352話
「なに!? 龍脈から魔力だって!?」
ベルサが俺を見た。
「いや、それを説明する前に俺の計画も聞いてくれるか」
俺は全員を見て言った。メルモが勝手にお茶の用意し始める。いつものことなので、皆、大きく息を吐きながらも聞いてくれるらしい。
「まぁ、計画と言ってもやることが多いだけで、内容は単純。俺たち人類で勇者を決めようって話さ」
「はあ!?」
アイルは口に出したが、皆同じような顔をしている。
「精霊と勇者が社会やその地域を混乱させているのは、旅の間、見てきたことだろう? 俺たちはそれを駆除してきた。それなのに神々は相変わらず、そのシステムを使い、精霊と勇者の後任を決めている。このままだと、俺たちの仕事は終わらないよ。だろ?」
「まぁ、そうだね」
ベルサが頷いた。
「そもそも、精霊が勇者を選ぶっていうシステム自体が間違ってるんだよ。だから、システムを変えるんだ。精霊が勇者を選ぶのではなく、人類が勇者を選ぶようにね」
「人類が選ぶ勇者ですか?」
セスが聞いてきた。
「そう。エルフもドワーフも、魔族も獣人族も種族や住んでいる地域に関係なく、この星に住む全人類が勇者を決める」
「どうやってだ?」
黒竜さんが聞いてきた。
「最終的には選挙でしょう。ただ、その前に候補者を決めないといけない」
「コロシアムで戦ったりするんですか?」
メルモが聞いてきた。
「そんなんじゃないさ。戦闘力の強さを計るだけなら、冒険者ギルドが登録者全員のデータを出すだけでいいし、たぶん、アイルが優勝しちゃうんだろ?」
「まぁな。ダメなのかよ!?」
アイルが笑いながらツッコんだ。
「もう、皆には言わなくてもいいようなことだけど、戦闘力は人が持っている力の一部でしかない。それに結果がわかりきっているようなものにはしたくないんだ」
「では、社長はなにを基準にして選ばせるつもりだ?」
ゼットが聞いてきた。
「『7つの謎』を使おうと思ってます。歴史上、冒険者たちがどんなに探しても見つけられなかったこの謎に、己の信念を持って立ち向かった勇気ある者を勇者と呼ぶ。候補者は全ての冒険者。これから登録する者も可とする。つまり『7つの謎』を多く見つけた者が勇者っていうことなら納得してくれるんじゃないかと思って」
「だけど、いくつか私たちは見つけてるんじゃないか?」
ベルサが聞いてきた。
「確かに俺たちは現時点でかなり有利だ。空も飛べるし、通信袋も持ってるしな。だから、ギリギリまで運営の側に回る。できるだけ全ての冒険者が平等に情報の共有をしたい」
「もしかして、だから通信できる襟付きシャツを作れって言ってたんですかぁ?」
メルモが気づいたらしい。
「その通り! 俺はずっとこの計画を考えていたからね」
「まさかアペニールに開国を迫ったのも?」
アイルが聞いてきた。
「冒険者たちが立ち入れない場所を作りたくなかったんだ。勇者の国々もそうさ。戦争なんて起こされて、冒険者たちが入れなくなったら『7つの謎』解明の邪魔でしかないからな」
「どの地域も立ち入れるようになったのはいいけどさ、移動手段で差が出るだろ? 私たちは自然と空飛ぶ箒を使ってるけど、普通の冒険者は持ってないんだからさ」
ベルサが指摘した。
「もちろん、セスの運輸会社の船には、冒険者を乗せるスペースは空けてもらうつもりだけど、ゼットや黒竜さんにも頼みたいことがあったんです」
「なにを頼む気だ?」
黒竜さんが聞いてきた。セスは「えー」という顔で俺を見ている。
「世界各地に駅を作り、竜の乗り合い飛空船を作って、冒険者たちを好きな地域に移動させたいんです」
「乗り合い飛空船だと!?」
黒竜さんは「そんなことを我輩たちにさせようというのか?」と言うように俺を見てきた。
「ゼットに世界を回って、いろんな人と関わってほしいな、と考えた結果なんですけどね。もちろん失礼な奴がいたら、海に投げたりしていいですし。ただ、ベルサの報告を聞いて、ちょっと考えを改めました」
