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駆除人  作者: 花黒子
~帰ってきた駆除業者~
321/503

321話


「僕たちが交代で飛んでいきますから、3日くらいで着くと思います」

 セスがメルモと打ち合わせして、旅の日程を決めてくれた。

「ダンジョンは私が見てるから、気兼ねなく行ってきていいよ」

 アイルが腰に手を当てて言った。

「お願いします」

「ミリアさん、帰ってきたら毒を使いますから、今のうちにたくさん楽しんでくるんです」

 モノセラがミリア嬢に言っていた。毒は、レベルをなくす幻覚剤のことだろう。

「ええ、わかったわ!」

 ベルサからの吸魔剤はリュックに持ったし、お弁当もコマさんから受け取った。

「準備万端かな」

「うん、いつでも行けるよ!」

 俺たちはダンジョンから基地まで上がり、セスの魔力の壁に入って外へ。

「じゃあ、しばらく暇ですが、上空の風を掴んで一気に南下します」

「うん、頼んだ」

「お願いします!」

 俺とミリア嬢、交代するメルモを乗せて、セスは上空へと飛んだ。

 白い北極大陸から離れ、青黒い海へ。


 3日間も空の上にいてもやることなんかない。

 早々に暇になり、魔法書でも読んでいようかと思ったら、隣りにいたミリア嬢が袖を引っ張った。

「なに?」

「先生はどんな子どもだったの?」

「どんなって普通だよ」

「それは違う世界の普通でしょ。教えて」

「いいよ」

 俺は子供時代の思い出を語った。当たり前だが、前の世界の常識は、この世界では異常で、蛇口をひねったら水が出てくる話や、皆学校に行くことが普通など、聞いていたメルモも驚いていた。

