329話
神々にレベルとスキルを戻された俺は、冒険者ギルドに併設された宿でメルモに報告。
「え!? よかったですねぇ~!」
「よくはねぇよ。ただ、もうメルモに運んでもらわなくてもよくなったから、自分の仕事に戻っていいぞ。ファッションデザイナー、やってるんだろ?」
「ああ、まぁ、時間はあるんでいいんですけどね。それで、神々からの依頼はなんですか? 社長のレベルを戻すってことは、なにか依頼があったってことですよね?」
「いつもの通り、勇者駆除だよ。南半球に勇者が集まってるんだってさ」
「じゃあ、皆さんに連絡しないと」
メルモは通信袋を取り出した。
「しなくていいよ。依頼なんか無視だ。無視! 時の勇者と空間の勇者駆除の報酬も貰ってねぇのに、なんでやらないといけないんだよ。だいたい、駆除すべきかどうかもわからないのに」
「……そう言われると、そうですね。え~、でも! コムロカンパニーの社員には報告しておいたほうが……」
「わかったよ。連絡はしておくけど関わらないようにな」
俺は自分の通信袋で社員たちに連絡を取った。
「こちらナオキ。レベルとスキルが戻った。神々から南半球の勇者駆除を依頼されたけど、報酬もらってないから無視でいいぞ」
『はぁ? なんだその報告は!?』
ベルサの声が聞こえてきた。
『レベル戻ったんですか!? アイテム袋どうします?』
セスだ。おそらく自分の運送会社が忙しいはず。
「持ってていいぞ。俺は空間の精霊に目をつけられてるから、普通のカバンでいいや。アイテム袋はセスが持っていたほうが役に立つだろ?」
『ありがとうございます。使っておきます』
セスは通信袋の向こうで頭を下げたらしく、ゴッという音の後にうめき声が聞こえてきた。
『ナオキ、南半球の勇者なんだけど……』
アイルにしては元気のない声が聞こえてきた。
「なんかやらかしたか?」
『傭兵のウーピーとチオーネが会ったってさ。なんの勇者かは知らないけど、国を作っているらしいぞ。それでも放っておいていいのか?』
「いいんじゃないか? 俺たちは清掃・駆除業者だ。建国の父とかになる気はないよ」
『そうか、ならいい。こっちはこっちで危険な魔物の駆除をやっておくよ』
「頼む。あれ? ベルサも一緒か?」
『いや、私は黒竜さんの里帰りに付き合ってる。ちょっと変なものを見つけたから、調査しておくよ』
アイルもベルサも南半球にいるようだ。
「よろしく~」
俺は通信袋を切った。
「社長のレベルが戻ったっていうのに、皆、普通ですねぇ~」
「大して変わらないからじゃないか?」
「あ、そっか。それで、社長はこれからどうするんですか?」
「嫁さん探すよ。当たり前だろ?」
神々に頼らずとも転生とともに消えたミリア嬢を探さないといけない。夫である俺の役目だ。
「そうですか……。世界中を回るんですよね?」
荷物をまとめている俺の横で。メルモは大きな溜め息をついて、窓の外を眺めた。なにか含みがある言い方だ。
「なんだ? ……メルモはファッションデザイナーに戻りたくないのか?」
「社長に指示される方が楽ですからね。それに虫の魔物と戯れていたほうが……」
困った奴だ。
「一度作り始めてしまえば勢いがつくんでいいんですけど、作り始めるまでがちょっと」
芸術家とは往々にしてこういう人間が多いのかもしれない。
「仕方ないな。ミリアさんを探すついでに一緒に行ってやるよ。あるんだろ? 自分の工房が」
「あります。ウヘヘヘ」
もしかしたらメルモは俺に工房を見せたかったのかもしれない。
宿に壊したテーブルなどの代金を払う。ついでに掃除用の箒を買い取った。
