312話
北半球に戻ると、大平原では強風が吹いていた。
「ベルサ、壁の様子を見に行ってくれるか? 薄くなってるかもしれないから」
「ああ、わかった。なにかあれば連絡する」
ベルサは空飛ぶ箒で、ジャングルの方へ飛んでいった。
「一番危ないのは沿岸付近だ。高台に避難してもらうようマーガレットさんとこに連絡しておこう」
「了解です」
セスが通信袋で連絡を取っている間、俺は洞窟で遺跡を発掘している人たちに避難勧告しておく。壁がなくなったら、この洞窟も崩れる可能性もある。
「北半球と南半球が繋がりそうなんで、皆、避難お願いします」
「「「「えっ!?」」」」
全員が驚いてこちらを見てきた。
「壁が壊れそうです」
皆、どういう反応をしていいかわからない様子だった。
「ナオキくん、本当!?」
レミさんが代表して聞いてきた。
「本当です! 慌てず移動をお願いします。数日、嵐が続くかもしれません」
「わかったわ! さぁ! 皆、作業を止めて、本部の方に移動するよ!」
レミさんの声で、作業をしていた人たちが一斉に移動を始めた。
「社長、避難する期間はどのくらいですか? って質問が来てます」
セスが聞いてきた。
「長くて2週間くらいじゃないか? 嵐が収まるまでは動かないほうがいいと思うけどな」
『その辺り、ちょっと詰めましょうか』
マーガレットさんの声がセスの通信袋から聞こえてきた。
『今ちょうどルージニア連合の中央に皆集まっているの。コムロ社長も来てくれませんか? ヴァージニア大陸だけじゃなくて、群島からも避難民を受け入れるか決めないといけませんから』
「わかりました。今、壁の様子を確認次第、向かいます!」
正直、嵐が起こる場所がわからないので、どこにどういう被害があるのかは予測できない。ただ、北半球からの風と南半球からの風がぶつかって収束し積乱雲が発生するかもしれないし、台風が発生するかもしれない。とはいえ気象について素人だから北極大陸の研究者に聞くのが一番かな。
『こちら、ベルサ。やっぱり壁が薄くなってるよ。こっちの光が南半球に届いてるから』
「了解。バルニバービ島の方も確認しておくわ。ルージニア連合国の中央に向かうから、途中で合流できたら~」
『はい~』
強風に煽られながら、セスは俺を空飛ぶ箒に乗せて飛んだ。
大平原の西の山脈を越えて、海に向かう。
「あれ? 大平原の反対側に国があったよな? 東の山脈を越えたところ。あの国はなんて言ったかな?」
セスに聞いた。
「宗教国・アペニールです。一応、近々災害があるかもしれないと連絡はしているのですが、なにぶん鎖国している国なので」
「そうか。宗教が盛んなら、神様に祈っているだろう。少しくらい神様にも働いてもらわないとな」
ドーナツ型の島や群島が見える手前にバルニバービ島があった。
島はかなり浮いていて、北側に寄ってきている。壁は島に少しかかっているくらい。
ベルサがこちらに追いついてきた。
「ずいぶん、出っ張ってきたね。これなら、もうすぐだ」
「ああ、空間の勇者が1週間に一回、島を持ち上げるって言っていたから、1週間後には壁がなくなっているかもな」
バルニバービ島にいるシャルロッテとトキオリは1週間が体に染み込んでいるはずだ。
「全員聞いてくれ。あと、1週間か2週間で、バルニバービ島が空に浮くと思うんだ。同時に赤道の壁がなくなると思って行動してくれ。俺たちはルージニア連合国に向かう」
セスが持っている通信袋に向かってアイルとメルモにも通達。そのまま、俺たちは西のヴァージニア大陸へと飛んだ。
ヴァージニア大陸の南側、小さな国々が集まるルージニア連合国。その中央には2年に一度各国の要人が集まり会議をする中央政府の城がある。
「こんなデカいと思わなかったな」
「社長は来たことなかったんですね?」
セスに聞かれた。
「ないよ」
その城の大きさはドーム型の運動施設くらいあり、西洋の城と似ている。周囲には城下町もあり、人種問わず人が多い。
警備は厳重で、城の周囲には警備兵が何十人も巡回していた。もちろん、怪しい俺たちは止められた。
「貴様ら、なにか用か?」
城に近づくと警備兵が集まってきて、俺たちに聞いてきた。
「マーガレットさんに呼ばれてきました。確認、お願いします」
「マーガレット? そんな者はいない。早々に立ち去れ!」
あれ? もしかしてマーガレットさんって有名じゃないのか?
