325話
この3日間、魔石集めに奔走した。
火の国、グレートプレーンズ王国、魔族領と交渉しに向かい、結果的に必要なだけの魔石はあつまったのだが、各国の大物たちもエディバラに集まってしまっている。
「……まぁ、というわけだ。レッドドラゴン」
とりあえず、突然呼びだしたレッドドラゴンにシャングリラの事情を説明した。レッドドラゴンは人化の魔法で人型になっている。
「さっぱりわからん。なぜこうも人は物事を複雑にするのだ?」
「人数が多いからな。複雑になっちまうんだ。竜で良かったな」
「そうでもない。竜はオスが少なすぎる。それはそれで大変なのだ」
レッドドラゴンはそう言ってうなだれた。
「隠れようとしていたのか? そんな時に呼び出して悪かったな」
「いや、あの島から出られればいいのだ」
レッドドラゴンにはレッドドラゴンの事情があるらしい。
「セス、シャングリラの様子は?」
「持ちこたえてますよ。ベルサさんの交渉がうまくいって、ゾンビたちの動きが鈍くなりましたからね」
セスはベルサを見た。
「私は言われたことをやっただけ。今回はアイルのほうが大変だったろ?」
「いや、別に。地図見て、ナオキが言った通りのことが起こっていたから、助けただけだよ」
「アイルは光魔法で姿を隠せるからな。適材だったよ」
「私をそうやって使うのは、ナオキだけだな。ハハハ!」
秋空にアイルの笑い声が響いた。
「おっまちどうさま!」
フェリルが魔道具師ギルドの扉を開けて、俺たちに言った。
中を見れば、アーリムがつかれた顔で俺に向かって笑っている。
「先生、依頼どおり、『平和の使者』102個、仕上がりました! 魔道具師たちは自室にて全員寝てます!」
「助かった! 報酬だ。少し色を付けておいた。上手に分けてくれ」
俺は報酬が入った財布袋をアーリムに渡した。
アイルとセスはアイテム袋に『平和の使者』を詰めていく。アーリムはそれを見て、安心したのかその場で大の字になって眠った。
「起きたら、きっと腹減ってるだろ? 定食屋に52人分の飯を頼んでいる。魔道具師だといえば出してくれるはずだ。皆に言っておいてくれ」
俺はフェリルに言った。
「わかった」
「よろしく頼む」
「ああ、あんたたちもしくじらないようにね」
アイルとセスが詰め終わったところで、魔道具師ギルドを出た。
「シャングリラに向かうのか?」
レッドドラゴンが聞いてきた。
「ああ、依頼人たちに会ってからな」
「依頼人だと?」
「俺たちは戦争請負人じゃなくて、清掃・駆除業者だからな」
俺たちは歩いて、町外れ、海岸近くの宿屋へと向かった。
宿屋に近づくに連れ、異様な雰囲気が漂ってきた。殺気立っているフィーホースに魔族のケンタウロス族。普段温厚そうな商人たちまで道行く町人たちを睨みつけていた。
全員、魔石を持ってきてくれた者たちだ。事情を聞いて、しばらく滞在することにしたらしい。
「おつかれさん。あんまり目立つなよ」
「コムロさん! 流石に守銭奴の俺たちだって黙っていられませんよ!」
恰幅のいい商人は言った。火の国の商人は「家族」思いだからな。
宿屋の入口付近ではローブ姿の男がラウタロさんに追い返されていた。
「別に何も隠しちゃいねぇよ。図書館が断った難民を世話してるだけだ。帰んな」
「ですが、各国の要人がこのようなことをされては」
ローブ姿の男はラウタロさんに食い下がっていたが、ラウタロさんの部下たちに脇を抱えられて図書館の方に連行されていった。
「あんまり騒ぎにしないでくださいよ」
「おお、社長か。ここで戦う気はねえよ。船がねぇんだ。俺たちにできることはこれくらいだからな」
冒険者たちの南半球への進出で、世界中どこにも余っている船なんかない。
「依頼人に会わないといけないんで、入りますよ」
「ああ、お前たちが救ったんだからな。今は皆、食堂に集まってるよ」
俺たちは宿屋の中に入った。
ラウタロさんが言うように、食堂には女性と子ども、総勢16人が座っていた。ドヴァンがテーブルのコップや皿を片付けたりして動き回っている。脇の方では魔族領の大統領であるボウと火の国のギルド長であるサムエルさんが泣いていた。
「なんでお前らが泣くんだよ。泣きたいのはこちらのネクロマンサーたちの家族だよ」
「だって……フハ」
「ですが……くぅ……」
ボウもサムエルさんも言葉にならないようだ。魔石を持ってきてくれてありがたいのだが、2人のことはひとまず放っておこう。
「どうも、お初にお目にかかります。コムロカンパニー社長のナオキ・コムロと申します」
俺は食堂に入る女性たちとその子どもたちに挨拶した。それを受けて、食堂にいる全員が立ち上がってこちらを見た。恐怖がとれないのか、緊張しているのか、震えている者も多い。
ネクロマンサーの家族である女性の1人が一歩前に出た。
「此度の件、深く御礼申し上げます。ですが、どうやって私たちを見つけたんですか? 海に囲まれた弧島に閉じ込められ、決して助けなど来ないと思っていたのですが」
ネクロマンサーの家族である女性に聞かれ、俺はアイルに頼んだ『ある用事』について話すことに。
「俺たちは少し前に死者の国に行ったんです。そこでネクロマンサーとその家族が火の勇者と氷の国に連れて行かれたことを知った。でも、どこにいるのか場所がわからない。そして、シャングリラに早めの吹雪がやってきていることが判明し、狙いがシャングリラだとわかったんです」
俺はネクロマンサーの家族に手で座ってくださいと促した。
