334話
「どうだった?」
傭兵たちの拠点に帰るとアイルが聞いてきた。
「思った以上に魔王だったよ。立派になってた」
草原は寒いのでテントのなかで休ませてもらうことに。
「セーラが魔王って何か魔物の軍団でも作ってたんですか?」
ドヴァンが聞いてきた。
「いや、勇者を駆除するんだって。自分でやり方も考えてたし、一応、俺も提案してきたよ。それより土の悪魔のほうがおかしくなってたかも。ドヴァン、毛皮ないか? ちょっと寒い」
ドヴァンは俺に毛皮を渡しながら、「社長のテント、向こうですよ」と教えてくれた。俺のテントは傭兵たちのテントからちょっと離れた場所に張ってくれていたようだ。
「俺のテントを離したのにはなんか理由があるのか?」
「ああ、夜這いをかける奴がいるかもしれないんで見張りやすいようにだと思います。社長を狙っている女性陣が多いので」
「俺、嫁がいるんだけどな」
とりあえず、外に出て「アーイアムア妻帯者」と歌いながら、自分のテントに向かう。アイルが俺の分の晩飯を持ってきてくれた。
「ありがと」
今日の晩飯は、フォレストラビットの肉団子と野菜のスープにチョクロの黄色いパン。アイルは晩飯を俺に渡して、しばらくマジマジと俺の顔を見ていた。
「どこがいいんだ? これの」
アイルは俺に対して失礼なことを言って、地面に剣を振って境界線を作っていた。境界線を越えた者は北半球へ強制送還されるのだとか。
一人で食べる晩飯はちょっと冷えてた。南半球で飯があるだけでもありがたい。
早々に食べてしまって、皿を洗い、床に入る。
「じゃあ、私も寝るから」
テントの外からアイルの声が聞こえてきた。
薄っすらとそんな声を聞きながら目をつぶると、何かが迫ってくるような音が聞こえた。探知スキルで確認すると、他のテントの方からではなく草原の方から誰かがやってきているらしい。
その人物は俺のテントの前で止まった。あら? もしかして俺に夜這いをしてくる気かな。どうしよう。俺にはミリア嬢という嫁がいるのだが。前の世界では一夜限りの関係で人生を狂わせていた人たちも大勢見た。かと言って、他の傭兵たちの目を盗んでまで俺のもとにやってくるなんて命知らずにも程がある。その潔さに応えてあげたい気持ちが、まるでないと言ったら嘘になる。まさか、本当にこんな状況に俺がなるとは。
ゆっくりとテントの中に月明かりが差し込んだ。
入ってきてしまったかー! いよいよどうしたものか。避妊具はどうする? 魔力の壁で覆ってしまえばいい。しかし、それではフィット感が……空気を抜いてしまえばいいのか。俺の魔力の壁が球体で良かった。いや、そうじゃない! 俺には嫁が……。
俺の葛藤を余所に、その人物は這うようににじり寄ってきている。
どうしよう? ここは大人としてやんわり帰すのが正解だろう。恨まれて死なれでもしたら、俺の精神が保ちそうにない。
「フー、フー!」
耳に荒い息が吹きかかる。俺も自分の鼓動が聞こえてきた。
グサッ!
突然、胸元に衝撃を感じた。
暗がりのなか見てみると、胸にナイフが突き立てられていた。
グサグサグサッ!
