299話
一週間のループが終わり、俺たちは集落で人間らしい生活を送った。
10日目には雨が降った。
「雨だ! ハハハ」
「1000年ぶりだね」
ループしている一週間に島には雨が降らなかった。
たぶん、溶岩が池まで到達して水蒸気が上ったのだとトキオリが言っていた。
トキオリは雨の中、時魔法で雨粒を止めたりして観察している。武士っぽいと思っていたが、まるで子供のようだ。時の勇者ではなくなり、解放されたのだろう。自分の好奇心の赴くままに行動ができるようになったのかもしれない。
「雨はいいね。これで作物が育つよ」
冒険者ギルドのウッドデッキで雨を眺めていると、シャルロッテが声をかけてきた。
「ええ、成長剤もいりません」
「ナオキ、あんた、2度目の転生する時に病気になったって言ってたけど、なんの病気だったんだい?」
唐突にシャルロッテが聞いてきた。
「あれ? 言ってませんでした? EDです。子どもが作れなくなる病気ですよ」
「そうかぁ。今は別にその病気も治ってるんだろ?」
「ええ、一応は」
「よく私を襲ってこなかったね?」
「返り討ちに遭うだけじゃないですか? 関係性も壊れるし、いいことはないですよ。幸い、ひとりで処理する道具の持ち合わせはあったんで」
「そうか。うん」
シャルロッテは頷いて、しばらく雨を眺めていた。
夕飯を食べ終わり、お茶を飲んでまったりとしていると、今度はトキオリに話しかけられた。
「ナオキ殿、北半球と南半球を分ける壁を空間の精霊が作ったと申したな?」
「ええ、その通りです。今もこの島の上には壁があると思いますよ」
「しかし、そなたは北半球と南半球を旅したと申していた。どうやって抜け道を探り当てたのでござる?」
「言わなかったですか? 土の悪魔が掘った地下道を抜けて北半球から南半球に行ったんです。帰りも同じ道を通ったんですけどね。今頃、ダンジョンが出来上がっていると思いますが」
「むむっ! やはり、そなた悪魔の手先であったか! まさか、拙者たちに申しておることもすべてウソなのではござらんか!? 曲者! 表に出て尋常に勝負いたせ!」
なんだか無理矢理にでも喧嘩がしたいようだ。
「勝負って言ったって、なにで勝負するんです? 力じゃ、どうやっても俺が負けますよ。雨の数でも数えますか?」
「む~、男同士の決闘でござる! 剣を持って拙者と戦うのでござるよ!」
「いや、だから、負けますって。負けでいいです。ごめんなさい」
「ん~、やはり無理があるでござるよ」
殺気立っていたトキオリも力を抜いてシャルロッテに言った。どうやらシャルロッテの策略のようだ。
「拙者に、ナオキ殿は斬れん。喧嘩も成り立たん。ナオキ殿、演技で申したこと。許してくださらんか?」
トキオリは泣きそうになりながら懇願してきた。
「許すも許さないも、なにもされてませんよ。いったいどういうことです?」
シャルロッテに聞いた。
「ナオキ、あんたのことだ。素直に聞いてくれるとは思わなくてね」
「拙者たちは、そなたを嫌いにはなれん」
「ナオキ、あんた、この島から出ていきな! あんたはここにいちゃいけない人だよ」
そう言われて、俺もようやく自分の中の疼きの正体に気がついた。せっかく転生までして、神々からも解放され、自由になったというのに、俺はここでなにをやっているのだろう。
「回りくどいことをして、悪かったね。でもさ、あんたは私たちの恩人なんだ。あんたには帰る場所があるんだろ?」
「幸せになってほしいのでござる。拙者たちも辛いのでござるよ」
人に言われると、情けないやら嬉しいやら、こみ上げてくるものがあった。
「もちろん、すぐにとは言わないさ。こちらだって計画があるんだ。手伝ってもらわなくちゃ困るよ!」