紙に魔法陣を描き、箒に巻き付け、レベル1の火魔法で焼き付ける。空飛ぶ箒の完成だ。一連の動作に迷うことがなかった。スキルも問題なく発動した。
太陽は天高く昇り青い空が眩しい。先ほどまで神々によって怒りに満ちていたが、無視してしまえばいいと開き直った。
「よし、メルモ、案内してくれ」
俺は自分の空飛ぶ箒をもってメルモに声をかけた。
メルモとともに一気に空へと飛ぶ。
試しに急旋回や魔力の壁を展開しても、魔力切れを起こすようなことはなさそうだ。
メルモは「やばい社長が帰ってきた~!」と笑っていた。
冷たい風が頬をなでていく。久しぶりに自分の力だけで空を飛んだ。
メルモが何度か通信袋で連絡を取りながら、北東へと進む。
工房の職人さんにでも連絡してるのかな。
「社長、ちょっと北になっちゃいました!」
「お? お~う」
案内されたのはアリス・フェイ王国の東の海に点在している島の一つだった。
島には3隻の大型船と小さな船が集まっていた。島には入り江があり、内陸には木々も多い。木々の隙間から円柱型の建物がいくつか見える。
「普段は船の上で作業してるんですが、時々、こういう島を拠点にして服を大量に作るんです。移動する仕立て屋っていうんですかね。自分たちでは『海の仕立て屋ギルド』って呼んでるんですけどね」
メルモが説明してくれた。
ゆっくり旋回しながら砂浜に降りていくと、エプロンをした女性たちが迎えてくれた。
「女将さん、うちの社長です」
メルモが年配の獣人女性に俺を紹介してくれた。メルモと同じように角が生えているので、ヒツジの獣人かな。
「どうも、メルモがいつもお世話になっております。コムロカンパニー社長のナオキ・コムロと申します」
「旦那が伝説の社長さんか。メルモからは話を聞いているよ。ここにいる仕立て屋たちを取り仕切っているアン・リードだ。このポート・ティラーにはあんまり男がいないから……あー」
女将さんの横では、こちらを見ながら職人たちが騒いでいる。
「思ってた以上に若くない?」
「メルモと同じように空を飛ぶんだね? 点数高いよ」
「ほら、あの服だよ! でもボタンだね」
「案外、いい男かも?」
「どれどれ? 強い男は決まって野蛮だから気をつけないと」
「でも、あっちは野蛮な方がいいけど……」
女性の職人たちが集まってきてしまった。急なモテ期か。
「社長は結婚してるよ」
メルモがそう言うと「あ~意味がない」「なんだぁ~」などとつぶやきながら職人たちは散り散りにどこかへ行ってしまった。職人の間では一夫一妻制らしい。
「悪気はないんだよ。許してやって」
女将さんが俺に謝った。
「いやいや、俺は別に」
「社長、油断しないように。夜になると見境がなくなる女もいますからぁ」
メルモが、ニヤけている俺に忠告してきた。
「船乗りの娘も多くてね。親の顔も知らないなんて娘もいる。余計な情けはかけないでやっておくれ。ためにならないから」
「はい……」
いろいろ複雑な事情があるようだ。
「それで? メルモは世界を救って戻ってきたのかい?」
女将さんがメルモに聞いた。
「世界を救ったのは社長です。私はちょっと仕事しただけ。社長のレベルが戻ったので、私もデザイナーに戻ります」
「すみませんね。こちらの勝手な都合で」
俺が女将さんに謝った。
「いやいや、初めからそういう話だったからいいんだよ。それにコムロカンパニーの仕事を優先するのが当たり前さ。工房はそのままにしてあるよ!」
「ありがとう、女将さん! 社長、こっちです」
メルモは女性の職人たちが行き交う細い道を通りながら島を案内してくれた。
「メルモ! 帰ってきたの!?」
「メルモ、染料が足りなくなっちゃったの」
