355話
翌朝、早朝に宿を出ると、ラウタロさんが俺たちが出てくるのを待っていた。
「お前ら、世界を変えるつもりか?」
どうやら情報を聞きつけて、会いに来たらしい。
「そうです。人を不幸にするシステムがこれ以上必要とは思えませんから」
「フフフ、グレートプレーンズは全軍を持って、荒くれ者の冒険者たちから国民を守るぞ。存分にやれ!」
止められるかと思ったら、応援だった。
「助かります!」
俺とアイルは北東にある傭兵の国へ飛んだ。
地峡にある傭兵の国は雪が舞い散る中、新年の準備に追われていた。
5年前は火の国との契約が切られ、国がなくなるかどうかの瀬戸際だったが、今は他国との交易も盛んに行われ、安定している。
傭兵の国の王は、国家存亡の危機を経て、「祝える時に盛大に祝う。我々は傭兵。いつでも死が傍らにあるのだから、思い残すことがないように」と新年には大きな宴を開くようになったらしい。豪快だ。
「いや、冬は動かないから身体がなまってしょうがねぇ。少し働かせてるだけだ」
本人は宴の理由について、俺にこう語ってくれた。
『人類勇者選抜大会』について語ると、大声で笑った。
「コムロカンパニーは俺たちに稼ぎ時を与えてくれるなぁ。わかった。これは新年の宴どころじゃねぇなぁ。武器を研いで待ってるぜ」
理解が早い。傭兵の国にある冒険者ギルドにも伝えてくれるという。うちの会社でも雇っているが、傭兵の国の傭兵たちは優秀だ。『人類勇者選抜大会』が始まれば、引く手あまただろう。
一応、空飛ぶ竜の乗合馬車や塔についても話したが、「誰も住んでないところなら、勝手に建てていいぞ」とのこと。そんなんでいいのか。
「面倒なことはスナイダーに聞け」
スナイダーとはドヴァンの父親のことだ。もちろん、傭兵だ。
傭兵の国への挨拶は午前中に終わり、俺たちはそのまま東へと飛んだ。
アリスフェイ王国の王都アリスポートで宿に向かう。アイルの実家もあるのだが、「別に里帰りじゃないから」と2人部屋を取った。
宿を拠点にアイルは王都周辺の冒険者ギルドや王城を回るという。俺はさらに東のクーベニアに向かった。
俺からすれば、初めてこの世界に来て訪れた思い出の町だ。そして西から押し寄せてくる魔物の大群を、毒入りマスマスカルで殲滅した場所でもある。あの頃はそんなこと気づいてすらいなかったが。
何の変哲もない田舎町。森が近くにありゴートシップの牧場や、墓地などが見える。もちろん、地上に降りたって特になにがあるというわけでもなく、教会の鐘の音が聞こえ、目につくのは銭湯の煙突から湯気が出ているくらい。
元エルフの薬屋だった古道具屋には『本日休業』と書いた札がかかっている。
「留守か」
墓地に行ってみると、ちょうど葬式が執り行われていた。墓守であるバルザックはじっと棺が地面の中に収まるのを見ている。俺も小屋の近くで待たせてもらった。
式が終わり親族が帰ると、バルザックは棺に土をかけて埋め、墓に向かって祈りを捧げていた。
「誰かと思いましたが、ナオキさんでしたか」
「仕事中に邪魔したな。近くに来たから顔を見せに寄ったんだ」
「そうですか……」
バルザックは寂しそうに今埋めた墓を見た。
「どんな奴だったんだ?」
「名もない冒険者ですよ。風呂屋の息子で、ずっと親に冒険者になることを止められていたらしいです。40歳で親が亡くなり、念願だった冒険者になることができた。最後の数年は人が変わったように生き生きとしていました。年下の先輩冒険者たちからも慕われ、どんな些細な仕事もちゃんとこなす優秀な冒険者でしたよ」
「そうか……」
「『俺は人の裸を山程見てきたが、冒険者になってようやくちゃんと人を見れた気がする。もっと早く冒険者になってればよかった』と話してました。風呂屋も立派な仕事ですが、合う合わないがあるんでしょうね」
「得意不得意もあるしな。どんな人生にだっていい時も悪い時もある。グラデーションを楽しめってね」
「グラデーションですか。いいですね。今度使わせてもらいます」
「闇の精霊の受け売りだ。最後は自分の信念に従ってたんだろ? 納得できる最後を迎えられたんじゃないか?」
俺は事故でこちらの世界にやってきたから、多少は前の世界に未練がある。もうちょっと日々の生活を大事にしたかった。
「そうかもしれません。やりたいことをやった者はシンメモリーにもならず墓を荒らしませんから」
俺と一仕事を終えたバルザックは冒険者ギルドで飯を食べることに。
クーベニアの冒険者ギルドでは、アイリーンが金持ちの冒険者をこっぴどく叱っていた。
「ランクはお金で買えません! 冒険者カードも周りに見せびらかすようなものでもないんです! あなたがどんな恥を受けようと、我々、冒険者ギルドはあなたをランクDとは認めません!」
金持ちの冒険者は顔を真赤にして出ていった。アイリーンは同僚たちから「良い啖呵だった」と拍手されていた。
「そうか。自分の実力がわからない奴もいるんだよな。ちょっと計画を修正するか」
「お、今度はなにをするつもりですか?」
バルザックが聞いてきた。
「ちょっと世界のシステムを変えようかと思ってな……」
