304話
ガガポ島での宴会も終盤になり、全員が砂浜で月を見ていた。
「それで?」
ベルサが俺に聞いてきた。赤道の壁がなくなるにあたり、うちの会社で、どう対応をするのか聞いているらしい。
「まずは、赤道付近から影響が出始めるはずだ。空飛ぶ魔物や植物が風に乗って行き来し始める。冒険者もだな」
「情報の解禁時期については?」
アイルが聞いてきた。
「通信袋が結構普及しているんだろう? 各地の冒険者ギルドや商人ギルドにも一斉に報せよう。特に赤道付近の海に出る漁師や運送会社には、潮の流れや風に注意させないとね」
「それは僕がやりますよ」
顔が赤いセスが言った。
「魔物や植物が南半球に行くなら、緑化が進みますねぇ~」
メルモは楽しそうだ。
「竜たちにも報せておこう。黒竜さんは生まれ故郷を見るいい機会だ」
アイルは今もちゃんと竜たちと交流しているようだ。
「それで?」
ベルサが改めて俺に聞いてきた。
「ドワーフの集落の守備と、気候や異常気象への対応がメインだろうなぁ」
「それは清掃・駆除業者の仕事か?」
「全世界に報せてるんだから、自分の命は自分で守ってもらうのが基本だ。俺たちは崩壊した家屋やゴミの後片付けと、悪い夢を見ている冒険者たちの駆除が業務だ」
「悪い夢、てなんですかぁ?」
メルモが聞いてきた。
「ドワーフを奴隷にしようとする輩とかさ」
「メリッサたちなら大丈夫だよ。そこらの冒険者より遥かに強い。毎年、世界樹に潜っているような連中だよ」
アイルが言った。ドワーフのメリッサは南半球にいたときによく俺にくっついていたお姉さんだ。南半球の緑化に向けて世界樹の異常な生態系の中で鍛えているとすれば、うちの社員たちくらい強いかもしれない。
「それより、今の南半球を見たら驚くよ。5年経ってだいぶ変わったから」
ベルサが説明してくれた。
「そうなの? 見に行かないとな」
「海はいいとして、北半球と南半球が地続きのところはどうする?」
「地続きなんて……ああ、ジャングルか!」
グレートプレーンズという大平原の国の南に崖があり、崖の上にジャングルがある。赤道の壁がなくなれば、南半球へジャングルの多様な植物や魔物が一気に広がっていくだろう。赤土だらけだった南半球にとってはいいことだが、生態系のバランスが崩れたり、新種が現れたりするかもしれない。
「新種は経験値が高いからなぁ。強力な魔物が生まれる土壌ができるよなぁ」
強力な魔物が単体なら問題は対処のしようがあるが、複数いたら面倒だ。
「むしろ、そっちのほうが私たちの仕事なんじゃない?」
ベルサの言うことは尤もだ。人にとって害のある魔物の駆除が駆除業者の仕事だ。
「警戒する範囲が広いと私たちだけじゃ見きれないよ」
アイルの言う通り、範囲が広いとそれだけ見逃すこともあるだろう。
「冒険者ギルドにも協力してもらおうか?」
強い冒険者なら大歓迎だが、果たしてそういう冒険者が南半球まで来てくれるかな?
