320話
帰り道は口数が少なかった。
「実家に連絡して支援物資の準備を始めてもらうよ」
アイルがボソリと言った。アリスフェイ王国の将軍の娘として考えれば、もしかしたら攻撃してくるかもしれないような国に援助などできない。ただ、このまま冬になると氷の国では凍死や餓死が頻発しそうだ。見てしまったからには放ってはおけない。実家と仲が悪いアイルが、実家に助けを求めるのだから複雑だろう。
「北極大陸周辺の国には警告しておかないとね」
ベルサがトンネルの先を見ながら言った。
「赤道の次は北極か」
基地に帰り、避難所のダンジョンでポーラー族全員に報告。
アイルはそのまま実家と話をつけにアリスフェイ王国へと飛んだ。通信袋で済ませようとしていたが、やはり金が絡む時は面と向かってのほうがいいのだろう。
ベルサはエルフの里、火の国、魔法国・エディバラなど北極大陸に近い国に連絡を取って警戒を呼びかけていた。
「なぁ~、なら、基地には来ないというのか?」
セイウチさんが聞いてきた。
「いや、正直どこに現れるかわからないというだけです」
「ダンジョンに避難することはできないかしら?」
コマさんが聞いてきた。
「ダンジョンなら冬の間でもそんなに寒くないし、光る鉱石もあるでしょ。魔物にさえ注意すれば、食べ物は少ないけど冬は越せそうよ」
「確かに。氷の国の民に提案してみましょうか。光の精霊に氷の国への道を通してもらいましょう」
『激務!』
近くの光る鉱石からなにか聞こえてきたが、あえて無視しよう。
「様子見ながら、研究に戻っても大丈夫ですかね? とりあえず僕の予知では危機は去っているんですけど」
オタリーの予知スキルでは、大きなクジラの魔物の骨が基地の上を通って行くのを見たという。ただ、もう見えなくなってしまったとか。
「そうだな。ただ、いつでも避難できるようにはしておいたほうがいいと思う」
ちなみに俺の嫁さんであるミリア嬢はモノセラと転生時期について打ち合わせ中のはず……。
「うちの旦那さん、やっぱりちょっとおかしくない? レベルがないのに、あんなに働けるものなの?」
「大丈夫なんです。うちの族長もレベルがありません」
「モノセラ、転生する時に準備するもののリストできた?」
俺がモノセラに聞くと、2人とも押し黙ってしまった。
「俺の噂してたなぁ? どういう噂でもいいけど、面白いのにしてくれ」
「わかったわ。私の旦那さんは竜と友だちとか言っておくわね」
ミリア嬢が笑いながら言った。
「あ~、それ事実だなぁ」
「え!?」
ミリア嬢が真顔になってしまった。
「まぁ、なんでもいいや。で、転生時期は決まったかい?」
「ええ、ヨハンとも相談して2ヶ月後になったんです。もちろんミリアさんの容態によって多少は変化しますが」
モノセラは俺にリストを渡しながら言った。
「了解。これを集めればいいんだな?」
「ええ、文献から読み解くとこれで間違いないはずなんです」
「わかった」
リストには月桂樹の葉や妊婦のショブスリの血などよくわからない記述もあったが、科学とまじないは違うので言われたものを集めるしかない。
「お疲れ様です!」
「お疲れ様でぇ~す!」
ちょうどよくセスとメルモが応援に駆けつけてきた。
「おう、南半球はどうだ?」
「今、冒険者たちが船に乗って新天地に向かってるところです。傭兵さんたちも魔物の対処ができているので大丈夫かと」
「皆、社長が結婚したことへの腹いせに魔物をバンバン殺しているみたいでした~」
それはいいのか悪いのか。俺は後頭部を掻いた。
「ご結婚、おめでとうございます」
「おめでとうございまぁす!」
「ありがとう。嫁さんのミリアさんだ。ミリアさん、うちの会社のセスとメルモ、ずっと社員をやってくれている」
「ああ、どうも~、ミリアです」
「セスです。おめでとうございます」
「メルモです。すっごい美人さんですね。社長、どこで見つけたんですか?」
「フロウラだよ」
「あれ? ちょ、ちょっと待って……コムロカンパニーのセスってあの運送会社のよね? メルモちゃんもゼファソンのデザイナーの? ハヒ」
ミリア嬢が有名人を見たかのように過呼吸になっていた。
「そうだけど。落ち着いてくれ。ちょっとお前ら、ベルサ手伝ってこい」
「「了解です」」
セスとメルモがいなくなったことでミリア嬢は落ち着きを取り戻し、俺を見てまた驚いていた。
「そうよね? 先生はコムロカンパニーの社長さんなんですよね?」
「なにをいまさら。ミリアさんはその社長のたった1人のお嫁さんだよ」
「そう……よね。これは大変な人と結婚してしまったわ。どうしましょう? 浮かれてる場合じゃなかったわ! ドレスとか着ないといけない? お化粧、全然してないけど? ゴテゴテした指輪とか?」
「しなくていいよ。そのまんまでいい」
「そのまんまってどうすればいいの?」
「笑ってくれればいい。それから転生するまでは健康でいないといけないから、体調管理は気をつけてね」
「じゃあ、笑い方の練習しなくちゃね」
ボウと同じことを言い始めた。
「それは親友を思い出すからやめてくれ」
「親友? どんな人?」
「魔族の大統領。そのうち会わせるから」
「……どうしましょう、角とか羽とか生やさないといけないわね! できるかしら?」
