348話
傭兵が3人休暇を取っているため、チオーネたちには治水工事の計画を練っているガルシアさんの護衛に回ってもらうことに。そもそもガルシアさんは元土の勇者だったので、そこら辺の冒険者に絡まれてもどうってことはないが、精霊や勇者に人質にでもされたら困る。
勇者たちも俺がスバルに入っていることは知っているらしく、宿を見張られていた。俺は精霊をクビにできるので警戒しているのだろう。
ただ、俺とドワーフの姉妹は、ほとんど勇者の国々と世界樹の山脈との間にある広大な草むらにいた。草の高さは俺たちの背よりも高く3メートルほどある。それがなかなか硬い。しかも地面に近いところではツーネックフラワーや麻痺薬に使う草も生えている。
軍手とマスクは必須だ。
「先生、なにをするのかと思えば、草刈りですか?」
アーリムが口を尖らせて聞いてきた。
「そうだよ。草刈りも立派な仕事だ。2週間後までにここに水路を通して、勇者の国々に水を供給することになっているしな」
「そんなこと本当にできるの?」
フェリルは不可能とでも言いたげだ。
「戦争が止まらないからやるしかないんだよ」
「他の方法、考えれば?」
フェリルが言うように、戦争さえ止められればいい。
「冒険者の食事に下剤を混ぜるとか?」
「どうやって混ぜるの?」
「あーダメか。どっちにしろ垂れ流しながら戦う奴も出てくるかもしれないしな」
汚い話をしていたら、アーリムが「失敗です~」と落ち込んでいた。
「魔道具で一気に刈ろうとしたんですけど、草の生命力が強くて……」
風魔法の魔法陣で草を切ろうとしたらしいが、強靭な南半球の草には通用しなかったようだ。
「杖の先で小さい竜巻を起こして絡め取ったりしたらどうだ?」
「フガッ! やってみます!」
アーリムは鼻息を鳴らしながら、魔道具を作り始めた。
「で、社長はなにをやってるの?」
「俺はマンドラゴラの駆除だよ。加熱の石をその辺に置いておけば……」
「ギャ……!!」
ボンッ!
俺が説明していると、先程通った草むらで爆発音。マンドラゴラが加熱の石を食べて破裂したようだ。
「マンドラゴラは熱すると爆発するのか? 知らなかったなぁ」
「南半球のマンドラゴラだけよ。叫び声を上げるんだから身体に空気が溜まってるとは思ってたけど」
おそらく熱せられた空気が膨張して爆発したらしい。こちらとしては焼くくらいで良かったのだが。
昼飯休憩の後、アーリムが杖の先からちょっとした竜巻が出る魔道具を作ったので、試してみることに。
背の高い草が束になって捩れ、根っこごと空へと舞い上がる。一振りで道が3メートルほどできた。
「『小竜巻の杖』が完成しました!」
「よし、じゃあ3本作ってくれ」
俺たちは『小竜巻の杖』でどんどん草を引っこ抜いていった。
「あ、社長、人も舞い上がってるよ」
フェリルが指差した空を見上げると、草と一緒に人が空に舞い上がっていた。
世界樹に挑もうとして、早々に草むらで麻痺した冒険者らしい。まだ息があったので、回復薬で応急措置をしてから草むらの外に寝かせておいた。
その後も、マンドラゴラを引っこ抜いて気絶しているエルフや魔物に食べられてしまった冒険者の死体など、結構出てくる。死体はその場に埋めた。
ボンボンとマンドラゴラが爆発しているからか虫系の魔物が集まってきて、頭上を飛び回っている。
「先生! 助けてください!」
「こんなのただの虫の魔物だろ?」
「いや、オックスロードと同じサイズだよ」
アーリムもフェリルも怯えているので、駆除することに。
小さい竜巻の中に吸魔剤を投げれば、どんどん地面に落下してくる。あとは頭部をグリンと回せば昆虫の魔物は動かなくなる。魔力切れを起こした魔物はほとんど危険はない。
「甲虫系の表皮が硬い魔物は、ほら頭部と胸部の間に隙間があるだろ? そこを狙ってナイフを入れれば、ほら頭取れるだろ?」