「メルモがいない間に注文が殺到してたよ」
「メルモおかえり~」
行き交う女性の職人たちが声をかけ、メルモは手を挙げて返していた。
少し仕事を離れていても、メルモには人望があるようだ。
「あ、ほら。社長のツナギが掲げてあるのが私の工房です」
見れば、円柱状の家の壁に俺のツナギが張られている。今着ているのは、転生する時に着ていたスペアだが、張られているのはオリジナルだ。
「いや、オリジナルと言うか。神々が作ったツナギか」
前の世界で着ていた物を再現したんだろう。俺は魂だけ運ばれてきただけだ。
「今もあの『ジッパー』というのは再現できていないんですけどね」
メルモはそう言いながら、工房の扉を開けた。
中は、いろんな魔物の革や布がまとめられた棚が正面にあり、左右両側に上部が丸いドアがあった。右は裁縫のための部屋。左は資料や大きな机があり、デザインするための部屋なんだそうだ。
工房に入るなり、メルモは思い切り息を吸い込んだ。
「我が家の匂いです」
メルモは籠の中に入った白い毛糸を俺に渡してきた。
「実家には帰ったのか?」
メルモの実家はゴートシップというヒツジの魔物の牧場をしているはずだ。
「ええ、父の墓参りに。会社の先輩たちと違って、うちの家族は仲いいですよ」
「なによりだ。いい匂い」
俺は毛糸を籠に戻した。
メルモはデザインする部屋に通してくれて、ポットでお湯を沸かし、お茶を淹れてくれた。
「加熱の魔法陣のおかげで、燃えずに済んでますよ」
お茶を飲むと落ち着いてきた。
ただ、メルモは机を拭いたり、窓を開けてみたりして落ち着かない。
「自分の部屋に他人がいると落ち着かないか?」
「いや、そういうんじゃなくて……」
「じゃあ、いいじゃねぇか。売れてるんだろ?」
「それは、女将さんが商売上手だったんです。私のデザインした服をいろんな人種のモデルに着せて、『服は人種を差別しない』って港でパレードしたりして」
売り方か。前の世界でも企業のストーリーみたいなものはあったな。
「でも次はどうすればいいのか。すぐに皆、飽きてしまうから。社長、なにか新しい戦略とかアイディアとかないですかね?」
「知らん。俺なんかずっと同じツナギばっかり着てるんだぞ。俺に聞くなよ」
「はぁ~、もうちょっと真剣に考えてくださいよ。いつもずる賢いことばっかり考えてるんだから」
「メルモ、お前はいつも俺をそういう目で見てたのか?」
「見てますよ! 違うんですか?」
アイアンクローをしたら、メルモは「痛い。ウヘヘヘ」と笑っていた。
「一度売れた人は、次を求められるのはどこの世界でも同じだ。がんばれ」
「社長、応援はいらないんです。アイディアを!」
メルモは羽ペンにインクをつけながら、迫ってきた。
「そんな~。じゃあ、なんか特定の人たちだけに作っていくっていうのは?」
「オーダーメイドってことですか?」
「ん~そういうんじゃなくて、例えば、漁師には濡れない服とか濡れてもすぐに乾くような服が必要だろ?」
「でも、そんなのどのデザイナーも考えてますよぉ~」
「本当か?」
「私が着ているインナーは汗を吸収するようにできてます。昔から冒険者ギルドでも売ってますよ」
「へぇ~。じゃあ、新しい技術を使うのは? ほら、通信袋とかは割と最近広まった技術なんだろ?」
「まぁ、そうですね。でも、特定の人たちしか持ってませんよ。普通の人が遠くの人と話すには魔石が必要ですし」
「ある程度レベルがある冒険者はどうやって使ってる?」
「冒険者はあんまり通信袋は持ってないんじゃないんですかね」
「え? なんで? 魔物を捕まえる時とかタイミング合わせるのに便利だろう? ピンチで助けを呼ぶ時とかさ」
