356話
領主の屋敷は丘の上にあり、以前行ったことがあるので場所は知っていた。行ってみると、屋敷の前には一台の馬車が停まり、ローブを着たおじさんが敷地内を眺めている。
「あれ? ベルサの父さん!?」
おじさんはベルベさんだった。
「いかにも。ベルサの父、植物学者のベルベです。そういう君はベルサの会社の社長さんではないですかな?」
「お久しぶりです。ナオキ・コムロです。どうしたんですか? 昔の自分の家を見に来たんですか?」
ベルベさんは昔、マリナポートの領主だったが、貴族の称号を売ったと聞いている。結局は貴族として、アリスフェイ王国でどこかの領主になっていたはずだ。
「いや、それほどこの屋敷に興味はありません。むしろ興味があるのは植物。随分と育ったバラの魔物だと思いませんか?」
ベルベさんに言われ敷地内を見てみると、庭に太い緑の根が縦横無尽に張り巡らされ、屋敷の建物にはトゲの付いた蔓が絡みついている。窓ガラスは割れているし、ドアもバラの魔物によって壊されていた。
「荒廃してますね」
「ああ、おそらくここの領主が誰かに呪われたのでしょう。因果応報と言うやつです。植物学者として、この屋敷に巣食うバラの魔物を退治しに来たのですが、どうしたものかと思案に暮れていたところ。いいところに来ましたね。清掃・駆除は得意でしょう?」
「ええ、専門で請け負ってますよ。この魔物を駆除すればいいんですよね? その代り、火山周辺の土地を貸してもらえませんか?」
「なにに使うつもりです?」
「ちょっと竜が立ち寄る塔を作りたくて」
「竜ですか。そういえばレッドドラゴンがいなくなって、ザザ竹の開花時期はどうすれば、と王に陳情が来ていたような。いいんじゃないですか? どうせ今はここの領主はいないし、勝手に建てて、あとで謝ればいい。なにかあれば私の方でうまく誤魔化しておきますよ」
「話がわかるなぁ……」
ベルサが、察しが良いのは父親譲りか。
「じゃあ、ちゃちゃっと駆除しちゃいます」
庭には魔物の骨や髑髏が散乱している。肉食だな。
「だいたい決まった」
俺は町に一旦行き、魚の魔物を大量に買い込んで領主の屋敷に戻る。魚の魔物をミンチにして加熱の石を中に入れる。それをだいたい20個くらい用意し、屋敷の中に放り込んだ。
「迷いがないですね?」
ベルベさんが俺の仕事ぶりを見て、聞いてきた。
「この前、南半球でマンドラゴラを同じ方法で駆除してたんですよ。あれ? このバラの魔物って叫びますか? 空気が中に入っていると爆発したりするんですが……」
「呻くような声は聞こえてきましたが」
「なら、少し離れてましょう。これで駆除できなければ、また別の方法を試します」
「いくつも駆除方法があるんですね?」
「そりゃ、魔物によって駆除方法は変わりますから」
幸い、加熱の石でバラの魔物は吹き飛んだ。
あとは張り巡らされた根を切り取るだけ。
「ものの数分ですか。お見事です」
「いえいえ、仕事ですから」
探知スキルで見ても、魔物の反応はない。
「あとはこちらで雇った者たちに処理させますから、大丈夫ですよ」
ベルベさんがそう言ったタイミングで、坂道を屈強な男たちが駆け上がってくるのが見えた。バラの魔物を討伐するために呼んだ人たちかな。後片付けは任せてもよさそうだ。
「わかりました。じゃあ、火山周辺の土地を借りますのでよろしくお願いします」
「ええ、王に勅命を出させておきます」
土地代がかからなくて済んだ。
まだゼットたちが来ないので一先ず、テルの造船所に顔を出した。
「南半球に行けるようになったおかげで30年先まで仕事が入りましたよ。ナオキさんのおかげですね」
「ボロックたちの腕がいいからだ」
お茶を飲みながら、息子のトーマスと船の端材で塔を彫ったり、絵を描いたりして遊んでいた。トーマスはすでに船の設計図を描けるようで、豪華客船の設計図を事細かく描いている。
「この船の名前は?」
「えーっと、どうしようかなぁ。タイタン、いやタイタニック号とかですかねぇ」
「ちょっと名前、変えたほうがいいかもな」
「え~そうですかねぇ? じゃあ、ツェッペリン号?」
「なるほど、飛空船にするのもいいか」
子どもは噛み合わない会話を続けていてもちゃんと返してくれるので楽しい。これがうちの社員たちだったら、無視されるに決まっている。
