315話
アリスフェイ王国の南にある港町・マリナポートは闘技場や造船所もあり、かなり大きな町だった。今は高波によって海岸線の建物が倒壊。造船所もすっかり瓦礫の山と化してしまっている。俺の元奴隷であるテルは従業員たちに指示を出しながら、瓦礫を片付けていた。
「早く、片付けて船作らないとね!」
テルに悲壮感はない。
「すっかりボロボロだな、テル」
「あら? まさか、ナオキさん!?」
テルに会うと母親の気分がしてなんだか気恥ずかしい。
「若くなって、まぁ~! メルモちゃんもようこそ! メルモちゃんの作業着すごいですねぇ!」
造船所の従業員たちは3階建ての一番大きな柱を引っこ抜いたりしている。パワースーツみたいなものか。
「あの作業着には強化魔法の魔法陣を仕込んであるんです。魔力は使うんで、無理しないでくださいね」
メルモが説明していた。魔法陣は俺の魔法陣帳からだそうだ。軍事利用できそうだが、メルモ曰く「リスクが大きすぎますぅ」とのこと。長時間使ったり魔力を込めすぎたり、無理をすると、肉離れを起こしたり骨折したりするらしい。
「テル、サメの魔物が出たって?」
「ああ! ナオキさんはそれの駆除ですか? 漁業組合の方にうちの人もいますので、港の方に行ってください」
「わかった。ありがとう」
「後でまた寄ってくださいね!」
「はいはい」
テルに見送られて港の方に向かう。
「いいんですか? 久しぶりに会ったのに」
メルモが聞いてきた。
「ああ、今はどこも復興中だ。俺にかまう暇があったら、瓦礫片付けて一刻も早く造船所を復活させてほしい。テルも今、大変だった話したら俺が心配するだけだってわかってるのさ。顔が見れて無事なら、それがなによりだろ?」
「よく、そんなことわかりますねぇ?」
「テルは長年奴隷をまとめ上げてたような人だから、気が回るんだよ。さ、俺たちは造船所が復活したときのために、サメの魔物を駆除しに行こう!」
「はい!」
港では、漁師やテルの夫であるボロックなどが集まっていた。
「どうするんだよ! いつまでも王都からの支援に頼ってられないぞ!」
「状況考えろよ。残った船だって、万全じゃねぇんだ。無理に冒険者たちに行かせて、また船まで壊されたら、どうしようもないぞ」
「だから、昔の知り合いに頼んでるから、少し待てって」
「ボロック、その昔の知り合いって誰だよ!? いつ来るんだ?」
ボロックが漁師たちに囲まれている。
「すみません、遅れました。コムロカンパニーの者です。サメの魔物を駆除しにまいりました」
「えっ!? ナオキさんか?」
ボロックは若い姿の俺を見て驚いていた。
「大丈夫。うちの社長です。それより状況を簡単に説明してくれますか?」
メルモが軍手を嵌めながら漁師たちに聞いた。以前、シーサーペントというウミヘビの魔物を駆除したことがあるので、漁師たちも俺たちの会社については知ってくれていた。
「嵐の後、ここから南西に行った海域にサメの魔物が現れた」
「冒険者の船も襲うような危ない奴らで、その海域の魚の魔物も食い尽くされそうな勢いだ」
「あんまり西まで行くと、鎖国しているアペニールから軍船がやってきて手出しもできなくなる」
「風も変わっちまって波も読みづらくてな。国は食料しか支援してくれそうにないし、冒険者たちは『南半球への船を出せ』という言うばかりで、海の魔物には対処できそうにない」
「了解です。ボロックさん、小さいのでいいので船を貸してもらえます?」
だいたい状況がつかめたので、自分たちの作業の準備を始める。
「悪いな、うちの造船所では、あの小舟しか残ってない」
ボロックが指さしたのはアウトリガー付きの小さい帆船だった。あとは漁船がいくつかあるが、修繕が必要なのだとか。
「十分です。メルモ、とりあえず、駆除対象を見に行こう」