「そうですけど、それより新しい防具や武具を買ったほうが生存率は上がるんじゃないですか? いや、使ってる人は使っていると思いますけど、あんまり一般的じゃないと思いますよ」
通信袋にかける金がないのか。
「あーそうかぁ。便利だと思うんだけどなぁ。うちで使ってるときは便利だったろ?」
「はい」
「通信袋って袋だからダサいのかもしれないぞ。魔石を入れられるし便利だと思ってたんだけど、襟とかに魔法陣を仕込んで、魔石のネックレスとかペンダントとかと一緒に売ったらどうだ?」
「あー、まぁ、袋じゃなくてもいいですもんね」
「そんで冒険者の新人研修の時に使わせてみるとかさ。使えるってなったらちゃんと金をかけると思うんだよなぁ……」
「冒険者のための服ですか」
「いや、なんでもいいんだけど。回復魔法の魔法陣が描かれた革の鎧とか、売れそうじゃない? ちょうど南半球は冒険者だらけなんだろ? 変な物でも需要はあると思うけどなぁ」
「あ~、はいはい。なるほど」
メルモは羊皮紙に俺の言ったことを書き留めていった。
「デザインはわからないけど、人の役に立つものだと少しはウケるんじゃないか?」
「ええ、ちょっと考えてみます」
メルモは机の羊皮紙に向かったまま視線をそらさなくなった。集中しているのか、ペンが止まらない。「だったらこうしたほうが……」などとブツブツ独り言も喋っている。
もう大丈夫かな。
俺はそっとお茶のコップを片付けて部屋から出ようとした。
「社長! 必ず、ミリアさんを見つけてくださいね!」
メルモは机に向かったまま、俺を励ました。
「ああ。ただ手当たり次第に探してもな」
「社長なら大丈夫です! きっとミリアさんを見つける方法も見つけます」
「だといいんだけどな。風邪引くなよ」
そう言って俺はメルモの工房から出た。
「メルモは変わってますが、根は気のいいやつなんで、よろしくおねがいします」
俺は女将さんに挨拶だけして島を後にすることに。
「社長さんのあの服、ツナギって言ったかい? 私たち仕立て屋の伝説になってるんだ。どういう技術であんな服を作れるのか、わからなくてね。私はメルモもああいう服を作る職人になると思ってる。あの娘なら大丈夫さ。社長さんが前を歩いてるから、自分を見失わないよ」
「そうだといいんですけどね。それじゃ」
俺は空飛ぶ箒で、上空へと飛んだ。
「さて、どこを探すかな? 奴隷商、奴隷商……」
俺はアリスフェイ王国のオスローというテルがいた町に飛んだ。
奴隷商だった屋敷には誰もおらず、町の中で奴隷が売られていた。売られている奴隷は男ばかりで、労働力として売られている。あの奴隷商は見なかったので廃業したのかもしれない。女や子どもの奴隷はいなかった。
「奴隷になっているかもわからないし、すでに売れていたら見つからない、か」
どうしたものか。なにか手を考えないといけない。
『こちらベルサ。ナオキ、今ちょっといい?』
ベルサから連絡が入った。
「どうかしたか?」
『竜人語を喋れたよね?』
「ああ、会話くらいならできると思うよ」
『黒竜さんのお兄さんが見つかったんだ。今から南半球まで来れる?』
黒竜さんのお兄さんっていくつだよ。1000歳を超えてるだろう。
「いいけど、清掃か駆除と関係あるのか?」
『ん~、清掃はしたほうがいいかも……黒竜さんに代わる?』
『ナオキ殿、すまんがお願いできるか?』
また嫁探しが遅れる。ただ、神々も俺との交渉材料がなくなることは避けるはずだ。そう簡単にミリア嬢の命を危険に晒すようなことはしないだろう。
「わかりました。行きますよ」
俺は南半球へと飛んだ。