358話
宿で朝飯を食べ、ゆっくり温まってから極夜の北極大陸に向かう。カミーラも一緒だ。
「このままではエルフの薬学はダメだと思ったわけ!」
カミーラはずっとエルフの薬師たちの文句を言っている。
「本当に物事を知らず、そのままでいいと思っているエルフたちに嫌気が差した! 今回の旅は、エルフたちが目を覚ますような物を見つけたいと思っての行動だよ! 別に外が見たいとかそういうんじゃないんだから!」
聞いてもいないことをべらべら喋る。あまり深くは聞かなかったが、エルフの薬師たちにカミーラを目標にするものが増え、居たたまれなくなったらしい。
「面倒見がいいな」
「そんなんじゃない!」
「でも後輩のために動いてるんだろ?」
「自分のためよ! それにずっとエルフの里にいたらコムロカンパニーの奴らにバカにされそうだしね!」
「大丈夫。別にバカにはしねぇよ。ただ眼中にないだけだ」
鼻に唐辛子をツッコまれた。火に油を注いでしまった。どうやらカミーラは俺がクーベニアでエルフの薬屋にいた頃からライバル視していたらしい。成長を見守ってくれているぐらいだと思っていただけに衝撃だった。
北極の強風に煽られながら、俺たちは魔力の壁で自分たちを覆い、探知スキルで位置を確認しながら、どうにかポーラー族の基地まで辿り着いた。
入り口でクリーナップをかけて、血液検査へ。今はフェリルがいないため、ポールが代わりにやってくれている。
「カミーラ、外から来たんだから血液検査だよ」
「え? ああ、わかった。エルフ!?」
広場の木を見て驚いたり、背の高いエルフであるポールを見て慌てたり、カミーラは忙しそうだ。
「ヨハンはいる?」
「いや」
俺の腕にノミの魔物を置いてポールが短く答えた。光の勇者であるヨハンは、だいたい俺が来ると近寄ってくるはずだが、今日は来ない。どちらにせよ娼館の情報はないから、いてもなにも教えてやれないのだが。
「また、娼館に行ってるのか? 変なこと教えすぎたかな?」
「いや、ダンジョンの仕事はしてる。身ぎれいになった。他人への扱いも変わった」
ポールは言葉少なにヨハンを褒めていた。
「そうか。なら、いい」
血液検査を終えると、カミーラは広場で植物学者たちに議論を吹っかけていた。
俺たちは現族長であるセイウチさんに挨拶。
「この前はありがとうございました!」
「な~、いやいや、こちらこそ。ダンジョンの畑も順調だよ。奥さんはまだ?」
「ええ。なかなか見つかりません。それでちょっといろいろ考えてて」
俺はセイウチさんにすべての計画を話した。
「それは、また大変なことを考えたな~」
「だから、ちょっと光の精霊にも会ってきてもいいですか? 『海底に眠る花嫁』の事実確認をしておきたいんですよ」
「な~、構わん。竜の塔に関してはどうするつもりだい? 北極大陸にも作るのかい?」
「ダンジョンを避けて作れるなら、作ろうかと。あ、変なやつが来たら困ります?」
「いやいや、驚きはするが困らない。でも『薬草の原種』は用意しておいたほうがいいかな~?」
「あるんですか!?」
「ある。あるだけにあまり『7つの謎』が効力を発揮しないかもしれないな~」
確かに、見つかり放題だと冒険者にとってもよくないかもしれない。そもそも、冒険者ギルドは『7つの謎』を解いちゃった時に支払う報酬がなくなって破産するんじゃないか。
「隠しておいてもらえますか? もしくは言わないとか……」
「な~、わかった。だったらこの鉢植えを光の精霊のところに持っていってくれないかな~」
セイウチさんはアロエのような草が生えた鉢植えを俺に渡してきた。
「これが『薬草の原種』なんですか?」
「な~、そうだな~。足りないだろうな~?」
葉は5本。冒険者が5人来たら、終わりだ。
「了解です」
族長室から出て、ダンジョンへと向かう。
「アイルはどうする?」
光の精霊と何かあった時は俺が止めるしかない。どちらか一方が人質に取られたら、身動きすら取れなくなる。