 ミリア嬢の子供の頃の話になると、奴隷から娼婦になって、お金稼いで自分を買う話は聞いていて、自然と涙が出てきてしまった。

 結局、3日間などあっという間で、3日目の朝方に世界樹に着いてしまった。


 すでにプラナスの花が散り始めている頃。

「いやぁ~、遠いところよく来たね」

 メリッサが迎えてくれた。事前に話していたので、準備してくれたようだ。

「こちらメリッサ、南半球ではいつも俺のお世話をしてくれる人だ。メリッサ、こちらミリアさん、俺の嫁さんだ」

「ミリアさん、あんた、とびっきりいい男捕まえたね!」

「ウフフ、いい男なんですけど、仕事ばっかりしてるんですよ」

 ミリアさんは俺の文句を言った。

「いいよ。ずっと家にいて寝てる亭主より、外で稼いできてくれる方が役に立つってもんさ」

「それはそうですね。ウフフフ」

「さ、世界で一番大きな世界樹の下で花見をしよう! 急がないと見頃が終わっちゃうよ! 世界樹の魔物は変なのが多いから気をつけてね」

 メリッサの案内で、山脈から世界樹へと向かっていく。

「あんな綺麗な嫁さん、いったいどこで見つけたんだい? 私にも話してくれたことないじゃないか?」

 メリッサが歩きながら俺に近づいてきて聞いてきた。

「ああ、そうだったか。実は……」

 俺は出会いから、病気のことまですべてメリッサに伝えた。

「そうか、そうか」

 最後まで話さぬうちにメリッサは何度も目元を拭って我慢しようとしている。

「ごめんね。私が泣いたってしょうがないんだけど、出ちゃうんだ」

 メリッサは必死に笑おうとしていた。でも、涙を我慢すると鼻から出てくる。何度かメリッサの鼻かみタイムを挟んで、世界樹の枝を進んだ。

 魔物も襲ってきたが、セスとメルモが瞬殺。必要な部位だけ取って、残りは食獣植物に食べさせていた。

「あ、食獣植物の花片も取っておこう。転生に必要なものリストに書いてあったんだ」

 俺がそう言って、食獣植物の花片を取っていると、ミリア嬢とメリッサが「この人は仕方ないな」という目で見てきた。

「ナオキ、ハネムーン中だろ?」

「あ、そうでした」

 メリッサに言われてようやく気がついた。

「そういうのは僕たちがやりますから、楽しんでください」

 セスにも言われた。

「はい」

 ミリア嬢に手を差し伸べられてようやく「ハネムーンのときくらい手を繋がないと」と思った。俺は鈍感らしい。

 再びミリア嬢と手を繋いで、メリッサの後を追う。

「ここらへんが一番きれいだよ」

 見上げれば、ゆっくりと巨大なプラナスの花びらが散っていっていた。

 下には森が広がり、緑の匂いがした。

「こんな景色初めて見たわ」

「うん、世界中を旅してきたけど、この景色が一番きれいな景色の一つだよ」

「あら? 一番がいくつもあるの?」

「ああ、洞窟の中にあるオアシス、サンゴに囲まれたどこまでも青いブルーホール、霧の中にそびえる奇岩地帯、雨上がりの空気が澄みきった砂漠の夜空、一番きれいな景色はたくさんあるよ」

