353話
翌日から全員が動き始める。
ベルサは引き続き、『海底に眠る花嫁』の観察。竜玉を作り始めたら、少し安心できるが、今のところ予兆はないとのこと。
黒竜さんとゼットは一旦、竜の島まで行って竜族全体に龍脈と『海底に眠る花嫁』の情報を共有するとのこと。ゼットの紹介もするという。
セスとメルモは自分たちの拠点で、『人類勇者選抜大会』のために、冒険者用の商品を作ったり、船に冒険者枠の席を用意するという。早朝に朝飯の準備をして北へと飛んでいってしまった。
俺とアイルで冒険者ギルドに挨拶回りをすることに。
「手分けしていくか?」
朝飯のサンドイッチを食べながら打ち合わせ。
「それだと、お互いに行った場所がわからないから、拠点の宿でも取って大陸ごとに回っていったほうがいいんじゃない?」
「ああ、その方がいいや」
お互い自分たちの記憶力を信じてないし、二度手間は面倒だ。
「あ、先にエディバラに行っていいか? 魔道具師ギルドに水生成器の魔道具を実験してもらってたんだ。実験結果回収して、塔の設計をゼットに渡しておいた方がいいだろう」
「でもゼットは目が見えないんだぞ?」
アイルに言われて、気がついた。
「模型とか作ったほうがいいのか」
工作スキルがあるので、そんなに苦労しないだろう。
「とりあえず、グレートプレーンズとか魔族領とかある大陸からだな」
「了解」
午前中に世界樹を出て、大平原の国グレートプレーンズに向かう。
夕方頃に王都ラパ・スクレに到着し、宿を取って一泊。その宿を拠点に大陸中の冒険者ギルドを回っていくことに。
「私はグレートプレーンズとアペニールの冒険者ギルドね」
「少なっ! 俺はエディバラと火の国と魔族領? ちょっと多くないか?」
アペニールは冒険者ギルドを誘致するとか言ってる時期じゃないか。
「グレートプレーンズは大きいし、町もたくさんあるからね。終わったら連絡するし」
「サボるなよ」
「大丈夫、大丈夫」
軽く2回繰り返すあたりが大丈夫じゃなさそうなんだけどな。まぁ、次の大陸で頑張ってもらうか。
俺は移動で疲れたので、その日は早々に就寝。アイルはコロシアムに試合を見に行っていた。
次の日「コロシアムはどうだった?」と聞いた。
「私たちと水の精霊との戦いが演目に加えられてたよ。衣装が派手だった」
夜は演劇っぽいことをして、闘拳士たちが戦うのは昼の興行らしい。俺も見ればよかったな。
「じゃあ、レミさんたちによろしくー」
「そっちもリタたちによろしくー」
そう言って俺は北へ、アイルは南へ向かって飛んだ。
1時間ほどでエディバラに到着。魔道具師ギルドでウォズに会い、報酬を渡した。
「お、社長、来たか。水生成器な。うちの魔道具師たちが一応作っては見たんだけど、コップ一杯の水を作るのに、5、6時間かかるんだよ」
そう言って見せてもらったのは大きめの加湿器くらいある魔道具だった。
「中はどうなってるの?」
ウォズは蓋を開けて中を見せてくれた。
「中は真ん中で仕切ったり、上から見た時にギザギザに板を置いて表面積を多くとったりしてみた。素材もガラス板から鉄板、銅板、粘土板なんかも試したぞ。実験結果は表にしてある」
「おおっ! 助かる! さすがいい仕事をするなぁ」
「ただ、これは直接魔法陣を起動させると魔力が水に含まれてしまうぞ」
魔法陣を内側に描くと中の空気に魔力が多く含まれてしまうからだろう。
「外側に魔法陣を描いて二重構造とかにしたほうがいいんだな?」
「二重構造か! そこまでは考えなかった。予算次第だろうけど」
ゼットの建築スキルなら、問題なさそうだけどな。
「了解。ありがとう。助かったよ」
「いや、またなにかあれば来てくれ。コムロカンパニーは魔道具師ギルドのお得意さんだからな」
すっかりお得意さんにされてしまった。
とりあえずデータが書いてある表や失敗した設計図なども受け取って、エディバラの冒険者ギルドへ。
どこの冒険者ギルドも内装はほとんど変わらない。奥にカウンターがあって酒場や道具屋、宿屋などが併設されている。エディバラの国民性か、魔法使いが多く、ローブを着ている者が多かった。まだ、北半球は冬なので外は寒いしね。
「こんにちは。コムロカンパニーの者ですが、ギルド長にお会いできますか?」
俺がカウンターにいた獣人の娘さんにそう言うと、メガネを上げてまじまじと顔を見てきた。一応、冒険者カードも提示する。獣人の娘さんは何度も冒険者カードと俺の顔を確認してから、奥の部屋に向かった。無口なのかな。
「噂は伺っております。ギルド長のカイージャと申します。どうぞ、奥の部屋に」
奥の応接間は、壁3面が本棚に囲まれて小さな明かり窓があるだけ。あまり使っていないのかテーブルにはホコリが溜まっていた。
「すみません、滅多に図書館の司書たちも来ないものですから」
「いえ、大丈夫ですよ」
「それで、今日はどういったご用件で? なにかエディバラに危機でも? 先日、図書館の魔物を駆除したと聞いていますが、その件ですかね?」
カイージャは矢継ぎ早に質問してきた。
「いえ、そうではなくて、勇者の件でちょっと……」
「勇者ですか?」
「ええ、精霊が勇者を決める時代に終止符を打ちたいと思いましてね」
「……どういうことですか? ちょっと私には理解が及ばず」
「ゆっくり説明しますので、聞いて頂けますか?」