「じゃあ、アルフレッドさんってお爺さんがいると思うんですけど、コムロカンパニーが来たと伝えていただけますか?」
「アルフレッド氏は今不在だ。貴様らなにを考えている? コムロカンパニーという名を出せば、ここに入れると思ったか?」
要人が集まっているのか、なかなか通してくれない。
「とりあえず、確認してもらえますか?」
セスが「面倒なので、全員眠らせますか?」などと言っているので、穏便に済ませたいが、警備兵たちは俺たちの容姿を見て「品がない」などと小声で話している。確かに、セスは身ぎれいだけど、俺もベルサも着慣れたツナギとローブ姿。大人なんだから、もう少し身なりに気をつけようかな。
「ナオキがマーガレットさんに連絡すればいいんだよ」
ベルサが提案してきた。
「あ、そうか」
俺は通信袋でマーガレットさんを呼び出した。
「すみません。ナオキです。城の表にいます。警備兵に止められているので、誰か迎えに来てもらっていいですか?」
『あら? もう来たの? ごめんなさいね。すぐに向かわせるわ』
通信袋が切れて数分、マーガレットさんのメイドであるばぁやが城から出てきた。
「あらあら、お久しぶりですね。どうぞ中に入って。皆さん、お待ちですよ」
「このような不審な人物たちを城の中に入れていいのですか?」
警備兵の一人がばぁやに聞いていた。
「あなたご出身はどちら?」
「ロックソルトイースト王国ですが、それがなにか?」
「この方たちをお呼び出ししたのは、あなたの国のためでもあるんですよ」
「しかし、こいつらはコムロカンパニーだと嘘を……」
嘘だと思われていたのか。
「この方たちが正真正銘、清掃・駆除業者のコムロカンパニーさんです。私が保証します。もし、なにかあれば、私の主人の首を刎ねて構わないわ」
「あなたの主人の名前は?」
「マーガレット・フロウラ。たぶん、主人の教え子の中にはロックソルトイースト王もいたと思うけど?」
ばぁやがそう言うと、周囲にいた警備兵は一斉に後ろに下がり、頭を垂れた。
「さ、早く行きましょう」
俺たちは、ばぁやに連れられて城の中に入った。興奮しているのかばぁやの足取りは軽い。
「呼吸器系はもう大丈夫ですか?」
以前、ばぁやの風邪を治したことがある。
「ええ、大丈夫よ。コムロカンパニーの回復薬を定期的に吸っていますから。心配してくれてありがとう。おかえりなさい。コムロ社長」
「ただいま戻りました」
城の中は大理石の床で、各地の調度品がそこら中に展示されていた。学者のような格好の者が多く、皆、慌てている。剣士や魔法使いもいるが、端の方でおとなしくしていた。この城ではホワイトカラーの方が忙しいようだ。
ばぁやはどんどん廊下を進み、「南部漁業組合連合本部」と書かれた部屋のドアをノックもせずに開けた。
「コムロカンパニーさんが到着されました!」
部屋の中にいた身なりの良い人たちが、一斉にこちらを見た。眼光の鋭い者、優しそうな顔の御婦人、恰幅がよくニヒルな笑みが似合う中年男性、熊のような大男など、どういう人たちなのかはわからないが、この部屋の誰もが威厳に満ちている気がする。
「さすが、コムロカンパニーは早いわね。お久しぶり、ナオキくん。本当に若返ってるなんて、あとで秘訣を教えて」
以前と全く変わっていないマーガレットさんが迎えてくれた。
「お久しぶりです。マーガレットさんは変わりませんね」
「各国の首脳陣よ。挨拶はあとでお願い。今は、なにが起こってどういう対応をするのが最善なのかを話し合っている最中なの。コムロカンパニーの社長として話を聞かせてくれる?」
マーガレットさんは簡単に部屋の中にいる人たちの説明をして、俺に聞いてきた。威厳に満ちている理由がわかった。皆、王冠やマントをつけていないので、実務的な格好なのだろう。
「わかりました。聞いているかと思いますが、一から簡単に説明します。北半球と南半球にある壁があと1週間ほどでなくなります」
俺がそう言うと、部屋に緊張が走った。
「嵐や津波、高波などが起こります。これは元風の勇者も風がざわついていると言っていましたし、予知スキルを持つ知り合いも嵐が起こると言っているので、間違いないかと思います。赤道に近い地方は特に被害が大きい。ヴァージニア大陸の南部ですね」
ちょうどよく机の上には地図が広げられていたので、場所を指さした。
「対応としては、内陸の高台への避難が必要です。民衆への注意喚起はもちろんですが、仮設避難所の建設。嵐が長引いた際の食糧確保。それから、その間、仕事ができませんので、支援金の準備が必要になってくるかと思います」
「仮設避難所は一時的なもんでいいのか?」
恰幅のいい中年男性が聞いてきた。
「いえ、津波で家が流される地域も出てくるかもしれませんので、長期滞在できるものが望ましいです。もちろん、時間はないので、元土の勇者のガルシアさんなど土魔法が得意な魔法使いに協力してもらうといいと思います」
「海岸付近は壊滅的と考えてもいいのかしら?」
優しそうな顔の御婦人が、汗を拭いながら聞いてきた。
「1000年間変わらなかった、風や潮の流れが一気に押し寄せてくるので、被害がないほうが稀かと」
「荷物を持った民衆の足は重いが、注意喚起はどの程度にすべきだ?」
眼光の鋭い男が聞いてきた。
「荷物より命のほうが大事なんで、それは注意しておいたほうがいいかと。歩けない人や子どもでない限り自己責任でいいと思いますよ。鎖国している国にも通達はしていますが、それ以上はしてませんし」
バンッ!
