333話
セーラは目を丸くして、「あ」とか「う」とかしか言葉が出てこないようだ。
「元気か?」
「げ、元気です! いや……なにしてるんですか?」
そりゃセーラにすれば、元主人が突然現れたわけだから「この人頭おかしいのか?」と思うかもしれない。
「あ、いや、あの、アリスポートの魔法学院を卒業したんだろ? これぇ……一応、卒業祝い」
俺は花をセーラに渡した。
「これ、砂漠でも咲くらしいから」
「あ、ありがとうございます!」
あれ? あんまり歓迎されてないのかな。会ってなかったし仕方ないか。
「魔王になったって聞いたんだけど?」
とりあえず、目的を済ませよう。
「ああ、なりました! ナオキさん、え? あれ? もう?」
「やっぱり会いに来たら迷惑だったか? すまん」
「いや、あー……えーっと、私の予想より早くナオキさんが来たから戸惑ってるだけです。まだ計画も始まったばかりだと言うのに」
「そうか」
「あ、日も落ちますし、良かったら本拠地に寄っていってください」
「おお、ありがとう」
砂漠の夜は信じられないくらい寒い。
俺はゴーレムたちと共にセーラの後ろについていった。ゴーレムたちは魔族というわけではなく、ただの魔物で意思のようなものは感じられない。命令された通りに動いているようだ。
セーラは倒れたオベリスクがある場所で、「ここです」と地面を見た。
探知スキルで見れば確かに地下に空間があるようなのだが、どうやって入るのかはわからない。
「よいしょっ!」
セーラは半分砂に埋まったオベリスクを持ち上げて、立てた。
「目印なんですけど、いつも倒れちゃうんですよ」
セーラはゆるく言っているが、オベリスクは相当な重量があるはずだ。魔王になって人間やめてしまったのかもしれない。
オベリスクの根本に地下へと続く階段が現れた。すでに夕闇が迫っている。
「どうぞ、こちらに」
セーラはゴーレムたちに周囲を警戒するように命令し、俺を中へと案内した。
入り口は狭かったが中は広く、幅5メートル、高さ3メートルほどの通路が続いている。照明がセーラの持っている魔石灯だけなので肉眼ではよく見えないが、いくつか通路の脇にはいくつか小さな部屋があった。壁には壁画、床には独特の模様が描かれている。
「遺跡か?」
「ええ、おそらく古代のドワーフの遺跡です。今はダンジョンになってますけどね」
「土の悪魔がダンジョンコアを持ってきたのか?」
セーラが一瞬立ち止まって、「知ってたんですか?」と聞いてきた。
「だってセーラは土の魔王だろ?」
「そうです。水魔法の方が得意なんですけどね。なぜか気に入られてしまって」
再び歩きながら話し始めた。
「じゃあ、北半球と南半球をまたぐダンジョンは消えたのかぁ……」
見切りをつけたとも言える。ダンジョンマスターとしては正解なのかもしれない。
「『必要がなくなった』と本人は言ってましたよ」
「悪魔も迷ってるなぁ」
「この階段降りると亜空間になりますけど、大丈夫ですか?」
セーラは下へと続く階段を前に俺に聞いてきた。
「大丈夫だぞ。ダンジョンはいくつも潜入してるから」
「そうでしたね」
セーラはそう言うと、とっとと階段を下りていった。俺もついていく。
大きな空間に空があり、地面には枯れた木々が倒れていた。
木々の間を縫うように小川が流れていて、少し先に行くと両側には広い畑があり、膝くらいの背丈の緑の麦が伸びていた。収穫はまだ先だろう。
「まだまだ出来たばかりのダンジョンなんですけど、ダンジョンコアに古代のログが残っていて再現しているんですよ」
「じゃあ、邪神が土の悪魔に渡したダンジョンコアはそもそもこの遺跡にあったものなのか?」
「おそらく……」
セーラはそのまま畑のそばにある廃墟のような家に案内してくれた。
「お茶淹れますね」
「悪いな」
ボロボロの丸椅子にカビ臭いテーブル。壁には黒いローブがかかっているだけの殺風景な家だった。とりあえずクリーナップでテーブルのカビを落とした。
「ここに住み始めてどのくらいだ?」
俺は加熱の魔法陣でポットを沸かしているセーラに聞いた。
「えーっと、1ヶ月、2ヶ月位ですかね? 外にいることのほうが多くてダンジョンの中はあまり手を付けてないんです。ほとんどゴーレムに仕事をさせてますからね」
「すごいオートマチックだな」
セーラは魔物を使ったオートマチックな農業を構築してしまったのかもしれない。
「で、なにをやってるんだ?」
俺はお茶を淹れてもらいながらセーラに聞いた。
「なにって……?」
セーラが椅子に座って俺を見た。
「魔王になったのはわかったけど、魔王になってなにをやってるんだ? ダンジョンはゴーレムに任せてるんだろ?」
