350話
東の騎馬隊と西のゴーレムは総勢、200人ほど。煙幕は風に飛ばされ、混乱の鈴と音爆弾は地面を打つ雨音に消された。閃光弾は戦場を照らし出しただけ。止まらない。
プォオオオオオ~!!
法螺貝のような音が鳴った。一斉に騎馬隊とゴーレムが動き始める。アクアパッツァとウェザーロックの間に住んでいた集落の人たちは避難済み。だったら、なりふり構ってはいられない。水を引き込むか。
俺は通信袋を手にとった。
「アイル、いるか?」
『今、草むらでガルシアさんたちの上にいるよ』
空か。
「今から俺が空に向かって光の玉を放つから、俺の方に向かって地面を斬ってくれ」
『了解』
俺は魔道具の杖から光の玉を空に向かって放つ。
次の瞬間、ふっと俺の頬を風が撫で、地面から土が舞い上がり、ブオンッという音が鳴った。気づけば、地面に幅3メートルほどの両端が見えない亀裂が南北に入っていた。
「地上でアイルの斬撃を見ると本当に化物だな」
騎馬隊、ゴーレム双方の足が止まった。
続いてガルシアさんに連絡。
「貯水湖の栓になっている大岩を取ってください」
『いいのかい? そんな事をしたら貯水湖の水が鉄砲水になってそっちに行くと思うけど』
「ええ、それで戦争を止めます」
『わかったー!』
俺は通信袋を切り、大声で叫んだ。
「逃げろー! 南から鉄砲水が来るぞー! お前たちも叫べ!」
社員たちに指示を出した。
「退けー!」
「亀裂から離れてー!」
戸惑う騎馬隊とゴーレム隊は異変を察知して、南を向いた。
ズズ……ズズズ……。
遠くでなにか重い音が鳴っている。
「鉄砲水だー!」
「鉄砲水が来るぞー!」
もしかしたら他の部隊が近くにいるかもしれないので、俺たちは大声で叫びながら南へと走った。
『ナオキ、ヤバい! 水の勢いが強すぎた!』
『ナオキくん、マズいぞ! 水流が工事してない地面を削り始めた!』
アイルとガルシアさんの声が通信袋から聞こえてきた。
「え? つまり? 鉄砲水じゃなくて、土石流?」
『水の流れが亀裂の両端を削ってるんだ。これは止められないぞ!』
背筋に冷たい汗が流れた。
「本気で逃げろー!! 死ぬぞー!!」
俺は少しでも土石流の勢いを止めるため、亀裂の両端の地面を殴って、掘を作る。
ドゴッドゴッ!
その二殴りで騎馬隊とゴーレム隊は散り散りに逃げ出した。
「セス、この戦場の北にはなにがあるんだ?」
「なにって真っすぐ行けばスバルですよ。この平原はなだらかな坂ですから、もしかした……」
「ヤバいですよぉ! 嵐で地面が緩くなってるんですぅ! このままだと一気に海まで……」
メルモが指差したほうを見ると、俺が開けた堀の壁が崩れ始めていた。急いで土魔法の魔法陣を描いて魔力を込め、壁を固め強化。水魔法が切れても雲は残り、雨は降り続いている。堀が一つだけじゃ、勢いのある土石流を止められないかもしれない。崩れたらおしまいだ。
俺は再び通信袋を掴んだ。
「アイル、ガルシアさん、土石流よりも早くスバルに直行してくれ! 流れを町から逸らす! ガルシアさんは硬い岩で土石流の流れを止めて、アイルは海に向かって斬撃で二股の溝を作ってくれ」
『『了解』』
「チオーネ、俺たちの中では一番、スバルの町を知ってるだろ? アイルたちに指示を出してやってくれ」
「了解」
チオーネはそのまま空飛ぶ箒で北へと向かった。
「社長、僕たちが罠を仕掛けた戦場なら、誰もいません!」
セスが言った。
「わかった。そこに堀を作って少しでも勢いを殺す。セスとメルモは空から俺に指示を出してくれ」
「「了解」」
俺たちは時間が許す限り、殴って堀を作り、壁を魔法陣で固めていった。
「社長! 土石流が来ます! 飛んでください!」
焦るメルモの声を聞いて、俺は作業の手を止め、空飛ぶ箒で飛んだ。
後ろを振り返れば、すぐそこまで土石流が迫ってきていた。まるで地面ごと動いているようだった。
土石流は堀の壁にぶつかり、上下に波打つように越えてくる。徐々に勢いと土砂を失っても、魔法で作られた雨を含んだ水は、斬撃で空けた溝から北の下流へと流されていく。
「スバルに向かうぞ!」
俺は空飛ぶ箒に魔力を込めて、一気に北へ飛んだ。
下を見れば斬撃の溝は消えていたが、両側を丘に挟まれた谷は続いている。前方には海とスバル。町の南100メートルほどの場所に巨大な岩が地面に食い込んでいた。ガルシアさん親子が設置したようで、土石流の流れを割るように先を直角に削っている。
『全員、避難させました!』
チオーネの声が通信袋から聞こえる。溝を作るため、スバルに通じる道から人を避難させたのだろう。
ザンッザンッ!