「俺たちは清掃・駆除という仕事柄、いろんな魔物を駆除してきました。それで最近、シャングリラで難破船から出てきたゾンビを駆除したことを思い出したんです。船員も船長も全員ゾンビ化していました。つまり海流に乗ってやってきたということです」
俺が「ここまではいいですか?」と聞くと、ネクロマンサーの家族たちは頷いていた。
「終着地点がシャングリラなら、出発地点は海流を読めばたどり着けるはず。幸い、うちの会社には趣味が地図作りという人間がいましてね。彼女に出発地点を探らせたんです」
俺はアイルを見た。
「それで私たちを見つけた、と?」
「そうです。正直、人質の多くがゾンビと化してコンテナに入れられていると思っていましたが、もしかしたら生き残っている人がいるかもしれない。そうでなければ、人質の意味がないのではないか? と思い直したんです」
「それは事実です。先ほども話しておりましたが、私たち以外の者は生きたまま、ゾンビが入っているあの箱の中に閉じ込められて、そのまま海へ……。あの箱から聞こえる悲鳴を一生忘れることはないでしょう。私たちが唯一の生き残りです。本当にありがとうございます!」
「いえ、俺は以前、若いネクロマンサーたちに無理を言って助けてもらったことがあるんです。そのお返しと思っていただければ。しかし、未だご主人たちはゾンビを操りシャングリラを侵略している最中です」
「どうか主人たちに私たちが安全な場所で生きていることを知らせてください!」
「ええ、すでにうちの社員がシャングリラにいるネクロマンサーの1人と接触して、あなた方を助け出したことは知らせています。おそらく今は逃げる手はずを整えているかと」
俺はベルサを見て言った。
「そうですか」
「相手は氷の国の軍と火の勇者。一歩間違えれば、自分たちが仲間の人質になってしまう。ヤケを起こしてゾンビを暴れさせれば、シャングリラの小人族にも被害が及びますしね。あなた方の家族は非常に理性的で、ずっとタイミングを見計らっています」
「では、どうすれば?」
「俺たちは駆除業者です。シャングリラのゾンビを駆除させてください。氷の国も火の勇者もそれが目的ですから。ゾンビがいなくなれば、ネクロマンサーたちを拘束しておく理由もなくなる」
「ですが、氷の女王と火の勇者に対抗するためにはゾンビが必要なのでは?」
「大丈夫。実は彼は優秀な傭兵なんです。彼がなんとかしてくれます」
俺はドヴァンを指さして言った。
「え? 俺ですか?」
「うん、俺たちは魔物の駆除業者だから、人は駆除できないんだ」
「わかりました! なんとかしてみます!」
ドヴァンはそう言ったが、ネクロマンサーの家族たちは不安そうに俺の方を見た。
「大丈夫だよ。シャングリラでネクロマンサーと交渉したのは私だ」
後ろからベルサが出てきた。
「あんたらの家族は本当に優秀だね。ちゃんと対抗手段は考えていたよ。私たちのゾンビ駆除も計画のうちさ。ただ、合図がほしいと言われた。なにか家族だけにわかるような合図はないかい?」
ベルサがネクロマンサーの家族たちを見回した。
「では、これを」
女性の1人が自分の胸からペンダントになった石貨を取り出した。
「これは?」
「結婚の際、夫からもらう黄泉の国への渡し賃です。死者の国ではそういう習わしがあって……」
独特の風習があるようだ。
「これを合図にしよう」
ベルサは石貨を受け取って、俺に渡した。合図を出すのは俺の役目か。
「では、シャングリラのゾンビ駆除の依頼、お請けしてよろしいですね?」
「お願いします。主人たちを解放してください!」
「承りました」
俺たちは宿を出る。
「ドヴァン、行くぞ!」
アイルがドヴァンを呼んだ。
「はい!」
ボウとサムエルさんは、以前火の勇者に被害を受けたため「頼む」と頭を下げてきた。
「じゃあ、ラウタロさんたち、お願いしますね」
宿の前で仁王立ちしているラウタロさんに声をかけた。
「ああ、とっちめてこい!」
いや、だから俺たちは駆除業者なんだけどなぁ。
「お主ら、人は本当に複雑なことをする。んん……」
宿の前の海岸でレッドドラゴンが唸った。
「レッドドラゴン、どうせ暇なんだろ? 一緒に行こう。俺、空飛ぶ箒に乗れないから、足手まといなんだよ。乗せてくれ」
「構わんが、なぜ空飛ぶ箒に乗れない?」
「レベルをなくしたんだ」
「解せん!」
レッドドラゴンは俺を見て、眉を寄せた。
「アイルさん、『平和の使者』の魔石っていつ入れればいいんですかぁ?」
メルモがアイルに聞いていた。
「いつでもいいだろ。そんなの」
「でもぉ、起動しちゃったらぁ……」
「あのー、俺、どうすればいいんですかね?」
ドヴァンがベルサに聞いていた。
「それはな……」
ベルサが説明したところで、セスが自分の魔力の壁を展開。大きな透明の帆船が俺たち全員を覆った。
「とりあえず、全部、向かいながらやりましょう!」
グダグダ言っている俺たちを見かねてセスが発破をかけた。
「「「「了解」」」」
「飛びます!」
俺たちは大空に向かって出港した。
大体の仕事は、準備の段階ですでに終わっている。
そういった意味で、今回の一件はこの時には終わっていたのかもしれない。
ただ、結末が予想したとおりだとは限らないというだけで。
「レベルがなくなるというのはどういうことなのだ!?」
「レベルがなくなる薬ってなんですか!?」
レッドドラゴンとドヴァンの声が空に消えていった。




