303話
ガガポ島。
以前、シオセさんという魔物学者がガガポという飛べない鳥の魔物を繁殖させていた島だ。群島の最南端に位置するこの島には、国から逃亡したルシオという元王子が一人で住んでいる。シオセさんはガガポの繁殖をさせたあと、リッサという元恋人と旅に出たまま、帰っていないらしい。
「チョリーッス! どうなの調子? あれ? 社長、久しぶりじゃな~い? 何年ぶり? 800年ぶり~?」
ルシオは、中年太りのチャラ男になってしまっていた。イケメンだった面影はあるのだが、見た目は汚い。魅了スキルがあるせいで、別に忌避感はないが、5年の間にだいぶ変わってしまった。
「やあ、ルシオ。調子はいいよ。5年ぶりだ。ここにうちの社員が集合するから逃げたほうがいいかもしれない」
「オッケー! この島が待ち合わせ場所ってことダナ~? オレもコムロカンパニーの皆に会いたいけどぉ~……社長が逃げろってことは相当ヤバい感じ~?」
「うん、ヤバいね。俺が皆を怒らせてるからな」
「オーケーでーす! ルシオ、空気読めるタイプの男目指してるんで、逃げときまーす!」
「わかる男、サイコーでーす!」
拳と拳をぶつけ合い、ルシオを森へと逃した。
その直後、空から何かが降ってきた。
砂浜に着地したため、砂が舞う。一瞬、舞い上がった砂を避けるため目をつぶった。
「へぇ~今度の偽者はナオキに似てるねぇ~」
首元に冷たいなにかが押し当てられていた。
「本物だからな」
目を開けると、5年前と変わらないアイルが俺に剣の切っ先を向けていた。
「本物だという証拠は?」
「ないな。強いて言えば、このツナギぐらいか。ああ、あとレベルがない」
「そんなんで信じると思うか? 私の誕生日を答えろ! 答えなければ切る!」
「アイルの誕生日なんて知るわけないだろ? 切るなよ。ルシオが死体を片付けるの面倒だろ? あんまり人に迷惑かけるな」
「セス! こいつはナオキ本人なのか? 本人と同じくらいムカつくぞ?」
「本人ですよ。一目で僕と判断しましたし、アイルさんの剣におびえてないんですから本人以外ありえません」
「んん、信用できない目をしている……」
それこそが俺である証だろう、と言おうとしたら、また砂浜に誰かが着地した。
「うわっ」
舞い上がった砂を回避しようと腕でガードしようとしたら、生ぬるい何かを顔に浴びせられ、身体が動かなくなった。
「南半球で育てた洞窟スライムの亜種の一部だ。これが強力でねぇ。身体を一瞬で麻痺させる。どうだい? 効果あるだろ?」
相変わらず、しわくちゃのローブを着たベルサが、俺の顔にかけた生ぬるいベタベタについて説明してきた。
「……」
「あれ? 返事がない。これ、本当にナオキかい?」
「社長ですよ。ベルサさんの研究結果で麻痺しているだけです。レベルがないので、あまりいじめないで上げてください」
「ああ、そうか。まだレベルのない生活をしてるのか? 不憫な男だなぁ」
うるせぇ。目で訴えかけると、ベルサは「クックック、いい面構えだ」と笑っていた。
ザッパーン!!