「いや、勇者たちの動向を探ってますよ。ナオキさんと同じです」
「別に俺は勇者たちの動向は探ってないぞ」
「え? そうなんですか? 砂漠の東でたまにコムロカンパニーの傭兵たちを見かけますけど……」
「魔物が逃げていったりしただけじゃないか?」
「あ~、そうですか。いや、あのー……あれ? なにかおかしいですね。ナオキさん、勇者の駆除を神々から請け負ってませんでした?」
「ああ、請け負ってたよ」
「え、今は?」
「今は別に、関係ないかな」
俺がそう言うと、セーラが魂が抜けたように虚空を見つめ始めた。
「どうした、どうした? だ、だ、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないですよ! 私の目標覚えてますか!?」
セーラが急に立ち上がって怒り始めた。
「セーラの目標? 魔法使い? いや冒険者かな?」
「違います! ナオキさんの隣に立つことです!」
「ああ、そういえばそんなこと言ってたなぁ!」
ようやく俺はセーラが言っていたことを思い出してきた。
「いいですか、私はアリスポートの魔法学院を卒業してすぐにコムロカンパニーに就職するつもりだったんです! それなのに、ナオキさんは行方不明!」
「ああ、そうだったなぁ」
「社員の人にも聞きましたが『いない』と言われ、私はとにかく世界中を探したんですよ!」
「そうなのか?」
「コムロカンパニーが関わったマリナポートも竜の島、ルージニア連合国の砂漠にノームフィールド、ウェイストランドもエルフの里も。海を渡って火の国やグレートプレーンズ、魔族領! すべてナオキさんが行った場所ですよね」
「行った行った。セーラも行ったのか? 大変だったろう」
「大変でしたよ! そこで見聞きしたことは、コムロカンパニーに救われたという話ばかり。ただなぜかその土地の精霊が消えたり、勇者が勇者じゃなくなったりしていたということです。そしてある証言に行き着いた」
「それが勇者の駆除だと?」
「そうです! バルザックが教えてくれました。間違ってますか?」
「いや、間違ってない」
「なら、どうして!? なにをやってるんですか!?」
「なにって嫁探しだよ」
「嫁なら私がなりますよ!」
セーラはテーブルを叩いて大声を張り上げた。
「いや、俺、結婚したって連絡したろ? 転生してるときにどっか消えちゃったんだよ」
「う~……意味がもう……ちょっと理解できるように言ってください。ふが~!!」
「わかったわかった。説明するから落ち着けよ。ふがふが言うなよ」
俺はとりあえずセーラを落ち着かせ、ミリア嬢がいなくなったときのことを事細かに説明した。
「ほ、北極大陸には私も行きました。氷の国ですけどね。そこからコンテナに入れられて漂流して大変でしたけど……とにかくナオキさんがミリアさんという人を探していることはわかりました」
セーラはセーラで大冒険をしていたようだ。
「でも! 神々から依頼された勇者駆除の件はどうしたんですか?」
「どうしたもこうしたも、神々が勝手に言ってるだけだからさ。勇者たちが余程のことでもしない限り動く気はないよ。実際どうなの? 皆、南半球に集まってるんだろ?」
「集まってますよ。砂漠の東側にある草原があるところに。水源の確保で争ってます。なにか真の勇者を決めるために闘技会を開くとか計画してるみたいです」
「なにやってんだ? 勇者たちはアホなのか?」
「知りませんよ! もう!」
セーラは完全にふてくされてしまった。せっかく自分が魔王にまでなったというのに、俺が勇者駆除をやめてしまったからだろう。
「でも、セーラ、勇者駆除に関してなにか考えてたんじゃないのか? だからここを本拠地にしたんだろ?」
「考えてましたよ」
セーラは怒りながら、家の勝手口から出て袋を持って戻ってきた。
「これです」
セーラはドンとテーブルにその袋を置いた。
「なんだこれ?」
俺は袋の中をテーブルに開けた。
「麦か?」
「毒麦です。効果は薄いですが、小麦に混ぜておけば中毒が起きます。ゴーレムに荷馬車を牽かせて冒険者たちに襲わせ、勇者たちの国に広げるつもりでした」
「なるほど、それで噂を流して戦争でも起きれば勇者たちが勝手に潰れていくと」
「そうです。そもそも水源の争いなんてしている奴らですからね。火種を大きくしてやれば駆除も楽かと思ってたんですが……」
セーラは大きく溜息を吐いた。
「いや、その案いいよ! さすが俺の元奴隷! 魔王様様って感じだ!」
「褒められても嬉しくないですよ」
