346話
翌朝、水生成器によって溜まったバケツいっぱいの水を集落にあった水甕に移し、再び西へと向かうことに。ドヴァンたちが突然現れたので集落の人たちは驚いていたが、冒険者たちがなにかしゃべると黙って見送ってくれた。もしかしたら冒険者の中にこちらの戦力に気づいている者がいるのかもしれない。
「もし、水生成器がほしければ注文を受け付けますので」
それだけ言って集落を後にした。
「アクアパッツァとウェザーロックはちょっとあやしい動きをしているので気をつけてください」
風の勇者が治めるウェザーロックへ向かいながらドヴァンが教えてくれた。
「やっぱり勇者とは別に戦争でも始める気かな?」
「そんな感じです。軍っていうほどのものはないですが、さっきの集落みたいに、勇者がいないところで冒険者たちが集会を開いているみたいなんですよ。まぁ、どの勇者の国も同じなんですけどね。特に2つの国は荒くれ者たちが集まっていますから」
「そうか」
まぁ、勝手にやってろって感じだなぁ。
「ところで、ドヴァン、アイルが描いたここらへんの地図って持ってきたか?」
「ええ、ありますよ」
地図を広げて確認すると、やはり南の草むらの先には世界樹を囲む山脈がある。夏には雪解け水が川を作り、東の湾に流れていっているようだ。この川の流れを変えて、北部まで通せば水問題はなくなるんじゃないのか。
川の流れが例年通りだとすると、アクアパッツァから真南あたりで分岐している。貯水湖でもあるといいんだけどな。
「ガルシアさん、ちょっといいですか?」
俺はガルシアさんに地図を見せながら、南にある隠れた川について説明した。
「なるほどねぇ。そうなると、大きな工事が必要だねぇ。南には魔物がいるのかい?」
「魔物と毒草についてはドヴァンたちいるんで大丈夫ですけど」
「この規模の治水工事となるとねぇ」
治水工事はできるが、時間と労力がかかる。しかも、タダ働きで、勇者たちに義理もない。
「やっぱり割に合わないですか」
「少し様子を見たほうがいいかもしれないよ」
「確かに」
今後、勇者の国々がどうなるかもわからないので、保留にしておくことに。
風の勇者が治めるウェザーロックに入り、端の方の集落に向かう。見渡す限りほとんど荒れ地で、サボテンや背の低い植物がところどころに生えているだけ。
「よく、こんなところに住もうと思ったな」
ウェザーロックはエルフが多いらしく、俺たちが来ることもわかっていたらしい。
「風の妖精が教えてくれました。ただ、コムロカンパニーがなにをしているのかはわからないのですが……」
丁寧な口調のエルフだが、格好は革の胸当てに刺々しい肩パット。顔にはおしろいで模様を描いており、いつでも戦う気、満々のようだ。
相変わらず、ここでも会社の名前が効いた。
「未開の地なので、魔物に対する威圧も効果的ですからね」
食料はどうしているのかと思ったら、荒れ地に強い植物の種を持ってきていたらしく、豆やバレイモなどを育てているという。用意がいい。
「新しく水生成器を作ってみたので試したいのですが、構いませんか?」
「水を作る? 魔法で作る水ではなく?」
「ええ、魔道具ですらありません」
「では魔力への影響がない水ということですね。それがあれば、ウェザーロックも助かるというもの。断る理由がありません」
エルフたちはあっさりと水生成器を集落の広場に置かせてくれた。ガルシアさんは地面の下を調査。ドワーフの姉妹は集落の人の健康状態を見て回る。
特に冒険者たちがいるようには見えないし、危険もなさそうなので、ドヴァンたちにはセーラの様子を見に行ってもらう。
『ガルシア!』
フォラビットの煮物を集落のエルフたちに振る舞っていたら、通信袋から怒号が聞こえてきた。
俺とガルシアさんはちょっと席を外して、通信袋に魔力を込めた。
「どちらさんですか?」