「了解です!」
俺とメルモは帆船に乗り込んだ。
「トーマス! コムロカンパニーさんのために風を読んでやってくれ!」
「うん!」
ボロックに返事をした7歳くらいの少年が桟橋を走り、端にある高い柱に登った。トーマスって、確かテルとボロックの息子の名前じゃなかったか。トーマスはちょっと尖った耳を澄まして、風の音を聞いていた。
「南へ真っ直ぐ行くと、強めの風が吹いているからそれを掴めば、西の海域までは直ぐだと思うよ!」
トーマスは、もやいを解いている俺たちに大声で教えてくれた。
「風を読むなんて、エルフみたいな子ですねぇ」
メルモは感心していた。
「ありがとう! 助かる!」
俺は手を振って、お礼をいいながら出港。帆に風を受けながら、沖へと向かった。
「どうしますぅ?」
操舵しているメルモが聞いてきた。
「どうするって言ったって、大型の魔物は生きてるだけでカロリー使うから、食べる量も半端ないだろ。生態系ごと食べられる可能性だってあるんだし、早めに駆除するのが得策だ」
駆除対象を見に行くついでに駆除するのがうちの会社のスタイルだ。
「作戦は?」
「これでいこうかな、と思ってるんだ」
俺は自分の魔法陣帳の雷魔法のページをめくってメルモに見せた。前の世界でもサメが鼻先で電気を感じることはよく知られている。この世界ではどうなのか試してみたい。
「だいたい、今まではアイルがサクッと殺してたからさ。こういう時こそ、ちゃんと駆除方法を確立しよう」
「了解です! あ! 社長、風が来ましたぁ!」
トーマスが言ったとおり、強い風を帆でつかみ西へと向かった。
俺は雷魔法の魔法陣を描いた板に魔力を込めて海へと放り込む。レベルがない俺の魔力によって、微弱な電気が海に流れた。
程なく、サメの魔物の背びれが海面に見えた。魔物の大きさは船よりも大きく、30メートルほどあるだろうか。
「1、2、3……5匹ですね」
巨大なサメの魔物は5匹もいた。小舟の周りを泳いで様子を窺っている。
俺たちは雷魔法の魔法陣を描いた板に麻痺薬の瓶をくくりつけて、海に放り込む。20枚くらい放り込んだところで、サメの魔物の一匹が、板ごとバリバリと食べてしまった。
すぐにサメの魔物は麻痺をして海面に浮かんだ。鮫肌は思っている以上に硬いので、俺の力ではナイフを使っても傷つけることはできない。近づいて、エラから頭部めがけて銛を突き刺した。口はいつ急に閉じるかわからないので怖い。
「よっ!」
目も鮫肌より柔らかいので、突き刺しておく。もちろん力がないので、何度も銛で突き刺すことになり、そのうちに徐々に海中が血に染まっていった。
残った4匹も視界が悪いなか様子を見ていたが、しびれを切らしたように板を食べたり仲間の死体を食べたりして麻痺。結果、1時間ほどで5匹すべてが海面に浮かんだ。
あとは同じように銛で突き刺して殺していくだけ。やり方さえわかれば俺でも駆除できる魔物だった。
「社長、本当にレベルがないんですかぁ?」
「ないよ。魔力が低い者たちでも、こうやってちゃんと駆除できるんだよ。さて、帰るか?」
「あ、ちょっと待ってください。誰かから通信です!」
『こちらメリッサ。すまない! 世界樹の開花とともに、空を飛ぶ大型の魔物たちが北へ向かった。こんなこと初めてだ! 聞こえているかい!?』
南半球で世界樹の管理をしているドワーフのメリッサからだった。北半球と南半球が繋がり、風向きも変わって魔物たちの行動も変わっていったのかもしれない。
『了解! こちらアイル! 聞こえている! 飛んでいった魔物の種類をできるだけ教えてくれ!』
アイルからも通信が入る。緊急事態につきメリッサはコムロカンパニー全員に向けて通信したようだ。
