302話
「で、次はなんの依頼なんだ?」
俺が前を行くセスに聞いた。
シャングリラ北部の町・エルドシャに到着し、依頼人に話を聞きに行く途中だ。
「腐乱死体が動いているらしいです」
「そりゃゾンビじゃないか? 回復薬でもかけておしまいだろう」
「まぁ、そうですね……量が多いんじゃないんですか?」
「ふ~ん、まぁ、どうでもいいけど『ゾンビは二毛作』というくらいだから、しっかり駆除しないとな」
依頼主はシャングリラ北部の有名な地主らしく、入江に漂着した船からゾンビが出てきて周辺の畑や田んぼを荒らし回っているという。
「ゾンビの被害を受けたら、すべて焼かねばならぬのか?」
髭を整えながら小人族の地主が聞いてきた。
「そりゃ、ゾンビ菌の被害を受けた場所の植物は焼いたほうがいいでしょうね。間違って出荷なんてしたら、シャングリラ全体にゾンビが蔓延ることになりますから、国が大混乱になると思います」
「そ、そんな……」
「そう考えると、畑を焼いたほうが被害が少ないですよね?」
小人族の地主は何度も頷いていた。
俺はゾンビが入った田んぼから水を抜くように指示を出して、船が漂着したという入江に向かった。
「生活魔法はどこまでスキルレベル上げてる? あとでクリーナップしないと俺たちも感染するかもしれないぞ」
俺がセスに聞いた。
「ああ、大丈夫です。クリーナップの魔法陣を描いたシーツを持ってきてますから」
相変わらずセスは用意がいい。
入江に向かっていると、セスの探知スキルで魔物の反応がいくつも現れた。回復薬をポンプに入れて、空から散布。
ゾンビのうめき声が聞こえてきた。
「しっかり死んでるようですね」
マスクをしながらセスが言った。
「もともと死んでるけどな」
俺もマスクをして軍手を装着。できるだけ皮膚は出さない。
腐肉が溶け始め立っていられなくなったゾンビたちが倒れた。基本的にゾンビの攻撃はひっかくことと噛み付くこと。それに注意して回復薬を吹きかけていけば、レベルがない俺でもなんの問題もなく駆除できる。
「ゾンビを養殖してレベル上げできたりしないかなぁ」
「死体をゾンビにする段階で倫理観を問われますよ」
「そりゃそうか」
地上に降りてゾンビの身体に埋まった魔石を回収しながら、周辺を探る。一匹でも逃げたゾンビがいると、あとで厄介なことになる。前に一匹のドラゴンゾンビによって島が一つ崩壊しそうになったこともあった。
「畑にはいないようです。入江の方に行きましょう」
探知スキルで周辺を探っていたセスが言った。
「ちょっと待て、骨も砕いておこう」
腐肉が溶けて骨だけになったら、金槌で骨を砕く。骸骨剣士などのような骨の魔物になったら面倒だからだ。さらに、一箇所にまとめず、土に埋めた。
「一箇所にまとめると、骨だけの魔物とか生まれちゃうかもしれないだろ?」
「相変わらず、社長は用心深いですね」
「仕事に関してだけはな。さ、もういいだろ。入江に行こう」
セスの先導で漂着した船があるという入江に向かうと、足が取れたゾンビなどが蠢いていた。
プシュー。
ひたすら、回復薬をかけて溶かしていく。
「そういや大量に回復薬を使ってるけど、いいのか?」
「ええ、カミーラさんに毎年、樽で頼んでますから」
「エルフの薬師たちも大変だな」
「他にも社長が回復薬作りを教えた人たちからも買い取ってます。アイテム袋があると場所に困らないんでいいんですよ」
そういえば、グレートプレーンズの南部にいた人たちにも教えたなぁ。
「皆、出来がいいものをコムロカンパニーのために用意してくれてますよ」
「ありがたいな。それだけに5年も姿を晦ませていた俺のダメさが際立ってないか?」
「あ~……いや、そんなこと……」
セスは言葉を濁らせられるだけ濁した。
「俺がいない間に、またなにかあったのか?」