ナイフが何度も俺の胸に突き立てられ、俺のインナーはどんどんボロボロに切り刻まれていく。
「いや、いきなりそのプレイは想定してなかったなぁ!」
俺はナイフを掴んで止め、枕元の魔石灯を点けた。
眼の前には黒い煙のような塊が揺らいでいた。探知スキルで見ると細かい微魔物の群れのようだ。
「あれぇ? 思ってたのと違う!」
とりあえず、クリーナップをかけてみると、黒い煙が霧散。中から女の子が現れた。年は二十歳くらい。浅黒い肌に黒い頭巾と黒装束を着ている。まるで忍者のようだ。
「なぜ死なん!?」
「ああっ! 暗殺者か!」
ようやく俺は自分の胸を確認すると、特に大きな傷はついていなくてちょっと赤くなっているぐらい。レベルに差があるから俺に攻撃が通らなかったのだろう。
「もっと柔らかい血管とか狙わないと。筋肉もあるし肋骨もあるんだから、攻撃が効かないよ……あ、いや、そうじゃないか。こらっ! この野郎!」
とりあえず、驚いている暗殺者の腕をねじりあげてテントの外に追い出す。
「ナオキ殿!」
ウーピーが境界を越えて俺に近づいた。
「ウーピー、縛り上げて尋問してくれる? 俺を暗殺しようとしたんだ」
「承知しました」
ウーピーは女の子を縄で縛り上げ、吸魔草を口の中に詰めた。一瞬で吸魔草が大きくなる。
「なかなか魔力量はあるようですね」
女の子の口が塞がり魔力切れ。そのまま女の子は大きなテントに連れて行かれた。
騒ぎに気づいた傭兵たちが起きて集まってきた。
「敵襲ですか?」
ドヴァンがボロボロのインナー姿の俺を見て聞いてきた。
「うん、アイル呼んできてくれるか? 探知スキルの範囲にはまだ入ってきていないけど闇夜に隠れて攻撃してくるかもしれない。光魔法で草原を照らしてくれ」
「了解」
ドヴァンはアイルを呼びに行った。
探知スキルで観察していると地表に煙のような微魔物が道を作っているのが見える。
ツキュン!
空に大きな光の剣が打ち上がった。黒い影のような者たちが光から逃げるように走り去っていくのが見える。
「何かの組織か?」
「たぶん闇の勇者一行だろう。他の冒険者たちだったら私たちを敵に回すようなことはしないと思うし」
いつの間にか寝巻き姿のアイルが立っていた。
「なんで俺の生命を狙ってるんだ?」
「ナオキは精霊殺しだからな」
「先制攻撃されたってことか」
俺は女の子が持っていたナイフを見た。何の変哲もないナイフだが、よく研がれている。毒とか嗅がされていたら、本当に暗殺されていたかもしれない。胸には回復薬の塗り薬を塗っておいた。
「そういや闇魔法ってどういう魔法なんだ? クリーナップで解除できたみたいなんだけど」
「うん、私もよく知らないんだけど、影や炭、微魔物なんかを使うらしい」
「引力とかではないんだな?」
「いや、それが重力魔法も闇魔法の一部という説もある。しかも精神的に攻撃するような魔法も闇魔法とされたりもするんだけど……とにかくスキルの発生条件もわからないし謎が多いよ」
人が闇と思うものは闇魔法になりえるのか。邪神の領分のような気がするが、精霊もいるくらいだからアペニールでは崇められているのだろう。
「どうする? 追いかけて潰すか?」
アイルが聞いてきた。
「いや、一人捕まえてるんだ。向こうからやってくるだろ?」
「どうかな。アペニールの連中は考え方が他と違うからな」
確か、宗教国って言ってたな。
「原理主義的な過激派ってことか?」
「ん~いや、腐っているものを食べたり、犯罪者を奴隷にせずに切腹させたりさ」
「別に俺たちだってワインやチーズは食べるだろ? 死刑制度はウェイストランドにもあったぞ」
「そう言われるとそうだな。でも、文化が違うんだから、仲間を見捨てることも考えられるってことだろ?」
「まぁな。じゃあ夜が明けたら探しに行こうか? いろいろ聞きたいこともあるし」
闇夜に紛れて攻撃されたので、朝になってから行動することに。
「うちの社長がまた油断しないように見張っておいてくれ」
アイルが傭兵たちに指示を出していた。
俺のテントの前には篝火が焚かれ、チオーネやステンノたちが寝ずの番をしてくれたので、ぐっすり眠れた。