「できなくていいよ。俺も生えてないし。ミリアさん、興奮しすぎだよ。ちょっと休もう」
「うん、ちょっと気づいたことが多すぎて疲れちゃった」
俺はミリア嬢を自分たちのテントに連れていって寝かせた。
「不思議ね。どうして結婚しちゃんたんだろう?」
寝ながらミリア嬢が言った。
「あれ? 俺じゃないほうがよかった?」
「いや、私じゃなくて、先生の方」
「自分で告白させといてよく言うよ」
「フフフ、お金持ちだったのね」
「いや、社員の方がお金持ち。俺はよく報酬とか受け取りそこねたりするし、だいたい貧乏だよ。ごめんね」
「え? そうなの、じゃあ、私がしっかりしなくちゃ」
「お願いします」
「はぁ~あっ、変な人と結婚しちゃった! クフフフ」
「もう、寝なよ」
「うん」
俺はミリア嬢の寝息が聞こえるまでテントにいた。
「社長」
テントから出たところで、セスとメルモに声をかけられた。
「おう、どした?」
「ミリアさんのことを聞きました。俺たちに協力できることありますか?」
「ありがとう。助かるよ。悪いが、またお前たちには移動を頼むことになってしまうと思う」
「構いませんよぉ。社長のそういうとこ好きです」
メルモはそう言って笑った。
それから数日、俺はセスとメルモと一緒に『転生に必要なものリスト』に書かれた物を揃えていった。「エメラルドモンキーの胎児のへその緒」「デザートイーグルの風切羽」「食獣植物の花片と球根」などなど、これ以外にもわけがわからないものが多いので、時間がかかる。
アイルは無事に親とともにアリスフェイ王国の王と話ができたようで、氷の国への支援は食料だけすることになったとか。
ベルサはヨハンとともにホムンクルスの成長を見ている。
「一回、やってるからね。記録が残ってるし、そんなに難しくない」
そう言っていたが、ヨハンはどんどん痩せていった。
「信じられないですよ! ベルサさんって何人いるんですか?」
文句を言っていたが、ヨハンの目は輝いていたので、うまくいっているようだ。
また、光の精霊との交渉の末、ようやく氷の国とダンジョンの道が繋がった。
すぐに氷の国の町や村を訪れて、ダンジョンで冬が越せること、アリスフェイ王国からの食糧支援があることなどを報せて回る。ずっと北極大陸は冬のようなものだが。
「北極大陸にこんな暖かい場所があったとはな」
氷の国からやってきた町人たちは驚いていた。
「普通に魔物がいるので注意してください。命は自分たちで守るように。畑を作ってくれると、有機物が増えるのでダンジョンマスターが喜びます。アリスフェイからの支援が届いたら持ってきますので」
諸注意だけしておいた。光の精霊が作った迷路の影響で、氷の国の民とポーラー族にダンジョン内で会うのに10日以上かかってしまう。セスたちと外を歩いていったほうが早かった。
基地の方まで戻ってくると、ベルサが空飛ぶ箒で飛ぼうとしているところだった。
「なにかあったか?」
「ああ、エディバラでちょっと事件があったみたいで」
「火の勇者と関係があるのか?」
「死体が消えたそうだ。嫌な予感がするから行って見てくる。ホムンクルスはヨハンに任せてあるから!」
そう言ってベルサは空へと飛んだ。
「気をつけてな!」
基地で研究資料や材料をダンジョンへと運んでいる研究者たちに出くわし、一緒にダンジョンへ。荷物が多いので俺たちも持たされることに。セスとメルモは力持ちなので大きい荷物になっていた。
避難所までたどり着くと、モノセラが駆け寄ってきた。
「ナオキさん、仕事のし過ぎなんです。少し休んで、ミリアさんのことを考えてあげるんです。現世に執着を持ってもらわないと、転生できないんですよ」
怒られてしまった。確かに、結婚してからずっとダンジョンにこもりっぱなしだ。病気だから仕方ないのだが、そろそろ外の空気が恋しくなってきているだろう。
「リストのことばかり考えすぎた。すまん」
俺は真っ直ぐ、コマさんのお手伝いをしているミリア嬢のもとに走った。
「あら、おかえりなさい。そんなに急いでどうかしたの?」
「ただいま。ごめん、ミリアさん。体調、どう?」
俺は息を切らせながら、ミリア嬢に聞いた。
「悪くないわよ。この調子なら、レベルをなくすっていう毒にも耐えられそうだし、発作もここのところ出てないし」
「じゃあさ、ハネムーンに行こうか」
「え? ……うん、どうしようコマさん!?」
ミリア嬢がコマさんの方を振り向いた。
「行っといで。こういうチャンスはなかなかないよ」
コマさんは笑って返していた。
「行く!」
ミリア嬢は前掛けを外しながら、テントに向かいハネムーンの準備をし始めた。俺も準備しなくては。
「あれ? どこに行くの?」
「あ~、どこがいいかな。セス、メルモ、どこまで行ける?」
「どこでも好きな場所に行けますよ」
「私たちも少しのんびりしたいですし」
セスとメルモはどこでもいいらしい。
「ミリアさんは行きたいところとかないの?」
「えーっと、どこだろう。先生が決めていいわ。私、あんまりよく知らないもの」
「じゃあ、世界で一番大きな木を見に行こう!」
「いいですねぇ。今なら散っていくのを見れるかも!」
メルモが興奮している。
ハネムーンは世界樹に決まった。