『トンボの魔物に、ガの魔物、ハチの魔物とチョウの魔物、それからハエの魔物も』
世界樹の虫系の魔物が勢揃いのようだ。
『こちらベルサ、了解。瓦礫の撤去作業を中断して、南半球に向かう。ナオキ、聞こえているか?』
通信袋を持つメルモが俺を見て頷いた。
「こちら、ナオキ! 聞こえている。夜が勝負どころだろう。アイル、光魔法で魔物たちをおびき寄せてくれ。ベルサも匂いでおびき寄せるように。アイル、元風の勇者のブロウも連れてけ!」
『『了解!』』
「ただ、一番厄介なのはハエの魔物だ。あれは速すぎる。被害が起きてからじゃないと位置が掴めないかもしれない。全員、全世界に向けて協力を呼びかけてくれ!」
世界樹でレベルの高い俺が食われそうになった魔物が、大型のハエの魔物だ。
『『『了解』』』
『ごめんね。皆』
メリッサの声が通信袋から聞こえてきた。
「気に病むな。メリッサ! こういう不測の事態のために俺たちがいるんだ。これはコムロカンパニーの仕事だ。やるぞー!」
『『『おおっ!』』』
「おおっ!」
いくら金を稼ごうが、どれだけ有名になろうが、魔物を駆除して人の生活を守るのが俺達の仕事だ。
「社長! 緊急事態につき船ごと飛びます!」
「了解!」
メルモは空飛ぶ箒を取り出して、船を覆うほどの魔力の壁を展開。そのまま、空へと飛んだ。
マリナポートの港に船を返す。ボロックも漁師たちも口を開けて、下りてくる俺たちを見守っていた。
「申し訳ない。サメの魔物は駆除しておきました。南半球で緊急事態が発生しました! 夜通し対処するため、すぐに出ます! もしかしたら巨大な魔獣が現れるかもしれません。その時は俺たちに連絡を!」
「わかった! ちょっと待ってくれ。テル~! ナオキさんがもう出るってよ!」
ボロックが振り返ると、テルが必死の形相で走ってきた。
「そんなことだろうと思いましたよ! これ、サンドイッチ!」
テルはバスケットごと俺に投げつけてきた。俺はそれを空中で受け取った。
「助かる! また来る!」
俺とメルモは空へと飛んだ。バスケットの中身はサンドイッチとリンゴに似たアポの実が詰め込まれていた。テルは瓦礫の撤去をしながら、俺のことも考えてくれていたようだ。
「気が回りすぎだよ」
虫捕りは夜討ちが基本。
南半球に夜の帳が降りる頃、空にはアイルが打ち上げた光魔法の剣が並んでいた。
虫系の魔物はどれだけ大きかろうと、光に向かって飛んでいく習性がある。集まってきた魔物をセスが魔力の網で一挙に捕まえ、殲滅。虫の魔物は表皮が固いことがあるので、口の中に無理やり加熱の石を入れたりして、内側から焼くこともある。
ベルサは魔物除けの薬と魔物を呼び寄せる薬を使って、アイルの光の剣まで魔物をおびき寄せた。一緒に行動しているブロウは、ベルサの指示を聞いて風魔法を実行するだけなのだが、「目が回りそう」と漏らしていた。俺とメルモは閃光弾を投げたり、吸魔剤の燻煙式罠を仕掛けたりして援護。
巨大なトンボの魔物やガの魔物などの死体が南半球の草原に積まれていった。
「やっぱり、あのハエの魔物は見当たらないぞ?」
アイルが捕まえたトンボの魔物を斬り捨てながら聞いてきた。
「もう、北半球の方に抜けてるかもしれないね。飛んでいった方向も世界樹の北だっていうだけで、方向転換したかもしれないし」
ベルサは魔物の羽を観察しながら言った。どの魔物の羽もボロボロになっている。
「海に落ちているといいんですけどね」
セスはガの魔物から鱗粉を採取していた。
「あれ? やっぱり菌に侵されている魔物も多いですよ。ほらぁ!」
メルモは巨大なハチの魔物の腹部に生えた菌の胞子を見せてきた。
「よし、夜が明けてきたから、そろそろ交代で休憩しよう。テルのサンドイッチもあるから食べてくれ。ブロウはもう限界なら寝ていいからな」
