349話
「つまり、戦場のど真ん中で水を売るってことですか?」
セスが聞いてきた。
「まぁ、そういうことだよ。アクアパッツァとウェザーロックが戦うことになると思う。国境線ができていない状況なので、2つの国の間にある戦いやすい場所だろう」
「チオーネさん、アクアパッツァはフィーホースを輸入しているんですよね?」
メルモがチオーネに聞いた。
「そうです。ウェザーロックはエルフの里から精霊使いたちを雇ったらしく、すでに国内に入っているそうです」
「これ、ダークエルフのウェイストランドとエルフの里の代理戦争なんじゃないですか? ダークエルフ側が南半球で積年の恨みを晴らそうとしてるんじゃ……」
セスの読みは正しいかもしれない。国交が正常化してはいるが、ウェイストランドはエルフの里の属国のような扱いを受けてきたからなぁ。
「それを水を売るだけで止められるんですかぁ?」
メルモも俺の作戦には反対のようだ。
「だから今、ガルシアさんたちが頑張ってるんじゃないか! 戦場の真ん中で水を売るのは最終手段だ。どちらに加担もできないし、俺たちができることと言ったら、水源はどこにでも作れるって叫ぶことくらいだろ?」
「ちょっと様子見たほうがいいんじゃないですかねぇ?」
「でも、様子見しててどちらにも被害が出たら、すぐに火の勇者の国・スバルがAランクの冒険者たちと南下していくぜ。そうなれば、もっと被害が出る」
「東のサンダースはなにをしてるんですか? 黙って指を咥えてみてるんですか?」
セスが聞いてきた。
「船を作ってますね。おそらくスバルが南下した時に手薄になった町を占領しようとしてるんだと思います」
チオーネが答えた。
「真面目に『コロシアムの決戦』の約束を守ろうって国はないんですね?」
「ないな」
セスの質問に俺が答えた。
「でも、やらないわけにはいかないじゃないですかぁ。勇者たちの戦いはどうするんですぅ?」
メルモが聞いてきた。
「それは土の魔王であるセーラがぶっ潰すって言ってたから任せよう」
「大丈夫なんですか?」
「大丈夫だろう。ドヴァンたちもついてるし」
セスもメルモも腕を組んだまま苦い顔をしている。俺の言うことを黙って聞いていた新人の頃とは大違いだ。
「社長、なに笑ってるんですかぁ?」
「なにかいい方法でも思いついたんですか? 教えてくださいよ」
「いや、思いついてない。セスとメルモが成長したな、と思っただけだ」
「当たり前じゃないですかぁ!」
「何をいまさら!」
俺はなんとなく安心した。
「お前ら、誰も殺さずにこの戦争止めてみろ。今のセスとメルモならできるだろ?」
「僕らだけでですか?」
「無茶言わないでくださいよぉ~」
「俺は戦場で水を売るって考えたんだ。お前らも考えろよ。ただし、うちの会社は軍事会社じゃないからな。その辺は勘違いするな。お前らには期待している」
セスとメルモに丸投げ。なにかやらかしたら尻は拭ってやろう。
「そんなこと言われたら断れないじゃないですか!」
「社長、ひどいですよぉ~!」
セスとメルモは文句を言いながら、「どうする?」「毒の沼でも作る?」「戦場になりやすい場所は?」などと作戦を立て始めた。
「私たち臨時社員でよかったね」
「うん」
フェリルとアーリムはうちの社員になることは諦めたようだ。
勇者の国々に『水源は他にもある』と書状を送ったり、アクアパッツァとウェザーロックの間にある集落を引っ越しさせたりしていたら、すぐに時間が経ってしまった。
『コロシアムの決戦』3日前。
「ナオキくん、ダメかもしれない」
ガルシアさんが弱音を吐いてきた。
「どう考えても工程に無理があるんだよ」
「貯水湖に水は溜まってるんですか?」
「ああ、雨が降ったから、一気に溜まったね。溢れそうなほどだよ。どうにか大岩で止めているけどね」
「そうですか」
勇者の国々には「水問題は解決している」と書状は送っているものの、スバルの町には荒くれ者の冒険者たちが集まってきている。アクアパッツァは騎兵隊を準備し、ウェザーロックでは精霊使いたちが土地にいる精霊に祈りを捧げているとか。サンダースの港には急造した船が並んだ。
魔王ことセーラは土が詰まった棺をスバルに送りつけて、勇者たちに宣戦布告。町の警戒は高まったが、それ以上に北半球からの客が集まり、町に人が溢れた。
この時点で南半球のスバルという国について北半球でも噂され、『コロシアムの決戦』という興行は成功と言えるかもしれない。
「社長、会いたいっていうお客さんが来てるんですが……」
チオーネが俺を呼びに来た。
「誰だ? 勇者か?」
「追い返そうかとも思ったんですが、古い知り合いで、ルージニア連合国からやってきたそうです」
アルフレッドの爺さんが来たのかな。
とりあえず、宿の食堂に降りていってみると、確かに知り合いがいた。
「よう、社長、久しぶりだな」
「あれ? 誰だっけ? いや、ちょっと待て、思い出す! あんた、フリューデン隊長だな!」
「思い出してくれたか。ルージニア連合国のイーストエンドであんたらコムロカンパニーを牢に閉じ込めたのは、何年前だった?」
「5年、いや、6年、もう忘れちまったよ。それより、突然どうしたんだ?」
「俺がルージニア連合国艦隊の総司令官と言ったら、驚くか?」
スバルが頼み、アルフレッドさんが送り込んだ後ろ盾のトップがフリューデンなのか。
「驚いたな。すごい出世じゃないか!」
