308話
御者の爺さんに眠り薬を浸した布をフィーホースに嗅がせるよう指示を出して、俺はカバンの中を確認。財布袋の他におなじみの清掃・駆除セット。セスが用意してくれたものだろう。馬車の荷物には布や紙が多い。
「燃えやすいな。とりあえず、撒いとくか」
俺はベタベタ罠の魔法陣を紙に描く。散々、描いた魔法陣は魔法陣帳を見なくてもサラサラ描けた。
「旦那、フィーホースが寝ました!」
御者の爺さんが馬車の扉を開けた。
「よし、じゃあ、この気付け薬の棒を鼻に突っ込んで、マスクしておいて」
「え?」
なにを言っているのかわからないようなので、俺がやってみせた。
「アホに見えるかもしれませんが、これをしておかないと眠っちゃうんで!」
そう言って、御者の爺さんを馬車の中に押し込み、俺は外に出た。
ちょうど、騎馬の盗賊たちがこちらに向かってくるところだったので、魔石ごと閃光弾を投げつけた。
ピカッ!
と周囲が光に包まれる。
ヒヒーン!
「うわっ!」
フィーホースが光に驚き前足を振り上げ、体勢を崩した盗賊が落馬。ついでに混乱の鈴も鳴らしておく。フィーホースたちが暴れまわっている間に、俺は燻煙式の罠を準備。中は眠り薬だ。四方にそれぞれ投げると、白い煙があたりに立ち込めた。一瞬、眠りそうになるが、鼻に詰めた気付け薬の棒でなんとか起きていられる。
森の中からも盗賊たちがこちらに向かってきたが、ベタベタ罠に両足を取られて地面に転がった。
ひとまず、俺は全員が眠るまで馬車の中に避難。御者の爺さんは怯えたように頭を抱えていた。
「とりあえず、眠り薬の煙が入ってこないように、隙間を埋めておきますか」
俺は水に浸した紙で扉の隙間などを塞いでいった。
馬車が揺れたり、人の足音などが聞こえていたが、10分ほどでなにも聞こえなくなった。
そっと馬車の扉を開けてみると、白い煙が辺り一帯に立ち込め、盗賊たちのうめき声すら聞こえなかった。
「すみません。ちょっとひとっ走り国境の警備兵を呼んできてもらえますか? 俺は盗賊たちを縛っておきますから」
馬車の中に声をかけると、御者の爺さんは馬車を飛び出し街道の先へと走っていった。
盗賊たちを馬車にあった縄で縛り上げていく。数も数なので、結構な時間がかかった。
「眠らせるより縛る方が時間かかるなぁ」
徐々に煙が消え、周囲が見通せるようになった頃、前方からフィーホースに乗った一団がやってきた。
軍服を身にまとったグレートプレーンズと火の国の警備兵たちだ。
「どうも~、お疲れ様です。コムロカンパニーの者です。盗賊たちに囲まれたので眠らせました。あとお願いしていいですか?」
俺は商人ギルドのカードを見せると、両国の警備兵たちは慌てて盗賊たちの身ぐるみを剥いでいった。隠し武器を使って逃げられたら大事になるからだろう。裸にされた盗賊たちは火の国側で捕まえたので、近くの町へと連れて行かれることに。尋問されて犯罪奴隷になるのかな。
日が暮れる前に、どうにか終わってよかった。
「コムロカンパニーさんの新人さんでしょうか?」
警備兵の一人に聞かれた。
「いや、社長です」
「いっ……!?」
警備兵は目を丸くしていた。
「自分は、火の国の侵攻の際、北部戦線にいた者です!」
警備兵が俺に敬礼してきた。火の国の侵攻では俺たちも後方支援として、少しだけ関わっていた。
「ああ、チオーネの部隊? それともラウタロさんのとこ?」
「自分はチオーネ隊長のところです」
「そうか。皆、元気?」
「は、はい! あのー、ナオキ、コムロさんですよね?」
「そうだよ」
「先日、魔族領にいませんでしたか?」
「いたよ。魔石の買い付けに行ってたんだ。そこから傭兵の国に行って火の国を通って、グレートプレーンズに向かうところなんだ」