「そうか。そうだろうな」
「乗り合い飛空船の駅を町の近くにしようと思ってたんですけど、龍脈上にした方がいいですよね?」
「おいっ! 社長!」
黒竜さんに怒られた。
「ちょっと考えてみてくださいよ。『海底に眠る花嫁』がどうなるにせよ、龍脈からの負担を少しでも減らしたほうがいい。ということは、龍脈上に駅、つまり塔のような建物を作って地中から魔力を引き上げ、魔力効率の悪い魔法陣で消費したほうがいいんじゃないですか?」
「塔か。具体的に考えているな?」
ゼットが聞いてきた。
「ええ、塔なら天辺に魔石灯を置いて、照らせば冒険者たちの目印にもなりますし、内部に水生成器を作っておけば、旅人の憩いの場にもなる。この前、水生成器の魔道具を思いついたんですけど、設計上で大きくなってしまって止めたんですよ。でも塔ならいけるかなぁ、と」
「すでに魔法陣の案まであるのだな」
ゼットがそう言って唸った。
「ちょっと待てよ、ナオキ。龍脈の恐ろしさは私たちが一番良く知ってるじゃないか。ウーピーの魔力過多の痕だって見ただろ?」
アイルが俺に迫ってきた。
「いや、だからなんだ。さっき聞いた伝説上でも、現代でも龍脈は暴走することがある。魔力が膨れ上がったり、流れの勢いが増すことがあるのだろう? でも地中深くだとわからない。そのために塔を建てて、魔石灯の光の具合から、龍脈の魔力量を予測するんだ」
「予測だって?」
「そう。もしも、光がいつもより明るくなっていたら、その塔に向かい、竜玉を作り魔力量を制御する。これは『海底に眠る花嫁』の子孫である竜族にしかできない龍脈の制御方法だけどね」
「我輩たちにしかできない……?」
黒竜さんがちょっと嬉しそうに俺を見た。
「そうなんですよ。それなのに、人類の敵とか魔物の親玉みたいな扱いを受けるのは竜族が辛すぎるでしょ。でも、普段乗り合い飛空船を引っ張ってくれる大事な仕事仲間だったら邪魔もされませんし、冒険者から命を狙われることもない」
「待て。それで我輩たちの種族になにか得があるのか?」
黒竜さんが当然のことを聞いてきた。
「ああ、得は世界を救えるってことと、乗り合い飛空船の価格設定を決められるので、お金に苦労することはなくなるんじゃないですか? あとは、疲れたら魔力をたくさん浴びれますよ」
「食い物はどうだ?」
ゼットがにやけながら聞いてきた。
「まぁ、塔が旅人の憩いの場になれば、自然と近くに宿屋とかも出てくるんじゃないですかね? 宿屋の周りには料理店も」
「乗った! 弟よ、我は社長の案に乗ることにしたぞ」
ゼットが大きく頷いていた。
「ちょっと兄上、待ってくださいよ」
「お、そういえば、自己紹介がまだだったな。此度、コムロカンパニーに所属することになったゼットと申す。諸先輩方におかれましては、年上だからといって遠慮することなくご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願い申しあげます。ドワーフの娘たちから言われていたことをすっかり忘れていた。すまんな」
唐突にゼットが挨拶をした。
「セスです。運送会社を経営しています。コムロカンパニーでは下っ端です」
「メルモです。服のデザイナーとか、いろいろ服飾関係の仕事をしてます。セスとは同期です」
「私は知ってるだろ? 会計担当のベルサ。いつもは魔物学者をやってる。この会社にいると、信じられないことしか起こらないから、暇はしないと思うよ」
「副社長のアイルだ。今の計画もそうだけど、ナオキの言うことは話半分で聞いておいて現場で確認するように。ほとんど計画通りに行くとは限らないし、だいたい何か起こるから」
「俺は、もう知ってるでしょう。この会社の社長です。只今絶賛、神々と喧嘩中。転生者です」
俺がそう言うと、ゼットは「どうりで!」と手を打っていた。
