36話
「あ~…美味しいです」
「今年の新茶なんだ」
ダンジョンマスターが湯のみに急須から緑茶のおかわりを入れてくれた。
現在、俺とアイル、ベルサの3人はダンジョンマスターの居住空間である井戸の底におじゃましている。
世界的に有名な配管工によく似た、このダンジョンマスターはマルケスさんと言って、3文字の苗字と名前を持っているわけではなかった。
自己紹介を終え、丈夫な葉を編んだ敷物がある部屋の一角に、俺達は座っている。
敷物の上にはちゃぶ台があり、日本人としては非常に落ち着く。
アイルとベルサは、椅子ではないことに少し戸惑っていた。
そういえば、こっちの世界で床に直に座るのは、奴隷や、薬を作る時の俺くらいか。
「あれがダンジョンコアですか?」
ベルサが奥の棚に鎮座している、金色に輝く大きな玉を指差した。
「いや、あれは魔物の魔石さ。ダンジョンコアはずっと地下にある。それこそ、僕しか行けないような場所にね」
「あんな大きい魔石…まさか!?」
「地上の巨大な魔物の魔石ですか!?」
アイルとベルサが驚きの声を上げる。
「そうだよ。ダンジョンを維持するためには、どうしたって大きな魔石が必要なんだ。たくさんの小さな魔石じゃ一気に出力が出せないからね」
つくづくダンジョンとは、スゴいシステムだ。
巨大な迷路や広大な森。さらに、下の階層には溶岩地帯や砂漠などもあるらしい。
その中で膨大な数の魔物たちが生活を営んでいる。
その環境をダンジョンマスターのマルケスさんは、たった一人で作り上げているという。
「すごいっすね!」
「ガイストテイラーたちのおかげで、だいぶ楽になったけどね」
ガイストテイラーとはゴーストテイラーの上位種で、村を作っていた偽エルフたちのことだ。
「どうして、エルフの姿をさせているんですか?」
「森を守るなら、エルフだろ?あとは、個人的な趣味かな」
「このダンジョンで一番強い魔物はどこにいますか?」
「どうだろうなぁ。下の階層に行けば行くほど、魔物の強さは強くなるだろうけど、実際、個体での強さで言うなら、地上の魔物のほうが強いんじゃないかなぁ」
「ダンジョンにはどのくらいの種類の魔物がいるんですか?」
「あんまり数えたことはないなぁ。勝手に進化する奴もいるからねぇ。魔物学者さんなら、数えてみてくれないか?」
「は、はぁ…」
ベルサとアイルの質問に、笑いながら答えていくマルケスさん。
「どうしてまた、ダンジョンマスターに?」
「ん?んん…」
俺の質問に、マルケスさんはオデコを掻きながら、苦笑いをした。
聞いちゃまずかったかな。
「その辺は複雑でね。逆にナオキくんはなぜ害虫駆除なんか?せっかく、違う世界にきたんだから、違うことをすればいいじゃないか?この世界は魔法やレベル、スキルなんかもあって、面白いと思うけど」
自己紹介の時に、地球と言うところで、害虫駆除の仕事をしていたことや、前の世界には魔法やレベル制などがないことは伝えていた。
ちなみに、マルケスさんは地球ではないところから来たらしい。
ただ、聞いた限りでは非常に日本によく似た世界だったようだ。
キノコの国かな?