「でも、旅費も食費も結構かかりますよね」
セスは運送会社のトップらしいことを言った。
「あ、それなら私が貴族の冒険者から支援してもらおうか?」
「私の顧客にも呼びかけたらお金は出してくれそうですぅ~」
アイルとメルモは5年の間に金持ちの知り合いができたらしい。
「それを言ったら、ナオキが挨拶回りして計画話せばすぐお金なんか集まるよ。むしろ支援してくれる人たちが多くて権利はどうするんだって話になる」
ベルサから現実的な話が出た。
「権利かぁ。開拓者がその土地の所有者になるってことだもんなぁ」
それぞれの支援者たちが土地の所有権を巡って争う姿は、想像できてしまう。
「ん~……傭兵に頼むか? あの人たちなら、金さえ払えば権利までは主張しないと思う」
ベルサが案を出してきた。うちの会社は傭兵の国と前に関わったことがある。
「でも、そうすると金が集まらないよ」
「はぁ~、そうなるよねぇ~。だから言いたくなかったんだ」
ベルサは心底嫌そうに溜息を吐いて、パンパンに膨らんだ財布袋を出した。
「ほら、みんなも出しな! 5年の間にさんざん溜め込んだろ? うちの会社はそもそも貧乏だったからね。金に関しては絶対に溜め込んでいるはずだよ」
ベルサがそう言うと、他の3人はものすごい嫌そうな顔をしながら自分の財布袋を取り出した。
「僕の金で好きにできるのはこれくらいです」
「仕方ないですねぇ~、今の私があるのも社長のおかげですから」
「どうしてナオキの尻拭いを私がしなくちゃいけないのかなぁ」
3人とも諦めたというようなことを言っているが、なかなか自分の財布袋から手を離さなかった。
「音が雑だねぇ。3人とも一番価値のある袋を出しな! 悔しそうにすればごまかせると思ってるのかい? もう少し賢くなったと思ったけどねぇ」
ベルサは財布袋の中身を音で聞き分けたらしい。
「何者なんだよ……」
「コムロカンパニーの会計係を舐めるんじゃないよ!」
「酷いですよぉ! ベルサさんは研究費用で使ってるからいいですけど、私たちは貯まっていく一方なんですから」
メルモはそう言いながら、胸元に入れていた財布袋を取り出した。いい隠し場所を知っている。
「仕方ないか。重くなってきたところだからね。換金すれば、いい金になる」
アイルは宝石が詰まった袋をアイテム袋から取り出した。
「セスは!?」
ベルサが凄むとセスは通信袋を取り出した。
「必要経費を言ってくれれば、金庫から出しますよ。船もうちの会社から出します」
「セスよ、お前はどれだけ稼いだんだ」
金銭面で苦労することはなくなったようだ。
「よし、じゃあ食料はグレートプレーンズで確保。燃料の魔石は魔族領のを使おう。簡易的な居住スペースは……」
「北極大陸の基地で研究している人がいました」
ベルサの言葉にセスが答えた。
「じゃあ、北極大陸には私が行きますぅ」
簡易家屋に関してはメルモが引き受けた。
「僕は赤道近くの港を回ります。注意喚起と情報の共有をしておきます」
「じゃ、私は冒険者ギルドを回るよ。南半球へ行きたいっていうやつもいるだろうし、武器も揃えたい」
「私は南半球のジャングルの南側で、安全そうなところを探すよ。植物と魔物の様子も見ておきたいし、ドワーフたちにも私から言っておく」
それぞれ役割が決まっていく。
「あれ? じゃあ、俺は?」
「ナオキは、交渉事に決まってるだろ?」
「でも俺、空飛ぶ箒乗れないよ」
そう言うと、全員が「あ~」と落胆した声を出した。
「途中まで私が乗っけてってやるよ。あとはボウに言って移動手段を借りな」
アイルの後ろに乗っけてってもらうことに。
「じゃあ、ナオキの交渉が終わり次第、全世界に情報を共有する感じで」
「「「了解」」」
「りょ、了解」
ベルサが仕切ってしまった。
その日は、風呂に入って寝ることに。
「結局、ジャングルの南側だけ禁猟区にして、あとは勝手に自己責任で南半球を開拓したければしてっていう話でいいんだよね?」
俺は風呂に入りながら、後ろにいる女性陣に聞いた。
「うん、そう」
「なにか問題ある?」
アイルとベルサが酒を飲みながら言ってきた。
