332話
南半球のコムロカンパニー社屋建設予定地。テントを張った跡はあるが、未だなにもない。北を見ればジャングルの草木がどんどん侵略しているのが見える。
「ゼットに社屋を建ててもらうか」
足元には朝露に湿った草花。東の空には太陽が昇っている。
アイルとの待ち合わせ場所だ。
「待ったか?」
俺の側にアイルが降り立った。
「いや、今来たところ。南半球はまだなにもないから待ち合わせ場所に困るな」
「国がたくさんできてきてるから、そのうちランドマークもできるだろうね」
「今はどこが拠点なんだ?」
「ドワーフの集落から北に歩いて五日くらい行ったところかな」
その情報だけではさっぱりわからん。やはり待ち合わせしてよかった。
「じゃ、行くか」
俺とアイルは空飛ぶ箒で上空へと飛んだ。
アイルが傭兵たちとともに暮らしている拠点は比較的植物が多い場所だった。探知スキルでは魔物もちらほら見える。形を見るとウサギの魔物かな。
「冒険者たちが持ち込んだフォラビットが野生化してるんだ」
アイルが説明してくれた。
「増えると厄介だぞ。早めに駆除した方が良いんだけどな」
「今は肉が足りないから、どこの国も放っておいているよ」
俺が拠点に降り立つと、代表してウーピーが挨拶をしてきた。後ろではなにやら元グレートプレーンズの軍人・チオーネとゴーゴン族のステンノが怪しい動きをしている。
「お疲れ様でございます。お待ちしておりました。ナオキ殿」
「おつかれ。ウーピー、うまくやってる?」
俺がそう聞くと、ウーピーはなにも言わず溜め息だけ吐いた。一癖も二癖もあるような連中を束ねるのは大変だろう。
「リッサ師匠とシオセさん夫婦は海潜ってるからいないよ」
アイルが言った。
「ああ、あの二人は、そうだろうな」
魔石のない海の生き物を探しているのだろう。
「まさかナオキ殿が結婚するとは思ってもみませんでしたよ。こちらの士気に関わるので、できれば内密にしていただきたかった」
ウーピーが俺にクレームを言い始めた。
「すまんな。勢いで結婚したはいいけど、嫁さんが行方不明になってしまって探している最中なんだ」
「ええ、伺っています。南半球でも行方を探していますよ。業務の合間にね」
「ありがとう。助かるよ。俺の嫁さんの話は置いとくとして、俺の元奴隷の話なんだけど……?」
「ナオキ、地図を見ながら話そう。勇者たちの国についても話しておきたいし」
「わかった」
アイルは俺を遊牧民が使うゲルのようなテントに連れて行った。
寝泊まりしているテントとは違い、中は広く事務作業ができるように机や椅子も用意され、本棚には本もある。さながら移動式の図書館のようだ。
「地図とか魔物の本か?」
「うん、あとは農業とか鍛冶の技術書とかだね」
南半球では知識が重要だ。
「社長! 来てたんですか!?」
テントの中にドヴァンが入ってきた。学校で一緒だった獣人とダークエルフの娘もいる。
「お、ちょうどいいところに来たな。今からセーラについて話すところだ」
アイルは机に地図を広げながら言った。
「セーラについては俺たちが一番良く知ってると思ってたんですけどね……」
ドヴァンは少し寂しそうに言って、仲間たちを見た。
「とりあえず、アイル、南半球の現状について説明してくれ」
「わかった」
ドヴァンたちは隣の机でお茶を用意してくれるようだ。
「今、私たちがいるこの大陸には冒険者たちが多いんだ。アリスフェイ王国からも近いしね。宗教国・アペニールから闇の勇者たちがやってきていて、教会を作るつもりらしい。未だに鎖国してる国だから、よく知らないけど遠目では聖女みたいな雰囲気だった」
「闇の勇者はアペニールにいたのか?」
闇の勇者がいるってことは闇の精霊がいるってことだ。普通、闇は恐怖の対象だと思うが、陰翳礼讃のような文化があったのかな。
「そうみたい。うちの会社は精霊を駆除してるから好かれてないよ」
「だろうな。で、冒険者たちが国を作ってるのか?」
