328話
氷の女王ことコンルは兵たちの呼びかけもあって、レベルがなくなったものの生き返った。
「責任はとってもらうぞ」
ネクロマンサーたちの力を見せつけられて氷の女王たちは賠償に応じるしかなかった。
生きている間はシャングリラの小人族たちの奴隷として、死んだ後は死者の国の奴隷として働かされるのだとか。氷の国も分断され、死者の国とシャングリラがそれぞれ統治していくようだ。
ネクロマンサーと小人族の関係は、ネクロマンサーたちの家族の証言により緩和され、死者の国とシャングリラは同盟を結ぶことになりそうだ。
「はじめから、あのゾンビたちを使えば、火の勇者たちに攫われることはなかったのでは?」
ベルサが白髪のネクロマンサーに聞いていた。
「北極大陸では、あのゾンビたちは凍ったまま動けない。それにあれはそれぞれネクロマンサーの家系が生み出した呪われしゾンビたちだ。たとえ指が治ったとしても、10年ほど我々は呪われたままでね」
ネクロマンサーはそう言って腕を見せてくれた。血管が通っている箇所が黒ずみ、まるで魔力過多を起こした者のようになっている。これからさらに全身が黒ずんでいくのだとか。
北に位置する国々は北極大陸にある国に対して、協議を進めていくことになるらしい。
特に、魔法国・エディバラは死者の国の難民であるネクロマンサーの家族たちに手を差し伸べなかったという理由で、他国から軽んじられるようになった。
なるべく国には関わりたくないので、詳しくは聞かなかった。
俺たちはというと、ネクロマンサーたちからの報酬は、ある時払いになってしまった。
「だって、死者の国は金ないじゃん。ちょっとずつ貰っていこう」
「だから、いつもうちの会社は現金がないんだよ。だいたい、シャングリラだって助けたんだから小人族からふんだくってやればいいんだ」
ベルサは怒っていたが、シャングリラからずっと依頼が舞い込んできた。気が向いたときだけ請けている。
セスは運送会社の船管理を徹底すると言って、シャングリラの会社に籠もってしまった。
アイルは南半球で傭兵たちと一緒に訓練と称した魔物狩り。ベルサは南半球で新種の魔物が出たと聞いた瞬間に、目の前から飛び去っていた。
レッドドラゴンは、シャングリラの保管庫にスカウトされ、竜の島と行き来することに。
「ちゃんと出勤して動いたほうがいい。人の社会も見れるしさ」
「うむ。そうする」
俺のアドバイスで引きこもることを止めた。
「フヒヒ、俺は今回の一件で傭兵として成長できたと思います!」
胸に痛々しい火傷痕を残したドヴァンが言った。
「そうか。だったら、そんなに報酬はいいかな。これだけしかないけど」
俺のポケットマネーから銀貨2枚だけ出した。
「ちょっと、社長、さすがにこれは……」
「やっぱりダメか。あとで報酬を受け取ってない依頼人から回収してくるから、もうちょっと待ってくれ」
「わ、わかりました」
確か、マリナポートで報酬を受け取ってなかったはずだ。それから神々からも忘れずに報酬はもらわないとな。
俺とメルモだけ残った。
「この度はなんとお礼を言っていいか……」
ネクロマンサーと小人族たちに頭を下げられた。
「よろしければ、死者の国にコムロカンパニーの支社を作ってください」
「いえ、せっかくですから、このままシャングリラに支社を!」
最近、出会う人たちから自分の国に支社を作るよう言われることが多くなった。
「すみません。あまり責任を取りたくないので」
そう言って断ると、毎回隣で聞いているメルモに笑われる。
「支社なんて作ったら受付の姉ちゃんとか雇わないといけないんだろ? 面倒だよ。養ってられない。うちの会社は5人ぐらいがちょうどいいよ。俺が金払えないし」
「あんまり払ってもらった記憶がないですけどね」
「え?」
「まぁ、面白いんでいいんですけどね。社長がいなくなっていた5年の間に、お金の稼ぎ方を知りましたし」
「なんだって!? ぜひ教えてくれ!」
「社長は取らなすぎるんですよ。ちゃんと報酬を貰ったほうがいい! それだけでだいぶ懐が潤うと思いますよ」
「そうか。そうだよな。俺もそう思っていたところだ。これから嫁さんも探さないといけないし、万が一、奴隷になんてなってたら金もかかるだろう? こりゃ大変だ。今すぐ報酬を貰っていないところから回収しに行こう」
とりあえず、世界各地にいる知り合いたちにはミリアという名前の女性を見つけたら連絡するように言っているが、動かずにいられない。
メリッサにはめっちゃ怒られた。
『どうして、抱きとめておかなかったんだい!?』
「いや、それが魂になっちゃうと、掴んでられないんだよ!」
『言い訳するんじゃない!』
いつも言い訳しているので耳が痛い。通信袋を持っているメルモは爆笑している。
