357話
起きたのは昼過ぎ。遠くにヴァージニア大陸が見える海の上だった。
「起きたか? もうすぐ着くよ」
「尻痛ぇ」
文句を言いながら、砂浜に降り立つと腹が減ってきた。
「夜食、食べたんだけどなぁ」
「マーガレットさんに連絡したら、『一緒に昼食でもどお?』ってさ」
「お、さすが気が利くなぁ」
フロウラの町は南半球にも近いため、活気づいていた。港では船が渋滞している。教会に向けてデモをするほど、冒険者たちは南の海へ行きたがっていたからな。
町の中は人でごった返し、広場には大道芸人や行商人たちが集まっていた。串焼きを買うだけで列ができていた。
「これは、どの料理屋も入れなかったな」
「宿の窓が全部開いてる。空き室もなさそうだよ」
アイルが言う通り、宿屋も大盛況のようだ。
「ヴァージニア大陸は広いからな。拠点はノームフィールドにしようか」
「うん、少し内陸に行ったほうがいいね」
とりあえず、俺たちは町の名前にもなっているマーガレット・フロウラ邸に向かった。
屋敷の門前には、メイドのばぁやが待っていた。
「今か今かとお待ちしておりましたよ」
「町がすごいことになってますね?」
「ええ、ヴァージニア大陸の南側は漁港ばかりですから、大きな船が出る港は意外に少ないんです。大陸中から南半球へ行こうとしている人たちが集まってきていますね」
ばぁやはそのまま裏庭に案内してくれた。いつも俺たちがしているように、バーベキューセットを用意してくれていた。赤道に近いため、冬でもまるで寒くない。
「ごきげんよう、ナオキくんにアイルちゃん。今日は外で食べましょう」
マーガレットさんはトングを片手にじっくりと肉を焼いていた。
「こんにちは、マーガレットさん。昨日の夜、竜たちが獲ったワイバーンの肉です。よかったらどうぞ」
「あら、嬉しい。昨日の夜はどちらに?」
「アリスフェイ王国の火山で竜たちと塔を作ってました」
「……仕事ね?」
マーガレットさんは一瞬、考えてから、ツッコむのを止めた。
「それで、南半球では活躍だったらしいわねぇ? 勇者たちの戦争を止めたって聞きましたよ」
「俺はそれで借金生活ですよ」
「でも、逃げたんでしょう? アルフレッドが『あいつはいつ俺を継ぐのか』って嬉しそうに怒ってました」
少なくともアルフレッドさんの跡は継がないだろうな。
「逃げたんじゃなくて、仕事が溜まってて」
「今はどんなお仕事をしてるの? 塔を作る仕事?」
言おうか言わまいか迷ったが、「どうせ老い先短い老女じゃ、なにもできませんよ」とマーガレットさんが言うので、『人類勇者選抜大会』も『海底に眠る花嫁』も『空飛ぶ竜の乗合馬車』も全部話すことに。
「ちょっと世界を変えようかと……」
話し始めたら止まらず、マーガレットさんもばぁやも口を開けっぱなしで聞いてくれた。アイルは「肉が焦げちゃう」と、バクバク食べている。
「それが全部、自分の奥さんのためなんですよ。ナオキは今、奥さんに逃げられちゃって行方を探してるんです」
アイルがデザートに手を付けながら、マーガレットさんたちに密告していた。
「まぁ、プライベートと仕事を両立させてみたんです」
「……はぁ~、心臓が止まるかと思いました。全部、一人の女性のためなんですね?」
「そうです。フロウラの近くの森にお茶屋さんがありませんか? そこの女将さんなんです。どこかへ行っちゃって」
「あら、そうなの? 私も行ってみたいと思ってたのよ。この前の騒動の時は町の人たちがお世話になったから、お礼をしないといけないと思ってたんですが、そう……」
赤道の壁がなくなる時、お茶屋の方に町の人たちは避難していた。
「ばぁや、私の通信袋を持ってきて」
「はい」
ばぁやが屋敷の中に走っていった。
「精霊と勇者が起こす悲劇は何度も耳にしていましたから、私も、いや、ルージニア連合国も協力させていただきますわ」
マーガレットさんは真っ直ぐ俺を見て、そう言った。
「『海底に眠る花嫁』の件は世界に関わることですものね。急がないと」
マーガレットさんは「おちおち老いてられないわ」とトングを放り投げ、屋敷に入っていった。
