322話
「先生、ちょっとヤバいかも」
転生予定日一週間前、ミリア嬢の容態が急変した。
俺の手を握って眠っていたのだが、手のひらがじっとりと汗ばんでいる。薄い吸魔剤の入ったお茶を飲ませて少し落ち着いてきたが、苦しそうではある。目の下のクマも出ているので、なかなか眠れなかったようだ。
「転生、ちょっと早くしてもらおうか?」
「準備できてるなら、お願いできる?」
俺はテントから出て、モノセラを探した。
ヨハンと朝飯を食べているモノセラを見つけて、ミリア嬢の容態を話した。
「大丈夫なんです! 今すぐでも転生の儀式はできるんです!」
「ホムンクルスも十分、育ってるんで問題ないですよ」
モノセラもヨハンも準備ができているようだ。
「じゃあ、今日転生しよう。準備を頼む」
「了解なんです」
「了解です」
モノセラとヨハンは急いで朝飯を食べて、転生場所である洞窟に向かった。
テントに戻る途中、アイルが走り寄ってきた。
「ナオキ! ちょっといいか?」
「おう、どうかしたか? 今から、ミリアさんの転生なんだけど」
「そ、そうか。わかった。終わってからでいい。セスは手が離せないから、そのつもりで」
そういえばセスの姿が見えない。メルモはコマさんと料理談義中。
「わかった。ベルサは?」
「午後にはこっちに来ると思う」
「悪いな」
なにかあったようだが、そこまで急を要することでもないらしい。ただ、俺の目の前には嫁さんの転生という最重要課題があるので、どっちにしても行けないんだけどね。
アイルはすぐにポーラー族の研究者につかまって、ダンジョンの魔物駆除へ向かった。
テントに戻り、俺はミリア嬢を抱きかかえて、転生部屋へ。
「次に抱きかかえられる時は別の身体かしら?」
「そうだね」
微かにミリア嬢が震えた。
「不安?」
「そりゃあ、少しはね」
俺は一旦、抱きかかえたまま地面にミリア嬢を下ろした。落ち着いてリラックスさせないと。
「大丈夫、きっとうまくいく」
同じ目線で言った。
「本当に?」
「ダメだったら、違うところ行ってさ。魂抜けてるやつの身体奪っちゃえ」
「え? そんなことできるの?」
「魂は時空を超えるから、もしかしたら合う身体が見つかるかもしれない。俺が必ず見つける」
「それでもダメだったら?」
「化けて出てこい」
「え?」
「シンメモリーになって、俺の側に化けて出てこい。魔石持って待ってるから、ゴーストテイラーになって俺を襲いに来てくれ。一緒に暮らそう」
「フフフ……そう。じゃあ、どんなに失敗しても先生とは暮らせるのね」
「うん、約束だ」
俺は小指を立ててミリア嬢に見せた。
「指切りね」
俺とミリア嬢の小指が絡んで、離れた。
「安心した?」
「うん、フフフ」
「ほんじゃあ、行こうか」
俺は再び、ミリア嬢を抱えあげて、転生部屋へと向かう。
「あ、乳首舐めとく?」
抱えられたミリア嬢が聞いてきた。
「舐めねぇよ!」
「そう? この身体結構気に入ってるんだけどな。ほら先生も、もっといろいろ触っておいたほうがいいんじゃないの?」
「今から転生すんのに、おっぱじめてどうすんだよ!」
「それもそうね。フフフ」
すっかりリラックスしてしまったようだ。
夫婦で笑いながら転生部屋に入っていくと、緊張の面持ちで準備しているモノセラとヨハンが驚いていた。
できたてのホムンクルスの隣に寝台が置かれていた。
「ここでいいか?」
「そこでお願いします。もう少し準備に時間かかりますので、ちょっと待っててください」
俺はミリア嬢を寝台の上に寝かせて、しばし待つことに。
モノセラも初の転生儀式なので、指を差しながら確認している。
「なにか俺ができることがあれば、やるよ」
「あ、じゃあ、あの楽器をこちらに持ってきてほしいんです」
モノセラを手伝いながら、どんどん儀式の準備をしていった。
儀式用の黒いローブに着替え終わったモノセラが大きな銅鑼を叩いた。それで一気に転生部屋の空気が引き締まった気がする。
「えーこの儀式は、この世の最も似ている遺伝子を持つ者に魂を移す儀式なんです。なので、ヨハンには……」