『アルフレッドだ。聞こえるか? コムロカンパニーの社長を信用していたワシがバカだった。まさかガルシアを誘拐するとはな!』
マズい相手に知られてしまったようだ。
「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。南半球の水問題を解決するためにガルシアさんに協力してもらってるんです」
「アルフレッドさん、オラは自らナオキくんに協力しているんですよ。他意はありません」
ガルシアさんは眉をハの字にして通信袋に語りかけた。
『お前ら、金にもならないことばかりやるんじゃない! 新しくできた国に金があるわけないだろ!』
やっぱり怒られた。
「通り道だったんで、ついでにちょっと首を突っ込んでるだけですよ」
『コムロカンパニーが首を突っ込んで大事にならないことはない!』
「いや、水生成器を作ったんで南半球の国で試してるだけで……、いや、それよりどうしてわかったんですか?」
『先日、新しい火の勇者という奴からルージニア連合国に書状が届いてな。他の勇者たちと戦うとか、その後に戦争があるとか。簡単な話、ルージニア連合国にその後ろ盾になってほしいと言ってきたんだ。面倒なんでガルシアに丸投げしようと思ったら、コムロカンパニーの社長に連れて行かれたってな。お前ら、なにやってんだ?』
「アルフレッドさん、じゃあルージニア連合国はスバルの後ろ盾になるんですか?」
俺は慌てて聞いた。
『条件がいいからなぁ。ちょっと手を貸すだけで南半球にある水源の半分を寄こすと言ってきている』
「勘弁して下さいよ」
「アルフレッドさん、ガルシアですー。戦争に協力するより、うちの子どもたちを連れてきてください。オラとしては治水工事をして各国に大きい貸しを作ったほうが旨味があると思うんですがね」
ガルシアさんの子どもたちも土魔法を習得している。南から水を引いてくれば、それだけで水問題は解決するし、どの国もガルシアさんやルージニア連合国に感謝するだろう。
『その治水工事はどのくらいの期間がかかるんだ?』
「たぶん、1年か2年くらいかと」
『バカ言うな。2週間後には戦争が始まると火の勇者は言ってきてるぞ』
やっぱり『コロシアムの決戦』に合わせて戦争を始めるんじゃないか。火の勇者はコロシアムでまともに戦う気がないだろ。アクアパッツァとウェザーロックを戦わせて漁夫の利でも狙ってんのかな。
「結局、一番割りを食うのは、真面目に南半球にやってきた開拓者たちじゃないですか。そんなために赤道の壁を取っ払ったんじゃないんですけどね。あいつらは」
だんだん悲しくなってきて、思いが漏れてしまった。
「ナオキくん、大丈夫かい」
「あ、すみません。アルフレッドさん、提案なんですけど、治水工事をうちの会社でも手伝うので、スバルに協力するのは勘弁してもらえませんか?」
『だが、戦争はどうする?』
「戦争は……水生成器を見せて、どうにか止めようかと。安全な水を作れることがわかれば、戦争をする意味もなくなりますから」
『おい、社長よ。本当にそんなことで戦争が止められると思うか?』
勢いのついた集団を止めるのは容易じゃないことくらい俺も知ってる。しかも水生成器を手放すことにもなりかねない。無料で配って、会社の宣伝にでも使うか? 本当に割に合わない仕事だ。
「でも、今のところそれしか考えられないんですけど……」
『仕方がないな。最後まで待ってやる。だが、戦争が始まれば介入するぞ。ガルシアの子どもたちはこちらの船で送る』
「すみませんが、それでおねがいします」
俺は頭を下げながら通信袋を切った。
「おかしいな。これ、清掃・駆除業者のする仕事じゃないですよね?」
「うん……」
ガルシアさんは「大変だね」と背中を擦ってくれた。
「どうして、いつもこうなるのかなぁ……」
その後、メルモに連絡して、2週間後までに水生成器をできるだけ作って南半球に持ってくるように伝えた。