「ナオキ、計画を実行に移すとして、どう動くんだ? 『人類勇者選抜大会』の告知はいつ? それまでにメルモは通信できる襟付きシャツを全世界に売りさばかないといけないし、セスだって船に冒険者を乗せるなら、いろいろ制度を変える必要があるんだぞ」
「『人類勇者選抜大会』か、いいな、それ。その名前にしよう。初めは基本的に冒険者ギルドへの挨拶回りが主だね。土地の買収や塔設置の許可を貰ってゼットと塔を建てていくよ。魔法陣も描いていかないとね」
一息ついたのか、全員、メルモが淹れたお茶を飲み始めた。
「で、『人類勇者選抜大会』の告知は、年明けの正月。そこから期間は3ヶ月ってとこかな」
「「「「ブーッ!!!」」」」
なぜか全員飲んでいたお茶を噴いた。
「3ヶ月って正気か?」
アイルが口を拭きながら聞いてきた。
「3ヶ月もあれば十分だよ。あんまり長いと皆『7つの謎』全部見つけちゃって、差がなくなっちゃうだろ? 精霊の勇者決定権を薄めて、人類の勇者を作るのが目的なんだから、なにか画策される前に早くやっちゃった方がいいよ」
「いや、あの狡賢いナオキがそんな急ぐなんて、なにかおかしい。ナオキ、なにを隠してる?」
ベルサが横目でじろりと見てきた。
「バレたか~、いや、言おうとは思ってたんだけどな」
やはり、古参の社員たちには考えていることがバレてしまう。顔に出てるのかな。
「すでに『7つの謎』を全て見つけてるんですか?」
「どうやっても自分が勇者になるように仕向けるとか?」
セスとベルサが聞いてきた。
「いや、そんなんじゃねぇよ。俺が結局何のためにやるかと言うと、ミリアさんを見つけるためだ。世界を順番に回っていって見つけられるかどうかわからない。それよりも一斉に冒険者に呼びかけて情報を募ったほうが早いだろ? だから誰かに勇者が決まった時に、合わせて『ミリアさんを探してくれ』と呼びかけるつもりだ。ちょうど全世界が注目してるときにね」
「3ヶ月というのは早くミリアを見つけたいからか?」
アイルが聞いてきた。
「そうだ。勇者を決めるのに1年や2年かけたほうがいいことはわかるが、俺のほうが堪えられそうにない。新婚だぜ。今だって何をしてるのか、ちゃんと食えているのか心配でしょうがないんだ。さっきの計画で嘘があるとすれば、アペニールの開国も勇者の国々の戦争を止めたのも、ミリアさんがいるかもしれないからだ。全ては俺のかわいい妻のためだ。どうだ? 止めたくなったか?」
「いや、俄然やる気になった! ミリアは私たちの友人でもあるんだぞ」
「おかしいと思ったんだよー! 今回はそれだけ外さなければいいんだな。よしよし」
アイルとベルサは話が単純になったと喜んだ。
「奥さんを見つけるために、そこまで世界を欺くなんて、社長らしいや!」
「すごい。愛ですねぇ!」
やめろよ。セスとメルモは俺を辱めてくる。
「我も、そうか、精霊と聞いて面倒なことになると思っていたが、最終的な目的が勇者云々でなければ楽だ。なんだ、転生者も人間臭いな」
ゼットも俺を見る目が変わった。
「社長よ。代わりはいないのだな?」
黒竜さんが聞いてきた。
「いません」
即答だった。
「わかった。大きな貸しにしておこう。竜の乗り合い飛空船の件、我が竜族が請け負った。龍脈の魔力を制御し『海底に眠る花嫁』の負担を減らす件については全面的に協力してもらう。『人類勇者選抜大会』はそちらに任せる。もしかしたらレッドドラゴンが名乗りを上げるかもしれんがな」
「ありがとうございます!」
これにてコムロカンパニー会議は終了。
「ああ、明日から冒険者ギルドに挨拶回りだな」
諸々決まって、腹が減ってきた。
「ナオキ、今日はなんの肉にする?」
「社長、先に僕らで風呂作っちゃいますね」
アイルとセス、メルモが動き始めた。ベルサは早くも『人類勇者選抜大会』の費用を計算し始めている。
「ゼット、これがうちの会社の平常運転です」
「フハハハ、面白い会社に入ったものだ。もっと早く地下から出てくればよかった」
世界樹には発光スライムが飛んでいた。




