327話
「俺は火の勇者・スパイクマン! 小人族の国、シャングリラを救いに来た者だ!」
スパイクマンが自信に満ちた表情で言うと、周囲にいた小人族たちは「そうなのか」とお互いを見合わせている。
「貴様! 裏切ったな!」
「やっちまえ!」
氷の国の兵たちがスパイクマンに向けて、『速射の杖』を向け、火の玉を放った。
スパイクマンの身体が炎に包まれた。
「もう、いいか?」
煙の中から、スパイクマンの声がする。
「俺は火の勇者だぜ。火が効くと思うか?」
スパイクマンが手を横に振ると、炎が氷の国の兵たちに襲いかかった。
その一瞬を見逃さず、木箱の影に隠れていたドヴァンがスパイクマンに向け、カピアラの棘を投げたが、途中で燃えて灰と化した。
「スパイクマン、狙われているわよ。あなた」
アグニがカピアラの棘を燃やしたのだ。アグニをスパイクマンから離さないと攻撃は通らないらしい。
「いるのだろう!? コムロカンパニー? 姿を現せ!」
スパイクマンに言われたからではないが、アイルが光魔法を切って俺たちは姿を見せた。
「久しぶりだな」
「ああ、随分久しぶりだ。お前が帰ってきていたとはな。ナオキ・コムロよ」
「く、駆除人……!」
アグニは俺を睨みつけて俺に飛びかかってこようとしているが、それをスパイクマンが止めた。
「なぁ、コムロよ。昔のことは水に流して、ここは共闘しないか? お前らも小人族を助けに来たのだろう。俺もそうさ。北極大陸から侵略してきた、氷の国の盗賊たちとネクロマンサーを駆除しに来たんだ」
「残念だが、俺たちとは目的が違うようだ。共闘はしない」
俺は背負ったポンプを外しながら前に出た。
「おい! 氷の国の兵!」
俺が呼ぶと、氷の国の兵たちが反応した。
「回復薬が入ってる! 氷の女王と怪我してる奴らに使ってくれ! それから氷の女王はまだ死んでないかもしれない! 名前を呼び続けろ! 生命力があれば、あるいは息を吹き返すかもしれん!」
そう叫んで、俺はポンプごと氷の国の兵に向けてぶん投げた。氷の国の兵たちはわけがわかっていないようだが、俺の言葉通りに行動を始めた。
「見たな! 小人族よ! これがあのコムロカンパニーだ! 君たちの国を侵攻し蹂躙した奴らの味方なんだ! 俺とコムロカンパニー、どちらが味方なのか、わかっただろう!?」
周囲の小人族たちが武器を持ち立ち上がったが、未だ半信半疑で迷っている様子だ。
保管庫の前で荷物を持ったネクロマンサーたちは固唾を飲んで見守っている。ゾンビが消えてネクロマンサーたちが荷運びをしているようだ。その中には俺を転生させてくれたネクロマンサーもいる。すっかり髪が白くなっていた。
「火の勇者・スパイクマンよ。そんなマッチポンプが通用すると思ってるのか?」
「俺が嘘を言っていると? 俺は精霊に認められし火の勇者だぞ」
スパイクマンはそう言うと、自分の手の中に炎を燃え上がらせた。相変わらず演出が好きだなぁ。
「小人族たちよ、よく思い出してくれ! 誰がどうやってゾンビの入ったコンテナを内陸まで運んだ? 火の勇者が持っている飛空船でしかあり得ない。だろ?」
「いいや。コムロカンパニーも空を飛べるだろ? ドラゴンの友だちもいるようだしコンテナを運ぶなんて、あの会社の人間なら誰だってできる!」
確かに、言われてみればそうだなぁ。
「だったら、なぜこんなにもゾンビが溢れていたというのに小人族にゾンビ化した者がいない? 家族を人質に取られたネクロマンサーたちがゾンビたちを操っていたからさ。本当は侵略なんてしたくないんだ」
俺は保管庫の前にいるネクロマンサーたちを指さした。
「ネクロマンサーの家族を人質にとっていたのは火の勇者と氷の国の女王だ。こいつらには必ず今回の件の責任を取ってもらわないといけない。だから俺は氷の国の兵に回復薬を渡したんだ」
氷の国の兵たちは女王に向かって「コンル!」と叫び続けている。それが女王の名前らしい。
「本当は侵略なんてしたくないだって? そんな馬鹿な話があるか? 北極大陸の民がシャングリラを襲ったのは事実だ。これから冬になって物資がなくなるのだから、こいつらはどこかの国から奪わないといけない。それがここシャングリラだった。理由は明白さ!」
「違う! お前が氷の女王を誑かしたんじゃないか!」
氷の国の兵が火の勇者に向かって叫んだ。
「いいや、違わない。北極大陸に物資はない。世界で一番有名な会社に助けを求めたんだろ? すべて仕組まれていたんだよ! ゾンビを使って侵略することも、今ここでコムロカンパニーが助けることも! すべてさ! 俺はこの真相をずっと追っていた。火の精霊という正義の名の下にね」