ドワーフの姉妹にもやらせた。ただ、アーリムは腕力が足りず、ナイフが突き刺さらなかった。
「だったら、加熱の石を口の中に入れちゃえばいいだけ」
対処さえわかってしまえば、特に気にすることはない。マンドラゴラが爆発する音を聞きながら、俺たちは南へと草を刈っていった。
なかなか川の支流すら見つからなかったが、小石が大量にある川の跡は見つかった。そろそろ川が見つかるかな。
夕方、草むらで倒れていた冒険者たちを近くのアクアパッツァの集落に送っていった。話を聞いてみると、珍しい魔物を捕まえて北半球にいる魔物学者や好事家に売ったり冒険者ギルドに買い取ってもらったりする珍獣ハンターだという。
「冒険者ギルドに登録しているけどね」
そう言って冒険者カードを見せてくれた。
「そうか。次はちゃんと準備したほうがいいぞ」
「うん。あんたが助けてくれなかったら死んでいた。ありがとう。この恩は必ず返す」
「いや、返さなくていい。その代り、ミリアという女の子にあったらコムロカンパニーって会社に知らせてくれ」
「ミリア? コムロカンパニーってまさか、あんた……?」
「コムロカンパニー社長のナオキ・コムロだ。元気でな」
そう言って、俺たちは走ってスバルに戻った。
宿ではガルシアさんが、今日書いた計画書を持って俺を待っていた。
「ナオキくん、本気を出せば結構大きな穴開けられるよね?」
「へ?」
「いや、前にノームフィールドの近くで隕石が落ちたような穴を作っていなかったかい?」
そういえばアイルと喧嘩した時に作ったかも。
「でも、あれはアイルが木刀で作ったような……」
「ナオキくんもできるだろ? やってくれないか? 貯水湖を作りたいんだけど土魔法でやるより力のあるナオキくんがやったほうが効率が良さそうだからさ。時間がないんだ」
そう言われると仕方がない。なりふりを構っていられないのだ。
「わかりました」
「川は見つけたかい?」
「いえ、まだ」
「急がないとね。見つけ次第、穴を開けて水を溜めていいからね。明日か、明後日には子どもたちが来るはずだから」
有無を言わせない口調だった。
「はい」
ガルシアさんも『コロシアムの決戦』が近づいてきて焦っているのかもしれない。
町で情報を集めていたチオーネによると、火の勇者がAランクの冒険者たちをスバルに連れてきているのだとか。
「冒険者にランクなんてあるんだっけ?」
「いや、え? 冒険者ギルドで依頼を請けたりしないんですか?」
「請けるけど、ここ最近は気にしたことなかったな。たぶん、俺はFくらいじゃなかったかなぁ。もう遠い昔の話で忘れたよ」
「ランク上げの試験とかは?」
「ああ、そんなことをした覚えがないな。まぁ、とにかく強い奴らがやってきてるのね?」
「そうです」
「戦争の準備が進んでるってことだな? コロシアムの建設はどうなってるんだ?」
「あと一週間ほどでできるとか。商人たちも続々とやってきてますよ」
「そうか、南半球で初の大興行だもんな」
人が集まっているコロシアムで勝てば、他国を侵攻する正当性も得られるかもしれない。こりゃ、セーラも大変だな。勇者たちをぶっ潰すってことは対となる精霊たちも相手にすることになる。少し、手伝うか。
「チオーネ、スバルの町に噂を広められるか?」
「どんな噂です?」
「『コロシアムの決戦』は勇者同士の神聖な戦いなので、誰にも邪魔できない。もし誰かが手を貸した場合、その者への信頼は失われ、言葉を奪われるって噂だ」
「信頼を失うのはわかりますけど、言葉を奪われるというのは?」
「精霊たちにとっては重要なんだ。まぁ、物になっている精霊には効かないだろうけどな。とにかく町中に広めてくれたらいい」
「わかりました」
翌日、エディバラの魔道具師ギルドからの連絡で起きた。