突如、砂浜を高波が襲い、俺は森の方まで流された。おかげで顔のベタベタが取れたが、大量の海水が喉の奥まで流れ込んできた。
「お疲れ様ですぅ~」
メルモが巨大なサメの魔物に乗って現れた。シンプルな白シャツと黒いスカート姿で、相変わらず、胸はデカい。
「うん、ありがと。もう帰っていいよ」
メルモはそう言って、サメの魔物を沖にぶん投げていた。生きてるといいな。
「ゴホッ! 死ぬかと思った。俺を殺す気か?」
「あ~、社長だぁ~! アハアハアハ! なんでズブ濡れなんですか?」
「メルモ! おめぇが、サメの魔物で現れたからだよ!」
「え~? なんで~?」
首を傾げているメルモにアイアンクローをしたいが、サメの魔物投げちゃうような奴に勝てるはずもない。
「ようやく、揃いましたね。コムロカンパニーが!」
セスは興奮しているが、なんの言い訳も思いつかなかった俺からすれば、ほとんど地獄だ。
「悪いな。セス、再会を喜んでいる暇はないんだ」
余計な会話をせずに本題を済ませてしまえば、俺への非難も躱せるはずだ。
「近々、この星の1000年続いたルールが変わる」
「ああ? なに言ってんだ?」
アイルは完全に喧嘩腰だ。
「1000年ってことは、赤道の壁か」
ベルサはすぐに予想がついたらしい。
「正解だ。赤道にある壁がなくなる」
「はあ!?」
「なにぃ!?」
「バカ言わないでください!」
「どういうことですか!」
全員が食いついた。こういうところは、うちの社員の素直なところで、社長として嬉しい。
「南半球を旅した時、赤道直下にあった島を覚えているか?」
「覚えているよ。私も地図に描いた。それが、どうかしたのか?」
アイルが聞いてきた。
「あの島の名前をバルニバービ島というんだけど、俺はそこで空間の勇者と時の勇者とともに5年過ごした。いや、正確には1週間を5年弱過ごした」
よくわからないことを言って、事実をあやふやにしよう作戦だ!
「言っている意味はわからないが、空間の精霊の依頼を受けたってことだろ?」
「あれ? ベルサ、わかってたのか?」
「そりゃ、空間魔法の魔法陣が現れてナオキが消えたんだから、空間の精霊絡みだろ? そんなことは皆、知ってるよ。その後、私たちも散々探し回って、ナオキが見つからなかったんだから、あの島にいることも予想できた。それで?」
「それで……赤道の壁がなくなるんだよ!」
「だから、なんでだよ!? どうせナオキがなにかやらかしたんだろ!」
アイルがキレた。
「おかしいな。作戦失敗だ」
「もう、いいからとりあえず社長はなにがあったのか全部話してください! 話はそれからですぅ!」
メルモまで胸を大きく揺らしながら怒り始めた。
「いや、だから……空間の精霊に拉致されたんだよ。真っ白い亜空間に連れて行かれて、アイテム袋の中の整理をしたり、いくらでも入る水袋の水とか、グレートプレーンズで大量に入れたヘドロを片付けさせられたんだ」
アイルとセスは自分の腰にあるアイテム袋を見た。ベルサとメルモは半笑いで、俺を見ていた。まるでアホを見るような目だった。
「セスが飯を入れてくれて助かったよ」
「あ、やっぱり社長だったんですね。なくなってるからおかしいなと思って、足しておいたんですよ」
「それで、概ね片付けの目処がたったんで帰ろうとしたら、あの島にいる空間の勇者を助けろ、って話になって飛ばされたわけ」
「そこまではわかるよ」
そう言ってベルサは折りたたみの椅子を自分のリュックから取り出して座り始めた。もう、こうなっちゃうと、皆が座り始めて完全に俺の話を聞く体勢になってしまい、どさくさに紛れることができなくなってしまう。やむなし!
