どうした? なにかあったか? 今、俺は近くだぞ」
『西の遺跡を発掘している調査隊が消えました』
「消えた? 死んだとかじゃなくてか? 崩落事故とか土砂崩れとか……」
『いや、そういうんじゃないと思います』
よくわからないな。ちゃんと自分の目で見てみるか。
「今から向かうから、案内してくれ」
『わかりました』
俺はそのまま南半球の「コムロ水源」へと向かった。
「コムロ水源」の近くにはアペニールの学者たちや冒険者たちが集まって、テントを張っている。アペニールが開国したためか、この前よりも人が多く、フィーホースの嘶きも聞こえてきた。
「しゃ、社長!」
俺が空から降り立ったところを見計らって、ブロウが話しかけてきた。
「おう、人が増えたな」
「アペニールからの学者さんたちと、『7つの謎』を解明しに来た冒険者たちが増えました。建物を建てたいって人たちも出てきたみたいなんですけど……」
「勝手に建てていいぞ。あ、土地代はたぶん後でベルサに請求されると思うけどな。それよりも遺跡の発掘調査隊が消えたっていうのは?」
「見たほうが早いです。行きますか?」
「おう」
ブロウはフワッと風魔法で飛び上がり、西へ向けて移動を始めた。俺もまだ握っていた空飛ぶ箒で飛び上がりついていく。
「その発掘調査隊って、どんな奴らなんだ?」
「アーキって覚えてますか? 古植物を研究していたアペニールの学者なんですけど、彼が中心になった調査隊ですね。冒険者とかも含まれてますから、魔物とかにも対応できるはずなんですけど……」
「西の遺跡ってスカイポート王国の跡地だろ?」
「そうです。見えてきました。あれです」
「あれか!?」
ブロウが指差した地面には直径50メートルほどのきれいな丸い穴が空いていた。
「発掘していて、あんな形になったわけじゃないだろ?」
「そうですね。空間魔法かなにかで空けないとああはならないんじゃないですか」
「だろうな。隕石か?」
穴まで移動して、中を覗いた。
クレーターのようになっているので、中にはいって中心と思われる地面を探してみたが、隕石らしきものは見当たらない。
「まるでなにかに空間ごと切り取られたみたいなんですよ」
「切り取られた? 遺跡の罠でも起動させたか?」
そう思って周囲を探索したが、町の跡らしきものはあっても、ダンジョン跡のような幾何学模様の門や城跡のような石垣もない。
「おおっ、なんだこれ?」
地面に、フィーホースが後ろ半分だけ倒れていた。血溜まりは乾いて穴に向かって黒く跡を残している。
「おそらく、アーキたちが乗っていたフィーホースだと思います」
「ザックリ、きれいにいってるな」
「だから、切り取られちゃったのかなと思って」
血が抜けてミイラ状になっていたが、断面は刃物で切ったみたいだった。
「でも、こんな空間ごと切っちゃうような刃物ってヤバいだろ?」
「ヤバいですよね?」
「封魔の魔法陣で鞘とか作らないと空間切り放題だ……最近、そんな鞘だけ見たな。『時を刻む宝剣』か」
クロノス・ティタネスとスカイポートは長年争っているくらいには交流していたから、送られてきた可能性はある。敵国にあえて危険な魔道具を送りつけて、崩壊させようとしていたのか。
「『時を刻む宝剣』って『7つの謎』の一つですよね? ここにあったんですか?」
ブロウが驚いて聞いてきた。
「そう考えると、空間を切ったのではなく、時を切ったのかもしれないな」
「時ですか?」
「発掘調査隊はいつからいないんだ?」
「3日前から帰ってきてません。泊まり込みになる時もあるんですけど、さすがにと思って、学者仲間の方が様子を見に来たら、こんなことになっていたらしいです」
「皆、知ってるのか?」
「『コムロ水源』の周りの連中は皆知ってると思いますよ。その学者仲間が『フィーホースが真っ二つだ』って話して回ってますから。どうしますか?」
「また戻ってくるならいいけどな。どこか、海も近いから飛ばされてたら大変だ。とりあえず、周りを探してみよう。この穴は立入禁止にしたほうがいいだろうな。また、切り取られちゃったらこのフィーホースみたいになりかねないから」
「了解です!」
周辺を探ったが、特にそれらしきものは見つからなかった。地面ごと切り取られているので、見つけやすいはずだが。海の中も少し探ってみたが、波が高いので諦めたほうがいいかもしれない。
「家族に連絡は?」
俺は「コムロ水源」まで戻り、ブロウに聞いた。
「アペニールに呼びに行っているところです。ルークさんも心配してますし」
「おう、コムロ社長よ! アペニールが開国したぞ! ゴホゴホッ!」
噂をすれば、フィーホースに乗ったルークが咳き込みながらやってきた。
「ルーク様、風邪ですか?」
「ああ、ちょっと熱っぽいだけだ」
「休んだほうがいい。いろんな地域の人が集まっています。どんなにクリーナップで菌を落としても、身体の中までは消せませんから」
「そうか、すまんな。なにもできんとは情けない」
周辺のテントからも咳をする声が聞こえてくる。
「ちょっと衛生管理したほうがいいかもしれないな。水で薄めた回復薬を配ってやってくれ。今、伝染病でも流行ったら世界に広がっちまうからな」
「わかりました!」
バレイモの病気を知っているブロウはすぐに理解してくれたようだ。
たぶん、こういう風邪は今、全世界的に起こっているだろう。
「うがいと手洗いも徹底させないといけなかったか」
そんな衛生管理を教えながら5日。突然、発掘調査隊が帰ってきた。