360話
「社長、魔法陣って焼き付けるだけじゃダメなの?」
ゼットが建てた塔に魔法陣を彫っている俺にアイルが聞いてきた。
「焼き付けても消えちゃうことがあるからな。なるべく彫りたいんだよ」
俺はノミを使いながら、答えた。ゼットはすでに装飾を施し、かつてない魔石灯を作り始めている。
「『空間ナイフ』で削ればいいのに」
隣で風呂のタイルを貼っていたセスがつぶやいた。
確かに、『空間ナイフ』ならあらゆる空間を切ったり削ったりできるから楽かもしれない。試しにやってみると、信じられないくらい簡単に、そして正確に床が削れた。
「もっと早く言ってよね~!」
ルージニア連合国で挨拶周りを済ませた俺たちは世界中に塔を作っている。塔の建設予定地は全部で22箇所も見つかった。
一ヶ月程しかなかったため、移動も合わせると、一日一塔建てないといけない。さらに、竜たちの試運転もある。
結局、『空飛ぶ竜の乗合馬車』は全部で7台。
荷台はセスが自社のコンテナを提供し、船大工のボロックを始め、メルモたちが内装を制作。腰に巻くベルトなどもそれぞれの竜に合わせてオーダーメイド。黒竜さんとゼット、レッドドラゴン、それから4人の竜の娘たちが飛ぶことが決まった。水竜ちゃんはベルサを手伝っているし、そもそも飛べないので緊急時の助っ人になってもらうことに。
休みなく働き、塔を作る。別の場所に移動。再び、塔を作るの繰り返し。
「こんなに駅ってないとダメ?」
自然と疑問が湧いてきた。
「社長は言い出しっぺなんだから、諦めないでくださいよ。皆、見てますよ」
昼夜関係なく塔を作っていると、近隣の住民が見に来ることもある。『人類勇者選抜大会』が終わったら、きっとあの住民たちが『空飛ぶ竜の乗合馬車』を使い始める。そう思うと、誰かの生活のためと思うと、力が出てきた。
「これ、サンドイッチ作ってきたから食べてください。ひ~竜だぁ~!」
時々差し入れを持ってきてくれる住民の方もいたが、やはりまだ竜には慣れていないようだ。ただ、竜の娘たちは疑似キャバクラで働いた経験もあるので、住民に話しかけたりして交流している。
「今度、お金貯めて乗りに来ます!」
「待ってま~す」
エルフの里の青年は竜の娘に頬を赤らめて、走り去っていった。
「風呂よりも宿泊施設が欲しいんじゃがなぁ」
「この辺りは湿気が多いから、なかなか洗濯物が乾かないのよ」
「冬は寒くて、なにも出来ないんだ」
そういう近隣住民の要望を取り入れながら塔を作るようになると、さらに時間がかかる。
「ベルサが聞いたら、もっと金を取れって言うだろうな」
「確かに採算は合わないよな」
ボヤきながらも作業を進めていくと、いつの間にか月日が経ち、22箇所全てに塔を建てたら小晦日になっていた。
「明後日が正月!?」
「早すぎないか!? 急いで試運転しなけりゃ!」
ベルサと水竜ちゃん以外、竜の島に集まり試運転をすることに。竜たちが出来上がった荷台に俺たちを乗せて、空へ飛んだ。
ベルトの位置や揺れ具合などを確認しつつ、なるべく中の者が酔いにくいように飛んでもらう。初めに乗ったゼットの乗合馬車では全員が吐いた。
「すまん」
「いや、初めだから仕方ないですよ。それよりもよく目が見えないのに真っ直ぐ飛びましたね」
「ああ、塔の魔石灯には竜玉を使ってるから、匂いでわかるのだ」
そういえば、水竜ちゃんもそんな事を言っていたな。
レッドドラゴンは初めから慣れているのか、全然揺れなかった。
「何度か人を背中に乗せたことがあるからな」
「そういえば、俺も乗せてもらった気がする」
意外に繊細な奴だった。未だにシャングリラの保管庫を辞めたことを『休業中』と言っている。
嵐や疲労があれば皆休むようにだけは約束した。
「なんか飛んでいる最中に光が見えたり、空飛ぶ円盤なんかが見えたらすぐに休むように」
「空飛ぶ円盤? なんだ、それは?」
「前の世界で、飛行機の操縦士がよく見ていたらしいです。気をつけてくださいね。宇宙人かもしれませんし」
「宇宙人……? わかった」
一日、ずっと試運転に付き合い、眠りにつくまで頭がグラングラン揺れていた。
翌日の大晦日に俺は用事があると言って、一人で竜の島から東へ。