「飛ばされたそこは決戦の地、バルニバービ島。空間の勇者と時の勇者が自分たちの国の威信をかけて戦っていたんだ。すでに、滅びた国同士なんだけどね」
「なんていう名前の国なんですかぁ?」
メルモが聞いてきた。
「南半球にあったスカイポート王国って国と、ほら、あの星読みの民がいたジャングルにあったクロノス・ティタネス王国って国だ。敵国同士だったんだけど、2人の勇者は恋人同士だったらしい」
「恋人だった2人が戦うんですか? 悲劇じゃないですか?」
セスが興奮して聞いてきた。
「その通り! しかも決戦は一週間と決まっていて、時の精霊に管理されていた」
「待て待て! 一週間って、1000年前の話じゃないのか?」
アイルの中では、俺がタイムトラベルしたことになっていたようだ。
「そうじゃない。一週間経てば、時がもとに戻され、初めから一週間をやり直すことになるんだよ。だから、ずっと同じ一週間を繰り返していたんだ。1000年の間ね」
「地獄か……」
ベルサが青い顔でつぶやいた。
「地獄だった。しかも決戦は死んだとしても終わらなかった。決戦を管理している時の精霊がどこにいるのかわからなかったからね。俺も何回も死んだ」
「私もナオキは何回か死んだほうがいいと思ってたけど、本当に死んでたんだな」
アイルは酒を取り出して、飲み始めている。ただ、前のめりで一番俺の近くにいるので、聞く気はあるようだ。
「空間の勇者、シャルロッテは病で何万回も死んでた。よくあれで精神が保てていたと思う。さすが勇者たちだよ」
「病ってなんのですかぁ?」
メルモが聞いてきた。
「悪性魔石腫という病気だ。内臓に腫瘍ができてその中に魔石が発生するんだ。他の内臓にどんどん転移していく病気でね。手術は何度も失敗した」
「手術をしたのか? ナオキが?」
ベルサが驚いていた。
「ああ、したよ。スキルやレベルは覚えてなくても、魂は時空を超えるからね」
「で、成功したんですか?」
セスが聞いてきた。
「成功したよ。7日目の夕日を3人で見た。俺が見た夕日の中で、あれが一番きれいだったかもしれない」
「でも、一週間は繰り返されるんだろ?」
ベルサが不安そうに聞いてきた。
「そうだよ。たった数時間のためだけに俺たちは希望を捨てなかった。その後、時の精霊を見つけて壊したんだけどね」
「時の精霊って壊れるものだったんですか?」
セスが聞いてきた。
「ああ、風の精霊も槍だったろ? 時の精霊はバカでかい砂時計だった。もちろん手術を成功させたあと、壊したんだけどな。で、俺は島から追い出された。『あんたは、ここにいちゃいけない』って言われてね」
「ん? 赤道の壁はどうした?」
アイルが聞いてきた。酒を飲んでいる割にちゃんと話を聞いている。
「赤道の壁は、そもそも空間の勇者を守るために維持されてたんだ。それに空間の勇者が気がついて、自分たちで赤道の壁を壊すことにしたんだよ。島ごと移動させることによってね。空間の勇者だから空間魔法を使わせたら世界に右に出るものはいない。本人たちは精霊から離れるためのクーシン祭と言っていたよ」
「でも、そんなことしたら、島を守っていた壁もなくなっちゃうんじゃない?」
「島の壁がなくなると、どうなるんです?」
ベルサの質問にメルモが質問した。
「実験してみたんだ。島の壁から鳥の魔物を空間魔法で移動させてね。移動した瞬間に1000年の時が襲ってきて、鳥の魔物が朽ちてしまう」
皆、絶句していた。
「島の壁を維持するために、いくつも石碑に空間魔法の魔法陣を彫ったんだ。大変だったよ」
「つまり、島の壁を維持したまま、赤道の壁をなくすということだな?」
アイルの頭が珍しく働いているようだ。
「そういうこと」
「で、なんでナオキは生きてるんだ?」
まるで俺が死なない理由がないと言わんばかりにベルサが聞いてきた。
「俺は5年しか島にいなかったからね。でも、セスの会社の人たちに見つかったときは死にかけてた。持っていった保存食が全部1000年経ってるんだからな」