「行っても意味ないか。死者の国と、元氷の国に行ってくる」
「とりあえず、通信袋は入れっぱなしにしておくから、なんか俺が忘れているようなことがあれば連絡して」
「了解」
幾何学模様が特徴的なダンジョンの門をくぐった。
光の精霊への道は迷路を辿っていけばいい。出来るだけ入り組んでいるほうを選び、壁をぶち抜いていくと、真っ直ぐな道ができる。それを繰り返していくだけ。
たとえ、目の前にキューブ状の部屋があったとしても、ただひたすら壁をぶち抜いていく。いろんな仕掛けがあったが、どれも俺が教えた罠ばかり。自分で考えた罠に嵌まる奴はいない。
「ちょちょちょちょちょっとー!」
光の精霊の声がしたと思ったら、俺は真っ白の空間に飛ばされていた。空間の精霊に連れて行かれた部屋に似ているが、もっと眩しい。
「こんにちはー。この間はどうも」
「迷路壊さないでくれる!? 普通に呼び出してくれればいいから」
「ああ、すみません。とりあえず、これ『薬草の原種』です。ちょっと預かっておいてください」
「セイウチが持っていたものじゃないの? まぁ、いいけど。で、なんの用? これ届けに来ただけ?」
「龍脈について教えてもらえますか?」
「知らないわよ。龍脈なんて。わけがわからない」
「ここが龍脈の出発点じゃないですか? それってズルくないですか?」
「ここはダンジョン。亜空間なのよ。たとえ龍脈があったとしてもその魔力は使えないの!」
「龍脈が魔力が通る道だなんて俺はまだ言ってませんよ」
光の精霊は嘘が下手だ。
「……言わなかった?」
「言ってません。龍脈がなんなのか知ってるんですね?」
「な、な、なにが知りたいの?」
「全部です」
「空にあの恒星が輝き始めた時から私はいるわ」
「それはちょっと長くなりそうなんで、端折ってください。いや、ちょっと待ってください。神々って人の反応で生まれたんですよね?」
「そうよ。やっぱり質問する?」
「そっちでお願いします。神々はわけがわからないものに対する反応。つまり崇めたり怖がったりすることによって神と邪神が生まれた? でも、光の精霊は恒星が輝き始めた頃からいる? ってことは、神々より歳上なんですか?」
「今さら気がついたの? もちろん、その頃は名前もなければ言葉もなかったから、考えることもできなかったけどね」
「闇の精霊も光の精霊と同時期に生まれていますか?」
「ええ、もちろん。どうしてる? あの爺さん」
「元気ですよ。芸術家のパトロンのようなことをしています」
「わけがわからないけど美しい、か。うまくやってるわね。もともと、今いる神々が扱っている領域は闇の精霊の領域だったのよ。いつの間にか人類が力を持つようになって、神々は私たちの上の立場になってしまった。考えても見てよ。わけがわからないものに反応するより、光に反応する生物のほうが多いと思わない? 私が一手に引き受けてたのよ」
そりゃそうだ。あれ? 今、生物って言ったな。前も生き物って言ってた。光の精霊はいろいろとおかしなことを知っている。一つずつツッコんでいくか。
「なら、光の精霊には魔力がたくさん集まってくるんじゃないですか?」
「まぁ、それほどでもないけど」
「なら、俺がこのダンジョンで転生した時、このダンジョンのダンジョンコアが魔力を吸い取って喜んでませんでした?」
「……ギクッ!」
ギクッて本当に言う人を初めて見たな。
「それに答えるには魔力とはなにか、について少し話さないといけないわね」
「お願いします」
「魔力こそ、わけのわからない力なのよ。あなたたちが魔素と呼んでいるものも含めてね」
「わけがわかりません」
「それも魔力のひとつ」
「俺を煙に巻いていますか?」
「ううん。これは真実。神々はそのわけのわからない力の権化のような者たち、でしょ?」
「魔力がわけのわからない力だとして、魔素はわけがわからない素になる物質ってことですか?」
「そう! わけがわかってきたわね」