アイルの2振りの斬撃で、海までのV字型の溝が作られた。力が入っていたのか、先程よりも深く、幅が広い。
「お疲れ様です!」
俺は岩を削っているガルシアさん親子の下に降り立った。
「おおっ! ナオキくん、大変なことになったな」
「すみません!」
「いやぁ、オラたちがもっと土の状態を調べておけばよかったんだ。まさかオラもこんなことになるとは思ってなかった」
「かなり土が脆いので、すみませんけど、アイルが空けた溝の内側だけでも土魔法で強化してもらえますか? 俺も魔法陣で固めますから」
「了解。よし、皆、行くぞ」
ガルシアさんは子どもたちを連れて、V字型の溝へと向かった。
「徹夜明けなのに、申し訳ないな」
「ナオキ、土石流は?」
空から降りてきたアイルが聞いてきた。
「すぐそこだ」
スバルの南に目を向けると、遠くの地平線の地面がゆっくりと動いている。溝を越え平地になり、だいぶスピードはなくなっていたが、その分周囲に広がりながら海へと進んでいた。
「頼む」
そう願いながら、俺は溝の壁を魔法陣で強化。
『社長、岩に流れがぶつかります!』
セスの声がした。
土石流は巨大な岩にぶつかり、二股に分かれ、溝に流れ込んできた。
一気に溝が水で埋まっていく。時間にして僅か数秒だったが十分に一つの町を飲み込めるほどの水と砂が海へと流れた。
「全員、無事か?」
『『『『無事です!』』』』
うちの社員とチオーネ、ガルシアさんと子どもたちも無事なようだった。スバル周辺は運ばれてきた土砂で埋まっている。
ゴーン! ゴーン! ゴーン!
スバルの町から鐘の音が聞こえてきた。
「避難指示か?」
と思ったが、どうやら違うようだ。歓声が上がっている。
『社長、たった今決着がつきました!』
ドヴァンから通信袋で報告がきた。
「おう、どうだった?」
『セーラが勇者たちを全員ぶっ飛ばしました。火の勇者の部下とかいう奴らも棺に入っていたゴーレムたちが取り押さえたところです』
そういえば嫌がらせで棺に土を入れて送っていたが、それも計画のうちだったか。
「まぁ、火の勇者が呼び寄せたAランクの冒険者たちは出撃しようにも道がないからな。すまん」
『え、どういう……?』
「いや、謝らないとな。後で町の外を見ればわかる」
『はぁ、あ、セーラが演説するみたいですけど、聞きますか?』
「ああ、聞かせてくれ」
『勇者が国を作っただと!? これのどこが国だ!? 水が足りず病の者たちを見捨て、食料も北半球に頼りっぱなし。橋もかからず、道も整備されない。国民の生活も保証せず、国境線もあやふやなまま、無法の限りを尽くすだけで国が成り立つとでも思うたかぁ!?』
セーラは必死で魔王らしい口調で勇者たちを糾弾している。
『聞け! 開拓者たちよ! 南半球に夢を見て長い航海をしてきたのは、くだらぬ勇者たちの争いに巻き込まれるためか? 耳を貸せ! 世界樹を目指す冒険者たちよ! 長年鍛えあげたその腕っぷしは意味のない戦争に使うためか? 冒険するためだろう! 商人たちはなにを求めてここまで来た!? 勇者に媚びるためか!? 一攫千金のためだろう!』
今度は観客に語りかけているようだ。
『生き残る気がない者は去るがいい! 南半球は未開の地。臆せば死ぬような場所だ。互いに助け合わなければ生きられない。即時、不可侵条約を結び4カ国を南半球同盟とせよ! 全ての水源は勇者に勝った私のものだ! 同盟国の国民に開放する! それでもまだ無用な戦争をするなら、魔王である私が相手だ! かかってこい!』