夕飯までご馳走になっていたら、ようやくゼットがレッドドラゴンを連れてやってきた。
竜の姿のままだったので、マリナポートの町は大騒ぎ。
「仕事、入ったから。またな!」
「はい、また寄ってください」
「またな、社長~!」
トーマスにはすっかり気に入られてしまった。侮られたのかもしれないが。大きくなったら豪華客船に乗せてもらおう。
通信袋でゼットと連絡を取り、火山まで来てもらった。
「騒がせたか?」
レッドドラゴンが聞いてきた。
「いや、もっと大きい騒ぎを起こすからいいよ。それより、火山周辺が龍脈なのは本当か?」
「ああ、ここなら我も休みたい。龍脈で間違いないだろう」
ゼットが答えた。
「なら、マグマを避けて塔を建てて行きましょう。とりあえず、さっき子どもと遊びながら、彫ってたんだけどこんな形がいいんじゃないかと思うんですけど」
俺はタケノコ型の模型をゼットに触らせた。
「なるほど、安定してるな。地面との接着部分はどうする? なだらかな方がより安定するぞ」
「いいですね。上の方に魔石灯を置いて、中はくり抜いて水生成器作ったり、休憩所作ったりしましょう。あとは……」
「発着場所も必要だろう? 有事の際に我ら竜が竜玉を作れるように、四方八方に穴を開けておいたほうがいいな」
ゼットもいろいろ想定しているようだ。
「いいですね。あ、そうだ。発着場所にクリーナップの魔法陣を描いておきましょう。外の大陸から来た人間は病原菌を持っていることもあるので。と、考えると風呂も用意したほうがいいのかな」
発着場所は塔の下がいいだろう。
「バーベキューができるようにしてはどうだ?」
レッドドラゴンがよだれを垂らしながら聞いてきた。
「そうだな。とにかく無駄に思えるような魔力でも使ったほうがいいよな」
「龍脈から引き上げた魔力は塔の真ん中を管で通すのか? 小石でも入ってしまったら、魔石になって塞がってしまうんだがなぁ」
「なるほど維持が大変ですね。外側に何本か分散させたほうがいいかも。水生成器も両サイドの魔法陣を使えるので仕組みとしてはその方がいいです」
水生成器は冷却の魔法陣と暖房の魔法陣で2つの部屋に温度差を作り出し、部屋を仕切るガラスや鉄の板、焼いた粘土板に結露を生み出して水を作る。広めの部屋が2つ必要で、空気中の水分を使うため、密閉できない。
「面倒だろ? 飲水作るって」
「面倒だなぁ。でもその方が魔力を使いそうだ」
俺とレッドドラゴンがぼやいている間に、ゼットは「外側だけでも」と言いながら、土魔法でものの数秒足らずで10階建てのビルほどの塔を建ててしまった。この世界の建物では高い。
「ゼット、すごすぎますね?」
「いや、中のほうが大事だ。ある程度強度がないと建ってられないから、3層構造くらいにしないとな。まだ、龍脈までの穴も開けてない。夜通しの作業になるぞ」
「了解」
俺はアイルに「今日は宿に帰れなさそうだ」と連絡し、魔法陣を描いていく。
「社長、このままだと魔力が中に通ってしまうぞ」
「なら、壁を二重にして間に魔力を通しましょう。空気穴は枠の部分を塞いでしまえばいいから」
「なるほど」
ゼットは言われたら、すぐに理解して指示通りに作り、装飾まで施してしまう。
「凄まじい能力だ。目が見えていないとは思えない」
「粘土は焼いたら縮む。ダメだ」
火の息で粘土板を焼いていたレッドドラゴンが割れた粘土板を見せてきた。やはり乾燥させて窯で焼かないとすぐには使えなさそうだ。
「タイルとかのほうがいいかもしれんぞ」
見かねたゼットがアドバイスしていた。
「要はツルツルしてて、熱伝導率がいい素材がいいんですよ」
「性質変化か。伝説の魔王でもいなければ魔法じゃ無理だ。探すしかあるまい」
ゼットが大きくため息を吐いた。
「ああ、そうか! 魔力の性質変化を使えばいいのか!」
完全に忘れていたが、俺は前に魔力でゴムボールを作ったことがある。そもそもベタベタ罠だって作れるのだから、ツルツルしていて熱伝導率のいい壁くらい作れそうだ。魔法がわかれば、魔法陣も自ずと頭に浮かんでくる。
「なんだぁ。早く言ってくれればいいのに」
粘土板を焼かずとも、壁に魔法陣を焼き付けるだけでよかった。いやはや、南半球で魔力操作を習得して魔力の壁ばかり使っていたから、魔力の性質変化なんか覚えてなかった。