「そう。なら、生まれ変わって見せてもらわないとね! また、この世界に未練が一つできたわ」

 ミリア嬢はそう言って笑った。未練ができるたびに、転生がうまくいくような気がする。

「あれ~? 誰かお酒用意したかい?」

 空気を読んで離れていたメリッサがお酒の瓶を見つけてきた。

「世界樹の花びらの下に置いてあったんだよ」

 特に邪魔しに来た様子はない。本当に酒瓶が置いてあったのだろう。

「あ、ほら、先生のお友だち!」

「え? どこ?」

 ミリア嬢が指さした方には誰もいなかった。

「あ、消えちゃった……」

「俺の友だちって、アイル? ベルサ? あいつら来てたのか?」

「いや、そうじゃなくて、ほら昔、廃教会で会っていた人たちよ」

 廃教会で会っていたのは神々だけど、ミリア嬢に見られていたのか。

「ミリアさん、見てたの?」

「ええ、アマンダの傷が治ったからお礼を言いに行ったんだけど、私のパンティ見てうんうん唸ってたでしょ? 声をかけづらくて……」

「確かに。それで、その後、俺の隣りにいた人たちを今見たと?」

「たぶん、あの人たちよ。先生の友だちじゃないの?」

「ん~、友だちって感じじゃないかな。でもその酒は俺たちが飲んでいいはずだよ」

 神々が来ているらしい。関わると面倒だ。まさか、この酒が勇者駆除の報酬だったら、後で殴ろう。

 俺たち、5人は世界樹の枝の上で花見で一杯。そのまま、メリッサの拠点となっている洞窟で一泊させてもらうことに。

「フフフ、先生と結婚してから、宿で泊まった記憶がないわ」

「そういや、そうかも。今度、どこかの高い宿に泊まる?」

「ううん。その方が楽しいって話。生き返ったら、どこに泊めてもらえるのかしら? またこの世界に未練ができた。フフフ」

「ミリアさん、時間だよ。吸魔剤飲んで寝ないと」

「うん、今日はお酒もちょっと飲んだからよく眠れそう」

 俺はミリア嬢が寝息を立てるまで手を握っていた。


 酔って火照った顔に風を当てるため、洞窟の外に行くと、メリッサが待っていた。

「いい娘を見つけたね」

「うん」

 頷くと、メリッサが肩パンしてきた。

「なんだよ」

「なんでもない。落ち着いたら言う」

 俺の第二夫人になるって話かな? まぁ、でも今言われてもどうしようもない。新婚の邪魔しないように気を使ってくれているらしい。

「南半球に冒険者たちがやってきたよ。ナオキたちと同じようにサバイバルしているらしい」

「そうか。これからもっと来るぞ」

「ドワーフの族長が怯えているよ」

 メリッサは白い息を吐いて言った。砂漠の夜は寒い。

「大丈夫さ。メリッサたち世界樹の管理人のほうが圧倒的に強い」

「だといいけど、竜が来るかもしれないんだろ? ベルサちゃんが言ってたよ」

「ああ、黒竜さんの故郷だからな。来るかもしれない。大丈夫だ。俺の知り合いって言えば、危害を加えるようなことはないよ」

「ナオキにかかると、誰でも知り合いになっちゃうんだから」

「誰でもじゃねぇさ。それでちょっと揉め事が起こりそうだしな」

「そうなのかい?」

「ああ、またメリッサに助けてもらうかもしれない。その時は頼むよ」

「こっちが助けてもらってばかりだけどね。世界樹から飛んでいった魔物の件、ありがとね」

「いや、いつも世話になってるから、そのくらい」

 空からトリの魔物の鳴き声が聞こえてきた。

 赤道の壁がなくなって飛んできたのだろう。

「南半球が変わっていくな」

「うん、これもナオキのおかげだよ。北半球のドワーフの姉妹が来てるって?」

「ああ、メリッサに会いに行くかもしれない。2人とも天才なんだ。悪い奴らじゃないよ」

「ナオキの知り合いだから、どうせ変な娘たちなんだろ?」

「そうだなぁ……。なんでだろう、変な奴ばっかり集めてるわけじゃないんだけど。迷惑かけたらすまん」

 そういうとメリッサは笑っていた。

「メリッサ、ありがと」

 俺はふとお礼が言いたくなった。勝手なことばかりやっている俺をメリッサはいつも受け入れてくれる。

「ナオキ、結婚おめでとう」

 改めて言われると照れる。

 月明かりが眩しかった。



 翌日、北極大陸へと戻ることに。

「またね」

 メリッサがミリア嬢に言った。

次の瞬間、ミリア嬢はメリッサを思いっきり抱きしめていた。

「ごめんね、メリッサさん」

 ミリア嬢が言った途端、メリッサの目から涙がこぼれた。

「ナオキ、ミリアちゃん泣かせたら承知しないよ!」

「うん、わかった」

 ミリア嬢の涙を拭いて、メルモの魔力の壁に入る。

 メリッサは号泣しながら、思いっきり手を振ってくれた。

「行きます!」

 メルモの掛け声とともに、俺たちは空高く飛んだ。

 

 再び、3日かけて北極大陸へと戻った。

 話のネタは南半球でのサバイバル生活と世界樹について。それからセスとメルモの恋バナ。初めはセスたちの子ども時代を聞いていたはずなのだが、いつの間にか恋愛についての話になってしまった。メルモがミリア嬢にいろいろ聞きたかったのだろう。