明け方に起きると、ウーピーが昨夜の暗殺しに来た女の子について報告してきた。
「あの娘が闇の勇者です」
「よくわかったな」
「闇の勇者は度々代わるそうで、『今回の失敗で私は抹殺され、次の闇の勇者が選ばれる』と言ってました」
あまり勇者に対して興味がないタイプの精霊か。勇者の方も自分に人質としての価値がないと思ったのかな。
「十分休ませて飯を食わしてやってくれ。対応を考えよう」
「了解」
ウーピーが大きなテントに戻った。
「お前らも世話かけたな。お陰でちゃんと眠れたよ」
寝ずの番をしていた傭兵たちを労いながら、顔を濡れた手ぬぐいで拭いていた時だった。
突然、朝稽古を終えた魔体術の門徒たちが俺の周囲を囲み、西の地平線を睨みつけた。探知スキルで見ると誰かがやってきているのが見える。対応を考える間もなく、向こうからやってきたか。
「社長! お客さんです!」
ドヴァンが西の草原を指さした。
俺の肉眼でも白い旗を掲げた黒装束の集団がこちらにやってくるのが見えた。昨夜、逃げた闇の勇者の仲間たちだろう。
「白旗を揚げてるんだ。そう警戒しなくてもいいさ。丁重に饗そう。朝飯の仕度をしてくれ」
懐の深さを見せながらの交渉しよう。今のうちの会社に金はあまり意味がないし、いろいろと考えたかったんだけどな。
「厄介事に関わるなよ。精霊と勇者は面倒だからね」
いつの間にか起きてきたアイルが俺の隣で伸びをしていた。
「副社長の忠告は受け取っておくよ。ツナギ着てくる。案内しといてくれ」
「わかった」
俺は自分のテントに戻っていつもの青いツナギを着て、表に出ると黒装束の集団が地面に頭を付けて土下座をしていた。
「この度は勇者の未熟さ故、大変迷惑をおかけした。アペニール及び闇の精霊はコムロカンパニーと敵対するつもりは毛頭ない。ナオキ・コムロ殿はおられるでしょうか?」
白髪交じりの坊主頭の年長者が頭を地面にこすりつけている光景に、なんともやりきれない気持ちになった。
「俺がナオキ・コムロです。頭をあげてください。怪我はありませんが、暗殺されかけたのは事実です。敵対するのかどうかはこちらが決めます。飯でも食べながら話をしましょう」
「立て! こっちだ!」
アイルが闇の勇者の仲間たち5人を大きなテントに連れて行った。
俺は飯の仕度をしている傭兵たちに「自白剤とか麻痺薬とか入れなくていいから、俺と同じものを出してくれ」と釘を差しておく。ドヴァンもステンノも「チッ!」と言いながら変なキノコを放り投げていたので危なかった。集めた傭兵たちは変に気が回る奴らが多いので気をつけないと。
大きなテントに行くと、闇の勇者の仲間たちは机に自分の刀を置き、椅子にも座らず死にそうな顔で俺を待っていた。
「どうしたんだ?」
アイルに聞いた。
「闇の勇者は姫君なんだって。自分たちの首を差し出すから、生命だけは助けてくれって言ってる」
「ん~、取り繕いたい気持ちはわからんでもないが、刀はしまってください。こちらは誰も殺す気はありませんし、ここで死なせるつもりもありません」
俺は全員を席に座るよう促した。
朝食は魚の魔物の塩焼きと、小麦のパンにスピナッチのおひたし。米があればよかったんだけど、シャングリラから輸入してくるしかない。
「南半球は物資が少ないので、これくらいしか用意できませんがどうぞ」
俺は自ら食べて、毒が入っていないことを見せた。だが、闇の勇者の仲間たちは料理に手をつけない。そう簡単に信用はできないか。こちらも信用しているわけではないしな。
「いくつか聞きたいことがあるんですがいいですか?」
「我らで答えられることならば」
白髪交じりの男が返した。
「そちらの姫君が俺を暗殺しようとした理由は、精霊を殺せるからですか?」
「その通りです」
「誤解を解いておきたいのですが、俺たちはちゃんと仕事をしていて他の人に迷惑をかけていなければ勇者を駆除することも精霊を消滅させるようなこともしません。例え、神々の依頼であろうとです。この傭兵団の中には元風の勇者もいますしね」
俺がそう言うと、白髪交じりの男は目を見開いて、仲間たちを見た。黒装束の仲間たちは俺を見て驚いている様子。もしかして神々に仇なす不届き者と思っているのかな。
