306話
船に乗って3日。
「貴様は船酔いしなかったのか?」
ゴーゴン族の姉者に聞かれた。
「しないね。レベルに関係なく三半規管が強いのかも」
俺はそう言いながら、甲板を降りた。
「先方の船長さんたちを待たせるんじゃねぇ! さっさと運びな! 行商人たちは列に並んでくれ!」
港では、すっかり大人びたドヴァンが荷運びに指示を出し、入国する行商人の整理までしている。
「おい、そこの!」
俺とゴーゴン族の姉者が行商人の列に並ぶと、ドヴァンが声をかけてきた。
「青い服着てたからって、誰でもコムロカンパニーみたいな扱いを受けられると思うなよ。傭兵の国じゃ、行商人だろうと強さがすべてさ」
俺を偽者だと思っているらしく、青いツナギが気に入らないようだ。
「承知しました、ドヴァン殿。つかぬことを聞きますが、スナイダーさんは息災ですか?」
スナイダーさんとはドヴァンの父親で、以前、処刑されかけていたのを止めたことがある。
「へぇ~、俺のことをよく調べてるようだが……、なにか目的でもあるのかい?」
「傭兵を雇いたくて、来ました。それだけです」
「青い服を着て、親父の名前まで出したのに、それだけ? あやしい小僧だ!」
ドヴァンは自分が持っている資料を部下に預け、こちらに飛んできた。
「なにを隠している?」
「なにも隠しちゃいないさ。本当に傭兵を雇いに来たんだ。そのための資金も持っている。ただ、せっかく久しぶりに傭兵の国まで来たからな。ウーシュー師範たちの顔も見たい。ドヴァンはアリスポートの魔法学院は無事卒業したみたいだし、元気そうでなによりだよ」
「おい、スパイにしちゃ、知り過ぎだぜ。占い師か?」
ドヴァンは俺の横にいるゴーゴン族の姉者に聞いた。
「いや、清掃・駆除業者の親玉だよ。5年経って帰ってきたんだ。魔族領が保証する。こいつは正真正銘のナオキ・コムロだよ。鑑定結果もでてる」
ゴーゴン族の姉者は苦笑いだ。
「なんだと!?」
ドヴァンはまじまじと俺の顔を見てきた。
「悪いな。北極大陸でレベルと身体をなくしたんだ。今の俺はレベルもなければ、身体も弱い。興奮してウェアウルフにだけはならないでくれ」
「待て待て! この小僧がコムロ社長だってのか? あんた、俺が臨時社員だったのを覚えてるか?」
「ああ、覚えてるよ。皆で魔族領からグレートプレーンズまでの道作ったよな。それから火の国の砂漠にも行ったな。『火祭り』のときはお前は誰かにボコボコにされてたっけ?」
「本当に本当にコムロ社長なのか!?」
ドヴァンの目に涙が溜まってきた。
「コムロ社長! 本物なら、こんなところにいちゃダメだ! セスさんやアイルさんはなにしてるんです!?」
ようやく信じ始めたようだ。
「皆、仕事だよ。俺も仕事でここに来てる。言ったろ? 傭兵を雇いたいんだ」
「でも、コムロカンパニーに傭兵なんていらないだろ!?」
「それがいるんだ。協力してくれ。報酬は払うから」
「じゃあ、ちょっと待っててください! 仕事預けてくるから! 待っててくださいよ! 置いてかないでくださいよ!」
ドヴァンは念を押すようにそう言って、列の先頭にある大きな建物にすっ飛んでいった。
「貴様は、誰でも置いていくのか?」
ゴーゴン族の姉者に聞かれた。
「いや、そこにいたほうがいいヤツっているだろ? 今はどちらにせよ、フィーホースは受け取らないといけないから、待つんだけどなぁ」
俺たちが港の係の者から、船に預けていたフィーホースを受け取っていると、ドヴァンが慌てて建物から出てきた。
「行きましょう! 俺が案内します! ついてきてください!」
ドヴァンは北へと続く街道を走った。ただ走っているだけなのだが、俺たちが乗るフィーホースと同じくらい速い。むしろ、2人乗せているフィーホースを気遣っている素振りすら見せていた。
「俺もドヴァンくらい走れてたのかな?」
小川の側で休憩中、ドヴァンに聞いてみた。
「へ? コムロ社長たちはもっと速かったですよ! 俺がついていけてませんでしたから」
「そうかぁ?」
「コムロカンパニーの移動速度は異常だ。じゃなかったら、私だって……」
ゴーゴン族の姉者がつぶやいた。
「そうですよ。俺だって……」
ドヴァンもつられてつぶやく。
「……いや、なんだよ!? お前ら、なにするつもりだったんだよー!?」
しつこく聞いてみたが、2人とも俺の質問には答えなかった。なんだろう? もしかして、うちの会社に入りたかったのかな?