「いや、水源をうちの会社が確保してるから冒険者たちが居着いてるだけだね。魔物さえ倒せば無料で水を提供してるからね。勇者たちが国を作ってるのは南東の大陸さ。ヴァージニア大陸や群島から世界樹の珍しい植物や魔物を求めて来たんだろうね」
「じゃあ、世界樹の場所とかはもう世界中に知れ渡ってるんだな?」
「うん。ヴァージニア大陸からの航路に島が点在してるだろ? そこに冒険者ギルドとか商人ギルドが集まってるね。この前、各ギルドの出張所がこちらの大陸にもできたよ」
着実に発展していっているようだ。
「それで、世界樹がある大陸は水源が少ないから争いが起こってる。その中で勇者たちそれぞれが仲間を集めて国を作ってる最中ってことね」
「向こうの大陸は砂漠があったろ?」
「そうそう。その東側に集まってるね。そのまま真っすぐ世界樹に向かおうとすると山脈と渓谷を越えないといけないから結構大変なんだよね。それでも冒険者の中から何人かは越えて世界樹に入ろうとしてるみたいだけど」
「世界樹に入ったって地獄だろ?」
「そう。手前にはツーネックフラワーの花畑が広がってるしね」
ツーネックフラワーは麻痺薬と幻覚剤の材料になるような花だ。
「だから、皆、砂漠の方から迂回して世界樹へ向かおうとしてるんだけど……そこに、セーラがいる」
「ああ、魔王になったセーラが?」
「おそらくね。土の悪魔が使ってたようなゴーレムが砂漠を徘徊しているらしいんだ。そのゴーレムたちに指示を出していたのがセーラさ」
「そういえばメリッサも砂漠にセーラがいるって言ってたなぁ」
「だいたい、そんな感じ。南半球には島も多いから、勇者たちの争いを避けて、そっちに行こうとしている冒険者たちもいるよ。ただやっぱり航海にも水が必要だろ? 開墾するにも水が必要だし。なかなか大変だよ、水問題は」
「魔法があるんだからどうにかできないのか」
「水魔法の水は魔素の量が多いから病気になるんだよ」
「そうか……何事もままならないな。それで?」
俺はお茶を飲み、ドヴァンに声をかけた。
「在学中でも卒業した後でもいいけど、セーラになにか変わったことはなかったか?」
「あの娘は出会った頃からずっと変わってましたよ」
グーシュという獣人の娘が答えた。
「まぁ、変わってるよなぁ」
「憧れの人に追いつきたいという一心で、魔法学院の全員を倒すような立派な魔法戦士でした」
シェイドラというダークエルフの娘がそう言って俺を見た。
「魔法戦士ねぇ……。魔法学院は卒業したんだよな?」
「ええ、もちろん。首席ですよ」
グーシュが教えてくれた。
「へぇ~、すごいな」
「あの娘は、なにをするのでも手段を選びませんから。ナオキさんの教えだと本人は言ってましたが……?」
シェイドラが俺に聞いた。
「間違っちゃいない。卒業後の進路についてはなにか聞いていたかい?」
「ナオキさんの隣に立つ。それがあの娘の全てです」
「5年間行方不明になられていましたよね? あの娘はナオキさんが死んだとは露程も思っていなかったようです。必ず戻ってくると」
「そうか……俺の隣にねぇ……」
俺はそう言ってお茶を飲んだ。
「おしっ! じゃあ、叶えてくるか。バルザックやテルには会ってるけど、セーラには会ってないからな。卒業祝いでも渡してくる。なにがいいかなぁ?」
「待ってください! 社長、相手は魔王ですよ? 土の悪魔もいるみたいですし」
ドヴァンが慌てた。
「うちの会社で勇者だとか魔王だとかの肩書は意味ないぞ」
アイルがドヴァンに教えていた。
「卒業した人になに渡せばいいんだ? 写真はないしなぁ。花束か?」
「南半球の花は毒々しいよ。お金とかの方がいいんじゃない?」
アイルがデリカシーもへったくれもないことを言い始めた。無視しよう。
「あ、そうだ。種苗屋いたよな?」
「ブロウですか?」
この傭兵たちの中に元風の勇者であるブロウがいるはずだ。
「ブロウなら畑にいますよ」
ドヴァンがそう言うので、俺はテントから出て畑を探した。