「そうですか! 実はチオーネ隊長が、情報を聞いて魔族領に向かってしまっているんですが……」
「行き違いだったな。しょうがないさ。とりあえず、グレートプレーンズに行きたいんだけど、事情聴取とかいいかな?」
「はい! 現行犯なので問題ありません! どうぞ、先に行ってください」
火の国の警備兵から許可が出た。
「コムロカンパニーさんには不要かと思いますが、我々が護衛させていただいてよろしいでしょうか?」
グレートプレーンズの警備兵に守ってもらえるらしい。
「ああ、頼むよ」
御者の爺さんは国境の砦で事情を説明しているそうで、代わりにチオーネの部下に御者をやってもらうことに。フィーホースの鼻に気付け薬の棒を突っ込むとすぐに起きて、周囲を見回した。
フィーホースが落ち着いた頃に出発。国境線の砦まで、何事もなく進んだ。
「旦那、大変でしたね」
御者の爺さんも戻ってきた。
警備兵たちに、ちょっと待ってほしいと言われ、しばし待機。王都のラパ・スクレまで護衛してくれると助かるんだけどな、などと思いながら、使ったグッズの整理をしていた。
「お待たせして、すみません。もうすぐラウタロ将軍がやってきますので、朝までお待ちを」
チオーネの部下が報告してきた。
「ラウタロさん、将軍になったのか?」
「ええ、本人は引退すると言ってるんですけど、国王が引き止めています」
国王のサッサさんも元気にしてるだろうか。
待っている間、黄色いチョクロのパンやフィールドボアのベーコンを出してくれた。ワインは置いてないらしく「申し訳ないです」と謝っていた。
「いやいや、晩飯を出してくれるだけでありがたいよ。チオーネの教育がいいんだろうな」
「ええ……はい。これで、なにも出さずに待たせたなんてことが知れたら、地獄の演習が待っていますから……」
チオーネの部下は遠い目をしていた。
明け方、ラウタロさんは部下を3名だけ連れてやってきた。フィーホースに乗って土埃を上げている姿は、どこかの世紀末覇者っぽい。
「社長! 随分、若くなっちまって、変わっちまったなぁ!」
「ラウタロさんだって、俺が初めて会った時は両手を鎖で繋がれてたじゃないですか? そこからよく将軍にまで上り詰めましたね」
初めて会った時、ラウタロさんは大平原の哲学者のようなことを言って階段を削っていた。
「やめろよ、その話は! クックック、本物のようだな。チオーネには会ったか?」
「いや、行き違いだったようです」
「だろうな。会ってりゃ、今頃ここにいるもんなぁ。あいつもふらふらして、ちっとも将軍になろうとしないんだよ。困ったもんだ」
「ラウタロさんは近くにいたんですか?」
「ああ、演習中でな。ちょうど暇だったからよかった。どこまで行くんだ。送っていくぞ」
「王都まで行きたいんですけど……」
「おう、わかった。うちの部隊に護衛させる」
ラウタロさんはそう言って、部下の方を見た。それだけで伝わったらしく、ラウタロさんの部下は、犬笛のような笛を吹いた。
笛の音が大平原に響いたが、なにかがこちらに向かってくるわけでもなく変わった様子はない。
「これで大丈夫だ。街道に盗賊も魔物も寄せ付けねぇよ」
ラウタロさんの部下たちが目に見えないところで警護してくれているらしい。
俺たちは街道を南下。一路、グレートプレーンズの王都ラパ・スクレへと向かう。
「で、なにしに来たんだ? 5年ぶりに帰ってきて仕事か?」
馬車の中にいる俺にラウタロさんが話しかけてきた。
「仕事ですよ。食糧の買い付けです」
「相変わらずだな」
「本当言うと、娼館に行きたいんですけどね」
「社長まで、あの鼻ったれのハゲみたいなこと言うなよ」
鼻ったれのハゲとは国王のサッサさんのことだ。
「国王にもなれば、別に娼館に行かなくたって奥さんが何人かいるんじゃないんですか?」