地方の衛兵隊長が、連合国艦隊の総司令官になるなんて。
「ガルシアさんがいなくなっちゃったもんだから、俺にお鉢が回ってきたのさ。それに、人間やってやれないことなんてないってことを、あんたらが教えてくれたんだぜ」
「それにしてもよく会いに来てくれたな」
フリューデンは捕まっていた俺たちに実家の船まで貸してくれるいい奴だ。そういう男が出世するんだから、ルージニア連合国にとってはいい人選かもしれない。
「久しぶりに社長の顔が見たくなって、部下の数人と抜け出してきたんだ」
「そうか。わざわざ、ありがとう。女将さん、一番上等な酒をください」
食堂の女将に酒を頼み、テーブルについた。
「それにしても噂に聞いていたが、社長は本当に若返ってるんだな」
「ああ、いろいろ事情があってね」
来た酒をお互いのコップに注ぎ合い、乾杯。
「ん、うまい」
「こんなうまい酒、飲んだことないや。で、首尾はどうよ? 社長」
「どうって言われてもなぁ。戦争は止める気でいるよ。もうやらなくてもいい戦争だしね」
「らしいな。ガルシアさんが治水工事をしてるって?」
「それが戦争までに間に合わないみたいでね。でも、うちの若い社員たちが止める」
コップが空になれば、お互いに注ぎ合い、酒はどんどんなくなっていく。飲みすぎないようにしないとな。
「そりゃ、いいや。社長は『コロシアムの決戦』を止めるのかい?」
「いや、俺の元奴隷がついこの前、魔王になったんだ。そのセーラって女の子がぶっ潰すよ」
「相変わらず、知り合いがとんでもないな。中央でアルフレッドさんにコムロカンパニーを知ってるって言ったら、随分揉まれたよ」
「ハハハ、あ、そうだ! 忘れないうちに。サンダースの船は見ておいてくれよ。スバルに誰もいなくなったら、攻めてくるかもしれないから」
「ああ、らしいな。部下たちからも報告は受けてる。無事に済めばいいけど」
「せっかく南半球まで来たんだから、戦いなんてやめて生き残って欲しいよ。そのために壁を無くしたんだからな」
「あ、その話聞かせてくれよ。社長、5年も行方不明になってたって?」
「そうそう……」
俺とフリューデンは夜が更けるまで語り合っていた。
「それじゃあ、諸々頼むわ」
「ああ、お互いな」
真夜中を過ぎて、フリューデンが船に帰るのを港で見送る。なにかあれば、と通信シールを渡しておいた。
波の音を聞きながら、夜風を浴びて少しだけ酔いを覚ましていると、アイルから連絡が入った。
『こちら、アイル。どう? そっちは』
「セスとメルモに戦争を止めさせることにしたよ。『コロシアムの決戦』はセーラとドヴァンたちがぶっ潰すって。俺は戦場のど真ん中で水を売るだけだ」
『それ邪魔なんじゃないの? 後輩たちに迷惑だけかけないようにね』
「はいはい。アイルは来れるのか?」
『うん、『コロシアムの決戦』の当日にはそっちにいるよ。セスとメルモがなにをするのか楽しみだ。どの国にも加担する気はないんだろ?』
「ああ、ないね」
『見ものだ。じゃあ、当日の朝には砂漠あたりにはいると思う』
「はーい!」
宿に戻ると食堂で、セスとメルモが頭を突き合わせて未だに戦争を止める計画を練っていた。戦場となる場所は特定できているようで、血の池を作って、シャドウィックと毒虫の魔物を育てたり、吸魔草、落とし穴などを仕込んでいるという。俺も混乱の鈴を作らされた。
「混乱の鈴でフィーホースを止めて、吸魔草で精霊使いたちのゴーレムを止めるつもりです」
「あとは閃光弾に音爆弾、煙幕……」
「水生成器は組み立てないのか?」
俺が2人に聞くと「やりたきゃ勝手にやってください」と言われた。戦場で汗かいたら水が売れると思うんだけどな。
いや、そもそも水がたくさんあれば戦う必要もないのに。
その願いを込めて、俺は翌日から各国の集落を回り、水生成器を設置していった。
すでに戦争に駆り出されているのか人がいない集落もある。人が残っているところでも男手は少ない。
「戦争ですか?」
「んー、『コロシアムの決戦』で勝敗が決まると思ってたんだけどね」
「水がないと生きていけないから」
集落に残り生活を守っている女性たちはそう言って下を向いていた。獣人も、ダークエルフも、エルフも同じようなことを言う。
スバルの人々だけが、『コロシアムの決戦』を今か今かと待っているようだった。
当日の朝、俺たちは戦場になるというだだっ広い平原に来ていた。
「確かに、一つだけ水生成器を組み立てたけど意味がなかったなぁ」
背後には水生成器が一つだけ設置している。「水屋」と書かれたエプロンまでしていたのに、声が届くかどうか。
平地の空は真っ黒な雲に覆われ、強風が吹いている。
「社長、どうしましょう!? 雨が降ってきました!」
「ヤバいですぅ! 罠が全部壊れてます!」
セスもメルモも焦っている。血の池にいた魔物たちは風によって飛んでいってしまい、落とし穴はめくれ、吸魔草はすでに大きくなっていた。
「おそらく、この嵐はダークエルフの水魔法とエルフの風魔法が噛み合った結果でしょう」
チオーネは冷静に解説していた。
『すまない! ナオキくん、やはり水路は間に合わなかった!』
通信袋から徹夜明けのガルシアさんの声が聞こえてくる。
「東の丘に騎馬隊が!」
「西の丘にはゴーレムに乗った精霊使いたちです!」
両側にはアクアパッツァとウェザーロック、それぞれの部隊が戦いの合図を待っているようだ。
「これは水を売ってる場合じゃなさそうだ!」




