34話
枯れ葉の上には、巨大な魔物が引きずられたような跡があった。
辿っていけば、マスマスカルの巣を発見できるだろう。
探知スキルは、周囲に無数の魔物がいることを示している。
姿は見えないが、巨大な魔物ではなさそうだ。
「気配がするな」
アイルが腰の剣に手をかけながら言う。
ベルサは何を考えているかわからないが、地面の枯れ葉を見つめている。
俺は即死回避のミサンガを配る。
「この枯れ葉は本物だ」
ベルサにミサンガを渡した時、耳元で言われた。
確かに、枯れ葉なのだから、実体があって当たり前だ。
と思って、ベルサが言いたいことに気がついた。
俺は巨大な魔物をマスマスカルの群れがダンジョンの中に運ぶのは、ダンジョン産の魔物を実体のある魔物にするためだと思っていた。
でも、植物が実体として存在しているなら話は別だ。
「豆育てりゃいいのか」
タンパク質が欲しければ、豆類を育てれば良い。
考えてみれば、自分が元の世界にいた頃、豆ばかり食べていた気がする。
日本人にはお馴染みの納豆、豆腐、醤油、味噌、豆乳、全て豆だ。
カルシウムが欲しければ、小松菜的な植物や大根の葉などでも良い。
「何も、ここから出て、巨大な魔物を狩る必要がないのに、なぜ?」
「植物を育てるという知恵がないから?」
俺とベルサの疑問を他所に、アイルは警戒しながら進んでいく。
「行けばわかる」
アイルの言う通りだ。
迷わず行けよ、行けばわかるさ。
「それにしても…」
「見られてるな」
「うん」
周囲の魔物はこちらの様子を窺い、ついてきている。
どうやら、バレても問題ないとでも言うように、音を立てて尾行してくる。
ただ、一向に姿は見えない。
影に潜むタイプの魔物だろうか。
突然、前を歩くアイルが止まった。
巨大な魔物を引きずった道に、肩に弓をかけたエルフの青年の姿があった。
「ダンジョンに住む民?」
ベルサが俺の横で驚く。
俺は眉間にしわを寄せて、様子を見ていた。
「我らの森になんの用だ!?」
「いや、ちょっとこの先に行きたいだけだ」
アイルがエルフの青年に返す。
すでにアイルは臨戦態勢だ。
エルフの青年が弓に矢をつがえる前に、戦闘は始まった。
アイルの攻撃を、青年は弓で受け、バク転で距離を取る。
青年の弓は真っ二つに折れていた。
アイルは、くるりと剣を回した。
「へぇ、体術スキル。剣も使うのかい?」
青年は背中から、銀色に輝くサーベルのような細い剣を抜いた。
周囲の木々の間から、狙いを定める矢が見える。
とりあえず、俺は防御の結界を張って、駆除の準備。
「な、何してるの?」
ベルサが聞いてくる。
「何って、立ちはだかる魔物を駆除するんだよ。危ないから魔法陣から出ないでね」
「魔物って、あれエルフだよ」
「あぁ、見た目はね」
俺はアイテム袋から、余っている高級回復薬を取り出して、ポンプに入れる。
少し水で薄めて、ノズルから噴射すれば偽エルフ撃退用の兵器が完成した。
「おーい! アイル! 遊んでないで、こっちに引っ張ってきてー!」
笑いながら、偽エルフの攻撃を受けたり躱したりしているアイルを呼んだ。
「ラジャーりょうかーい! 飛ばすよーう!」
パンッと弾けた音がしたと思ったら、アイルと戦っていた偽エルフが、こちらに吹っ飛んでくる。
俺はノズルから、薄めた回復薬を噴射した。
「ぎぃやぁぁぁああああ!!!」
絶叫とともに、偽エルフは口と目から光を溢れさせ、煙のように霧散した。
後にはドロッとした黒い液体と、魔石が残った。
周囲から一斉に放たれる矢。
アイルは剣を振り回して捌き、俺とベルサは魔法陣の中にいたので、傷一つなかった。
そして、音もなく走り去っていく、赤い点を探知スキルで感知する。
「危ね。ゴーストテイラーの上位種だと思うわ」
黒い液体を掬って匂いを嗅いだベルサが言う。
人に化けたゴーストテイラーは前に冒険者ギルドで駆除したことがある。
「エルフに化けるとはね。化けるくらいだから、本物もいるのかな?」
「ダンジョンに住むなんて。隠れ里でも作って住んでるのかな?」
「ふふふ、スキル持ちの魔物とはな。滾ってきたー!」
俺とベルサの疑問を他所に、アイルは森を進む。
「ま、後を追えばわかるか」