342話
エディバラの図書館は町の東側にあり、ドーム型の球場ほどの敷地がある。この前、そこの図書館長を適当にあしらってしまったが、出入り禁止にはなっていないだろう。毛皮を着ているので、そこまで目立っていない。敷地内にはローブ姿の者たちが多いが、老若男女、商人風の女性や革の鎧を着た若い冒険者も見た。種族も結構バラバラだ。
石造りの砦のような建物の前には石碑が建てられている。石碑には貴重な本を狙う盗賊と戦ってきた歴史が記されていた。
建物の中は天井の高いホールがあり、奥にはずらりと本棚が並んていた。出入り口の両側に大きな鉄の鎧が飾られており来訪者に睨みを利かせている。探知スキルで見ると片方が魔族か魔物のようだから、いざというときに動くのだろう。
「あれ? それにしても多いな」
図書館の中には魔族が多いようだ。魔族領ができてから5年も経っているわけだから、受け入れられていてもそんなにおかしなことではない。ただ、人化の魔法を使い姿を変えていたり、本として本棚の中に隠れたりしている。
「アーリムとフェリルってドワーフ族の姉妹を見ませんでした?」
正面の受付で座っている獣人の司書さんに聞いてみた。この世界では、なぜか受付には獣人の女性がいることが多い気がする。
「職員ですか? 本を探すのは得意なんですけど、人を探すのはちょっと……」
「図書館の人たちに連れて行かれたって聞いたんですけど」
「でしたら客員の誰かですね。名簿を見てみます。そのアーリムさんという方はなんの職業を?」
「アーリムは魔道具屋です。フェリルは学者ですかね」
「ああっ! ありました。3番の部屋で講義をしているみたいですね」
司書さんは図書館の地図を見せながら教えてくれた。
「ところで、この図書館では魔族も結構受け入れてるんですか?」
「ええ、5年前からですが。少数ですけどね」
「そうですか。本棚にいる奴や入り口の鎧は盗難防止用として雇ってるんですか?」
「……え!?」
「ああ、探知スキルを持ってるんですよ。それで気になったもので。いや、雇っているならいいんですけど、普通の魔物だとしたら、町中よりも多いですよ」
俺がそう言うと、司書さんは真っ青になって慌て始めた。
「ほ、ほ、本当に!?」
「ええ、見た感じわかりませんよね。もしかして職員にも言わずに雇ってるんですかね?」
嘘をついていると思われても嫌なので、とりあえず入り口にいる鉄の鎧に話しかけてみた。
「なにか目的があって隠れているのかい?」
コンコンと足を叩きながら鉄の鎧に聞いてみると、持っていた大剣を俺に向かって振り下ろしてきた。咄嗟に、その大剣を躱して「こぉら!」と頭を小突く。鉄の鎧はズシンと音を立てて前のめりに倒れてしまった。
「ああ、ごめんなさい。図書館では静かにしたほうがいいですよね」
「いや、あの、そういうんじゃなくて……」
司書さんは「ちょっとそのまま待っていて下さい」と言って、仲間を呼びに行ってしまった。周囲にいた利用者たちがこちらを見てくる。早速、騒ぎを起こしてしまった。急に注目され汗が吹き出てきたので毛皮を脱ぐと、「まさか!」「コムロカンパニーか!」などと余計に目立ってしまった。
「いや、あのー……職業柄、こう魔物とか魔族とかには縁があるというか……」
しどろもどろになりながら言い訳していると司書さんたちが大勢集まってきた。
「どうしました?」
「なにをしたんです?」
「倒したんですか?」
「どうしてぇ?」
司書さんたちから質問が飛んできた。
「いや、これ魔族か魔物ですよ。剣を振り下ろしてきたんで対処しただけで、別にどうということでもないです! どなたか雇っている方がいらっしゃれば名乗り出ていただきたいんですけど」
「「「「……」」」」
誰も名乗り出ないということは普通に魔物が図書館に潜入しているのか。
「マジかよ。まだ、こんなところあるのか? うちの社員たちはいったいなにをやっているんだ?」
皆、エディバラの図書館に興味がないのか。あまり被害が少ないのか。
「本が汚れたり、盗まれたりとかありますか? もしくは行方不明者が出たとか?」
「まぁ、本が汚れたり盗まれたりはよくありますよ。行方不明者は10年くらい前から記録されていません」