「社長、お主、昔話かなにかか?」
ゼットが半笑いで引いていた。
「昔々あるところに、忘れんぼうの社長がいても、なんの教訓にもならないですよ」
「あ、忘れているといえば、我らは夜食を忘れていないか? ゼットの兄さん、この辺のワイバーンは一味違うのですよ」
レッドドラゴンがそう言うので、飯休憩。
俺も2人が獲ってきたワイバーンの肉を少し貰って食べた。相変わらず、美味い。
食後に水生成器を試してみた。
「あれ? 全然、水出てこねぇな」
どうしたのかな、と思ったら、そもそも仕切りの壁に焼き付けた性質変化の魔法陣に魔力を込めなかったため起動しなかったらしい。もう一度、壁に魔力を込めて実験。結露が一気に発生し、どんどん水が下に置いた受け皿に溜まっていく。
「ただ、これ魔素が入っちゃってないか?」
吸魔草で試したら、若干大きくなってしまった。魔力を込めた壁を通過しているのだから当たり前か。飲んでみると、程よく苦い。
「どこかで飲んだことあるなぁ……。あれだ! 魔力回復シロップに似てる。あんまりたくさん飲むようなものじゃないね」
「うまくいかんものだな」
ゼットも少し飲んで吐き出していた。
「水魔法よりは魔素が少ないから風呂に使う分にはいい。効能として『魔力切れの者は飲んでもいいが、飲まないほうが良い』って書いておこう。簡単に都合のいい鉄板が見つかるわけでもないし、一先ず保留で」
すべてうまくいくわけではない。一方は、夏の避暑に、もう一方は冬の避寒として使う。将来的に大きい鉄板かガラスを買って嵌めることに。
「確かに、時間はないしな」
「そういう適当なところ、我は嫌いじゃないぜ」
ゼットもレッドドラゴンも優しい。
まだまだ、描かないといけない魔法陣は多く、水生成器にばかり構ってられない。
魔石灯の魔法陣に、クリーナップの魔法陣、それから強化魔法の魔法陣で塔を隕石が落ちてきても崩れないくらいガチガチに固めた。発着場所には大きな岩を切り出してきたので、魔法陣を彫るのが大変だった。
また、龍脈までの穴を地下に掘っていくときも、土砂崩れが起きて崩れないように魔法陣を描いて、レッドドラゴンが火の息で焼いて固める。
「本当に夜通しの作業になるとは」
ゼットがつぶやいて、俺も夜が明けているのに気がついた。
「では、龍脈の魔力を通すぞ」
ゼットの掛け声とともに、ズンッという地鳴りのような音が聞こえた。ただ、地震は起こらず、代わりに膨大な魔力が塔へと向かった。
龍脈の魔力が下から上へ、塔に描いた各種魔法陣を起動させていく。ゼットは、竜玉を作る際に使う地面に空いた穴から魔力が噴き上がるのを確認し、蓋を取り付けていた。最後に大きな魔石灯が空に向かって光を放ち、作業終了。
「「「お疲れ様でした!」」」
「今夜で、構造は覚えた。次からはこんなに時間はかからん」
おそらくゼットは、同じ塔を数十秒で建ててしまうだろう。
「次から俺が魔法陣を彫る作業がメインになりそうだ。とりあえず、許可が出たところから、建てていって、俺が魔法陣を描いたら、起動させていきましょう」
「「了解」」
「で、乗合馬車の客が乗り込む部分はどうするつもりなんだ?」
レッドドラゴンが聞いてきた。
「コンテナを改造するつもりだよ。竜族が運びやすいサイズがいいから、要望があれば言ってくれ。ベルトを付けてくれとか、聞くから」
「わかった。一旦、竜の島でちょっと試してくる。挨拶回りが終わり次第、連絡してくれ」
ゼットとレッドドラゴンが、夜食の時に獲ったワイバーンの肉をまとめ始めた。
「お、できてるな!」
ちょうどアイルが空から降りてきた。
「アイルか。アリスポート周辺の挨拶回りは終わったのか?」
「ああ、これから冒険者のための教育施設が作られるはずだ。貴族たちも必死で自分たちの領地の特産を改良し始めると思う。大国だからといって安心しすぎたんだ。レベルの差を思い知らせてやったよ」
「そうか。とりあえず、今日は俺、徹夜だったから、移動は任せていいか?」
「いいぞ」
俺はアイルの空飛ぶ箒の後ろに乗り、遥か東のヴァージニア大陸へ。マルケスさんの島と竜の島は素通り。マルケスさんに連絡したら、「おう、ダンジョンの外は勝手にやっていいよ」とのこと。