部屋のドアが開いて、杖をついた見知った老人が入ってきた。
「それで? 嵐と津波が去った後、コムロカンパニーが瓦礫の撤去をした場合、いくらかかるんだ? お前たち、それが目的だろう?」
「アルフレッド、遅いわよ」
マーガレットさんが自分の弟であるアルフレッドさんに言った。
「若返ったって言っても、相変わらず食えねぇ顔してるな。ナオキよ」
「お久しぶりです。アルフレッドさん。俺がいない間、うちの社員たちが世話になったみたいで」
「お前以外は皆素直だからな。で、瓦礫の撤去費用はどうするんだ?」
「うちも清掃に関してはプロですから、それなりに。会計、どうする?」
俺はベルサに聞いた。
「どうせ、その頃は仕事山積みだから用意できる分でいいよ。交渉で揉めてる暇もないからね」
「だそうです。言い値でいいらしいや」
「欲のねぇ奴らだ」
「とっとと復興して、うちに依頼を持ってきてください。その方が儲かりそうなんでね」
「はい! じゃあ、皆さん、やることはわかったかしらね。アルフレッド、ガルシア一家の準備は?」
マーガレットさんがアルフレッドさんに聞いた。
「高速道路で南部に向かってるところだ」
すでに仮設避難所の建設に関して動き始めているようだ。
「ナオキくん、それで東の群島からの受け入れなんだけど……」
「余裕があれば受け入れたほうがいいんじゃないですか? その後の交易で有利になれますよ」
「そうよね。ただ、予算的に2ヶ月が限界で、もしウェイストランドやエルフの里からの支援があれば延びると思うんだけど、それはそれでね」
難民が居座り続けると、争いの種になりやすい。長期的に滞在するなら警備や医療も必要になってくる。そこまで大局的に見てなかったな。
「国民感情としては半年くらいが限界ですかね? ウェイストランドやエルフの里には知り合いがいるので頼んでみますよ」
「ありがとう。助かるわ」
マーガレットさんがお礼を言った時には、すでにベルサがエルフの里にいるカミーラに連絡を取っていた。
「西にある竜の島は大丈夫かしらね?」
「今、土の悪魔が行ってるんで大丈夫だと思います。アリスフェイ王国からはなにか言ってきました?」
「ええ、ベルベさんという方が対応してくれるそうよ。もうマリナポートという港町は避難を始めているのだとか」
ベルベはベルサの父親だ。マルケスさんの島もダンジョンに潜ってしまえば、大丈夫かな。
「なら、大丈夫そうですね」
「決まったか? じゃ、ナオキ、一声頼む」
アルフレッドさんが俺の背中をポンッと叩いた。「かましてやれ」ということらしい。
「じゃ、皆様、ひとまず一週間どれだけ備えられるかの勝負です! 指示を出す者たちが体調崩さぬよう、しっかり食べてしっかり寝るように。よろしくおねがいします!」
「「「「おう!」」」」
各国の首脳陣からは短い答えが帰ってきた。それぞれ、部屋を出るなか、熊のような大男だけが残った。
「リドルの言ったとおりだ」
そう言って大男が俺を見た。
「リドルさんの知り合いですか?」
「ああ、従兄弟だ」
「リドルさんの従兄弟って、確か、国王じゃ……」
リドルさんとは全然似てない。
「ひと目会いたいと思っていたが、噂に違わぬ男のようだな」
「どんな噂かは知りませんが、噂は大きくなるもんです」
「いや、リドルの話は正確だ。コムロカンパニーの社長は一緒に酒が飲みたくなる男と聞いていたが、今日会ってその通りだと思った。この一件が終わったら、うちの国に寄ってくれ。いい酒を用意して待ってる」
大男はそう言って、部屋を出ていった。
「随分、好かれたようだな」
アルフレッドさんが俺の肩を叩いた。
「その酒を持って花見でもしますか? 南半球にいい花見会場があるんですよ」
「そうなの? 楽しみね」
マーガレットさんが笑った。
「でも、よく皆、北半球と南半球が繋がると言って、すぐ理解してくれましたよね」
「そりゃそうよ。皆この地図を見ているんですもの。南の海の、さらに先にはなにがあるのか。国を統べる者たちは想像しないわけはないわ」
マーガレットさんは、地図の端を指差した。