310話
翌朝、俺はハンモックで寝ていた。夜の間に誰かが運んでくれたらしい。
「おはようございます」
近くにいたおじさんに声をかけた。
「おおっ、起きましたね。お久しぶりです。ペドロです」
おじさんは川から避難所までの水路を見つけたペドロさんだった。
「お久しぶりです。コムロです」
「知ってます。ここにいる皆ね」
ペドロに言われ、周りを見回すと、南部開発機構の立ち上げメンバーたちだった。
「おおっ! やっと起きたな、社長!」
「よーし、皆、社長に飯食わしてやろうぜ!」
「お前ら、指示だけだして動かなかったら、ぶっ飛ばされるぞ!」
「また、ヘドロ浚いからなんてことになったら、若い奴らに示しつかんぞ」
広場の真ん中には大釜が置かれ、チョクロのいい匂いが湯気と一緒に立ち上っている。
「俺も動かなくちゃ。ペドロさん、顔洗いたいんですが、下の水路を使っていいですか?」
「もちろん。カプーの稚魚に噛まれるかも知れないんで気をつけてください」
俺は丘を下りて、顔を洗った。
朝の涼しい風が濡れた顔に当たって気持ちがいい。目の前には地平線まで続く、チョクロ畑。遠くで不自然な形の霧が発生している。魔法で水やりをしているようだ。
「社長、5年も雲隠れしてたって?」
「我ら、星読みの民の由来を探してたのは本当か?」
「まだ、嫁見つかってねぇなら、うちの母ちゃんどうだ?」
「母ちゃん、勧めんなよ! 父ちゃん悲しむぞ」
丘の上の広場に戻れば、質問攻め。
「お前ら、焦るなよ。まずは飯だ!」
チョクロのスープと甘いパンを貰った。
「このパン、すごい甘いですね!」
砂糖でも入っているのかと思ったら、カラバッサというカボチャに似た野菜だけの甘さだとか。
その後出てきた、カプーのフライもめちゃくちゃ美味かった。
「ヤバい、朝からこんなに美味しいもの食べてたら、仕事忘れますね」
「嬉しいこと言うなぁ。どれも社長のおかげなんだぜ。いくらでも食べてくれよ!」
チョクロスープを持ってきてくれた料理人が言った。
「社長、また仕事ですか?」
ペドロが聞いてきた。
「そうなんです。ここの食糧の管理している人は誰ですかね?」
「全員ですよ。コムロカンパニーと協力できることがあるなら、ここにいる全員が協力しますし、提供できるものがあるなら提供しますよ。なぁ、皆!」
「「「「おおっ!」」」」
周りで聞いていた人たちが返した。
「さすがに自分たちも社長から金をもらうわけにはいきません」
「いやいや、大人としてビジネスをしに来たんです。ちゃんとお金は払います。それが対価ですから」
「そうですか……それで、なにを?」
「実は傭兵50人を半年ほど食わせられるほどの食糧を買い取りたいんですが、できますか?」
正直に俺は話すことに。嘘ついてこの人たちから儲けても仕方がない気がする。
「そりゃあ、できますよ。ただ傭兵というのはちょっと穏やかじゃないですね」
「うちは清掃・駆除会社です。戦う相手は人間じゃなくて魔物です。しかも未開の地ですから危険が多い」
「だったら、うちからも何人か出しますよ。畑仕事なら協力できると思いますが……」
確かに、南部開発機構の人たちが協力してくれるなら、たぶん南半球の農業も発展しそうだ。
「そうしてほしいのは山々なんですけど、俺たちが請け負う現場で利権が発生しちゃうと、戦争の火種になりかねない。だから金で雇える傭兵に頼んだんです」
「なるほど、コムロカンパニーさんの新事業と聞けば、各国から協力させてほしいと来るわけですね」
「ありがたい話なんですけど、それが話をややこしくさせてしまう」
どこの世界でも国が領土を奪い合う戦争はある。
「いや、よくわかりました。半年ってことは保存食も必要ですよね」
「できれば。肉はこちらでも用意できると思うので、少なくても構いません」
「大丈夫です。栄養のバランスも考えて、用意します。いいな! 皆! コムロカンパニーからの仕事だ。手を抜くんじゃねぇぞ!」
「「「「おおっ!」」」」
周囲にいる人たちが一斉に動き出した。