10年くらい前は魔族領はできていないな。
「魔物が多いですが、これはなにか目的が?」
「ありませんよ。あら? もしかしてコムロカンパニーの方ですか?」
「ええ、うちの社員がお世話になったかと思います。それより、あの、結構な緊急事態なんですけど、大声を出しても構いませんか?」
「わかりました。どうぞ」
受付にいた司書さんから許可が出たので、本棚が並んでいる大きな部屋に向かった。
「ここにいる魔族は全員、玄関ホールまで集合して下さい! これより抜き打ちで魔物の一斉摘発をします。繰り返します! 魔族は全員、玄関ホールに集合! すまん、コムロカンパニーだ!」
俺が大声でそう言うと、机で本を読んでいた数人が立ち上がり、ホールへと向かった。
「あ、社長さん」
俺の横を通るとき、足がヤギのサテュロスの青年が声をかけてきた。友好的な魔族のようだ。
「子供の頃、世話になりました」
魔王城で数人、子供を預かっていたが、そのうちの一人らしい。すっかり大人びている。
「急成長だな! まぁ、俺は世話をしちゃいないさ。それより、読書中すまんな。魔物が多いみたいだから」
「ええ、魔族領から来た奴らは皆、どうすればいいのかわからなくて、助かります。あまり騒ぎを起こしても出入り禁止になってしまうので」
魔族たちは気づいていながら、手を出せなかったのかな。
「とりあえず、俺がまとめちゃうから、魔族と魔物の仕分けだけしてもらっていいか?」
「わかりました」
サテュロスの青年はそう返事をして玄関ホールに向かった。
あとは協力的じゃない魔族と魔物を縛り上げていくだけ。
本に化けている魔物は本を開いて牙を向けてきたので紐で縛り、人語を操れないのに本を見ながら男を物色しているサキュバスも飛んで逃げようとしたので捕まえて戦闘不能にしていく。
「私は魔族じゃないぞ!」
「誰と間違えているんだ!」
「私を誰だと思ってるんだ!」
利用者に化けている者も職員に化けている者も吸魔剤をかけて人化の魔法を解いていく。他の利用者からはどよめきが起こるものの苦情は一切寄せられなかった。
とりあえず大きい部屋の魔物は一掃したので、玄関ホールに戻る。すでに本に化けている魔物は庭で焼かれることに。一部の魔族はサテュロスの青年に尋問されている。魔族ではあるが、魔族領出身ではなく、野良魔族らしい。同じ魔族の方が容赦ない。
暴れるような魔物が現れたとき用に麻痺薬を司書さんたちに渡しておいたが、怯えていた。暴力とは程遠い生活をしているようだが、これだけ魔物に狙われているのだからもう少し危機感を持って欲しい。
「他の部屋も駆除しておきますか?」
「お願いします」
動く石像や飛びかかってくる壺、押し寄せてくる本棚、動き回るカーペット、逃げ惑う魔石灯など他ではあまり見かけない魔物もいた。とりあえず吸魔剤で動きを止めて玄関ホールへ運んだ。
3番と書かれた部屋ではアーリムとフェリルが8割魔族という聴衆に向かって、魔道具の利用法について講義をしていた。
「先生!」
俺が部屋に入ってきた途端、アーリムが叫んだ。
「アーリム、フェリル、迎えに来たよ。すまん、遅れた。それからこの図書館には友好的じゃない魔族もいるようなので、人化の魔法を解いてお話聞かせてもらえますか?」
「貴様、今は講義中だぞ! 何者だ!?」
「清掃駆除業者のコムロカンパニーです」
コムロカンパニーの名前は通用するようで、その一言で全員が黙った。
「自分で解かれる方には危害は加えませんが、あくまでも白を切るつもりなら吸魔剤を使用します。ただ、のっぴきならない理由があるなら聞きますよ」
そう言ってみたものの、誰も名乗りあげないし人化の魔法を解く者はいない。
「では一人ずつ部屋から出て下さい。その際、俺が吸魔剤をかけます。なにもなければ魔力回復シロップを渡しますので、そのまま部屋の外で待機していて下さい。よろしいですね?」
「ふむ、私は魔族だ」
人化の魔法を解いたミノタウロスの爺さんが言った。
「司書長!」
周囲の者は司書長の姿に驚いているようだ。
「なぜ人に化けていたのです?」
話ができるようなので聞いてみた。