向かったのはフロウラの町外れにある教会跡。レンガ造りの教会は半壊しており、壁には蔦が張っていた。レンガに腰をかけて、しばらく空を見上げていると、後ろから物音がした。
「やってくれましたね」
振り返ると、青年姿の神が立っていた。手首には手錠がかかっている。
「やりやがったな」
正面を向くと、地面から邪神が這い出てくるところだった。首には首輪がかかり、チェーンが地面に繋がれていた。
「2人とも不自由そうだな」
「コムロ氏が、あんな塔を建てるからだ!」
「よくも龍脈に、制御装置なんか建てたな!」
語尾は強い2人だが、目の下に隈ができているし元気はない。俺を挟んで2人は座った。
「神も邪神も、わけのわからないものやことに対する反応によって生まれたと聞いた。そして、わけのわからないものを『魔』と呼ぶ。『魔』の反応によって力が生まれるとすれば、神と邪神とはそもそも魔力を言い換えただけ。もしもその棲家があるとすれば、地下を流れる龍脈だ」
「いつから気づいていた?」
神が聞いてきた。
「塔を建てながら、考えがまとまってきたんだ」
「龍脈を止めようとする奴がいるのはわかるが、まさか制御しようなんて奴がいるとはな」
邪神が悔しそうにつぶやいた。
「グラデーションを楽しめってね。闇の精霊が教えてくれた。0でも100でもなくていいってね」
「あのクソジジイ……」
邪神は落ちていた小石を投げた。勢いのない小石は地面に落ちて転がる。
「これから奇跡が起こらなくなるよ」
「厄災も起こりにくくなる」
「別にいいだろ? 今までが起こりすぎだ。前の世界じゃ、魔力がなくても気候は変動するし、地震も火山もあった。この星でも、わけのわからない現象にもいずれ名前がつくだろう」
「名前がついても、変わらないさ。どうして僕たちが光の精霊や闇の精霊を超えられたと思う?」
「人だろ? 名付けたり考えたり観察したりして、わかった気になっている奴は多いけど、一つわかることによって、わからないことが大量に出てくることはあるもんな。例えば、この星の人類の足跡とか」
俺がそう言うと、2人は笑った。
「獣人が北極大陸で遺伝子学者の研究によって生まれたのはわかったけど、エルフは? ダークエルフは? 小人族は? ドワーフは? いや、そもそも人族の起源は? ある起源がわかったことで、他の起源がわかっていないことに気づく。人は考えることによって他の魔物よりもわからないことが多い。だから、お前たちはどんどん強くなっていった。人が考え、想像することを止めない限り、神々は力を増していく。制御したところであまり変わらないだろう?」
2人はなにも答えず、ただ教会跡から見える海を眺めていた。
「ただし、システムは変えさせてもらうぞ! もう精霊と勇者のお守りはうんざりだ。勝手にやってくれ。それから教会を使って噂なんか流すなよ。みっともない」
俺がそう言うと、神が恥ずかしそうに頭を抱えた。
「コムロ氏、このバカ、本当どうにかしたほうがいいぞ」
邪神が神を嘲笑った。
「いや、評判が下がれば、人の思いも変わるかと思ったんだよ」
神が言い訳した。
「見ろよ。俺には実体があるだろ? お前らや精霊みたいに、人の思いや意識によって姿を変えたりしないんだ。人と神々とは違う。評判を気にする者もいれば、気にしないのもいる。俺は別に気にしないけど、あんまり噂とか流して誰かをいじめるなよ。神々がやるようなことじゃない。浅はかだ」
神は「面目ない」と言うように頭を垂れた。
「それから邪神、そろそろ俺の妻を返してくれよ。どうせ明日から始まる『人類勇者選抜大会』が終わると、見つかるぞ。人の力を舐めるなよ」
「別に俺が隠してるわけじゃねぇよ。あの女の運が悪いんだろ?」
カマをかけてみたが、どうやらミリア嬢は生きてるらしい。安心した。
「お前、今、俺を試したな」
「邪神、もっと人の心を読んだほうがいいぞ。自然破壊ばっかりしてないで。よほど面白いはずだ」
「考えておく……」
「まぁ、もう俺がいなくたって止まらないぞ。人類は」
「ああ、この世界にコムロ氏を転生させてきた時にはこの未来は想像してなかったな」
「誰も想像出来ねぇだろ」
「塔の運用を始めて龍脈を制御しだしたら、会えなくなるのか?」