「話が通じる人たちが多くてよかった」
「ナオキはそういう能力だろ?」
「清掃・駆除業者より詐欺師に向いてるのかも。借金も返さないといけないし。それより、喋りすぎてさらに腹が減ったよ」
俺は目の前で焼けている肉にガッツく。
「うっめ~」
その後、屋敷からマーガレットさんが弟のアルフレッドさんに連絡を取る声が聞こえてきた。
「アルフレッド、今すぐ各国の首脳陣を緊急招集しなさい。スバルの戦後処理!? 南半球の些細なことは、どうでもいいのです。コムロカンパニーのナオキくんがとんでもないことを計画してます。姉さんは全面的に応援しますからね!」
それを聞いてアイルは笑っていた。
「ナオキ、アルフレッドさんにまた怒られるぞ~」
「困ったなぁ~」
結局、肉を食べ終わった頃、アルフレッドさんから連絡が来て、『お前はなにを考えているんだ!?』とどやされた。
「すみません」
『いいか、どんなに早くても首脳陣を中央政府に集めるのに3日はかかる。3日後の夜、ルージニア連合国の中央政府の城に来るように! まったく、この前集まったばかりだというのに、ワシの顔が丸つぶれだ!』
「ご迷惑をおかけします」
怒っている人に対しては、疲れてくれるのを待った方がいい場合がある。俺はそっと通信袋をテラスの上において、デザートを食べることに。アポの実のパイが甘さがスッキリしていて、すごい美味しかった。
最終的には通信袋を使っていたアルフレッドさんが魔力切れを起こしかけたので、3日後の約束だけ取り付けて通信袋を切った。
「3日後まで空いてるなら、先にウェイストランドとエルフの里に行っちゃおうよ」
「よし、行こう」
日が落ちないうちにマーガレット邸を出発し、眠そうなアイルを俺の空飛ぶ箒の後ろに乗せて夜通し北へ向けて飛んだ。
「2日続けて徹夜か。夜行性になってきたな」
朝方、ダークエルフの国・ウェイストランドに到着。東部にいる種苗屋のレヴンさんに挨拶をしてから、冒険者ギルドを回ることに。
「久しぶりだな。ブロウが世話になってる」
「お久しぶりです。息子さんはよくやってくれてますよ。今はアペニールの農法を習得している頃かと」
「あいつには種族に縛られずに生きてほしい。コムロカンパニーが傭兵を募集しているって噂を信じてよかったよ」
コムロカンパニーはバレイモの病気を駆除したことで有名になっているが、レヴンさんの力が大きい。元風の勇者の父親でもあり、精霊や勇者に人生を狂わされた一人でもある。
俺が人類の勇者を選ぼうと思っていることを伝えたが、あまりいい顔はしなかった。
「精霊の恩恵を受けているエルフやダークエルフが多いからな。他種族への差別も未だに残っている。その人類の勇者は一人なのか? 冒険者ならパーティでもいいんじゃないか?」
「確かに、そうですね。パーティごと勇者でもいいですよね。今までだって勇者は何人もいたわけですし」
「エルフは和を重んじる種族だ。それなら乗ってくるかもしれない」
レヴンさんに相談しておいてよかった。
ついでに『海底に眠る花嫁』と『空飛ぶ竜の乗合馬車』の話をすると、興奮してお茶を吹いていた。
「『空飛ぶ竜の乗合馬車』だと!? それはダークエルフになら絶対に受けるぞ! そもそも騎馬民族だから、世界のあらゆる乗り物には興味がある。いや、むしろ俺が乗りたいくらいだ」
なるほど、種族によって歴史も違えば興味も違う。だとすれば、精霊と勇者というシステムを変えるというよりも、精霊の勇者とは別に人類の勇者も増やすという言い方のほうがエルフたちには刺さるのかもしれない。
「先日、アリスフェイ王国には竜の駅を建てたんですけどね」
「そうか! 畏怖の対象である竜を手懐けたか! すばらしい!」
「いや、友人なんですけどね」
「竜が友人とはまた豪胆だなぁ」
まだ、差別意識は残っているようだ。こういう考えを持つ人にこそ、今回の『人類勇者選抜大会』は意味があるのかもしれない。
大量の野菜の種をお土産に貰って、ウェイストランドの冒険者ギルドを回る。ちょっと他の地域とは勝手が違いそうなので、アイルと2人で説明することに。
「『空飛ぶ竜の乗合馬車』!? 駅の場所を決めたい、と?」