「うちの会社は止めとけ。儲からないぞ。なんでか知らないけど、俺なんかほとんど報酬をもらったことないんだから。でも、5年経って帰ってきたら、皆、なんでか儲かってるんだよ。どういうことだと思う?」
「それは……」
ゴーゴン族の姉者が口を開いた。
「待って! 人には聞きたくない真実ってあるから。ごめんごめん、忘れて」
俺には社長として絶対必要な経営能力ってやつがない。わかっちゃいるが、面と向かって言われると、泣いちゃうかも。
「さ、先を急ごう!」
2人に肩を叩かれ、俺はフィーホースに乗った。俺は目に溜まった汗を拭った。
夕方頃、俺たちは、ある町にたどり着いた。以前、来た時は地震が起きたすぐ後で、町の建物のほとんどが倒壊。コムロカンパニーで人命救助と瓦礫の撤去をしていた。
「こんな町だったか?」
「5年で、この町もだいぶ変わりましたよ」
ドヴァンが言うように、道が整備され、きれいなレンガ造りの建物が並んでいる。町の中心には噴水があり、日が暮れそうだというのに、人々が集まっていた。
「あの噴水はコムロカンパニーが作った風呂の跡ですよ」
「相変わらず、俺たちはどこ行っても風呂を作ってるんだな」
飯と風呂がコムロカンパニーの基本的業務なのかもしれない。
町外れの竹林の中に、その道場はあった。入り口には『魔体術』と書かれた看板。
「ここは変わらないなぁ」
「ごめんくださーい!」
ドヴァンが道場の中に声をかけた。
「ほう……、久しぶりですね、ドヴァン。こちらはどなたかな?」
俺の耳元で声がした。
横を見れば、いつの間にか坊主頭の女性が立っていた。優しい目をしているが、俺は攻撃されていた。なにかに抑え込まれているように俺の身体が動かない。魔力かな。
「ウーピー、久しぶりだね」
ウーシュー師範の弟子で一緒に魔素溜まりの調査をした仲だ。腕に魔力過多を起こした痕が残っている。血管が黒ずんでしまうのだ。
「まさか、いや……そんなはず……ナオキさんですか?」
「ああ、レベルもなくなって身体も変わってしまったから気づかないのは無理ない」
「でも、本物ですよ」
ドヴァンがフォローしてくれた。
「……そのようですね」
ウーピーがそう言うと、急に身体が軽くなった。
「ほとんどの人が私の頭を見て驚きますが、その方は私の腕を見て安心された。お久しぶりです、ナオキさん。どうぞ、上がってください」
ウーピーが道場に案内してくれた。
道場の門下生たちは、夕餉の後片付けをしたり、井戸で水浴びをしている。
「ちょうど夕餉を終えたところです。ウーシュー師範は奥の部屋です」
廊下の一番奥の部屋がウーシュー師範の部屋らしい。
扉を開けると、ウーシュー師範は布団の中で眠っていた。
「ウーシュー師範!」
ドヴァンが叫んだ。
「なにかご病気か?」
俺がウーピーに聞いた。
「いえ、ご飯食べたんで寝ているだけです。もう、おじいちゃんなんで寝たら起きないんですよ。間に合うと思ったんですけどね」
ウーシュー師範の鼾が部屋に響いた。
「それで、どうしてまた傭兵の国に?」
応接間に通されて、ウーピーに聞かれた。
「実は、傭兵を雇いたくてね」
「それはいい。うちの国にピッタリですね」
門下生がお茶を持ってきてくれたので、口をつける。ものすごい苦い。
「俺たちの次の仕事が、ちょっと遠くて、しかも利権が発生しそうな場所にあるんだ。それで、傭兵に声をかけようと思って」
「本当に依頼されるんですね?」
ウーピーは与太話だと思っていたらしい。
「そうだよ。うちの会社、5人しかいないから、人手が足りないんだ。長期的な依頼になると思うし、よければ『魔体術』を修めた傭兵が来てくれるとありがたいんだけど」
「ええ、もちろん。うちからは私も含めて30人ほど行けると思います」