「なるほど筋が通っている」
「納得してる場合じゃないぞ! ナオキ!」
アイルにツッコまれた。
「調べてもらえばわかることだ。俺たちにそんな時間はないんだ。俺はついこの前まである島に閉じ込められていたし、北半球と南半球が繋がって以降、動きっぱなしの俺たちと北極大陸の民たちが、どうやってこんな長い計画を立てるんだ? どんなに嘘を並べ立てても事実は変わらないよ。スパイクマン」
「計画は君たちが持っている通信機でできるはずだ。事実が変わらないというのは同感さ。この氷の国の盗賊たちとネクロマンサーがシャングリラを侵略したという事実はね! そうだろ!? 勇敢なる小人族たちよ!」
「「「「おおっ!!」」」」
まずい! 小人族が数人、スパイクマンに乗せられてしまった。これだからカリスマは厄介だ。
「侵略者という悪を、俺と一緒に殲滅しよう!」
スパイクマンは小人族を盾にして俺たちに攻撃をさせないようにしている。
どう攻めるか。
一瞬の迷いに隙を突かれた。
「まずはお前たちからだぁ!」
炎を手にまとわせたスパイクマンがネクロマンサーたちに突っ込んでいった。
アイルが空を駆け上がり、スパイクマンに剣撃を飛ばす。空からなら、小人族に当たらない。
「させないわ!」
アグニがアイルの剣撃をそらした。
「焼け死ねぇえええ!」
スパイクマンが叫ぶ。黒いローブを着た男がネクロマンサーたちの前に走り出た。
ボフンッ!
ローブが燃え、炎の中からドヴァンの顔が現れた。
「てめぇ、誰だぁあああ!?」
「おれぁ、傭兵だぁあああ!」
焼かれながらもドヴァンの手はスパイクマンの首筋に向かう。
音もしない一撃を俺たちははっきりと見た。スパイクマンの首にはしっかりとカピアラの棘が突き刺さっている。
「上出来!」
アイルが叫びながら、スパイクマンに向け光魔法を飛ばした。
それをアグニがことごとく受け流していく。
「このまま、火の精霊をスパイクマンから引き剥がせ! 援護を!」
俺が叫ぶと同時に、ベルサ、メルモ、セスがアグニに向け口の開いた水袋を投げつける。アグニは水を躱しながら空へと飛び上がり、アイルへと火の槍をぶん投げた。
アイルは首をひねって火の槍を躱す。
「精霊戦は久しぶりだね!」
アイルはバトルジャンキーらしく笑った。
「駆除人の部下、魔法剣士のアイルさんね?」
アグニが自分の燃える腕をムチのようにしならせながらアイルに向かっていった。
「名前を覚えてくれてるみたいで光栄だが、私一人じゃないよ! 火の精霊さん」
空中にいるアグニの周りにはいつの間にか魔力の網が張られ、一瞬で地面に引っ張られる。セスが魔力の網でアグニを捕らえた。
地面に落ちた火の精霊にベルサが小さい小石のようなものを投げつけた。小石はアグニに当たった瞬間、岩のように巨大化する。
「南半球の吸魔草の味はどうだい? 火の精霊さん」
ベルサがアグニに聞いた。
ブン……。
上空から羽音がしたと思ったら、ワイン樽ほど大きな腹をしたハエの魔物が無数に集まってきた。
「おいで、ミズバエ!」
メルモが羊飼いが持つような杖を振り回しながら、ハエの魔物を操っている。
どいつもこいつも化物みたいになっちゃったな。火の精霊はあいつらに任そう。
「くそっ! なにをした!?」
スパイクマンが自分の目を押さえながら、焦げているドヴァンを蹴り上げた。
俺は飛んでくるドヴァンを受け止め、回復薬をぶっかけた。
「なぁに、それだけじゃ死にやしないさ。ただの幻覚剤だ。どう見えてるか知らないが、なにか見えるだろ? それがお前の体力ゲージだ。ゼロになれば心臓が止まる」
俺はスパイクマンに教えてやった。
「つまりゼロにならなければいいんだな!? 駆除人」
「そういうことだ」
俺がそう言うと、スパイクマンは落ちている『速射の杖』を拾い上げて自分に向けて火の玉を放った。
「これで全回復だ」
スパイクマンは火によって自分を回復できるらしい。
「邪魔が入ったが、行くぞ! 小人族よ! 敵は目前!」
スパイクマンが叫ぶと小人族たちも武器を手に「おおっ!」と雄叫びを上げた。
「レッドドラゴン、間をもたせてくれるか? ネクロマンサーたちに合図を送らないといけない」
俺は後ろで成り行きを見ていたレッドドラゴンに言った。
「うむ、構わん」
それまで目立たぬように人型になっていたレッドドラゴンが、竜の姿へと変わった。
「ぐぉおおおおお!!!!」
小人族の雄叫びとは比べ物にならない声が周囲に響く。
思わずスパイクマンが放った火魔法をレッドドラゴンはバクンッと食べた。
「火を喰えるのはお前だけではないぞ。火の勇者よ」