「無論、この図書館を乗っ取るため。まさか、こんななにも考えていないようなドワーフ族を囮に使うとは、潜入捜査か……」
なにを勘違いしているのか、ミノタウロスの爺さんはアーリムたちをスパイかなにかだと勘違いしているらしい。
「この図書館を乗っ取ると、なんかいいことあるんですか?」
俺も本は好きだが、それは書いてある内容に価値があるからで、図書館を乗っ取ったところで意味があるのか。焚書でもするつもりだったとしたら価値を下げるだけだし、知識による格差を作ったところで、本を書いたのは人間なのだからそのうち誰かが似たようなものを書くだろう。芸術作品でもあるのかな。
「人間どもはわかってない。本を無料で貸し出すなどもっての外だ。オレが乗っ取ったら、徐々に有料にして魔王復活の資金にするつもりよ」
ミノタウロスの爺さんはべらべらと自分の計画を喋ってくれる。
「それ喋っちゃっていいんですか?」
「死に土産だ。コムロカンパニーとやら。多勢に無勢、ここには人よりも魔族が多いのだぞ! 者どもかかれ!」
ミノタウロスの爺さんがそう叫んだ瞬間、俺は睡眠薬の燻煙式罠を放り投げ、聴衆全体を魔力の壁で包んだ。壇上にいたアーリムとフェリルの姉妹は唖然としながら、煙で充満する球体を見つめていた。あとは待つだけ。
「やっぱり魔力の壁を球体にしてよかった。剣の形とかじゃ、こうはならないもんな」
俺は気付け薬の棒を用意。部屋の窓を開けて換気しておくことも忘れない。
「社長、なにをやったんですか?」
フェリルが聞いてきた。
「いや、眠らせただけだよ。それより、魔道具の利用法の講義って、こんな魔道具ばっかりの国で必要か?」
「私だっておかしいと思ったわよ!」
「ええっ!? 思ってたの!?」
フェリルの隣りにいるアーリムが驚いていた。
「アーリムは人が良すぎるのよ」
「言ってよ!」
「あいつらずっとアーリムが作った広範囲兵器について聞きたがってたじゃない? 私はよく無視するなぁと思ってたよ」
「ええ!? そうだったの?」
アーリムの天然が炸裂していたらしい。
魔力の壁の中にいる全員が状態異常になったので、魔力の壁を解いて窓から煙を出した。魔族を縛り上げ、残りの人たちは気付け薬の棒を鼻に突っ込んで起こす。
「すみません。あなた方にも危害を加えそうだったのでやむを得ず対処したまでです」
ローブを着た人たちは俺の謝罪を受け入れ、魔族たちを玄関ホールに運ぶのを手伝ってくれた。
司書長ことミノタウロスの爺さんは魔王が不在になってから、10年前にエディバラに来て、図書館に蓄積された人智に圧倒されたそうだ。当時の司書長を殺害後、人化の魔法で図書館に潜入。魔族や魔物を引き入れながら、着実に地位を上げて司書長まで上り詰めたという。
司書の中には今の図書館のあり方について疑問を持つものもいたため、徐々に図書館の中での勢力を拡大していったとか。
「もちろん今までの功績や図書館への献身は認めるが、魔族だろうが、人だろうが、悪いことは悪い」
図書館長も含めた話し合いが行われ、ミノタウロスの爺さんは奴隷落ちの上、追放。今後エディバラへの入国も禁止され、爺さんの指示を聞いていた魔族と魔物は魔物使いに使役されて図書館の防衛に当たることに。全員に奴隷印が押された。
「元はと言えば、社長が私たちを忘れるからいけないんだ」
「本当に忘れてたんですか?」
俺はドワーフの姉妹に責められていた。
「さて、行こう。時間が惜しい」
魔道具師ギルドに戻ったが、まだ水生成器の試作品はできていないとのこと。数時間しか経っていないから当たり前か。通信シールをウォズに預けて「できたら連絡して」と言い残した。
俺はドワーフの姉妹とともに東の空へと飛ぶ。
「わあっ! 飛んでる~!」
「どこに連れて行くのさ!?」
アーリムとフェリルは似たような顔をしているのに、空を飛んだ反応はまるで違う。
「迷わず行けよ、行けばわかるさ」
「はい! 先生!」
「また、誤魔化してるね!」
「甘いものでも食うかい?」
ちょっと長めのフライトなので、ハチミツとラスクを取り出すと、アーリムは喜んだが、フェリルは「こんなものばっかり食べてたら糖尿病になるよ」と怒っていた。
早くも珍道中。