アイルとベルサは俺が異世界から来たことに、驚いていたが、「ない話ではないな」などと納得していた。
「俺の場合は、お金を稼ぐのに、手っ取り早かったってだけですかね」
「そうか、君は別に召喚されて来たというわけではないんだったね」
「ええ、もう記憶が薄れてるんですけど、前の世界で一度死んで、この世界の神が拾ってくれたんです。神がどんな顔をしていたか、どんな声だったか、覚えてないです。神の加護とか使命とかも、言われた覚えはないですね。レベルは職業柄上がりやすいですけど…」
「なるほど、羨ましいな」
マルケスさんはどこか寂しそうに笑った。
「羨ましいっすか?」
「僕は魔王を倒すために、呼びだされたからね。魔王がいなくなれば、特に必要とされなくなるだろ」
呼びだされた上に、魔王がいなくなったんで、もう必要ありません、と言われれば、ふざけるな!と言いたくもなる。
「その点、君は好き勝手に生きられる。何かを期待されたのなら、神だって何かスキルや才能を与えただろうしね。君は完璧に自由だ。目標も夢も、人生の行く末も、この世界での役割も、自分で決められる。この世界で何か目的は見つけたかい?」
「まだ、特には。世界を回って、ゆっくり決めようかとは、思ってます」
「うん、それがいい」
その後、ベルサとアイルがマルケスさんに質問をしているうちに、お茶がなくなった。
「良かったら、ダンジョンを案内しようか?」
「いいんですか?」
「「「お願いします」」」
マルケスさんは、「久しぶりの客人だ」などと言って、お茶を片付けた。
俺達がダンジョンに来るまでは、ほとんどレベル上げのための冒険者か、勧誘に来る魔族くらいしか、来なかったらしい。「対話が成り立つような奴らはいなかった」と言っていた。
それも、外に巨大な魔物が現れるようになってからは、まったく誰も来なくなったという。
「こっちだ」
そう言って、マルケスさんは部屋にある窓を開けた。
地下なのに、なぜ窓があるのか不思議だったが、通路だったようだ。
窓をくぐると、そこは砂漠だった。
森と同じように、天井から太陽光のような光が注ぐ場所で、地面は一面砂。
あとは、何も見当たらない。
「ここの魔物がこのダンジョンでは一番強いかな? 良かったら、少し戦っていくかい?」
「え! いいんですか?」
アイルは興奮したように聞いた。
「ああ、ただ、死んでも知らないけど」
アイルはかなりウズウズしている様子だ。
特に、俺もベルサも強い魔物と戦う気はないのだが。
「んじゃ、1人で行けば?あとで回収しに来るから」
「そ、それでもいいか?」
俺の提案にアイルは乗っかった。
アイルもレベルが上って、人外っぽくなってるから、勝てない敵が現れたら、自分で逃げ切ることができるだろう。
「でも、その格好だと、魔物と戦う前に、干からびて死ぬんじゃないか?」
アイルは相変わらず、ビキニアーマーだ。
仕方がないので、俺のツナギを貸してやることにした。アイテム袋から水袋も渡しておいた。
「じゃ、あとで!」
そう言うと、アイルは砂漠を駆けて行った。
「元気だなぁ。さ、こっちだ」
アイルを見送ると、マルケスさんは、立っていた地面の砂を払って、貯蔵庫の蓋のような地面の板を持ち上げた。そこには階段がある。
降りていくと、饐えたような匂いがした。
カビ臭いというか、独特の匂いだ。
砂漠とは一転して、ひんやりと肌寒く、暗くジメジメとしている。
Tシャツとハーフパンツ姿の俺は、アイルにツナギを貸すんじゃなかったと、早くも後悔した。
「氷河のようなところに行くわけじゃないんですよね?」
鳥肌を立てながら、俺が聞く。
「ああ、その格好でも大丈夫。でも、少し暗いか」
マルケスさんは、手の平から魔法で火の玉を出し、浮かばせた。
「僕は、あんまり魔法は得意じゃないんだけど、これだけは得意なんだ」
そう言ってマルケスさんは階段を降りていった。
階段を降り切ると、暗い洞窟のような場所で、足元を見るとキノコが栽培されていた。
マルケスさんが、近くの松明に火を灯すと、一気に壁際に設置された無数の松明に火が灯り、部屋を明るくする。
部屋の大きさは、かなり広く、野球場ほどあるだろうか。
そこに一面、キノコが栽培されている。
そして、探知スキルで見ると、魔物がうじゃうじゃいる。
足の間を、マスマスカルの小さいのが通って行った。
「ここが、このダンジョンの秘密の場所だ」
マルケスさんは自慢気に言った。