 行きと同じ、3日目の朝に北極大陸の基地にたどり着いた。



 ダンジョンの避難所で皆に挨拶して無事帰ってこれたことを伝える。

 ミリア嬢の体調も良かったので、そのままレベルをなくす毒を試すことに。

「ほとんど、私は寝てただけだしね」

 そう言って、ミリア嬢は自分の腕に幻覚剤の付いたナイフを刺していた。

「そんなに思い切りやらなくてもいいんだよ。ちょっと切るくらいでよかったのに」

「え~!? 先生、それを早く言ってよ! え、あれなにこのメモリは?」

 幻覚剤が効いたらしい。

「そのメモリがゼロになるまで体力を減らして」

「それ、死なない?」

「ん~、死にそうだけど死なない。俺もセイウチさんも経験済みだよ」

 ミリア嬢は病人だから、体力なんてすぐに減るだろうと思ったが、なかなか減らなかった。

「どうする? 殴る?」

「いや、せっかくだからちょっとダンジョンの魔物に襲われてくる」

「それ俺は助けられないよ」

「だったら、メルモちゃんに頼む」

 ミリア嬢がメルモに頼むと、「いいですよぉ~」と軽く返事をしていた。メルモなら使役スキルもあるし、テイムしてうまいこと襲ってくれるだろう。


「うぎゃ~っ!」

 しばらく待っていると遠くの方からミリア嬢の叫び声が聞こえてきた。

「ヴェロキスラプトルに襲わせました!」

 メルモがミリア嬢を抱えて走って帰ってきた。


 体力がゼロになったショックで呼吸をしていない。

「おい! ミリアさん! 死ぬんじゃない! 帰ってこい! ほら、まだやれてないことが多いよ! ちょっと! ミリアさん! ミリアー!!」

 頬を張って起こしてみたが、反応がない。

 手を強く握り、胸をバンバン叩く。

再び脳が揺れるほど頬をひっぱたいた時、突然「ひゅー」と呼吸が戻ってきた。

「ハァハァハァ! 死ぬかと思った!」

「よかった。これで神々のシステムから外れたね」

 ミリア嬢は自分の体を何度も見て確認。その間に俺は回復薬で手当て。

「うわぁ~、自分の体じゃないみたい」

「慣れるさ」

 ミリア嬢は徐々にリハビリをしていった。ホムンクルスに生まれ変わっても身体を動かせるように。

「鍋がこんなに重いなんて。息も切れやすいし。先生はよくこんな身体で仕事してるわね」

「今じゃ、これが普通だよ。協力して生きていこう」

「ええ、これは誰かがいないと生きていけないわ。結婚しといてよかった~」

 避難所でレベルのない夫婦がそれぞれ協力し合いながらの生活する。セイウチさんの畑仕事も手伝ったり、研究者たちのサンドイッチを作ったり、できることをできるだけやることを心がけた。


「どうする?」

 ホムンクルスの様子を見ていたら、アイルがやってきて俺に聞いた。

「なにが?」

「火の勇者たちが一向に見つからないんだ」

「ああ、どこかに潜伏してるのかもな。ベルサがエディバラに行ったけど帰ってきてないな」

「うん、なにか隠している奴らがいるらしい。火の勇者関連かどうか調べるって。いい加減、祝いの連絡も収まっただろうから通信袋を掘り返したら?」

 そういえば俺の通信袋は埋めてしまったんだった。

「メルモに新しいの縫ってもらうよ」

「どっちでもいいけど。今年は来ないんじゃないかなぁ? 冬も近いし、飛空船使うのにも魔石が必要でしょ? それなりに準備が必要だと思うよ」

「向こうは火の精霊が生きてるんだから、飛空船くらい使えるだろ? まぁ、でも冬になったら、研究者たちを基地の方に戻してもいいのかもね。寒さでゾンビや動く死体も凍るだろうから」

「うん。いつまで警戒し続ければいいのか、わからないところが嫌だね。ミリアさんの転生はどう?」

「予定ではもうすぐだ。ホムンクルスも育ってるだろ?」

「ああ、一度見てるからか、そんなに驚かないね」

「無事に転生してくれることを祈っておいてくれ」

「ナオキが毎日祈ってるだろ?」

「ああ、でも俺は神々から遠ざかった人間だからな」

 花見の時に酒は貰ったけど。

「そういえば、南半球にアペニールが進出してきたって聞いた?」

「いや、鎖国している宗教国だろ? あそこは地続きだから進出はしやすいだろうけど、どうなんだ?」

「どこにでも教会を建てたいんだろって、傭兵たちは言ってるよ」

 南半球は誰のものでもない。行きたいと思う人が行って開拓すればいいのだ。


「せんせーい! 味見~!」

 ミリア嬢の声が聞こえてきた。

「だんだん、夫婦らしくなってきたな」

 そう言ってアイルは笑った。

「束の間かもしれないけど、人間らしい生活をしてくるよ」

 それを求めて俺は転生し直したんだ。

「今、行く~!」

 俺はミリア嬢のもとに駆けた。

 そこには決して歴史には残らない幸福な時間が流れていた。


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