35話
「どう思う?」
アイルの質問に思わず渋い顔になってしまう。
「どう思うって……村だろ」
「ん~…これは完全に村だなぁ」
エルフに擬態したゴーストテイラーの上位種を追っていたら、崖の下に村を発見した。
茅葺屋根に土壁の家が数軒。家の周りには畑が広がっている。
村人は皆、エルフの姿をしており、畑で野良仕事をしたり、魔物の肉を売ったり、茣蓙を広げ木の実の殻を剥いたりしている。
探知スキルで見ると全員、魔物だ。
魔物なのに、『村』作ってやがる。
社会性を持つ魔物の種はいるが、巣じゃなくて村作るって、どうなってんだ?
「あ、あいつらだ」
アイルが指差した方向には、俺達に矢を放った偽エルフたちがいた。
弓を担いだ彼らは、村人たちに、危険が迫っていることを告げているようだ。
危険ってのは俺達の事だろう。
話を聞いた村人たちは、蜘蛛の子を散らすように慌てて家の中に入り、窓やドアをしっかりと閉めている。
「完璧、私たちが悪者だね」
俺たちはどこぞの野武士か。
「どうする?」
静まり返った村を見下ろしながら、アイルが聞く。
「言葉は喋ってたから、通じるみたいだし、対話してみる?」
「んじゃ、侍七人、集められないうちに乗り込もう」
「侍ってなんだ?」という表情をしていた二人だが、ちゃんと俺についてきた。
「すいませーん!戦闘の意志はないです!どうか、話を聞かせてくださーい!」
「「「「……………………」」」」
「返事がないね…」
両手を上げて、戦闘の意志がないことを示すも反応はなし。
探知スキルを使うと、村人たちが家の壁際に固まってこちらの様子を窺っているのがわかる。
村の中で一際大きな家には大勢、偽エルフたちが押しかけているようだ。
「すいませーん!お邪魔していいですかぁ~?」
大きな家の前で、声を張る。
「「「…マ…ター…」」」
家の中から、くぐもった声が聞こえる。
「なんて言ってるんだろ?」
「知らない」
早くも飽きてるのか、アイルは傍にあった井戸の縁に腰掛けて、あくびをしている。
ベルサは何か気になったのか、井戸の中を覗き込んで、小石を投げ込んだりしている。
「おーい!開けるよー!攻撃してこなければ、こちらも攻撃はしない!いいね、開けるよー!」
そう言って、家の扉を開けると、無数の矢が俺に向かって放たれた。
実力差を見せつけるために、あえて防御結界などは張らなかった。
全ての矢はツナギに当たり、突き刺さることなくバラバラと音を立てて地面に落ちた。
呆然としてこちらを見ている、偽エルフたち。
弓を持った戦闘員の後ろでは、女、子供の偽エルフが、床に向かって「マスター」と叫んでいる。
ん~なんか悪いことしちゃったかなぁ。
魔物とはいえ、一匹倒しちゃったし、攻撃もされるかぁ。
「マスター」って言ってるってことは、魔物使いが使役している魔物たちだったのかもしれない。
それ、ちょっとヤバくない?
「えーっと、マスターっていうのは…?」
「はっ!おい!やめてくれ!その井戸に何をする!」
戦闘員の1人が、一歩前に出て、石を投げ込もうとしているベルサを止めた。
「「「「マスター!!」」」」
目を見開いた偽エルフたちが、井戸の方に手を指し伸ばしながら叫ぶ。
「え?なに?」
ベルサはとりあえず、動きを止めた。
『なんだぁ?うるさいぞ~』
男の声が井戸の中から聞こえてきた。
「マスター!侵入者です!」
家の中から、偽エルフが叫ぶ。
なにか邪魔そうだったので、俺達は、井戸から離れたところで待つことに。
偽エルフの1人がこちらを警戒しながら、井戸に駆け寄る。
「マスター!助けてください!侵入者がぁ…」
『そんな者は自分たちで対処しなさい』
「それが、恐ろしく強い奴らで、セバスが一瞬でやられました!」
『え?誰それ!?』
「いや、あの…村で一番スキル持ちだった奴です!」
『あ~そう、大変だね…』
「いや、マスター!助けて下さいよ!」
『その侵入者たち、まだいるの?』
「います!こちらを見てます!」
『ん~わかった。じゃ、とりあえず引っ張りあげて~』
そう言われた偽エルフは、釣瓶の縄を引いた。
途中で、何人か偽エルフが手伝い、そのマスターと呼ばれる男が、井戸から這い上がってきた。
「よっこいせ!」
と、出てきた男を見て、俺はどこかで会った気がしてならなかった。
大きな鼻に口ひげ。太い眉。大きな眼に巻き髪のモミアゲ。
赤い帽子もツナギも着ていなかったが、名前と苗字が同じの、世界的に有名な配管工にとてもよく似ている。
「あ、そちらが侵入者?」
「そうです!こいつらです!」
偽エルフがこちらを指差す。
「あ、いいツナギですね。配管工の方ですか?僕もね、昔やってたんですよー」
「いや、俺は害虫駆除の…」
「ああ、そうですか。誰か、害虫駆除の業者頼んだの?」
マスターが偽エルフたちに聞いた。
「いや」
偽エルフたちは全力で首を横に振った。
「あ、そう。うちは大丈夫だそうです。お引き取りください」
完全に害虫駆除業者の営業だと思われているようだ。
「いや、あの…」
「あれ?そちらは女剣士さんですか、そちらは…」
「魔物学者です!」
ベルサが答える。
「魔物学者?そのような方が何を?いや、ちょっと待ってください!ツナギのあなた、もしかして違う世界から転移してきた口ですか?」
「ええ、そうです…ここには魔物の調査に来ました」
「ああっ!そうだったんですか!すいません、てっきり…勘違いしてました。いやいや、300年ほど、ダンジョンに篭っていたので世情に疎くて。申し訳ない。改めまして。僕も転移者です。300年ほど前に勇者として、この世界に召喚されましてな。魔王は他の勇者が倒したので、まぁ、勇者崩れですわ。今は、このダンジョンのダンジョンマスターをやっとります」
「はぁっ!?」
俺の間抜けな声が村に響き渡った。