「なにを手伝えって言うんですか?」
「『勇者駆除』の件さ。トキオリは勇者じゃなくなったけど、私はまだ空間の勇者をやらせてもらっている。私はあんたの駆除対象だよ。だからね、ちょっと祭りを手伝ってほしいんだ」
「祭り!?」
素っ頓狂な声が出てしまった。
「クーシン祭でござる!」
「北極大陸にいるポーラー族の祭りだってトキオリは言うんだけど、ナオキは見たことあるかい?」
「ええ、素晴らしい成人の儀式ですが……」
確かに、クーシン祭は『たとえそれが無謀なことや他の人には認められないことでも、自分の意志と責任の上で研究し続けるという意思表示』『積み上げてきたもので戦っても前には進めない時があるから、積み上げてきたものと戦うための区切り』などの意味合いがあるはずだ。今まで島で繰り返し研究してきたシャルロッテとトキオリにも空にぶち上げたいなにかがあるのだろう。
「なにをうち上げるつもりですか?」
「この島ごと結界内全部よ」
一瞬、思考が停止してシャルロッテがなにを言っているのかわからなかった。
「ハハハ! ナオキ殿のポカン顔を見るのは初めてでござるな!」
トキオリは笑っている。
「まさか俺のポカン顔を見るために島をうち上げるんですか?」
「いや、そうじゃない。この上にある壁をね。壊そうと思って」
シャルロッテは天井を見上げた。
それと島を打ち上げるのとどういう関係があるんだろう。
「どうして空間の精霊は壁を壊せないかわかるかい?」
「邪神の暴走を止めるため……?」
「それはもう終わったんだろ? それで世界樹の周りのドワーフ族しか生き残ってなかったって言ってたよね?」
「その通りです。今も南半球はスライムや世界樹の花粉を使って魔素は拡散しているはずですよ」
「そのために赤道にあるこの壁は必要かい?」
シャルロッテは上を指差して聞いてきた。
「いや、もう必要ないと思います。北半球の世界樹は崩壊したので、世界樹の実も実りませんから」
「だったら、なんのために未だに維持していると思う?」
「この島ですか? この島にシャルロッテさん、あなたがいるから?」
「ナオキは、過保護とも言える精霊たちの勇者への偏愛を語ってくれたね。それが気になって、考えてみたのさ。自分が空間の精霊だとしたらってね」
「精霊だとしたら、この島を守るために壁をなくさないってことですか?」
「そう。例えば、壁を取っ払ったとして、こんな空間魔法に守られた島は目立つよね?」
俺は壁がなくなった時を、赤道付近の海にこの島がぽつんと浮かんでいる風景を思い浮かべた。
「そうですね。冒険者たちの格好の餌食になりますね」
「冒険者くらいならいいけど、転生前のナオキみたいにレベルが300以上もあるような奴が現れたら、私なんかこの島ごと破壊されかねないだろ?」
確かに、己の好奇心を満たすために、どんな方法を使っても中に入ろうとするかもしれない。
「空間の精霊からすれば、壁を置いといたほうがいいのさ」
「なるほど、木を隠すなら森の中、じゃないですけど、大きな障害があれば小さな島には目がいかない。地面の下の魔物のように意識が向かないってことですね」
「そういうこと」
「島なんて、うち上げたら目立っちゃいますけど……?」
「ただ、今の話は精霊の都合。この島の外は、私たちからすれば1000年先の未来さ。帰る場所はない。だけど、外の人たちはこんな必要のない壁で、世界を意味もなく区切られていることになるんじゃないのかい? それによって南半球のドワーフたちは孤立しているんじゃないのかい? 冒険者たちは壁があるために未踏の地へ赴くことができないのではないかい? すべて私が空間の勇者であるばっかりに!」
シャルロッテは自分が勇者であることに憤りを感じているようだ。