「ナオキさん!!」
アイリーンが俺に気がついて、素っ頓狂な声を上げた。
「お疲れ様。食堂で一緒に飯でもどう?」
「アイリーン、休憩入りまーす!」
アイリーンは同僚たちに有無を言わせず、休憩に入った。
まだ午前中なので、食堂には俺たちしかいない。いつもの生姜焼き定食を頼み、3人で飯を食べていたら、ギルド長のホワイトが挨拶に来た。以前、会ったことがある。
「ああ、すみません。後でこちらから伺うつもりだったんですが……」
俺は周囲を確認してから、『人類勇者選抜大会』について軽く説明した。
「えーっと、ちょっとここではなんなので、応接間で話しましょう」
ホワイトは話の内容を理解するのが早い。結局、生姜焼き定食をお盆に乗せて応接間で食べながら説明した。
「つまり、精霊が選ぶ勇者ではなく、冒険者の中から人類の勇者を選ぶということですね?」
俺が話し終えると、ホワイトが聞いてきた。
「そういうことです。でも、『7つの謎』に立ち向かうのにも、ある程度実力が必要なようですね。先程、アイリーンが叱っていたようななんのために冒険者をやっているのかわからない連中もいることを忘れてました」
「ああいう手合は、かなり少なくなってきたんですけど、それでもやっぱりいます」
アイリーンが呆れながら、お茶を淹れていた。
「Dランクくらいの実力があれば、自分の実力と危険とをちゃんと天秤にかけられるんですけど、なかなか難しいです。実力があって自己分析ができていても『7つの謎』というと無理する者も出てくるでしょう」
ホワイトはそう言って禿頭を叩いた。一つでも解明すれば大金を手に入れることができるからなぁ。
「まぁ、大人ですから、自分の責任で冒険してほしいんですけど、やはり最低限の基準は設けた方がいいかもしれませんね。とりあえず、移動に関しては用意していくつもりです。セスの運送会社も使えますし、空飛ぶ竜の乗合馬車も使えるようにしますので」
「空を飛んで移動するんですか?」
ホワイトが聞いてきた。
「ええ、3ヶ月という短い期間ですし、できるだけ竜族との交流もした方がいいと思いまして。西の大陸では魔族の国ができていますし、ヴァージニア大陸の近くには竜の島があって、交易もしてるんですよ。これを機に、種族間の差別がなくなるといいと思っています」
「なるほど、わかりました。正月に告知ですね? 我々も準備をしないといけません。手取り足取り優しく新人の訓練をしている場合じゃなさそうです。できるだけ多くの冒険者を育てましょう」
「お願いします!」
使った食器を食堂に返し、俺は次の町へ行くことに。
アイリーンとバルザックが町外れまで見送ってくれた。
「私、南半球の冒険者ギルドに異動願いを出してるんです。新しい場所で自分を試そうかと」
唐突にアイリーンが言った。
「そうか。アイリーンならどこでもうまくやるさ」
「それを確かめに行くんです」
「頑張れよ。無理するな」
「どっちなんですか?」
頑張ることと無理をすることは同じ意味か。
「「グラデーションを楽しめ」」
俺とバルザックの声が被った。
「ハハハ、闇の精霊が俺に教えてくれた言葉だ。すぐに成果は出なくても腐るなよ。また、会おう」
「はい、また」
「ナオキさん、元気で」
俺は空飛ぶ箒に魔力を込めて、南へと飛んだ。
この世界で、顔見知りができて、友人ができて、仲間ができて、仕事して、旅を続けてきた。失いたくないものがたくさんある。
ミリア嬢を探すというのが一番の目的だけど、『人類勇者選抜大会』も竜の塔もちゃんと進めないとな。ミリア嬢を見つけたら、世界が終わってたなんてことにならないように。
俺は次の町・オスローの冒険者ギルドで再び説明して、昼過ぎにはマリナポートに到着していた。
『社長、こちらゼット。竜たちへの挨拶は済んだから合流したい。どこにいる?』
ゼットから通信袋で連絡があった。
「今、竜の島から西へ真っ直ぐ行ったところにある大陸の港町だ。わかるか?」
『レッドドラゴンの青年に案内してもらう』
『あーしも行っていい?』
水竜ちゃんの声が聞こえてきた。
「ああ、水竜ちゃんさ。こっちより南極でベルサの手伝いしてくれない? 海の中得意でしょ?」
『OKよー! とにかく南へ行けばいいのよね?』
「そう、よろしくー」
水竜ちゃんはノリが軽くて頼みやすい。
俺は通信袋を切って、マリナポートの冒険者ギルドに向かった。塔を建てる土地の買収も進めたいな。レッドドラゴンの元棲家である火山の洞窟が龍脈上にあるはずだから、地図で確認しておかないと。塔の模型も作らないといけないし、やることは多い。
マリナポートの冒険者ギルドのギルド長は、強いことが正義みたいな奴だった。町に闘技場があるので、そういう性格になったのかもしれない。ちょっと心配だったが、職員さんたちには伝わったようなので、一安心。ついでに不動産関係について聞いてみた。
「火山の周辺の土地って誰の土地なんですかね?」
「領主だと思いますよ」
マリナポートの領主って、ベルサが仲間になった時にぶっ飛ばしたんだっけな。いや、乗り込んだだけか。とりあえず、行ってみよう。