コロシアムがどっと沸くのが、聞こえてきた。
『社長、聞いてましたか?』
「ああ、聞いてたよ。立派な演説だった。魔王なのに、人気出ちゃうな」
『ええ、コロシアムの観客はもう誰も勇者たちを見ていません』
「そうか、セーラによろしくな」
さて、町から人が出てくるなぁ。
マズいぞ、これは。
『社長、聞こえるか? フリューデンだ』
海上にいるフリューデンから連絡が来た。
「どうした?」
『波で流されてきたサンダースの部隊は全員捕まえたぞ。海が土色になっているけど、なにかあったか?』
「いや、そのー……戦争を止めるために、ちょっとやりすぎちゃって」
『コロシアムの決戦』で急遽飛び入りした土の魔王・セーラが勝ったことはすぐに4ヶ国に広まった。スバルを囲むV字型の溝にはセーラが土魔法で大きな橋をかけたため、さらに人気が上昇。かけた橋はセーラ橋と呼ばれることになった。
戦争での被害者は0だったが、土石流を起こし民を危険に晒したとして、治水工事の費用は俺が負担することになった。
「あれ? 俺は水を売るつもりだったんだけど、おかしいなぁ。どうしてこうなった?」
治水工事はガルシアさん一家が請け負うことになり、フリューデンが報告しアルフレッドさんに知られてしまったため、費用はまけてくれないとのこと。
完全な借金生活である。セスがお金を貸してくれた。
「返してくださいよ」
「はい」
「もしかしてナオキはバカなのかもしれないよな?」
アイルはそう言ってまじまじと俺の顔を見てきたが、なにも返せなかった。
「社長、このままセーラについていくことにしました」
ドヴァンが宿まで挨拶しに来た。
「おう、セーラは思い込みが激しいところがあるが悪いやつじゃない。魔王だけどな。頼むぞ」
「はい。任せてください」
ドヴァンたちとはここでお別れ。
チオーネたちは引き続き、治水工事をするガルシアさんたちの護衛任務があるので、スバルに留まるという。
「くっそー! せっかく水生成器まで作ったのに、やりきれないよー! もうこんな土地とはおさらばだ!」
俺とベルサを除く社員たち、それからフェリルとアーリムを連れて、世界樹へと飛んだ。
フェリルとアーリムに世界樹を管理しているメリッサたちを会わせる。それから、久しぶりにコムロカンパニーの会議をする。
いつの間にか、南半球の夏が半分過ぎている。急がなくては。
『ナオキ、いる?』
世界樹に向かっていたら、ベルサから通信袋で連絡が来た。
「お、ベルサ。会議を開くから世界樹まで来てくれ。実はもう皆集まってるんだけどな」
『そうなの? 一応、報告しておくけど、7つの謎の一つ『海底に眠る花嫁』は南極大陸の海底にいるのがわかったよ』
俺の計画にも「7つの謎」は結構重要なんだよな。
『あの花嫁を死なせると、この星はマズいかも』
「え!? なんだそりゃ? 黒竜さんもそっちにいるんだよな? 同じ意見か?」
『ああ、社長。ベルサ博士が言っていることは正しい。あの花嫁は竜の始祖みたいなものだ。竜族としても死なせるわけにはいかん』
通信袋から黒竜さんの声が聞こえてきた。
「とりあえず、世界樹で会えるか?」
『了解』
2人とも声が疲れていた。
もしかしたら、俺の計画どころじゃなくなるかもしれない。