俺はレッドドラゴンの声を聞きながら、ネクロマンサーに駆け寄った。
「久しぶりだな。5年前の転生の時は助かった。これを」
俺は若くも白髪になったネクロマンサーに石貨を渡した。
「これは……、結婚のときの……」
ネクロマンサーは石貨を確認しながらつぶやいた。
「16人だ」
俺は生き残った人数を報せた。
「たった16人……じゃあ、それ以外は……」
白髪のネクロマンサーは震えたかと思うと、口を開いた。
「ぬぅううおおおおおおおおお!!!」
レッドドラゴンの雄叫びに引けを取らない腹に響く声が響き渡る。
「同胞よ! 指を噛み切れぇええ!!」
そう言って白髪のネクロマンサーが自分の親指の肉を噛みちぎった。声が聞こえたネクロマンサーたちは同様に自分たちの親指の肉を噛みちぎる。
ネクロマンサーたちはボタボタと滴り落ちる血で地面に呪文のようなものを描き始めた。皆同じ呪文。
「甦れ」
ネクロマンサーがそう言いながら、腰の鈴を鳴らした直後。
ズシャッ。
地面から青白い人の手が生えた。
ズシャッズヂャッズシャッ……。
そこら中から人の手が生え、地面をこじ開けるようにゾンビの群れが現れた。
『平和の使者』の影響を受けないようにネクロマンサーたちはゾンビの群れを地中深くに隠していたらしい。
ただ、俺がこれまで出会ったゾンビとは明らかに違う。雰囲気、目の光、肉付きの良さ、俺がゾンビと思ってきたものとはかけ離れていた。
「レッドドラゴン、引け!」
俺の声で、スパイクマンと火の吐き合い中のレッドドラゴンが上空へと飛んだ。
「「「「「ぐぅうああああ」」」」」
ゾンビたちが一斉にスパイクマンへと異常な速度で襲いかかった。
スパイクマンが火を吐いて撃退しようと息を吸ったその間に、ゾンビの群れに距離を詰められていた。跳んで逃げるしかなくなったスパイクマンに、ゾンビの群れは仲間のゾンビを足場にしてなおも追いかける。
「小人族よ! 引け! ここから先は手加減できん!」
白髪のネクロマンサーがよく通る声で言うと、小人族たちは武器を投げ捨て逃げ出した。
「燃えろぉおお!!」
スパイクマンが火の槍でゾンビの群れを攻撃。ゾンビたちはそんな攻撃はなかったかのように、倒れた仲間を踏み台にしてスパイクマンに襲いかかる。
「ひと噛みでいい」
「あとは我らが操る」
「楽には死なせん」
ネクロマンサーたちが俺の周りに集まってきた。
スパイクマンが空高く跳べば、ゾンビたちは仲間をぶん投げてスパイクマンを追った。
そして、スパイクマンはついに泥濘んだ地面に足を取られる。
一斉に襲いかかったゾンビの群れがスパイクマンの身体を覆い、ゾンビの山と化した。
ゾンビの山から炎が噴き出し、ゾンビたちを焼き払う。ゾンビたちの肉が焼け落ち、動きが鈍った。
炎が消えるとスパイクマンが立っていた。
ゾンビに噛まれた腕や足の肉をえぐり取り、傷を焼いている。そうしなければ自分がゾンビになってしまうからだろう。満身創痍。体力はほとんど残っていないだろう。
「駆除人! なぜネクロマンサーに加担する!?」
スパイクマンが俺に聞いてきた。なぜそんなことを聞くのかわからなかったが、最後に希望をかけてきたのかもしれない。
「俺の依頼人はネクロマンサーたちの家族だからな。当然だ」
そう言うと、スパイクマンは大きく息を吐いた。
「アグニ! 逃げるぞ!」
うちの社員たちと戦っていたアグニが炎となってスパイクマンのもとに現れた。どこからともなく飛空船が現れて、そのままアグニはスパイクマンを飛空船へと引き上げる。
たとえ、炎によって回復できたとして、えぐり取った肉までは癒せない。欠損した傷は体力を奪い続けるだろう。
スパイクマンたちが乗った飛空船は海へと向かった。
「逃がすつもりはない」
ネクロマンサーたちが飛空船を追う。俺たちも後を追った。
海岸線から飛空船を見ると、すでに動く骨と化していたゾンビたちが船体に張り付いていた。
「スパイクマン!」
飛空船の中で叫んでいるアグニの声が海岸線まで届いた。
船体からは火の手が上がっている。
「スパイクマン!」
俺たちは黙って燃え落ちる飛空船を眺めていた。
「スパイクマン!」
アグニはずっとスパイクマンの名を呼び続けていた。生命力があれば生き返ったかもしれない。だが、火の精霊以外に火の勇者の名を呼ぶ者はいなかった。
「海の神よ。我に力を……」
俺の隣で、ネクロマンサーが呪文とともにつぶやいた。
大きなクジラの魔物の骨が、海に落ちようとしている飛空船を飲み込んで海中へと引きずりこんだ。
「スパイクマ……」
飛空船とともに、スパイクマンとアグニは海に沈んでいった。
火が燃えることがない海の底へと。