いや、わからん。俺は首を横に振った。
「あらゆる生物にはわけのわからないものが含まれている。あなたは魂だけをこの世界に連れてこられたけれど、記憶はそのまま残っているでしょ? なぜ?」
「魔力ですか?」
「その通り。その生物に対しての思い、嫉妬や後悔の念なんて言えない心のゆらぎ、過去の身体に焼き付いた経験、不確定な確率で起こる種の異常、不合理、言葉にできないわけのわからないもの全てが『魔』に含まれる」
「わけがわからないものこそ『魔』だと。それでなんで光の精霊は、大量の魔力に喜んだんです?」
「太陽、光、魔石灯、光の波長、光の三原色、人類によって私はどんどん名付けられて、わけがわからない存在ではなくなっていっているのよ。でも、もちろん、光にはわかっていない部分もあるから、今でもダンジョンを維持するくらいはあるわよ」
「名付けると、わかるようになって『魔』がなくなると?」
「名を与えられれば、それについて考えることができるようになる。そうすると徐々に『魔』ではなくなるわね」
「闇の精霊も似たような事を言ってました。名付けは本来、闇の精霊の領分だとか」
「そうね。あの爺さんはだいぶ『魔』に抵抗しているわね。でも、もっと言葉にならない名付けていないものは多いわ」
確かに、感情や心の機微が言葉になっていないことは多い。
「龍脈は?」
「人でも魔物でも死ぬと土に還るでしょ。魔力も消える。地下にある魔力の流れに持っていかれてしまうのね。もしくは空気中を漂う。シンメモリーって聞いたことない?」
「あります。あれ、思いとか後悔の念とかって聞きましたよ。ゴースト系の魔物になるとか」
「そう。うまく集まればね。煤やカビなんかを媒介にするとそうなるみたい。死者の国が近くにあるのもわかるでしょ」
なるほどね。
「話を戻しますが、さっき言ってた地下にある魔力の流れが龍脈ですよね。死んだら、魔力が龍脈に持っていかれると」
「そう。で、空気中のは風に煽られたり、他の魔力に引っ付いたりするけど、最終的にはこの星の磁力に引っ張られるから磁極であるここが龍脈の出発点なのよ」
「ああっ! そうか! 北極点と磁極は違いますもんね。なるほど! あれ? じゃあ、南半球もそうなってるってことですか?」
「南半球は……どうなってるのかしら?」
光が届かないところは光の精霊も知らないのか。
「『海底に眠る花嫁』がいました。あそこも磁極ってことですよね?」
「よかった。あの娘の身体、1000年経っても保っていたのね」
「でも、今は竜玉を作ってないみたいなんですよ。それでどういうことなのか知りたくて、聞きに来たんです」
「なるほど。概ねあなたの目的を理解したわ」
光の精霊は安心したのか、大きく息を吐いた。
「いや、駆除人は精霊も消せるっていうから警戒してたの」
「それはこっちも同じですよ。光の精霊なのに引きこもってダンジョンで迷路作ってるんですから、わけわかんないですよ」
「魔力を保つためよ。しょうがないでしょ」
「ああ、そうか」
もしかして迷路を作ってるのも自分のわけのわからなさを演出しているのか。
光の精霊は仕切り直すように、なにもない空間から椅子を取り出して座った。いつの間にか俺の背後にも椅子が浮かび上がってくる。どうやったのかは知らないが「座れ」ということだろう。
「つまりね、本来、いくつかある龍脈には2種類の流れがあるのよ。北から南へ流れていくものと南から北へ流れていくもの」
「はい」
「で、今までは北から南へ流れていって赤道の空間の壁にぶつかっていたわよね?」
「ええ、そこで途切れてましたよね。あ、魔力が逆流したりしてたんですか?」
「いや、全部、空間の精霊が描いた魔法陣に持っていかれて赤道の壁を維持していたんだと思う」
「あいつ、そんな膨大な魔力を使ってまで……」
こき使われていたから、あんまり空間の精霊については思い出したくない。
「南半球も同じようになるはずだったんだけど、違うのよね?」