やはり、『空飛ぶ竜の乗り合い馬車』に興味があるようで、どの冒険者ギルドでも「我が町の近くに塔を建ててくれないか」と言われた。
「塔の場所に関しては、検討します。冒険者のランクだけは上げておいてもらえますか?」
「無論だ」
だいたいそんな感じで、わかっているのかいないのか。『空飛ぶ竜の乗合馬車』を熱望されていることだけはわかった。土地は余っているのでなにもない草原ならいくらでも使ってくれとのこと。
やはり、冒険者ギルドを回る前にその国の知り合いと話しておいた方がいいようだ。挨拶回りもほぼ終盤だが。
エルフの里は警備隊の隊長に挨拶した。カミーラは薬師の里に籠もって出てこないらしい。俺は隊長の奥さんが作ってくれたサンドイッチを食べながら、これからの計画を全て説明した。
「龍脈だと!?」
エルフは『海底に眠る花嫁』が一番気になるらしい。「魔力に関することは、エルフ全員が注目している」と横で聞いていた隊長の奥さんも言っていた。
「『人類勇者選抜大会』という名前はどうかと思うが、『7つの謎』を解明するというのは素晴らしい考えだな。知恵と勇気を試すよい機会だ。平等性も保たれているし……いや、さすがはコムロカンパニーの社長といったところか」
エルフの里にも冒険者ギルドがいくつかあるようで、場所を教えてもらった。ほとんど隠れ里なので、相変わらず場所を聞いても探知スキルで探さなければ見つからないような場所が多い。
エルフの里の冒険者ギルドは小さく、ほとんど道具屋に併設されている。ギルド長たちには何度も龍脈や『海底に眠る花嫁』について聞かれたが、予測の域を出ていないと答えておいた。世界樹の跡地に塔を建てたいと言ったら、調和が取れていてモニュメントのようなものなら構わないとのこと。塔はタケノコっぽいし、周囲の木々とそんなに大きさは変わらない。噴水でも付けておこうか。
俺が昼寝もしなかったので、夜にはウェイストランドとエルフの里の挨拶回りは一通り終了。ルージニア連合国での会議までは時間はあるので、翌日、北半球最後の大陸・北極大陸に向かうことに。
とりあえず、エルフの里の北部にある漁師の里で宿を取った。
寝ている最中に誰かに起こされたような気がしたが、面倒だし暗殺以外はどうでもいいので寝続けた。
朝、起きてみると顔が痛い。いや、痛いというか……。
「なんか辛いなっ! 目を開けたら、辛いのが入ってきそうなんだが。アイル! ちょっと!」
隣のベッドにいるアイルは鼾をかいている。仕方がないので、シーツで顔を拭こうとしたら、俺のベッドに誰かがいた。
「誰だ!? いや、そんなことより顔が辛い!」
シーツを引っ張り顔を拭うと「ナオキ、寒いよ~」という寝ぼけた声が聞こえてきた。しっかり『辛いなにか』を拭き取って目を開けると、ベッドの上にはカミーラが丸まって寝ていた。
「カミーラ、なにやってんだ!?」
「んあ、起きたか? とりあえずシーツを返してくれ」
たぶん俺の顔が辛いのはカミーラが唐辛子でも塗ったからだろう。
シーツの代わりに俺の靴下を顔に近づけると、「オエー」と咽ながらカミーラが起きた。
「あー死ぬかと思った。ナオキ、なんてことをするんだい!?」
「カミーラ、薬師の里に籠もってたんじゃなかったのか?」
「ああ、もういいんだ。私は『薬草の原種』を探しに北極大陸に向かうことにした。だけど、冬だから北極大陸には船を出さないとバカな船長が言うんだ。しかも金も持たずに来たから、宿代がない。そんな時に、コムロカンパニーの誰かが宿に泊まっているって聞いたから、部屋に乗り込んだらナオキが寝てるから、一緒に寝てたわけだ」
「顔に唐辛子の粉を塗ったな?」
「挨拶代わりだよ」
「この野郎、それが元店子にやることか」
俺はカミーラにコブラツイストをかけた。カミーラは俺の腕に噛み付く。
「「痛い痛い痛い痛い!!!」」
「うるせぇっ!」
2人で暴れていたら、アイルが起きて、窓から俺たちを外に放り投げた。
「「寒い!」」
凍てつくような冷たい風がインナー姿の俺とカミーラを襲う。
エルフの里の冬は、喧嘩なんかしてられないほど寒かった。