「でも、世界のどこかで転生しているはずなんだ」
『だったら今すぐ探しな! まったく何年経ってもしょうがないんだから!』
おふくろに怒られている気分だ。
「だから、探すところだよ」
『あ、そういえばナオキ、セーラって娘と知り合いじゃないかい?』
「え、セーラ。知り合いだよ。俺の元奴隷の1人だ。今は行方知れずなんだけど、どうかした?」
『いやぁ、同じ世界樹を管理しているドワーフがね。砂漠で会ったっていうんだ。ナオキを探してるって言ってたらしい。ただ、朝になったらいなくなっちゃったってさ』
「じゃあ、南半球にいるのか? なにをやってるんだろうな?」
『連絡してみたらいいじゃないか?』
「ん~……なんか怖いから止めとく」
『はぁ~、何人、女を誑かしているんだか!?』
「誑かしてなんかいないよ。どっちかっていうと誑かされている方だよ」
『どうだか。どっちにしろ、まずは自分の嫁さんを探すことだよ!』
「はいはい」
『はいは一回!』
「はい」
ようやく通信袋を切ってくれた。
「じゃあ、とりあえずマリナポートから行くか」
メルモは「はい」と返事をして俺を空飛ぶ箒の後ろに乗せた。
「あれ? マリナポートでなに駆除したんだっけ?」
「サメの魔物ですよ! 忘れたんですか!?」
「ああ、そうだった。途中でテルになんかお土産買っていこう。この前サンドイッチ持たせてくれたお礼に」
「そういうところだけは覚えてるんですね」
「人付き合いはレベルがなくなった俺にとっては大事なことだからなぁ」
俺たちはウェイストランドでバレイモと果物をどっさり買って、マリナポートへと向かった。
テル一家に挨拶して、お土産を渡した。
「また突然やってきましたね!」
「はい、これお土産」
マリナポートは復興し始めていて、瓦礫の撤去も終わり、これから建物が建てられていくところだという。
「ご飯食べていきます?」
テルに聞かれた。
「今日はちょっと寄っただけだから。漁業組合から報酬貰いに来たんだ」
「あ、この前のサメの魔物の件ですね?」
「そうそう。ちゃんと報酬もらわないと、いろいろ大変なんだ。じゃあ」
そう言って、俺たちは港の方に向かった。
サメの魔物駆除の報酬は5匹で金貨50枚だが、復興支援金として金貨5枚が引かれ、結局金貨45枚。大金だ。
「早くも大金持ちになってしまったな」
「社長って、絶対お金で失敗するタイプですよね」
調子に乗っていたらメルモに小言を言われた。
「とりあえず、奴隷商を回ろう!」
「あ、はい。ついていきます! アイルさんたちから社長は奴隷拾ってきちゃうから気をつけろって言われているので」
「5年経っても信用がないなぁ」
それからマリナポートにある奴隷商を一軒一軒回った。
闘技場があるため、筋肉ムキムキな奴隷が多い。ミリア嬢が筋肉ムキムキな男に転生していたらどうしよう。
日が暮れるまで奴隷商を回ったが、ミリアという女性はいなかった。一応、娼館街でも聞いて回ったが、「いないよ」と言われた。
「しょうがない。宿を取って今日は寝よう。また、明日、どこか探さないとな」
「は~い。せっかくですからなんか美味しい魚介類を食べましょうよ~」
「金あるしな……。ダメだダメ! 嫁さん見つけないといけないんだから! 節約するぞ! 宿は冒険者ギルドだ!」
「え~!」
メルモは文句を言っていたが、ちゃんと付き合ってくれた。
夕飯は屋台の辛い魚介のスープ。そのスープのせいか、その日、体が火照ってなかなか寝付けなかったが、お金は節約できた。
翌朝、ベッドで起きると妙にスッキリしていた。
ずっと緊張していた体のコリが一気に解けたのかもしれない。
「おはようございます。社長、昨日光ってませんでした?」
部屋にある洗面器で顔を洗っているとメルモが聞いてきた。
「はぁ? 光らねぇよ。俺はアイルじゃないんだぞ」
「そうですよねぇ。気のせいかぁ」
ツナギに着替え、朝飯を食いに行こうとしたら、ドアノブが取れた。
「あれ? おかしいな。いや、冒険者ギルドのドアノブは取れやすいんだったな」
俺はとりあえずドアノブを持って、カウンターへと向かう。
「すみません。ドアノブを壊しちゃって」
「ああ、レベルが上がったんですね?」
カウンターにいた獣人の職員が聞いてきた。
「いえいえ、レベルはないので」
「はぁ? レベルがない?」
「ええ、おかしいですかね。ははは」
そう言って俺が振り返ると、大きな斧を担いだ大男が倒れてきた。
「大丈夫かよ?」
とっさに受け止めてしまった。
「あ、ああ、毒キノコにやられらみらいれ」
ろれつが回っていない。すぐに職員が駆けつけてくれて、大男は連れて行かれた。
「あれ? 俺、こんなに力があったかな?」
なんか変だなぁ、と思って、テーブルを叩いてみた。
コンコン、ボガッ!