「社長がちょうどよく航路にいたらしくて、なにかの縁だと思って助けたらしいんです」
「縁を大事にする人で良かったよ」
「社長の教えですよ」
「そうだったか? まぁ、とにかく俺は5年の間に時の精霊を壊して、時の勇者を駆除。空間の勇者も空間の精霊から引き離した。別に働いてなかったわけじゃないんだよ」
いなくなった5年間のすべてを説明したのだが、皆、なにかを期待して俺を見ている。
「これで全部だけど……?」
「いや、え? どうやって赤道の壁がなくなるんだ? 海の異変と関係があるんだろ?」
ベルサが俺に聞いてきた。肝心なことを伝えてなかった。
「あ! そうか。えーっと、島ごと浮かばせるんだよ。週に一度、少しずつね。だから、深海から徐々に影響していくはずだ。まさにクーシン祭だろ?」
「「「「はぁ!?」」」」
全員が『てめぇ、なに言ってやがる!?』という目で見てきた。
「いや、本人たちがそうしたいって言ったんだよ。俺のせいじゃない。元勇者、本人たちの案だって」
慌てて、自分の身の潔白を主張した。
「わけわかんねぇこと言いやがって!」
「本人たちって言うけど、絶対ナオキの影響だよ、そんなの!」
「結局、社長は勇者たちの頭をおかしくさせたってことですよね?」
女性陣から非難の嵐。
「待て待て、どうしてそうなるんだ?」
真実を話したのに、なぜか俺が悪いという方向に傾いてきた。
「だいたいおかしいよ。こんな話、こいつ本当にナオキか? 偽者なんじゃないか?」
「確かに、あまりにも常軌を逸している。危うく、この偽ナオキに騙されるところだった!」
「なぁんだ、やっぱり偽者だったんですね! おかしいと思ったぁ~!」
偽者扱いまでされた。
「待てって、本物だよ! セス、なんとか言ってくれ!」
「こんな頭おかしいこと言うこと自体が、社長しかありえません。大丈夫、皆わかってくれてますよ」
セスが小声で言った。
「あ~! バカな話聞いたら、酔いが回ってきた! セス、肉だ、肉! せっかくガガポ島なんだから、あの変なフクロウオウムの魔物を獲ってきてくれ」
「まさか法螺話を聞くために、こんな遠くまで来させるなんて……。こっちはヒマじゃないんだぞ! 偽ナオキ! わかってるんだろうな! だいたい長いんだよ話が!」
アイルもベルサも、もう動く気がないようで深く椅子に座ってしまっている。
「話が長くなったのはベルサが座るからだろ!? こっちは5年間のことなんか、いちいち説明する気なんてなかったんだから。とにかく、赤道の壁がなくなるから、いろいろ対処しないといけない。全員、総出で取り掛かってくれ!」
「なにを、どう取り掛かれっていうんだよ! これからなにが起こるのか予想を立ててからだろ? まったく、この偽ナオキは全然使えないなぁ」
「ナオキに似せる気はあるのか? もういい! メルモ、私はバカな話を聞いて汗かいたから、風呂作ってくれ。偽ナオキを使っていいぞ。そのくらいしか役に立たないだろう」
「はぁ~い。ほら、偽社長、スコップ持って! レベルがないんだから、その分、動く動く!」
「なんで俺が!?」
抗議したが、ガッチリ腕力でロックされ、風呂作りに駆り出された。
「メルモ、俺は偽者じゃないんだぞ?」
「そんなの、もうどっちでもいいですよ。波が来ない、ここらへん掘ってくださいね!」
「どっちでもって……」
とにかく、砂浜を掘らなければ鉄拳制裁が飛んできそうなので、身体だけは動かしていた。
「動けば、いいってもんじゃないんですからね! 効率よく掘っていかないと、砂なんだから埋まっちゃいますよ!」
「あれ~? おかしいな、もっと感動の再会とかじゃないのかよ」
「社長、肌きれいですね! 感動しちゃう~」
「生まれて5年しか経ってないからな。尻もプリプリなんだ。見るか?」
「アイルさ~ん、偽社長がセクハラしてきますー!」
コムロカンパニーが平常運転に戻った。