「はい」
ブロウはそのまま倒れるように草原で寝てしまった。
飯をはさみ、レベルの低い者順から休憩しようと提案した矢先のことだった。
『コムロカンパニー! フロウラの町に巨大なハエの魔物が襲来した!』
リドルさんの声が通信袋から聞こえてきた。
「了解! すぐに向かいます!」
セスの通信袋で俺が返した。
「ベルサ、行こう!」
「うん、ナオキたちはここの現場、頼むよ」
アイルとベルサが空飛ぶ箒を持った。
「悪い、俺も連れて行ってくれ」
俺は2人に頼んだ。
「レベルのない俺には、ここでやれることは少ない。フロウラだったら避難指示くらいはできるかもしれない」
本当はフロウラに大事な人がいるからだ。5年世話になった人。バルニバービ島で、3人の関係にヒビが入らなかったのは、あの人のおかげ。
「わかった。乗って!」
事情を知ってか知らずか、俺の視線を真っ直ぐ受け止めたアイルが頷いた。
俺はアイルの空飛ぶ箒に乗り、上空へと飛んだ。
アイルとベルサが本気を出し、南半球から北半球のフロウラまで1時間ほどで到着。台風により壊滅した町の中心に巨大なハエの魔物が、羽音を立てながら暴れまわっている。周囲では町にいた冒険者たちが魔物除けの薬を噴きかけて応戦していた。
ベルサは空から南半球の吸魔草をハエの魔物に投げつけ、さらに蔓に成長剤をかけて暴れているハエの魔物の動きを止めた。
アイルは空飛ぶ箒から飛び降り、落下するよりも速く空を駆けた。
ザンッ!
音とともに、ハエの魔物は真っ二つに割れ、ハエの魔物に寄生した菌の胞子が舞い上がる。
「全員、死体から離れるように! 火魔法を使える者は死体に向けて放ってくれ!」
周囲で魔物除けの薬を散布していた冒険者たちに指示を出した。
燃えていく巨大なハエの魔物を見ながら、駆除できたことに少し安心した。被害もないそうだ。
「一瞬だったな!」
冒険者ギルドのギルドマスターであるラングレーはそう言って笑っていた。
「ナオキ、なにかあるなら今のうちに行ってきな。一匹だけとは限らないからね」
ベルサが俺にクリーナップをかけながら言った。
「すまん、助かる!」
俺は町外れへと走った。
「森の中にお茶屋があったと思うんだけど、そこの女主人は無事かな?」
走りながら、道行く人に聞いた。
「ああ、今、避難所になってる。行けばわかるよ!」
「ありがと!」
俺は一言、お礼が言いたいという一心で走った。
森の中にあるお茶屋の前には人が集まっている。ちょうど昼時だったのか、避難している人たちにスープが振る舞われているようだ。
「すまない、ミリアさんって人はいるかい?」
鍋の前にいた女性に聞いてみた。
「ミリアなら、中だよ」
「ありがと!」
俺ははやる気持ちを抑えて、お茶屋の中に入った。中も人が多く、床でスープをすすっている者もいた。
「あれ? その服! あんた、もしかして掃除の先生かい!」
前にミリア嬢と一緒にいたおネエさんが俺を見つけてくれた。
「ああ、そうだよ! ミリア嬢は?」
「間に合ってよかった! こっちだよ!」
おネエさんはお茶屋の奥の部屋へと案内してくれた。
「病人だから、静かにね」
「え? 病人?」
ノックをして部屋に入ると、ベッドに寝ているミリア嬢がいた。
「あら? 先生! 来てくれたの?」
ミリア嬢の目の下にはクマができていた。俺は駆け寄って、ミリア嬢の手を握った。
「ごめんね、先生。私、魔石腫って病気になっちゃったみたいで、この通り、清掃の仕事ができなくなっちゃったのよ」
あなたのあの時のちょっとした優しさで、俺は精神的な安らぎを得られたのです。あなたのおかげで北半球と南半球が繋がったようなものです。
そうお礼を言いたかったのに、なぜか俺の口からは声が出ず、代わりに目から涙がボロボロとこぼれ落ちた。