「物が用意できてから代金確定しますので、ちょっと待っててください。加工するのにも一週間ほどかかります。よければ、レミさんの研究を見ていってください」
「ありがとうございます!」
とりあえず、予約の前金だけ払って、俺はレミさんたちが発掘しているという南の崖へと向かった。
小さい船が出ているので、乗せてもらうことに。
大平原の南端には長い崖があり、以前はそこに流れ者たちが住んでいた。
川を下っている最中に、大きめの魔石を通信袋に入れて、社員たちに連絡を取る。
「魔石、傭兵、食糧、予定通りすべての交渉が終わったよ。一週間で用意してくれるから、アイテム袋を持っているセスかアイルが取りに行ってね。傭兵に関してはアイルが試験をやるからよろしく」
『こちら、セスです。了解しました。フロウラにて、マーガレットさんが南部漁業組合連合を組織しました。赤道近くの国に連絡を取っているところです』
「了解。よろしく」
赤道の壁が開いて、もっとも打撃を受けそうなのが、漁業関係だ。連携をとって、津波や嵐の情報を共有してくれると助かる。
『こちら、メルモでぇーす。冒険者ギルドで新天地開拓者募集が始まりました。世界にはやり直したい人がたくさんいるみたいで、退職した冒険者たちにも声をかけてくれるそうです』
「了解。船は冒険者ギルドの方で出すのか?」
『いえ、自己責任で勝手に、という感じですね。船の調達も自分たちでやってもらうことになりました。新天地と聞いて浮かれてる人が多いみたいですね。コムロカンパニーが国を作るんじゃないかって勘違いしている人たちもいるみたいです』
「国なんか作ってられないぞ。俺たちをなんの業者だと思ってんだ?」
『こちら、アイルだ。武器や防具は北極大陸で揃えた。まぁ、これで死にはしないだろう』
「了解。ちょっと怖いが、傭兵たちが使えるならよし!」
『こちら、ベルサ。南半球だけど、ジャングルの南側はすでに草原になってるよ。湿度も高いし、壁がなくなったら一気に植生が変わりそう。ドワーフたちにも警戒するよう言ってある』
「了解。あの荒れ地が草原ってちょっと想像できないけど、あとで現地確認する」
『はいー、井戸は掘っとく』
「頼みまーす」
傭兵たちが住む場所も大丈夫そうかな。
全員の報告終了。通信袋で会議ができるので楽だ。
船を漕いでくれているペドロは、南半球に関することだと理解したようだが、なにが起こるのかはよくわからなかったらしい。赤道にある壁がなくなるということ自体、1000年なかったことなので、想像もできないのかもしれない。
川の先に白い崖が見えてきた。西の端から東の端までずっと崖が続いている。
「この崖を見ると、大平原にはちゃんと果てがあるんだなって思いますよ」
「未だに上に行く籠ができていないんですよ。作っている最中に魔物に襲われてしまうんです」
この崖の上にはジャングルがあり、そのなかにクロノス・ティタネス王国の遺跡があるはずだが、下からは全く見えない。
崖の近くの船着き場で船を下りた。
川から少し西へ向かうと、崖に横穴が開いてるのが見えてきた。元はアリの魔物であるシマントの巣の跡で、枝分かれした洞窟になっている。以前は犯罪奴隷の成れの果てたちの住処だったが、今は発掘現場。ペドロに案内してもらった。
洞窟には魔石灯がいくつも付いていて、発掘をしている人たちも多い。ちゃんと国から予算が出ているようだ。
「あ、起きてきたね」
レミさんが俺に気づいて手を振ってきた。
「おはようございます。朝早いですね」
「今いいところでね。上に掘っていたら、割れた壺の破片や魔物の骨なんかが大量に見つかってね。古代のゴミ捨て場に当たったんだと思う。落書きを書いた石版も見つかって、うちの家族総動員だよ」
レミさんはそう言って笑った。
「おっ! ついに戻ってきたか。コムロ社長!」
「あら? コムロ社長じゃない? 雰囲気変わらないわね~」
ベン爺さんとアリアナ元女王の夫婦が、泥だらけになりながら手を振ってきた。
