317話
カミーラとエルフの薬師たちが回復薬を作っているなか、俺たちはミリア嬢の支度を待っていた。
ミリア嬢にはアマンダ嬢という親友がいて、毛皮などを用意してくれているらしい。
「ミリア、北極へ行く格好なんてないわよ!」
「そんなこと言ったって、先生が行くっていうんだもの」
そう言って、元娼婦のおネエさん2人が、俺の方を見てきた。
「うちで用意するから大丈夫です。それに北極でも基地の中は温かいから」
「それってゼファソンモデル?」
アマンダ嬢が聞いてきた。
「は?」
「ああ、ゼファソンモデルもあるよ。メルモのデザインしたコートのことさ」
ベルサが教えてくれた。
ゼファソンモデルと聞いた途端、ミリア嬢とアマンダ嬢がハイタッチしていた。あいつはそんなに有名なのか。
「このツナギも新しいデザインにしてくれないかな?」
ちなみにメルモはセスとともに南半球で、世界樹からの魔物に気をつけつつ傭兵たちの訓練をすることに。
『絶対、そっちのほうが面白そうじゃないですかぁ! 社長、もっと早めに暴走してくださいよぉ!』
通信袋の向こうで拗ねていた。
そんなこんなでミリア嬢が支度を終え、アマンダ嬢とハグ。
「じゃ、生き返ってくる」
「うん、心配してない」
以前アマンダ嬢が暴漢に顔を傷つけられた際、俺が回復薬で治したことがあるので信用してくれている。
「ミリアはおせっかいで他の人を優先してしまうところがあるの。わがまま聞いてあげてね」
アマンダ嬢が小声でわざわざ頼みに来た。いい親友だ。
「わかりました。全力で応えます」
「そろそろ行こう。アルフレッドの爺さんがフロウラに視察しに来るって言うから、なるべく急がないと」
アイルが俺たちに声をかけた。
「面倒事はごめんだ。ミリアさん、行こう」
「は~い、じゃあ、皆さんしばしのお別れね。バーイ!」
ミリア嬢は町の娼婦たちや知り合いに手を振った。涙で別れるよりも、軽い別れの言葉にしたようだ。その方がいい。
アイルは俺とミリア嬢を自分の魔力の壁の中に入れ、そのまま飛んだ。
北極大陸までは、どんなに急いでも丸1日ほどかかる。
途中、星が綺麗だという理由で砂漠で一泊。ミリア嬢は料理のできない3人に代わって、デザートイーグルの肉のシチューを作ってくれた。
「薬師さんのお蔭で調子はいいの」
ミリア嬢はそう言いながらも、ベルサが作った吸魔剤をちゃんと飲んでいた。魔力切れで寄りかかってくるミリア嬢を受け止めながら、俺は白い息を吐いた。なんども経験したが、砂漠の夜は寒い。
翌朝、朝飯を食べてから北極大陸へ向けて飛ぶ。特にどこかへ寄ることもなく、昼頃には北極大陸の基地に着いてしまった。
基地の入口にあるクリーナップの魔法陣を起動させてから、中に入る。初めてきたミリア嬢は研究者たちを見て驚いていた。相変わらず、研究者は変人が多い。
半裸の研究者が体中に蚊の魔物を集めて痒そうにしていたり、広場の中心にある木の虚にストローを突っ込んでいたり、天井からぶら下がって「あー」と自分の声を反響させたりと、奇妙奇天烈な人たちだらけ。
アイルとベルサは5年の間に仲良くなった研究者が多いらしく、すぐに囲まれて質問攻めにされていた。奇人同士は仲がいい。
「ようこそ、ミリアおネエさん! 僕が案内しますので、こちらに」
昨夜、ヨハンに連絡したら、「是が非でも協力させてもらいます!」と言っていたが、先回りしていたようだ。ミリア嬢はヨハンの初体験の際に娼館を教えてあげていたので恩を感じているらしい。
ミリア嬢が血液検査をしている間、基地内の人たちに挨拶することに。血液検査はフェリルが南半球に行っているため、背の高いエルフのポールがやっている。
族長室にはオタリーと、イッカクの獣人であるモノセラが話し合いをしているところだった。
「ああ、ナオキさん、ようやく来ましたか。だいたいの内容は予知スキルで見ていますが、北極大陸に来た理由を教えてもらえますか?」
オタリーがいかにも族長という雰囲気で聞いてきた。
「オタリー、そう焦るな。まずは挨拶からだ。なぁ、モノセラ?」
「フフフ、ナオキさんは変わってないんですね? お久しぶりなんです」
「ああ、久しぶり」
俺はモノセラとオタリーに挨拶をした。