テーブルが粉々に砕け散った。
「ヤバい! おかしい!」
「どうしたんですかぁ?」
メルモが部屋から降りてきた。
「マズいことになったかも知れない!」
「なにがですぅ?」
俺は冒険者ギルドから飛び出して、外に出た。
思いっきり力を込めて、跳んでみた。
一気に地面から離れ、目の前をカモメの魔物が飛んでいる。
「レベルが、戻ったのか?」
俺は背筋が凍って、通行人たちに教会の場所を尋ねて回った。
教会を見つけて、扉を乱暴に開け、一足飛びで神の像の首根っこを掴んだ。
「おい! なにをやりやがった!?」
「おやめください!」
僧侶たちがこちらを見て喚いているが、それどころじゃない。
「こんなことをやるのはお前らくらいしかいないのはわかっているんだぞ! 神々め!」
俺は神の像を引きずり下ろした。
「痛い痛い! やめて! 説明するから! わかった、コムロ氏!」
神が情けない声で叫んだ。
「邪神もどうせいるんだろ!? 出てこいよ!」
「フハハハハハ!」
床の模様が集まり黒い塊となったかと思うと、邪神が姿を現した。
その時点で教会にいた僧侶たちは全員眠らされている。
「俺のレベルを戻したな!?」
「はい」
「スキルも戻したぞ」
神と邪神が答えた。神々はヘラヘラ笑っている。
「ヘラヘラ笑ってる場合じゃねぇよ! こっちはまたEDになるじゃねぇか! 勘弁してくれよ。あの幻覚剤、周りに人いなかったら結構怖いんだから!」
文句をいうと神が「大丈夫大丈夫」と手で俺を制した。
「実は、いいスキルを発見したんだ。反脆弱スキルと言ってね。あんまり病気にならないし、魔力の影響も受けないし、心臓に毛が生えるようなスキルなんだけどね。それがあれば、コムロ氏のレベルを戻せると思ってさ」
「じゃ、別にEDにならないのか?」
「なりにくいね。まぁ、老化でなるかもしれないけど」
「そ、そうか。いや、俺は普通の人間らしい生活をしたいんだよ! レベルを戻すなよ!」
「コムロ氏、そりゃ無理だよ。レベルがなくたって、こんな事になってるじゃないか。火の勇者と火の精霊まで駆除して、氷の勇者も退任させて駆除したでしょ? レベルのあるなしでコムロ氏の人生は変わらないよ」
「だからってなんでレベルを戻すんだよ」
「いや、いい人生を送ってもらおうと思ってさ」
神から明らかに棒読みの答えが返ってきた。
それに邪神が笑い始める。
「ハハハ、やはり建前じゃ、コムロは動かんなぁ」
「お前ら、俺になにをさせる気だ!?」
「北半球と南半球が繋がっただろ? それで、南半球と北半球の魔物が交尾して新種が生まれた。すぐに絶滅するが、何匹かは生き残る。それを南半球にやってきた冒険者たちが殺したんだ」
「高レベルの冒険者たちが出てきたってだけだろ? それが俺に何の関係がある?」
「若い精霊たちが、その高レベルの冒険者たちに目をつけて、勇者にしちまいやがったのさ。今、南半球じゃ、勇者がアホみたいにいるぜ」
邪神はそう言って笑った。
「若い精霊ってなんだよ」
「コムロ氏が駆除したり、消したりした後任たちさ。水の精霊や雷の精霊、風の精霊に闇の精霊なんかも出てきたなぁ。火の精霊もすぐに出てくるはず」
「それでまた俺に勇者を駆除しろって言うのか?」
「コムロ氏は精霊たちからも恐れられているしね」
「いつまで続けるんだよ。こんなバカみたいなこと! いい加減システムを変えろよ!」
「そう言われてもなぁ~、他に考えつかないし」
「悲劇って美味しいからなぁ~。やめられないんだ」
神々は腐っている。いいのか、この世界はこんなのが神々で。
「じゃ、よろしく~」
「頼んだぞ」
そう言って、俺に文句を言わせる前に神々は消えた。
「クソどもめ!」
俺は教会の天井に向かって叫んだ。
ひらひらと一枚の紙が落ちてきて、俺の頭の上に乗った。
「なんだ、これ?」
紙には「終われば、嫁に会わせる」と書かれていた。
「クソ野郎!」
心の底から声が出てきた。
とりあえず、教会の神々の像はすべて破壊。俺は冒険者ギルドに戻った。