「ミリアさんの細胞からホムンクルスを作ったので、ほぼこのホムンクルスはミリアさんです」
「一応、この説明も儀式のうちなので」
「「はい」」
俺もミリア嬢も返事をした。
「そろそろですか?」
メルモが転生部屋に入ってきた。
「始まった?」
続いてアイルも入ってきた。ベルサはまだ来ないだろう。
モノセラはミリア嬢に眠り薬を嗅がせて、眠らせた。
静かに小さなシンバルのような楽器を擦り、何度か叩いた後、お経のようなものを唱え始めた。ホーミーのような歌唱法で、のんびりとしてモノセラが発しているとは思えない。
俺はじっとその時を待っていた。
ミリア嬢の身体から白い半透明の魂が出てきたのは、モノセラが木魚のような楽器を叩き始めた頃。ミリア嬢の魂は身体と同じ形をしたまま、ホムンクルスに向かっていった。
ミリア嬢の魂がホムンクルスの身体に入る。
ホムンクルスの身体が動くのかと思ったら、再びミリア嬢の魂がホムンクルスの身体から出てきた。
ミリア嬢の魂が俺を見て、首を横に振った。
「え!?」
お経を唱え続けているモノセラは額に脂汗をかいている。
ミリア嬢の魂は声を出そうとしているが、身体がないため声が聞こえない。
俺が近づいて、なにを言いたいのか唇の動きを見たがまるでわからない。
「ホムンクルスの身体が合わないんだね? それはわかった。それで、もとの身体に戻るのか?」
ミリア嬢の魂に聞くと首を横に振った。俺の声は届いているらしい。
「だったらどうする?」
ミリア嬢の魂は転生部屋の外を指差した。自分に合う身体を見つけたのか。
「この世界のどこかにいるんだな?」
ミリア嬢の魂はコクリと頷き、小指を立てた。
約束。
「わかった。必ず見つけ出す! 約束だ!」
俺も小指を立てた。
ミリア嬢の魂は、「フフフ」と笑ったかと思うと、俺の身体を通り抜けながら、転生部屋の外へと消えていった。
「モノセラ、悪い。もうしばらく儀式を続けてくれ。できる限りでいい」
モノセラは汗を拭いもせずに頷いて、お経を唱え続けた。
「転生失敗!?」
転生部屋にベルサが駆け込んできた。
その場にいた全員がシーッと口の前で人差し指を立てて黙らせる。ヨハンがベルサを転生部屋の外へと連れて行ってくれた。
たぶん、どうして失敗したのか意見を交換しているのだろう。
それからたっぷり2時間、モノセラは声が出なくなるまでお経を唱え続けてくれた。
「ありがとう。モノセラ。たぶん、もう大丈夫だ。魂は時空を超える。転生できなかったら、俺の周りに戻ってくる予定だから」
俺はモノセラの背中を擦って言った。
「ごめんなさい……」
モノセラはかすれた声で謝ってきた。
「謝る必要はない。ありがとう。ゆっくり休んでくれ」
俺がそう言うと、メルモが駆け寄ってきてモノセラを介抱してくれた。
「アイル、拳大の魔石持ってる?」
「あるよ。なにに使うんだ?」
アイルは自分のアイテム袋から魔石を取り出して俺に渡した。
「ミリアさんがシンメモリーになって帰ってきたら、ゴーストテイラーにしようと思って」
「アッハッハッハ! そりゃ、いいや」
アイルは爆笑していた。
「でも、たぶん自分の身体を見つけたんだと思う。俺が必ず見つけるよ」
「ああ、まったく……強い夫婦だ」
メルモがモノセラを転生部屋の外に連れて行ったので、俺は儀式に使ったものをまとめて汚れを拭いておく。動かないホムンクルスは、後で焼くことに。
「すみません」
転生部屋の外に出ると、ヨハンが頭を下げてきた。
「ん? なにに謝ってる?」
「ミリアさんの細胞を使っているとはいえ、あれはホムンクルス。ナオキさんの時はそもそもホムンクルスの身体だったため、勝手が違ったようで」
「たぶん、ミリアには姉妹がいたんだろう。遺伝子としてはそちらのほうが近かったんだと思うよ」
ヨハンとベルサが説明してくれた。
「なるほどね。ヨハン、謝らなくてもいいぞ。手伝ってくれてありがとう」
「これから、どうするつもりだ?」
ベルサが聞いてきた。
「探すよ。ミリアさんは俺の嫁さんだからな」
「あてはあるのか?」
「奴隷だったって言ってたからなぁ。奴隷商を回ってみる」