「お久しぶりです。お元気そうでなによりです」
「イヒ! 曾祖父ちゃんたちはちょっと元気すぎるんです」
後ろを振り返ると、笊いっぱいに割れた壺の破片を持ったウタが笑っていた。そう言われて、ベン爺さんたちも笑っている。仲のいい一族だな。
「発掘は面白いかい?」
ウタに聞いてみた。
「イヒ! 面白いですよ。監督~、ちょっとナオキさんを案内してもいいですか?」
ウタはレミさんのことを監督と呼ぶらしい。発掘中だからかな。
「いいわよ」
「じゃあ、こちらです」
ウタは笊をベン爺さんに預け、俺の手を引いて洞窟の奥へと案内してくれた。
奥には上に向かうハシゴがあり、ウタはひょいひょい上っていく。5才児とは思えない。
「レベルのないおじさんにはちょっとしんどいな」
「イヒ! 何か言いました?」
「いや、なにも……」
ハシゴを上ると、リタが横穴を掘る作業をしていた。木材で補強しながら掘っている。
「あら? ナオキさん、おはようございます」
リタが俺に気づいて挨拶してきた。
「おはよう。補強しないと崩れるのか?」
「ええ、遺跡の周辺はちょっと柔らかいみたいで。最近、地震も多いし。ほら、私たちも落ちたじゃないですか?」
そういえば、俺たちはこの洞窟で寝ていたら、床が抜けて巨大な穴に落ちたことがある。
「そういえばそうだったな。そこから南半球に行ったんだもんな」
「イヒ! 南半球行きたいなぁ~。ナオキさん、連れて行ってもらえませんかね?」
どうやらウタは南半球に憧れているらしい。ボウやリタの話を聞いたのかな。
「大丈夫。俺が連れて行かなくても、すぐ行けるようになるさ」
「イヒ! 本当ですか?」
「ああ、俺はたくさん嘘をついてきたけど、これは本当だ」
「イヒ~!!!」
ウタは全力でガッツポーズをしていた。
「ウタ、喜んでないでナオキさんに見せるものがあるんでしょ」
ここに来たら、必ず見る物があるのだそうだ。
「そでした! こちらです」
ウタは、壁に埋まっている石版を見せてきた。
「古代人が書いた石版です。ほら、ここに『隊長のバカ』って書いてあるんですよ。イヒ」
クロノス・ティタネスの衛兵が書いた落書きらしい。
「石版に彫るくらいバカだったのかな」
「こっちには『……なんとか島の決戦が終わらないため、飲みすぎた。我アホ』って二日酔いの言い訳をしてるんです。イヒヒ」
確かに面白い。そんなことを石版に書かなくてもいいように思うが、書かずにはいられなかったのかもしれない。
「バルニバービ島の決戦だな。古代人も呑気だなぁ」
「イヒ! その島の決戦は有名なんですか?」
「ああ、1000年前はすごい有名だった決戦さ。国の威信をかけて、時の勇者と空間の勇者が争ったんだ」
「イヒ! まるで見てきたように言いますね」
「見てきたんだよ」
俺が真面目にそう言うと、ウタは噴き出したように笑った。
「イヒヒヒ! ナオキさん、私が子どもだからといってからかってますね?」
「ウタ、もしいつか空に浮かぶ島を見たら、必ず手を振ってくれ。そこに2人の勇者がいるから、応援してあげてほしい」
「イヒヒヒ! 空に島ぁ? わかりました。もし見つけたら手を振ります」
「約束だ。忘れるなよ」
俺とウタは指切りをして約束した。
それからしばらく滞在して、俺も発掘の手伝いをすることに。
とはいえ、夜になると飲み会が多かった。ラウタロさんが王都からやってきて「チオーネがやる気になっちゃって大変だよ」と愚痴りに来た。
「いいことじゃないですか。それを望んでいたんでしょ?」
「でも、バカみたいに訓練するんだぜ。根がバカなんだよなぁ」
「それは誰にも変えられないですよね」
現王であるサッサさんも城から抜け出してきてくれて、なぜか腹踊りをしていた。王としての責務が大変で「また禿げた」と言っていた。
「北極大陸から育毛剤取り寄せましょうか?」
「いいのかい!? できれば精力剤も頼みたいんだけど」
王の責務ってそっちか。
3日後の晩、南の方で小さな地震が起きた。
南半球への壁が少し開いてきたようだ。