『了解でーす。あと10個くらいはイケると思いますぅ~』
「10個で足りるといいけど……」
一応、他の社員たちにも連絡したが、ベルサは水の中にいるらしくなにを言っているのかわからなかった。アイルはアペニールで再び騒動があったらしく、通信袋の向こう側で『いいじゃないか』という声が聞こえてきた。終わったらこちらに来ると言っていたが、向こうは開国間近で忙しそうだ。期待はできない。セスはメルモと一緒に水生成器を運んでもらうことに。
一つも無駄にできなくなったので、俺は水生成器の側で眠ることに。深夜になってもセーラのところに行ったドヴァンたちは帰ってこなかった。揉めてなきゃいいけど。
翌朝、霧が立ち込めたウェザーロックでは、水生成器のバケツから水が溢れた。
「こんなに水が作れるっていうのに、戦争するんですか?」
思わず集落のエルフに聞いてしまった。
「戦争にならないように、勇者たちが『コロシアムの決戦』をするんですよ」
戦闘服に身を包んだエルフは健気にもそう言った。アクアパッツァに近い、この集落のエルフたちも2週間後には戦争に駆り出されるかもしれない。
俺たちは北上し、火の勇者が治める小国・スバルに向かった。
スバルには元グレートプレーンズの軍人であるチオーネたちが潜伏している。通信袋で連絡してみると、すぐに迎えに来てくれた。
「ナオキさん、お疲れ様です!」
「お疲れー。どう? 様子は」
「町らしくなってきましたよ。南半球の中では一番大きいかもしれませんね。港もしっかりしてますし」
チオーネは町の様子を教えてくれた。スバルは町全体が国を成しているそうだ。面積は狭いが、人の往来は激しい。そこかしこで家が建てられている。木造住宅が多いが、レンガ造りの建物もでき始めていた。
「コロシアムは?」
「町の中心にあります。火の勇者はシンボルにしたいみたいですね。奴隷商も大勢来てますから『コロシアムの決戦』が終わったら、興行が始まるようです」
通りには種族に関係なく冒険者たちの姿も多い。
「火の勇者って若いのか?」
「いえ、中年男性です。突然、火の精霊から任命されたらしいですが、元々は冒険者として旅をしていたらしく、結構やり手です」
「だろうな」
南半球に入植してきて、これだけの町を築き上げるのは、単純な戦闘力だけでは不可能だ。
通りの先の広場では剣の舞を披露している者や奴隷を売っている商人などがいる。許可はいらないそうだ。水生成器も勝手に置いておこう。
「木材が届くはずなんだけど?」
「でしたら港ですね」
チオーネは港に案内してくれた。
港に大型船がいくつも並んでいる。港の広さだけは北半球の主要な都市と変わらない。
「風車は治水工事が終わってからだなぁ~」
ガルシアさんは頼んでおいた木材を受け取って、倉庫を借りていた。倉庫まであるとは、ちゃんとした港だ。
宿も充実しており、チオーネが部屋を取ってくれていた。ガルシアさんの子どもたちを待つために、数日スバルに滞在することに。
夜中、誰もいなくなった広場で水生成器を組み立てていると、ドヴァンから通信袋で連絡がきた。
『社長、砂漠の遺跡に来てもらっていいですかね?』
「どうした? セーラになにかあったか?」
『アクアパッツァの使いの者がセーラに接触してきたそうです』
「はぁ? なんで?」
『同盟を結んで、ウェザーロックを挟み撃ちにするつもりじゃないかと。セーラにはゴーレム軍団がありますから』
セーラが住む砂漠はウェザーロックの西にある。水の勇者には魔王だろうがなんだろうが関係ないか。
「どいつもこいつも戦争したがりかぁ!? わかった。水生成器を組み立てたら、砂漠に向かう」
『助かります』
どんどん予定が狂っていく。
「本当、ままならないな」
俺のつぶやきは、港に寄せる波の音に消えていった。