「まだ、詳しい話はなにもしていないというのに?」
「コムロカンパニーさんは清掃・駆除業者さんですよね? 魔物が相手なら、あまり迷う必要もないかと」
「助かります!」
随分、信頼してくれているようだ。
「コムロ社長! それだったら傭兵ギルドを通してくださいよ! 俺だって行きたいですよ」
「ドヴァンは仕事があるんじゃないのか?」
「この国の者は全員、傭兵ですよ。港の管理官だけして死んだら、わざわざアリスポートの魔法学院に行った意味がないです」
「ナオキさん、どのくらいの人員が必要なんです?」
ウーピーがちゃんとしたことを聞いてきた。
「どのくらいだろうなぁ。50人くらいかな? 足りなければ、補充すると思うけど。第一陣はそのくらいになると思う。全員、セスの運送会社の船で行くから、輸送に関しては心配いらないよ」
「そ、そうですか……」
「一応、燃料として魔石と食料だけは用意するけど、南半球はほとんどサバイバルだから」
「南半球!?」
ドヴァンが素っ頓狂な声をあげた。
「あ……、情報解禁はまだだったな。これは内緒ね。依頼書もサバイバル研修とかにしておいたほうがいいかな?」
「そ、そうだと思います。というか、南半球って……?」
ウーピーがお茶を飲み干して聞いてきた。
「まぁ、その辺もいずれ伝わってくると思う。対魔物戦の修行とかはしておいたほうがいいかも。それじゃ、俺たちは傭兵ギルドに依頼書を出しておくよ。腹も減ったし」
そう言って俺が立つと、ドアの側で聞き耳を立てていた門下生たちがなだれ込んできた。
「全員、聞いてたね!? ウカウカしてるとチャンス逃すよ!」
ウーピーがそう言うと、門下生たちは一斉に部屋から出て、中庭で組み手を始めた。
「対人はあんまり意味ないと思うけど、まぁ、いいや。じゃあ、ウーシュー師範にもよろしく言っておいてね」
「はい!」
俺たちは道場を出て、再び町に戻った。
宿の部屋を取り、傭兵ギルドに向かう。ドヴァンの口添えもあって、ちゃんと「コムロカンパニー」として依頼書が出せた。
「定員は50名。半年から1年のサバイバル研修。状況によって延長もあり。基本給は1人、金貨3枚か。場合により、ボーナスもあり。よし、いいんじゃないか?」
俺は掲示板に張られた依頼書を見て頷いた。金額も半額払ったし、少なくとも傭兵30人は確保した。傭兵の国での仕事もほぼ終わりだ。
「これたくさん希望者が現れたら、どうするんです?」
「そりゃ、アイルかセスが試験でもして選別するんじゃないかな」
「そうっすか!」
ドヴァンは気合が入っているようだ。
「その試験って、いつあるんだ?」
ゴーゴン族の姉者が聞いてきた。
「アイルに聞かないとわからないけど、姉者は傭兵じゃないから無理だよ」
「だったら傭兵になればいいんだろ?」
「魔族じゃん」
「別に構わないっすよ。サハギン族でも傭兵ギルドに登録している人いますし」
「そうなのか?」
ゴーゴン族の姉者はすぐに傭兵ギルドに登録していた。初めて知ったが、ステンノという名前らしい。
「傭兵として雇う限り、魔族領は関係ないからね」
念を押しておいた。
魔石を詰め込んだ通信袋でアイルに連絡を取り、希望者が多かった場合、1週間後に試験を行うことに。試験はアイルに任せよう。ゴーゴン族の姉者が傭兵の国に残るとしたら、俺は移動手段をなくしてしまう。一人じゃフィーホースに乗れない。
「ドヴァン、俺さ、グレートプレーンズに食糧の買い付けに行きたいんだけど、姉者が残ったら俺、移動手段がないんだよね……」
「ああ、大丈夫ですよ。火の国とは国交正常化してますし、川の定期船を使えば、5日ほどでグレートプレーンズまで行けるはずです」
「そうか……」
一人旅も悪くないか。火の国で娼館を覗いていこう。
夢が膨らむ。