「いえ、実は、社長がいなくなったことで、コムロカンパニーメンバーの狡猾さとか性格の悪さが失われてしまって……」
「え? それどういう悪口?」
「いやいや、褒めてますよ。社長がいないというところにつけこまれて報酬から紹介料とか取られたりタダ働きも多かったんです」
「あ~、アルフレッドさんとかか?」
ルージニア連合国にはアルフレッドという狡猾な爺さんがいる。
「いえ! アルフレッドさんは銅貨一枚まできっちり払ってもらいました。『お前らそんなんじゃ看板守れねぇぞ』と言われてしまって」
普段、狡猾な人のほうがいざというときはつけこまないのか。
「評判下げないように頑張ってたんですけど、僕は僕で運送会社も始めたり、メルモはメルモでファッションの方に行ったし、忙しくて……。お金さえあればなんとかなるので、いいんですけどね」
「お前らは評判のために仕事してたのか?」
俺が聞くと、セスは作業を止めて俺の方に振り返った。
「え? でも、コムロカンパニーの看板守らないとってアイルさんが……」
「ああ、わかってねぇなぁ」
屈んで吹きかけていたので腰が痛くなってきた。俺も作業を一旦止めて、腰を伸ばした。
「評判っていうのはあとからついてくるものだろ? いちいち気にして仕事してたら、仕事のほうが疎かになる。まずはきっちり仕事をすることだ。その分の報酬は孫の代まで取り立てろ。金があるのに『ない』というやつからは、多めにふんだくっとけ。俺たちは清掃・駆除業者であって助けを呼べば飛んでいくようなヒーローじゃねぇ。うちの看板はそういう看板だ」
「そうですよね。ハハハ」
セスは笑いながら、頭を掻いた。
「バカ、お前、軍手で頭掻くなよ」
そう言って、俺は回復薬をセスの頭にぶっかけた。ゾンビ菌が繁殖しないようにだ。
「いやぁ、社長には敵いませんね。ハハハ」
しばらくセスは笑っていた。
俺たちは作業を続け、ゾンビを駆除していった。
「おっ、あれが漂着した船だな」
入江の浜辺に漂着した船を発見。ゾンビたちはこの船に乗ってやってきたらしい。コンテナが3つ積まれているが、どれも扉が開いていて中は空だ。
「このコンテナ、うちの運送会社のじゃないですね」
「どこかで技術が盗まれたか?」
「魔法陣も描いてないですし、出来が悪いコンテナですね」
船にもゾンビがいたので、すべて駆除。
「やっぱり生き残りなし、ですね?」
トリコーンをかぶった船長のようなゾンビも襲ってきたので、しっかり倒した。肉が腐っているので、関節を狙うと脆い。倒れたら、回復薬を吹きかけて溶かして骨を砕く。
「社長、本当にレベルないんですか?」
「ないよ。今も普通に疲れてるし」
ツナギの下は汗でびっしょりだ。このまま海に飛び込みたいけど、しばらくこの入江は遊泳禁止だろう。
「ところで、倒したゾンビってかなり多かったよな?」
「え? そうですね……」
「これ、乗組員のゾンビだけじゃないんじゃないか? コンテナの中も空だしさ」
「というと?」
「つまり、コンテナの中に奴隷を詰めて、航行中にゾンビ菌が大繁殖。奴隷も含めて全員がゾンビになったとか?」
「コンテナの中に奴隷を詰めて貿易してたっていうんですか? こんな閉鎖された空間に何日も乗ってたら病気になっちゃいますよ」
「病気になってゾンビになったんじゃないのか? セス、お前の運送会社も同じようなことしてねぇだろうな?」
「してませんよ!」
「言い切れるか? パッと見で中に何が入っているかわからないのがコンテナだ。船に乗せるときだけ黙らせておけば、奴隷も魔物も乗せ放題だ」
「そうですけど……」
「真似されたとはいえ、公になっている会社としてコンテナを使っているのはセスの会社だけか?」
「ええ、商人ギルドに登録しているのはうちの会社だけだと思いますが……まずいですね?」
「ああ、疑われるとしたら、セスの運送会社だぞ」