「いや、一応確認しただけ……。もうひとつ確認しておくけど、3人とも俺の裸を見に来たってことでいいんだよね?」
「ああ、もちろんそうだよ。レベルがないと筋肉の付き方ってどうなってるの?」
「やっぱり、社長だけ若返ってるのって腹たちますよねぇ!」
「魔物学者として、その体はちょっと興味深いよね」
あんまりいい気はしないなぁ。
チャポン。
「あ! 潜るなよ!」
「潜ったら、見えないじゃないですかぁ!」
「まさか水の中で息ができるのかぁ!?」
女三人寄れば姦しい。
セスはなぜか全裸で海を泳いでいた。満月の日の習慣らしい。変わってんなぁ。
翌日、ガガポ島の管理人であるルシオにお礼を言って、俺たちはそれぞれの方向へと旅立った。
魔族領にある元魔王城は、魔族たちから選ばれた大統領が住んでいるはずだ。大統領ともなれば、魔族領にいる魔族たちからの要望も多く集まる。その日も多くの魔族が列をなしていた。いや、魔族だけではなく、大きなリュックを背負った人族やエルフの姿も見える。行商人かな。
「じゃあ、私はグレートプレーンズの冒険者ギルドに行くから」
アイルがそう言って去ろうとした。
「え? 俺だけで交渉するのか?」
「うん、問題ないよ。ちゃんと列に並んでいれば、そのうちナオキの番が来るから。私も暇じゃないんだ。火の国で武器を見に行かないといけないし。なにかあれば通信袋で」
アイルはそのまま空飛ぶ箒で空高く飛んでしまった。
「通信袋って言ったって、魔力がないから連絡が取れないんだけどな。まぁ、なんとかするか」
俺は列の最後尾に並んだ。
前方から半身半蜘蛛のアラクネが声を上げて、注意事項を言ったりしている。
「ここに魔王はいません! 大統領に用がある方は、まず職員に会って要件を伝えてください。大統領はお忙しい身なので、滅多に会えませんがご了承ください! 緊急を要する内容は私、アラクネの方にお申し付けください!」
すぐに北半球と南半球がつながるわけではないので、俺は待つことに。
アラクネの他にケンタウロス族やサキュバス族もいて、列を整理している。日が高くなっても列はあまり動かない。いつものことらしく皆、用意してきた簡易的な椅子や魔物の毛皮を敷いたりして待ち始めた。
「俺もなにか持ってくるんだったな」
「あんたはどちらから?」
前に並んでいた犬の顔をしたコボルト族のおっさんが聞いてきた。
「アリスフェイ王国のクーベニアからです」
「そんなら地峡を渡ったってことかい? そりゃあ随分と長旅だったなぁ」
「あなたは?」
「オラァ、生まれは火の国だが、魔族領の北部にあるマジックパスって町さ」
「魔族の町があるんですか?」
「そりゃあ、あるよ。火の国やグレートプレーンズとも交易しなきゃならないし、結構大きな町だよ。まぁ、マジックパウンドよりは小さいけどねぇ」
「マジックパウンドって村じゃなかったですか?」
「あんた、それ何年前の話だい? 城下町マジックパウンドといやぁ、この大陸に住む者で知らない奴はいないよ。通ってこなかったのかい?」
「俺は空から」
「空? 何言ってんだい?」
空飛ぶ箒は普及していないようだ。扱うのが難しいのかな。
「そんなことより、その青い服だけどよぉ」
「ん? このツナギですか?」
「ほら、城の職員さんたちも青いネクタイとか腕章とかつけてるだろ?」
そう言われてみれば、アラクネもケンタウロス族も服の一部に青いなにかをつけていた。
「なにか意味があるのかい?」
「いや、俺の場合は仕事の作業着ですよ」
「仕事はなにやってんだい?」
「清掃・駆除業者です」
そういった途端、コボルト族のおっさんは残念そうな顔をした。
「清掃・駆除業者って、あんた止めときな。あれはコムロカンパニーにしか出来ないんだって。後追いしたってもう敵いっこないから。そうだ! なんだったらうちの宿で働くか? 今から道広げてくれって言いに行くところさ。大通りができりゃ客もたくさん来て人で足りなくなるからよ」
俺が突然のスカウトにあっていたら、横を大きな紙袋を抱えた人族の女性が通っていった。その女性が通り過ぎたと思ったら、戻ってきて俺の顔をまじまじと見てくる。俺もどこかで会ったような気がした。