「アペニールが鎖国しているのはなぜです?」
「闇について誤解を招いてきた歴史があるからです。他の地域の人には理解されにくい。ただ、西の山脈を越えたグレートプレーンズが復活し、北には新興国・魔族領が出来た。我らの国も変わる必要を感じ、南半球へ参りました」
「そうですか。一番聞きたいのはあなた方にとって闇とはなんですか?」
「光の対になるものです」
「逃れられぬ力です」
「かけがえのない友です」
「育むものです」
「生活に寄り添うものです」
勇者の仲間たち5人がそれぞれ答えた。
「それぞれ考え方が違うんですか?」
「皆、同じです。それぞれ理解できますから」
なるほど、複雑だ。
「一つずつ伺っても?」
「どうぞ」
「光の対になるというのは、光があれば闇もあるということで間違いありませんか?」
当たり前のことだが聞いておく。
「間違いありません。ただ、我らは闇を恐れてはいない」
勇者の仲間の一人が答えた。
「逃れられぬ力というのは、重力や引力ということですか?」
「他の地域でそう言うのは知っていますが、我らにはまだはっきりと理解していないものなので闇と考えています。できれば究明したいと」
勇者の仲間の一人が俺をちゃんと見ながら説明してくれた。
わからない力だけど真正面から受け止めたのか。この人たちは、わからない力を崇拝もしなければ恐れもしなかったため、神や邪神への信仰にはならなかったようだ。
「かけがえのない友とはどういうことです?」
「生まれ落ちた時から、我らには影ができる。いいことも悪いこともすべて見てきたかけがえのない友ということです」
なるほど、影は友か。
「闇はなにを育むのです?」
「我ら自身です。植物を育てるのは土ではありません。闇です。どんなに地面を耕し、腐葉土を混ぜても植物はなかなか育ちません。そこに植物が土にある栄養を吸収しやすいようにする闇があるから育つのです。その植物を食べて我らも魔物も育ちます」
菌根菌がなければ植物は育たないか。
「生活に寄り添うというのは?」
「我々の生活は闇と共にあります。夜の月と星を見ながら、種まきや収穫の時期を知る」
太陰暦か。
「光の対となる闇は恐れるものではなく、崇めるものでもない。ただ、いつも傍らにあり、植物を育て、生活の基盤ともなる、と」
俺はこの世界における闇がなにか少しだけ理解できた気がした。
「人生には波がある。いつでも輝かしい道を歩くことはできない。暗い裏通りを歩くこともあるだろう。行き過ぎた光こそ恐れよ、深い闇に落ちるな。そのグラデーションを楽しめ。いつも同じ影はできないのだから。ある僧が闇の精霊様から賜った言葉です」
最後に白髪交じりの男が教えてくれた。
「闇の精霊は別に深い闇ではないんですね?」
俺は白髪交じりの男に聞いた。
「深い闇は人の罪を暴き、罰を与える。それは人の恐れを招き、簡単に自分を悪魔へと変える、ともおっしゃってました」
闇の精霊による自戒か。闇の精霊は闇であるが故に、言葉を得て悩んだのだろうな。
「なるほど、闇の精霊に付いて行きたくなるのはわかるなぁ」
「ナオキ・コムロ殿にもわかりますか?」
勇者の仲間である黒装束の面々は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「わかる。光の精霊にも会ったけど、闇の精霊にも会いたくなった。一時的にでもいいですから、鎖国を解いてはもらえませんか?」
「あ、そんな……突然言われてもすぐには叶いませんが、正直、これほど理解していただけるとは思いもよりませんでした。もしかしたら、我らが世界について誤解していたのかもしれませんし……しょ、少々お待ちいただけませんか? 一度アペニールに帰って話し合いをしなくてはなりません」
「そうですよね。あ、よろしければ朝飯を食べていってください。姫君が起きたら、アペニールに送りますから」
「……いただきます!」
白髪交じりの男が朝飯を食べ始めると、他の4人も「美味い!」と言いながら食べ始めた。
アペニールに行けるようになれば、ミリア嬢を探せる範囲が広がる。
もう少し。もう少しだけ。