探知スキルですぐ近くの荒れ地に人が数名いるのが見える。近づいていくとブロウが魔体術の門徒たちと共に土作りをしているところだった。
「ブロウ!」
「ナオキさん、レベルが戻ったようですね?」
「風の妖精が噂してるか?」
「ええ、その話で持ちきりです」
ブロウは仲間らしい傭兵たちに囲まれて明るくなっている。勇者時代は孤独そうだったからな。
「知り合いの祝いのためになにか花とかを贈りたいんだけど、なにかないか?」
「どこに住んでる人ですか?」
「砂漠なんだけど」
「だったら砂漠で咲く花がいいですよね。あ、これ、どうです? この前、ツーネックフラワーの亜種ができちゃったんですよ」
ブロウはそう言って、畑の隅に俺を連れて行った。そこには茎が二股に別れた紫色の花がきれいに二輪咲いている。
「毒性はありませんし、たまに雨が降るだけで一気に咲くと思いますよ」
ブロウは数ヶ月の間にツーネックフラワーの品種を変えてしまったらしい。
「種と花を貰ってもいいか?」
「ええ、どうぞ。砂漠にどんどん落としていってください。雨が降ったら一斉に咲くと思うので、忘れた頃にプレゼントになるかと」
ブロウは両手いっぱいに種をくれた。花は咲いているのを持っていっていいらしい。そんなに種を渡していいのかと思ったが、ベルサから成長剤も受け取っているのでまだ実験を繰り返せるし問題ないという。
「いやぁ、それより畑に適した土作りが大変ですよ。肥料に消石灰、学ぶことが多いです。自分がどれだけ恵まれていたか……。正直、勇者なんてやってる場合じゃなかったです」
ブロウはそう言って笑った。俺たちも土作りで苦労した。
「魔物の駆除も忘れないでくれよ」
「ええ、もちろん忘れてませんよ。アリスフェイ王国のベルベという方に倣って、花畑を作って魔物たちを足止めしようとしてるんです」
「なるほどね。植物の研究もできて魔物の駆除もできると?」
「そうです。こんな機会は滅多にないので毎日充実してますよ。本当にありがとうございます!」
ブロウにお礼を言われてしまった。
「いや、こちらこそ助かってる。ちゃんとアイルから給料貰うようにね」
「はい!」
「ナオキ!」
遠くから地獄耳のアイルにツッコまれた。
「それじゃあ、行ってくる! 砂漠でゴーレムを見つければセーラまで辿り着けるよな?」
「たぶんね」
アイルはそう言って、二輪咲いた花と種が入った袋を持った俺を上から下まで見た。
「なんかおかしいか?」
「いや、出会った頃のまんまだと思って」
アイルと出会ったのはクーベニア。同時期にセーラとも会っている。魔王になって忘れられてるってことはないかな。
「俺たちも行きますか?」
ドヴァンが聞いてきた。
「いや、派手に暴れて友情に傷でも入ったら大変だ。待ってていいよ」
5年も行方知れずになってたからぶっ飛ばされる可能性もある。卒業式に行ってやれなかったし。
俺は空飛ぶ箒に魔力を込めた。
景色がどんどん通り過ぎていく。大陸から出て海を超え、砂漠に辿り着いた。
探知スキルを展開しながら探してみたが、砂漠の中にいる魔物しか見つからない。
この砂漠はこの星の中でもかなり広い。海から岩石地帯まで往復しながら、ゴーレムとセーラの痕跡を探した。
「空から探してもなかなか見つからないもんだな」
日差しが強いので休憩を挟みつつ、探し続けた。
なんのことはない、通信袋で呼んでみようとした頃、人の足跡を見つけた。足跡を辿っていくとゴーレムが集まっているのが見えた。
中心には顔にストールを巻いたセーラの姿があった。
ブーツの中はすっかり砂まみれ。
空は茜色に輝き、西の砂丘に太陽が落ちていく。
「ようやく見つけたな」
俺の声に気づいたのか、セーラがこちらを向いた。
「まさか! ナオキさん!」
セーラは顔に巻いていたストールを外して素顔を晒した。日に焼けてはいるが、魔王だからといって角とかは生えていない。ゴーレムたちをかき分けて、俺に近づいてきた。
少し大人びたセーラが砂漠に立っていた。
「よう。久しぶりだな、セーラ」