「アフィーネか?」
前は城で自分の子どもを育てながら、ベビーシッターをしていたはずだ。魔王城に住んだ初めての人族じゃないかな。
「やっぱり! ナオキさんですね!」
「いやぁ、久しぶり。子どもは元気かい?」
「元気も元気、すくすく育ってます。今も夕飯の買い出しの帰りで……いや、そんなこと言ってる場合じゃないですよ! アラクネ!」
アフィーネが大声でアラクネを呼んだ。
アラクネは何事かとこちらに向かってきたと思ったら、俺の顔と服を見て立ち止まってしまった。
「ナオキ・コムロ様ですか?」
アラクネが俺に聞いてきた。
「うん、そうだよ。さっき聞いてたけど、随分、人族の言葉がうまくなっててビックリした」
以前、アラクネは少しアクセントが違ったが、今は全くそれがない。
「ナオキ・コムロだってぇ!? それじゃあ、あんたコムロカンパニーの社長だって言うのかい?」
隣で聞いてたコボルトのおっさんが目を丸くして聞いてきた。
「実は、そうなんです。すいません、宿で働くのも魅力的なんですけど、仕事が残ってまして。いいお誘いありがたいんですが、今回はお断りさせていただきます」
そう言うと、コボルトのおっさんは何度も頷いていた。
「全職員に通達! ナオキ・コムロ様の来訪につき、業務停止! 早急に大統領へ報告せよ!」
アラクネが大声でそう言うと、ケンタウロス族など職員たちが一斉に城に向かって走り出した。
「魔族領に住む全員が、ナオキ様のご帰還を長くお待ちしておりました! どうぞこちらに」
「さ、参りましょう」
アラクネとアフィーネに促された。
「列に並ばなくていいの?」
「ええ、どうせ今日は仕事になりませんから」
アラクネがそう言って笑った瞬間、城の方から雄叫びが聞こえてきた。ボウの声は変わっていないようだ。
「よっ……と」
貴族のような豪華な装飾が施されている服を着たボウが前方から跳んできた。
「フハ、フハハハハ!!」
「久しぶり。ボウ、笑い方うまくなったな」
ボウは人と仲良くなるために笑い方を練習していた。
「その青いツナギ、立ち姿、喋り方、本物のナオキだ。フハ!」
俺の親友は再会を喜び、片腕でハグをしてくれた。もちろん俺も嬉しい。
「ボウ、お前の片腕を再生できる場所を見つけたぞ」
「フハ、北極大陸だろ? 知ってるよ。いいんだ、このままで。魔力の腕のほうが使いやすいし、リタを守った誇りだから」
ボウの片腕は、奥さんのリタを守るために水の精霊に持っていかれてしまった。それ以降、魔力で腕を作り出し使っている。
「ナオキは若返ったって聞いたけど、変わらないなぁ。フハ」
「そうかぁ? ピチピチの5歳だぜ。レベルもなくなっちまったしな」
「それもアイルから聞いた。で、なにやってたんだ? フハ」
「ちょっと勇者駆除したり精霊壊したりさ」
「フハ! フハハハハ! レベルないのにムチャクチャだな。ナオキらしいや。アラクネ、今日は仕事になんないぞ、こりゃ」
「承知しております」
「フハ! アフィーネ、もう一回買い出し行ってくれる?」
「ええ、今、馬車取りに行くところです」
アラクネもアフィーネもボウの性格をよく知っているようだ。
「なんだよ。祭りみたいだな」
「そうしよう! 今日という日を国民の祝日にして祭りを開催しよう。フハ」
「そんなことしたら大統領の横暴で辞めさせられるんじゃないか?」
俺が心配して聞いた。
「フハ、そんなこと言うやつはいないよ。見てみろ、腕章やネクタイ、スカーフ、ペンダントにネックレス。皆が身に着けてるものに青いものが入ってるだろ? なんでかわかる?」
「わかんない」
「全員、コムロカンパニーに憧れてるんだ。特にナオキの逸話は魔族領のどこに行っても語られてる。皆、ナオキに憧れて青を身に着けてるんだよ。そのナオキがようやく帰ってきたんだ。休日にしないと大統領を辞めさせられるよ。フハハ」
「そんな大した者じゃねぇけどな」
「フハ、本人はわからないかも。まぁ、いい。話を聞かせてくれ」
そう言ってボウは城まで案内してくれた。