「そうか、なるほどそうだよなぁ。食料も水も足りないんだもんなぁ。いい方法を思いついたもんだ」
俺はよくぞ狡猾に育ってくれたと感心してしまった。土の悪魔に騙されたバカな娘になってたらどうしようと思ってたが杞憂だったな。
「褒められても……」
「だったらさ、チョクロとかも育てようぜ。ダンジョンの中なら気候も変えられるんだろ? 甘いチョクロの品種作ってさ、それを潰してドロドロの粉状にするんだ。それで甘いお菓子を作ったら売れるぞ~」
口が回ってきた。お茶を飲んで口を湿らせる。
「う、売るんですか?」
「売れるよ。人間はカロリーを欲するように出来てるからな。東にある勇者たちの国にドンドンばら撒いていって全員糖質中毒にしたらいい。そのうち皆、痛風とか糖尿病になるから勝手に駆除されていくよ。金も入るし魔王軍ができちゃうな。どうだ?」
「どうだって言われても……」
「ああ、いい駆除方法が見つかった! 皆、甘いものを食べて幸せだし、セーラとしても勇者駆除できるし、ウィンウィンだな!」
「待ってくださいよ! やるんですか?」
「やるかどうかは勇者の天敵である魔王次第さ。勇者駆除はセーラに任せるよ」
「任せるって言われても……」
「本当によく勉強したんだな、セーラは。俺は感心してるよ。せっかく魔法学院まで行ってバカになってたらどうしようって心配してたんだ」
「そうですかね? 私、ナオキさんの隣に立ててますかね?」
「立ってる立ってる。隣どころか、先行っちゃってるね。神々の依頼はセーラが請けてくれ」
「私、騙されてませんか?」
「騙してる奴が騙してるって言うと思うか?」
「思いません。やっぱり騙してるんじゃないですか!?」
しまった! 悪どい俺が出てしまった。
「正直な話すると、どっちでもいいんだ。セーラがなにをしてても元気でやってるならさ。勇者たちの国も出来たばっかりなんだろ? 国境線を決めるのにも争うこともあるよ、そりゃあ」
「勇者駆除の依頼は請けないんですね。じゃあナオキさんはなにをするんですか?」
「人の暮らしが成り立つまでは清掃・駆除業者のやることなんてない、だろ? 俺は王様でもなければ勇者様でも魔王様でもない。危険な魔物が出たら駆除するくらいだな」
「なにか煙に巻かれた気がします」
だろうな。俺も煙に巻いた気がする。
「俺の他にもう一人、仕事してないやつがいるけど、あいつはどうしてるんだ?」
「あいつって誰ですか?」
「土の悪魔さ。このダンジョンにいるんだろ?」
「いますよ。なんか古代のドワーフが書いた文字を解読したと思ったら、ずっと悩んでるんですよ。ダンジョンマスターなんだからしっかりしてほしいんですけどね」
探知スキルで隠し通路がないか探すと、古井戸の地下に通路があった。マルケスさんのダンジョンと同じだ。
「会いに行ってもいいか? 古井戸の先にいるんだろ?」
立場も変わりセーラの上司になったので、挨拶くらいはしておきたい。
「よくわかりますね? ああ! 探知スキルですか。どうぞ。私はまた計画を考え直しますから」
俺は一人、家から出て古井戸から地下へと下りた。
魔石灯の明かりで周囲を照らすと、壁には絵が描かれ、その下に象形文字が解説のように書かれていた。
「土の悪魔ぁ! いるんだろぉ!?」
大声で叫ぶと、声が反響した。
奥の方でムクリとなにかが起き上がるのが見えた。
「コムロか……」
相変わらず図体がでかい土の悪魔はか細い声で返してきた。あぐらをかいて座っているのだが、頭が天井につきそうだ。近づいてみると、目もうつろで覇気がない。
「随分、落ち込んでるみたいだな」
「我は我を知らず、我がなんだかわからなくなってしまった」
突然、哲学的なことを言い始めた。
「お前は土だろ?」
「それが最も難しい。コムロ」
「まぁ、自分のことは自分が一番良くわからないのかもしれないな。周りに聞いてみろ。俺はお前を土塊だと思ってるよ」
「そうか」
「セーラを魔王にしたんだってな。新米の魔王だ。気にかけてやってくれ」
「うむ。あの娘は努力家だ。気に入っている」
「そうか。とにかくよろしく頼むよ」
俺はそれだけ言って、帰ろうとした。
「コムロよ」
「なんだ?」
「ここにいたドワーフたちは邪神に滅ぼされたわけではない。我が消えたと書いてある」
「土が消えたか……。そりゃ文明が崩壊するはずだ。またな」
俺は古井戸を上り、セーラに「がんばれよ」とだけ言って、ダンジョンを出た。
「う~寒い!」
やはり夜の砂漠は寒い。
オベリスクを守っているゴーレムたちが俺を認識してこちらに向かってきた。
俺は空飛ぶ箒で上空へと飛んだ。
「土とは、か」
月明かりに照らされながら、俺は呟いた。