「オタリーがポーラー族の族長になったのか?」
「いえ、爺ちゃんが引退してセイウチさんが族長ですが、ほとんど族長室にいないんです。爺ちゃんも兄弟に会いに行ったまま世界を観光しているし、困った大人たちですよ」
「元気ならなによりだ」
「元気すぎるのも考えものですけどね。そういえば、この前の嵐は大丈夫でしたか?」
「ああ、ちょっと知り合いに北半球と南半球が繋がったことを報せてたんだ」
オタリーは俺の言葉に笑いながら、「それで嵐に突っ込むなんて…。ナオキさんほど奇妙な人生を送っている人はこの星にはいませんよ」と呆れていた。
「そうかな? ああ、この基地に来た理由だったな。実は、また転生しに来たんだ」
「えっ!?」
オタリーは「この人バカなんじゃないか?」という目で俺を見た。
「いや、俺じゃなくて、一緒に来た女性なんだけどな。不治の病にかかっていてね」
「ナオキさんはその方に死んでほしくないんですね?」
モノセラの質問に俺は頷いて返した。
「そうなんですか。私はいつでも協力するんです。この星の恩人に足は向けられないんですよ」
モノセラは確かまじないや呪いの研究者だ。もしかしたら世話になるかもしれない。
「ありがとう、助かるよ」
コンコン!
「ナオキさん、ダンジョンに向かいましょう」
「おう、じゃ、またな。2人とも」
「ええ、また。気をつけてくださいね。最近、予知スキルで見た未来が度々変わるので」
オタリーはアシカのような長いヒゲを触りながら言った。
「わかった」
俺たちはヨハンに案内されて、ダンジョンへと向かう。いつの間にかアイルとベルサも合流してきた。
「前にナオキが転生した場所でいいんでしょ?」
ベルサが聞いてきた。
「ああ、いいよ。でも、いろいろ用意しないといけないし、時間がかかるぞ」
「わかってるよ。先行って掃除してくる」
ベルサはダンジョンの通路をとっとと歩いていってしまった。
「ごめんね、皆に迷惑かけちゃって」
「気にしないことだ、ミリア。ナオキの気まぐれの理由を考えてたら日が暮れるよ」
アイルがミリア嬢の肩を叩いて言った。
「ありがとう、アイルさん」
ダンジョンの魔物も出るには出るのだが、ヨハンが通路の脇に寄せるだけでどこかへ行ってしまう。さすがダンジョンの魔物担当なのだが、ミリア嬢は引いていた。
ひとまず、転生場所である真っ暗な部屋に向かい、拠点にする。すでにベルサが掃除を始めていたが、ここ5年間使っていなかったため、かなり汚れていた。というか、なんか……壁や床に斬撃の痕があり、枯れた植物の茎や根がそこら中に落ちている。
「俺が転生して空間の精霊に連れ去られた後、なにがあったんだ?」
「別に……」
アイルがあからさまに俺を見ないで言った。
「いや、どう考えても……」
「ナオキ、別になんでもない」
今度はベルサがはっきりと言った。
俺がヨハンを見ると、「僕はなにも言えません」と黙秘権を使われた。
もしかしたら、空間の精霊から俺を奪い返そうとしてくれたのかもしれない。
「先生は愛されてるのね」
ミリア嬢が察して2人に声をかけた。
「「それは、ない」」
2人とも、そう返していた。
「じゃあ、悪いけど、掃除は女性陣に任せて、俺は死者の国のネクロマンサーと交渉してくるよ」
「はーい」
ミリア嬢だけが返事をしてくれた。アイルとベルサは手を上げただけ。
「ヨハン、悪いけど、ダンジョンから死者の国へ案内してくれ」
「ああ、はい。でも、今塞がってますよ」
「じゃあ、ダンジョンマスターの光の精霊に頼まないとな」
「呼んで出てきますかねぇ……」
ヨハンはそう言いながらも、案内してくれた。
ダンジョンの奥へと向かう。5時間ほど歩き続けて、塞がれた壁の前に立った。
「前はここから通路が伸びていたんですけどね。今はこの通りです」
ヨハンがどんなに殴っても壁はびくともしなかった。俺がダンジョンから消えた後、ネクロマンサーたちを死者の国へと送り、光の精霊が壁を作ったらしい。無用な争いを避けるためだそうだ。
「なるほど。おーい! 光の精霊よ~! 俺が来てるのは知ってるだろ!? 開けてくれ~!」
俺は天井から突き出ている光る鉱石に向かって言った。
反応はない。