「つまりほとんどないってことだな? ちょっと落ち着いたら、話がある。こっちも結構、緊急事態なんだ」
「わかった。テント片付けるから、飯の時に来てくれ」
「了解」
俺はそう言って、俺たちのテントへと向かった。
テントに入り、ミリア嬢が寝ていた毛皮の上に跪いた。まだぬくもりがほのかに残っている。止めどもなく涙が溢れた。
「化けて出てこい、化けて出てこい……」
どこかで転生していると信じているが、今すぐに会いたいという気持ちが抑えられなかった。ミリア嬢を不安にさせているだろう。夫だというのに側にいてやれない。
自分の不甲斐なさと喪失感で、しばらく毛皮に頭を埋めた。
彼女なら生きている。俺は一度も敵わなかった。俺なんかよりも圧倒的に強い。
ここにいる理由はなくなった。
俺は自分たちのテントを片付けて、荷物をまとめた。
「コマさん、今日の定食をください」
「はいよ!」
俺は仮設の食堂で、チリビーンズに似たものとフィールドボアのベーコンが入った肉野菜炒めを受け取った。
俺が席についたのを見計らったようにベルサが正面の席に座った。
「火の勇者たちがなにをしていたのか、だいたい調べがついた」
「そうか。なにやってたんだ?」
「墓荒らしだね。しかも世界各国の勇者たちの墓を掘り起こしていたみたい。歴代の火の勇者の墓も氷の勇者の墓も掘り起こされていたよ。土の勇者も嵐のどさくさに紛れて持っていかれた。水の勇者はラウタロさんたちが止めて、風の勇者の墓もエルフたちが守ったよ。ほかには記録に残っているような冒険者たちの墓も荒らされた。死者の国からもだいぶ死体を持っていったようだし、とんでもない量だよ」
くそっ、やはり仕留めておくべき相手だったか。
「それで、どうやって運んだんだ?」
「セスの運送会社の船に偽装したんだ。死体は全部コンテナを使って運んだんだと思う」
コンテナなら誰にもなかを見られない。しかも大量に運べる。セスの会社の信用を利用されたな。
「狙いは?」
「それが結局どこを狙うのか。見当が……。ただ、エディバラからゾンビに関する資料がごっそり盗まれていたんだ」
「なんだそりゃ? いや、ちょっと待て、コンテナにゾンビだと!?」
どこかで見た。コンテナからゾンビが出てくるところ。
「シャングリラか! セスに連絡を!」
ベルサが自分の通信袋を取り出して、俺に向けた。
「セス! シャングリラだ! 俺が帰ってきてすぐにゾンビを駆除しただろ!? あれがもし海流の流れを見る実験だったとしたら、とんでもない量のゾンビがシャングリラにたどり着くことになるぞ!」
『今、向かっています! シャングリラでは一足早めに猛吹雪がやってきているそうです!』
風の音が通信袋から聞こえてきた。随分前から向こうの作戦は始まっていたらしい。
どうする!?
「いや、どうするもこうするもないな。動かないと。ベルサ、カミーラに連絡を取って、薬師たちと一緒にゾンビの被害をできるだけ食い止めてくれるか?」
「了解!」
「アイル!」
「ここだ!」
アイルを呼ぶと、すぐ後ろにいた。
「フェリルとアーリムの姉妹を南半球から連れてきてくれ! 今、一番魔道具作りが盛んな場所はどこだ?」
「魔法国・エディバラだ」
ベルサが答えた。
「だったらエディバラを集合場所にしよう」
「わかった」
「メルモ!」
「はい!」
メルモもすぐ側にいた。
「悪いけど、俺をエディバラまで運んでくれ。それから、セスに無理しないように言いつけといてくれ」
「了解です!」
俺は目の前の定食をかきこんだ。
「コマさん、ごちそうさまでした! すみません、食器任せていいですか?」
「ああ、構わないよ! 仕事なんだろ?」
「ええ、ちょっとゾンビの駆除で」
食器をそのままにして、俺は自分の荷物を持った。
「よし、行こう!」
俺の掛け声で、社員たちが動き始める。
「アイル、ドヴァンが来たいって言ったら連れてきてくれ」
「ああ、いいけど?」
「火の勇者もついでに駆除しよう」
「わかった」
俺たちは挨拶もそこそこに北極大陸の基地を後にした。