セスは「まずいなぁ~」と繰り返しながら、ゾンビの死体を火魔法で焼いていた。
「お前、火魔法を使えたのか? 早く言えよ。埋めちゃったじゃないか」
「いや、畑の近くなら肥料になるから、埋めたほうがいいですよ。それより、どうしたらいいですかね?」
「とりあえず、俺の言ったことが真実かどうかはわからんぞ。調べてみよう」
俺たちはコンテナを調べた。何かを食べたあとや、糞尿にまみれたシーツ。『助けてくれ』『ここから出たい』の血文字。
「何も入っていないように見えて、ちゃんと生活の痕跡があるもんだ」
「社長の予想、当たってるじゃないですかぁ!?」
「当たっちまったもんはしょうがない。対処していくしかないだろ?」
船に回復薬をかけながら、どこから来た船なのか証拠探し。航海日誌が紛失していたが、魔法国エディバラやエルフの里に停泊するための許可証が見つかった。
「北の方ですね」
「ああ、そうだな。とりあえず、コンテナを作った職人と、奴隷商を探すか?」
「この船の行き先もですかね?」
「そうだな。取引がある国には連絡をしたほうが良さそうだ」
「取引がない国も結構あるんですよ。群島は大きい国としか取引してないですし、ヴァージニア大陸にはルージニア連合国に加盟していない国もありますから」
「セスの会社でできる対処は、船長たちには探知スキルを取得させることくらいかな」
「操舵スキルより探知スキルのほうが先ですね」
セスはクリーナップを自分にかけ、通信袋で自分の会社の社員たちと連絡を取り始めた。
一応、俺にも通信袋を渡してくれてはいるが、魔力の消費量が半端ないのでこちらから連絡を取ることはできない。魔石を使えばどうにか連絡できるが、ほとんど受信専門だ。
その受信専用の通信袋からアイルの声が聞こえてきた。
『こちらアイル。今、群島の南にあるガガポ島にいるんだけど、変な魔物が網にかかった。ここ最近、なにか海の様子がおかしい気がするんだけど、誰か知ってるか?』
コムロカンパニー全員に向かって話しているようだ。
『こちらベルサ。私も今、マルケス島にいるんだけど、潮の流れがおかしいってガイストテイラーたちが言ってるね。赤道でなにかあったかな?』
『メルモです。今、フロウラの南を航行中なんですが、魔石のない魚の魔物が釣れたと言って騒いでいるところです』
続々と連絡が来る。いずれも赤道付近の話のようだ。
「あ、やべー」
のんきに仕事している場合じゃなかった。
俺はゾンビから回収した魔石をありったけ通信袋の中に入れて、社員全員に連絡する。
「こちらナオキ。北半球と南半球にある壁がなくなる。全員、総出で対処してくれ」
魔力量的に伝わったかどうか知らないが、とりあえず警告しておかないと。
『ナオキ、この野郎!! どこにいるんだ!? バカ野郎!』
『待て待て! 赤道の壁がなくなるだって!? ふざけたことを抜かすんじゃない!』
『この無茶苦茶言う感じ……社長、帰ってきたんですね! というか、北半球と南半球がつながるってどういうことですか!?』
しっかり伝わってしまっていたようだ。
ん~困ったことになった。どう説明したらいいやら。
「あ、ちょうど魔石もなくなったし、しょうがないな。これは」
通信袋の中から魔石が消えている。
「あ、社長なら、僕と一緒にシャングリラの北部にいます。ちょうど群島の方にも行くので、アイルさん、後ほど合流しましょう。合流できる方はガガポ島で」
『『『了解』』』
セスが勝手にこの先の予定を決めてしまった。
「セスよ。俺は殺されるんじゃないか?」
「大丈夫ですって。利用価値があるうちは殺されません」
セスは俺を空飛ぶ箒に乗せて、上空へ飛んだ。
「まだ、ゾンビ駆除の報酬もらってないぞ?」
「大丈夫です。うちの社員に回収させますから」
俺は上空で、脳がちぎれるほど言い訳を考えた。