「そう器用でもないみたいだぞ」
「偉くなるのも考えものですね」
「いや、偉くなってくれよ。なんで最近の若い奴らは偉くなろうとしないんだ? チオーネにしろ、アプにしろ、俺の後継者って言ってるんだけど、全然、やる気ねぇんだよ。どうすりゃいい?」
「ラウタロさんが優秀だからじゃないですか? うちの会社なんて、俺が突然5年いなくなって帰ってきたら、皆、偉くなって稼ぎまくってますから。ダメな社長には優秀な社員が、優秀な将軍の下には野心のない部下がついてくるんですねぇ」
「はぁ~。いいか! 軍人の価値は野心で決まる! 覚えておくように!」
ラウタロさんは溜息を吐いてから、自分の部下たちに言っていた。
「そういや、ボウの子どもがこっちに来てるって聞いたんですけど?」
「ああ、来てる。南部で考古学の先生の手伝いをしてるんじゃなかったかな」
「あ、そうなんですか? ベン爺さんと、アリアナさんが見てるって聞いたんですけど」
「この前までな。ちょっと鍛えすぎたんだ。末恐ろしいぞ、あそこの子どもは。平和な時代で良かったよ」
そう言って笑っていた。機会があれば会ってみたいな。
馬車もあったので、ゆっくり休憩を挟みながらラパ・スクレへ向かった。
到着したのは、西の地平線に日が沈む頃。俺は、ほとんどラウタロさんと話していただけで着いてしまった。
「どうするんだ? なんだったら兵舎に来るか?」
「いや、宿取りますよ。御者さんも休ませてあげないといけませんしね」
ラウタロさんに誘われたが断っておいた。ずっと御者をやってくれた爺さんには休んでもらいたい。
俺も座りっぱなしだったので、腰だけは痛い。
金はあるので、少し高級な宿を取った。荷物を運び、御者の爺さんとはお別れ。心付けも渡しておいた。
「旦那、また機会があれば、頼みます」
そう言って御者の爺さんは去っていった。
宿で少し休んでから、娼館街に向かうことにしよう。
コンコン!
ベッドで仮眠していると、ドアをノックする音が聞こえた。
「はいはい」
起き上がってドアを開けると、汗まみれのチオーネが息を弾ませて立っていた。
「あ、チオーネ。行き違いになったって聞いたけど……」
そう言うと、チオーネはみるみる泣きそうな顔になっていった。
「そんな悲しそうな顔をするなよ。美人が台無しだ」
「ナオキさーん!」
チオーネは叫びに近い声量でそう言うと、俺を抱きしめてきた。いや、ヘッドロックに近い。タップしているのだが、全然離してくれない。もしかして、このまま窒息死させる気かな。やばい、死ぬかも、と思ったところで、ようやく離してくれた。
「はぁはぁ、殺す気か!?」
「私は絶対に生きていると思ってました!」
5年間、俺が行方知れずになっていたことを言っているらしい。
「ああ、生きてるよ。だから殺さないでくれ」
「ウヘヘヘ」
チオーネは泣きながら笑っている。
「悪いな。心配かけたみたいで」
「心配なんてしてませんよ。信じてましたから」
そう言いながら、チオーネはまじまじと俺の顔を見てきた。
「そんな変わったか?」
「いえ、まったく! 見た瞬間にナオキさんだとすぐにわかりました!」
圧がすごい! 俺から目を離さない。
「そ、そうか。晩飯でも食うか? 食堂で、ちょっと落ち着いて話そう」
ひとまず、食堂へと向かう。
「はい!」
「あの……部下にも話を聞かせてもいいですか?」
キラキラした目で聞かれたら、断れない。
「いや、いいけど……」
これが失敗だった。
窓の外に向かってチオーネが「飯だ!」と言うと、食堂に30人ほど女性の軍人たちがぞろぞろ入ってきてしまった。自然と宿の客たちは出てしまい、完全な貸切状態。こんなのただの講演会じゃないか。
「なにを話せっていうんだよ」
俺のつぶやきはチオーネたちには届かなかった。