そう言って俺は『人類勇者選抜大会』について説明。俺が会った精霊と勇者が生み出した混乱や事件なども事細かく話し、この前あった南半球での争いも語って聞かせた。
「そこで、精霊ではなく人類で勇者を決めようかと。もちろん戦闘力だけが人の持つ強さではありません。ですから、未発見の人類の謎を数多く解いたものを勇者にしようと思いまして」
俺はそう言うと、「7つの謎」を書いた紙を提示。
「『7つの謎』を解こうという話ですか? 全冒険者を使って」
「まぁ、そうですね。もちろん、挑戦する者もいれば挑戦しない者もいますよね。それから新しく冒険者になろうとする者も多い。冒険者ギルドさんにおかれましては、通常の業務に支障をきたす可能性は高い」
「そうですね。期間はどれくらいを考えていますか?」
「正月に告知して3ヶ月。その間、空を飛ぶ竜の乗合馬車も運用します。ですから、お金さえあれば、冒険者は世界のどこにでも行けます」
「3ヶ月。そんな短い期間で、何千年も解けなかった謎を解こうと?」
「ええ、実は俺たちはすでにいくつか見つけてますから。コムロカンパニーは最後の一週間だけ参加するくらいにしようかと」
「告知はどのレベルで行うつもりですか?」
「最近、通信ができる襟付きのシャツを輸入しませんでしたか?」
「しました。コムロカンパニーも使っている魔道具ということで、新人もベテランたちも使うようになって在庫が足りなくなっています」
「通信機、通信袋、通信シールに通信シャツ、全チャンネルに向けて告知するつもりです」
そこでカイージャは一瞬止まった。
「では、ほぼ全冒険者たちに伝わるということですか?」
「そういうことです。ですから正月は魔物の討伐系の依頼は出さないようにしてもらえますか?」
「わかりました。もともと正月5日間は魔物を殺生するような依頼は受け付けておりませんでしたが。ちょっと待ってください。先ほど、竜の乗合馬車と言いましたか?」
「言いました。空を飛んだほうが移動が楽ですよね。まぁ、運賃は高くつきますが。もちろん運送会社の船にも冒険者が乗れる席を用意していますよ」
カイージャは仰け反って俺を見た。
「その竜はコムロカンパニーさんが使役してるものですか?」
「いえいえ、竜族は友人たちです。仲良くしておいたほうがいいですよ。大食らいですが、非常に優秀な一族ですから」
「そうですか……。少しずつ理解してきました。高ランクの冒険者も老練な者もほとんど何も知らない新人も「7つの謎」に挑戦できるということですよね?」
「そういうことです。この町での通常業務はどういったものがあるんですか?」
「魔石灯の補充や清掃、魔物の討伐もやりますが、採取系が多いですかね。図書館の裏に森が広がっていて薬師の手伝いとしてです。あとは新しい魔法の開発をしようとする魔法使いたちがいますが、あまり成果は上げてないですね」
「やはり、『人類勇者選抜大会』なんてやると困りますかね?」
「困りますけど……精霊に勇者を選抜されても困るんですよね?」
「俺が今まで世界を旅してきた結果ですけどね。ほとんど面倒な事になってました」
「そうですか。おそらく新人教育の手が足りなくなると思うんですね」
「あー、確か、アリスフェイ王国のクーベニアでは冒険者の再生をしてましたよ」
「どういうことですか?」
「つまり新しい職についたけど、日々にスリルがなく冒険者に戻りたいと思っている人たちもいるらしいんですよ」
「確かに、それはいるでしょうね」
「そういう人たちに声をかけてみては? 新しい職につけるくらいですから、冒険者としても優秀だった人たちもいるでしょう」
「いますね……。やってくれるかなぁ」
カイージャには思い当たる人物がいるらしい。
「でも、なにかのきっかけになりそうですね。この大会は何年かに一度開催するつもりですか?」
「ああ、考えてませんでしたが、そうですよね。何年かに一度勇者は変わったほうがいいですよね」
「いや、『7つの謎』全てが解明されるわけではないですよね?」
そうか。なんとなく全部解明されそうだけど、持ち越しにするって手もあるのか。やっぱり、いろんな人に話すとアイディアが出てくるものだな。
「そうですね。『7つの謎』も見つかったら更新していってもいいですしね」
謎づくりというのも面白そうだ。
「一応、聞いておきますが、これは決定事項なんですか?」
「ええ、うちの会社で開催することは決まってます」
「わかりました。数々の実績があるコムロカンパニーさんが言うのなら、この冒険者ギルドとしても反対はしません。精霊や勇者の影響も、この前のシャングリラの1件で我々も見ていますから。力あるものが常に正しいとは限らない。応援しますよ」
「ありがとうございます!」
無事、『人類勇者選抜大会』の許諾をもらい、冒険者ギルドを出た。
その後、エディバラで3つある冒険者ギルドを回り、同じように説明。全てのギルド長が驚いていたが、丁寧に説明すると皆納得してくれた。
終わったのは昼過ぎ。
「今日一日では終わらないかもな」
俺は昼飯も食わずに、火の国へ。
砂漠のオアシスには、巨大な人形が立っていた。周囲には多くの出店。楼閣は修理され、前よりも無骨な印象になっている。
「そうか。『火祭り』の時期か。ちょうどいいや」
火の国中の商人ギルドのギルド長たちが集まっている。火の国では商人ギルドのギルド長たちに説明したほうが早いかもしれない。