「違います。魔素溜まりが3つ出来てました。邪神が暴れて悪魔をぶっ飛ばしたりしてたって聞いてますけど」
「ああ、それなら納得。邪神が大量に魔物や人を殺すと魔力はどうなると思う?」
「魔力は龍脈に引っ張られますよね?」
「そう。例えば、血管に急激に血液が流れ込んできたらどうなるかを考えればいいのよ」
「血管が爆発する、ですか? 龍脈でも同じことが?」
「そう。その爆発が魔素溜まりになったのよ。出口があるから赤道まで魔力は行かないし、空気中の魔力はどんどんその魔素溜まりに引っ張られたのね。少しは磁力で流れていったかもしれないけれど」
「じゃあ『海底に眠る花嫁』は魔力を出す一方で、来る魔力がほとんどなかったと? だから竜玉を作る必要性がなかった」
「ま、そういうことね。北半球の場合はまだ人も魔物もいたから龍脈は流れていっていたけれど」
話は聞いた。ただ、なにか聞きそびれている気がする。
ついでに南半球で、魔物ではなく生物が生まれた理由を聞くと、「知らないわよ。だいたい魔物なんて5億年くらい前に生まれたんだから、魔力がなくなったって生きていけるのよ」と言っていた。生物にもわけのわからない力は身体に含まれているので、死ねばその魔力が龍脈に引っ張られるそうだ。
「では、魔法とは?」
「だから、わけのわからない力に道筋をつけてあげる方法ってことよ。もう、いい? 全部話したでしょ」
「うん。いや、いいんですけど、塔を建てる必要がなくなっちゃったなぁ」
「塔? なにするつもりだったの?」
俺は『空飛ぶ竜の乗合馬車』について話した。
「龍脈って歴史的に見ても何度か暴走してたみたいだから、『海底に眠る花嫁』の負担を減らそうかと思ってたんですよ」
「それ、やりなさいよ~。どうせ人でも魔物でもたくさん死んだら龍脈は暴走するのよ。制御できるなら、してもらったほうが、この星のためだわ」
「そうですかねぇ……」
「そうよ! 北磁極はダンジョンで蓋をしているからいいけど、南磁極は生身の身体よ」
「んん!? ダンジョンで蓋? 赤道の壁がなくなって、南半球から魔素溜まりもなくなりましたよね。今の龍脈ってどうなってるんですか?」
「今の!? ……ギクッ!」
人生で2度目の「ギクッ!」を見た。
「南から北へ流れてきた魔力は、そのまま北から南へ受け流しているんですか?」
「……まぁ、多少はダンジョンで使ってるわよね。人も魔物も死ぬんだから龍脈が魔力であふれちゃうでしょ」
「さっき、亜空間とか言ってたのに、やっぱりズルいじゃないですか!」
「だって還元していかないといけないからぁ。どんどん光についても解明されていくし!」
「だったらやっぱり『海底に眠る花嫁』が竜玉を作っていないのはおかしくないですか? 北から南へ龍脈は流れていっているのでしょう?」
「そのうち作るわよ! そのためにあの娘は身体を捧げたんだから! まだ魔力が溜まってないだけよ、きっと」
「そうなのかぁ。だったらいいけど」
だいたいわかったから帰るか。
「塔、作ってよね」
「あ、はい。竜族への差別意識を改善するためにも作りますよ。焦らなくてもいいってことがわかったんで安心しました」
俺が椅子から立ち上がると、なぜかダンジョンの入口に飛ばされていた。
「じゃあ、よろしくね」
光の精霊はそう言って消えた。振り返った俺の目には幾何学模様が施された門だけが映った。
とりあえず、通信袋でベルサに連絡。
「こちらナオキ、『海底に眠る花嫁』の様子はどう?」
『なんか、膨らんできてるね』
「そのうち竜玉作るって光の精霊が言ってたよ」
『そう。今のところ、その気配はないけどね。とりあえず、竜玉作り始めたら、離れまーす』
「頼みまーす」
アイルも死者の国と元氷の国の冒険者ギルドを回ったようだ。
挨拶回りは、あとルージニア連合国とシャングリラ、それから群島と南半球の新しい冒険者ギルドか。塔作りもどんどん手を付けていかないとな。
時間がない。