「相変わらず、迷路でも作って暇潰してるんだろ!? だったら、手伝ってくれよ~!」
やはり、反応はない。ヨハンは「そりゃ無理だろ」って顔で見ている。
「ダンジョンの仕掛けはどんなの作ったんだよ~! どうせ移動する床とかだろ? 前は適当に俺が走ってたら、ダンジョンマスターの部屋まで着いちゃったからなぁ」
徐々に煽っていく。
「どうせなら部屋ごと動かしたほうが面白いぞ。キューブ状の部屋をたくさん用意してさ。罠を仕掛けまくるんだ。隣の部屋へはハッチ式の扉があって、床の金属板に素数が書かれていたりして、その数字が正しい道へと導くんだ」
「なんですか? それ」
ヨハンが俺に聞いてきた。
「そういう映画を昔見たんだよ。ダンジョンの仕掛けとしては面白いだろ? まぁ、光の精霊には思いつかない設定だよなぁ!」
思いっきり煽ってみたら、後ろから「ちょっと聞かせなさいよ。その話」と声が聞こえてきた。相変わらず、光の精霊は倒置法でしゃべるらしい。振り返ると、丸顔の金髪、顔の中心にパーツが寄っている光の精霊が、ふてくされた顔でこちらを見ていた。ヨハンは目を丸くして驚いている。
「いいけど、ここを開けてよ」
「構わないけど、意味ないわよ。そんなことをしても」
「意味がないかどうかは俺が決める。道を開けるのか、開けないのか、どっちだ?」
「開けるわ。で、キューブ状の部屋ごと移動させるってどういうこと?」
「だから、一辺が4メートルくらいの立方体の小部屋があって……」
俺は前の世界で見た映画をできる限り思い出しながら説明した。
「でも、悪魔になるんじゃない? そんな罠をダンジョンに作ったら」
「うん、悪意の塊みたいな罠だからね。まぁ、でも、そういう案もあるって話。さ、開けてくれ」
「ん~、駆除人!」
光の精霊は納得いかないようだ。
「わかった。じゃあ、部屋ごとトロッコに乗せるのは? いや、この前シャングリラの保管庫に行って見てきたんだよ」
「ああ、ちょっと教えなさいよ。他のダンジョンのことを」
ダンジョンマスターは他のダンジョンが気になるらしい。俺はシャングリラの保管庫やマルケスさんのダンジョンなどについて説明。土の悪魔の失敗談も付け加えておいた。
「難しいのよ。ダンジョンマスターって。でもいいわ。話が聞けたから」
光の精霊は壁に手をかざし、壁を消してみせた。
「この通路を真っ直ぐ行きなさい。そこが死者の国よ」
「助かる」
俺がそう言った途端、光の精霊は突如発光し始め、歩いて去っていった。
「なんで、わざわざ光ったんだ?」
「目くらましのつもりじゃないですかね?」
俺たちは目の前の通路を進んだ。通路の壁には光の精霊から『もう少し、ヨハンに仕事をするよう言って。駆除人』と光るメッセージが書かれていた。
「だってよ」
俺はメッセージを指さしてヨハンに振った。
「人間の研究もしておかなくちゃ、ダンジョンのためにはなりませんから」
ヨハンは娼館通いを止めるつもりはないらしい。
通路を進んでいくと、寒くなってきた。北極大陸なのだから当たり前なのだが、大した準備をしてなかった。かろうじてバッグの中に入っていた毛皮だけ着て、表に出る。
一面の銀世界。
道なりに進むと、そこは死者の国の町が見えてきた。
古い石造りの建物が並んでいるが、人っ子一人出歩いているものはいない。
死者の国とはよく言ったもので、建物からも物音一つしない。
「寒い。限界だ! とりあえず建物の中に入れてもらおう!」
俺はヨハンとともに、屋根の上に雪が積もった建物のドアを開けた。
「ごめんください。少しの間だけ、暖を取らせてもらえま……せんか? あれ? 人がいない」
ドアは開いているのに、中に人がいなかった。
とりあえず暖炉に火をつけて、部屋の中を暖める。
「なんかおかしくないですか? 食事の途中で住人が消えたみたいですよ」
ヨハンがテーブルを指さして聞いてきた。
テーブルの上には食べかけのスープにちぎられたパン、それからコップには飲みかけのワインが凍っていた。台所のオーブンには真っ黒に焦げた肉と骨。魔石灯はあるが、中の魔石は消えている。
生活の跡ではあるが、あまりにも中途半端すぎる。
「確かに、なにかが起きた後のようだな」
俺は曇った窓から、死者の国の町を見た。