『社長、あの水を生成する魔道具なんだが何人かチャレンジして実験してみたが、大型のものじゃないと十分な量は作れなさそうなんだ。間に入れるガラスや陶器が重要そうなんだけどな』
ギルド長のウォズが説明してくれた。
「そうかぁ。2週間後までに間に合うかな?」
『そりゃあ、無理だな』
「わかった。とりあえず、次に寄った時に報酬は渡します」
『頼む』
通信袋を切ると、なぜか俺の隣にチオーネが寝ていた。昨夜、なにかをした覚えはない。一応、自分の股間も確認したが、特にいつもと変わらない。
朝食の時に聞いてみたら、「昼はガルシアさんの護衛、夜はナオキさんの護衛をしております」とのこと。
「闇の勇者に暗殺されかけていたので、警戒しなくてはなりません」
「そうか。今晩から部屋の外で頼む」
そう言い残し、俺は宿を出た。
今日もドワーフの姉妹と草刈り。昨日よりも草むらの奥へと向かう。
相変わらず、マンドラゴラが爆発しているが、冒険者の死体は見なかった。奥まで入って行ける者は注意深いか、魔物に食べられてしまっているのだろう。
耳を澄ますとチロチロという水が流れる音が聞こえてきた。音がする方向に行ってみると、小川が東へ向かって流れていた。
「おおっ、よかった。今日、見つからなかったらガルシアさんに怒られるところだった」
「ひとまず安心ですね」
「地面に穴を開けないと」
そう言って地面をぶん殴ってみたが、そう簡単に穴なんかできるわけがない。
「もうちょっと本気で殴ってみたら?」
フェリルが俺を煽るように言った。
「本気で地面殴るやつなんかいるのかよ。手首折れちゃうだろ?」
「いいから、ほら。魔力も使って」
時間もないことだし、回復薬を準備してもらって思い切りやってみることに。
魔力を練り、右拳に集中させ、一気に振りかぶって地面をぶん殴る。
ズンッゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ。
一瞬地面が揺れて地鳴りのような音がしたが、周囲を見てもあまり変わった気がしない。ただ小川の流れが止まった。
「先生、結構揺れましたね」
「ナオキくん、もう一発殴ってみたら?」
フェリルに言われ、もう2、3発殴ってから、空飛ぶ箒で空から確認すると、半径1キロメートルほどのクレーターができていた。いくつかの小川が穴の中に入っているので、水がどんどん流れ込んできている。
「ああ、ヤバい。中の草刈っちゃおう」
「え? あれ? 穴がやっぱりできてたんですか?」
「自分たちも下がってたからわからなかったってこと?」
穴の中の草を刈ってしまい、一先ず穴から出た。穴の周囲が盛り上がっていたので、川底を踏み勢いよく水が流れ込むようにした。
「と、とりあえず貯水湖ができたな?」
「こんな力技でできるんですね?」
「なんで私たちは無事なの?」
右拳に集中させた魔力の中に俺もドワーフの姉妹も入っていたからだよ、とは言わないでおいた。いったい、俺の身体はどうなっちゃってるんだろう。
次の日、ガルシアさんとすっかり成人になったガルシアさんの子どもたちが貯水湖を見て、「立派なのを作りましたね」と褒めてくれた。
ご希望に添えたのなら良しとしよう。
「あとの水路作りはオラたちに任せてくれ。できるだけ急いで水路を作るが、『コロシアムの決戦』に間に合うかはわからないけど」
「お願いします。なにか協力できることがあれば、スバルの宿にいるので言ってください」
それから一週間後、スバルの町にコロシアムが完成。セスとメルモも水生成器を10個作って持ってきた。
「アイルさんは?」
セスが聞いてきた。
「まだだな。アペニールは時間がかかりそうだったから」
「ベルサさんと連絡取れますか?」
メルモが心配そうに聞いてきた。
「取れない。たぶん、南極の調査が面白いんだろう」
「で、今回の作戦は?」
「今回の作戦は……」
俺はセスとメルモに戦争を止める作戦を説明した。