俺は2人に聞いてみた。
「僕たちはどこにでもいるんだ。空気中にだってね。会いたい時に呼べばいい。ただ、前よりは奇跡を起こしにくくなった。精霊駆除の報酬はいつでも出ないよ」
「厄災もだ。大陸ごと移動させるとか、大洪水とかは無理になった。ムカつく種族がいたら今のうちに滅ぼしておいてやるよ」
「そんな種族いねぇよ」
俺はそう言って立ち上がり、尻についた土埃を払った。
「よし、俺は帰る。明日のスピーチ考えないといけないからよ」
神々は立っている俺を見上げていた。
「じゃあ、またな」
俺はそう言って、フロウラに続く坂を降りていった。
正月の朝。空は清々しい快晴。
俺も竜たちも緊張していた。
「冒険者の諸君……いや、諸君て言われてもな……猛者たちよ! いや、違うか」
徹夜でスピーチを考えたが、どうでもいいことばかりが思い浮かんでしまい、全然出来なかった。
竜たちは仕度を始め、朝飯を食べたら、すぐにコンテナの客室を抱えて飛んでいった。
俺は通信袋を握りしめ、じっと時を待つ。アイルやセス、メルモが集まるなか、やはりベルサだけは南極の海に潜っているらしい。
全世界が大晦日から正月になった。竜の島では正午過ぎ、俺は通信袋に思い切り魔力を込めた。
「あー、全世界の冒険者たちよ。あけましておめでとう! コムロカンパニーのナオキ・コムロだ! この通信は全世界の通信機、通信シール、通信袋、通信シャツに向けて放送している。もし聞こえていない奴がいたら、ぜひ周りの冒険者の通信機器で聞いてほしい」
俺はちょっと待ってから再び通信袋に魔力を込めた。
「いいだろうか? よく聞いてほしい。俺たちコムロカンパニーは世界中を旅してきた。北半球も南半球も、果ては北極大陸まで全ての大陸、群島を訪れた。時々、空を飛ぶ島を見たことがある者がいるかもしれないが、そこにも俺は住んでいたことがある。その中で多くの悲劇を見た。綿畑のために水量が減っていく湖、水の精霊に呪われた大草原、世界樹に住み着く悪魔の残滓、戦争のために犠牲になる人々、種族間の差別と畑の病気、1000年の時に閉じ込められた勇者たち、家族を人質に囚われたネクロマンサーたちの侵攻、水源を争う不毛な戦い、すべて精霊と勇者が関わっている。精霊が勇者を選び、悲劇が生まれた」
俺は魔力回復シロップを飲んで、再び通信袋を握りしめた。
「『言葉』を得たことで精霊になったある種の力が、『勇者』を選んでいることに疑問はないか? そもそも『勇者』とは誰が作った言葉なんだ? 神々か? それとも精霊か? 違う! 俺たち人類だ! 己の信念に基づき、勇気をもって行動した者を『勇者』と呼んだ! 力が強いとか魔力が多いとか魔法が上手いなんて関係ない。勇気ある者たちを『勇者』と呼んでいたはずだ。いい加減、俺たち人類に『勇者』を返してもらってもいい頃だと思わないか?」
俺はそこで一旦、魔力を切り、息を整えて通信袋を握った。
「人類の人類による人類のための『勇者』を選ぼうじゃないか! たった今から『人類勇者選抜大会』を開催する! ドワーフだろうが魔族だろうが老若男女も関係ない。もちろんレベルもスキルも気にするな。期間は今日から春の終わりまでの3ヶ月間! 己の心に従い勇気を持って『7つの謎』を多く解明した者を『勇者』とする!」
竜の島にいる人々から歓声が上がった。
「気づいている者も多いだろうが、この一ヶ月、俺たちは世界各地に塔を建てた。『空飛ぶ竜の乗合馬車』が停まる駅だ。金があれば乗るといい。金がない奴はまず働け! それから、セスが経営している船にも冒険者の席を作った。海に出ることはできるぞ。もちろん、自分の実力を知り、引くのも勇気。自分の実力も見えていないバカは冒険者ギルドで弾かれるからそのつもりで! 他に疑問や質問があるかもしれないが、冒険者ギルドで聞くといい」
注意事項は冒険者ギルドに丸投げしよう。
「では、行け! 冒険者よ! 世界を蹂躙し歴史上誰も解けなかった『7つの謎』に挑むがいい! 健闘を祈る!」
こうして『人類勇者選抜大会』が始まった。
『こちらベルサ、大会が始まって早々悪いんだけど、ちょっと南極の海底がヤバイかもしれない』
通信袋からベルサの声が聞こえてきた。