「弱き民を守り、挑戦者を応援してこその勇者だろう!? 誰も救えない勇者なら、私は今すぐに勇者を辞める! 空間の勇者である私の最後の務めとして、この壁を壊したい」
なるほど、シャルロッテは自分のためではなく、誰かのために壁を壊したいようだ。
「シャルロッテの母上はドワーフなのだ。黙ってはいられぬのでござるよ」
「たとえ、それが無謀なことでも自分の意志と責任の上で、この島をうち上げようと思う」
「なるほど。壁を壊す理由はわかりましたけど、なんで打ち上げるんですか? ちょっと移動させれば壁から離れるわけですからいいのでは……?」
俺がそう言うと、2人はチッチッチッと指を振って「わかっておらぬな」などと言った。
「もし島が空を飛んでいれば、皆、誰もが見上げるだろ?」
「見上げますね。かなり目立ちますよ」
「そして考えるのでござる。『あの島はどこから来て、どこに向かうのか?』と、好奇心を掻き立てられるわけでござる」
「世界の果てを見に行こうとする。そうすれば、南半球にも人がやってくるという計画だ!」
「どうでござるか? 頭のおかしいナオキ殿でも考えつかぬ計画でござろう?」
「頭がおかしいは余計だけど、考えつきませんね」
「しかも移動し続けておれば、強い奴にも場所を特定されにくくなるのでござるよ」
トキオリは小声で教えてくれた。
「人のためでもあり、自分たちのためでもある。しかも空間の精霊とも縁が切れる、と?」
「その通り!」
「でも、空間の精霊と縁が切れちゃったら、結界を維持できなくなるんじゃないですか?」
「そのために協力してくれと言ってるのさ」
「空間魔法の魔法陣で、島を覆うんですか?」
「いや、いくつかの魔法陣を島の各所に置こうと思ってね。それは私が知ってる魔法陣でもできるんだ。あの鳥籠みたいにね。ただ、魔力がさ。ナオキ、あんたレベルをバカみたいにあげる方法を教えてくれないかい?」
「ああ、いいですよ。っていうか、魔力が欲しければ、あるんじゃないですかね」
「どこにあるのでござる?」
「いや、時の精霊の精霊石が……」
俺は2人を連れて、再び時の精霊がいた洞窟に向かった。
散乱している砂時計の砂が固まり、ひとつの大きな塊になっていた。
「たぶん、この中にものすごい魔力が蓄えられているはずです」
「なるほど、これはいいことを聞いた」
「時の精霊も役に立つのでござるな」
「あとは、新種とか珍種とかを狙って殺したほうがレベルが上がります。今はありきたりな魔物ばかりかもしれませんが、空の上に行ったら魔物も見たことがない進化するかもしれないんで、空気量を減らしてみたりして、いろいろ試してみて下さい」
「わかった。じゃあ、石碑として各所に魔法陣を置いていくから、手先が器用なナオキも手伝ってくれ」
「はい。こちらも島に出る時、手伝ってくださいよ」
「もちろんでござる」
そこからが結構大変で、結局石碑の石探しだけでも、3ヶ月くらいかかった。
固くて壊れにくい石でなければならないらしい。そんな石は加工し難いのだが、空間魔法を付与したノミをシャルロッテが作り、どうにか言われたとおりに石碑用の石に彫っていった。それを火山の頂上や海の中、大木の根など、計48箇所に置いた。石碑の下には時の精霊の精霊石を分散して埋めてある。
「魔法陣を石碑に彫ったのは俺だけじゃないですか!?」
「ナイス!」
「ご苦労でござった」
2人は不器用なので、線を曲げたりしていた。精密に描かなければ自分たちが困るというのに。結局、すべての作業が終わるのに半年くらいかかった。
「うち上げるのはゆっくりやっていくよ。一週間に一回くらい、空間魔法で持ち上げてみる」
シャルロッテは思っていたよりも長期計画にしたようだ。
うち上げる石碑も作るのか聞いたら、「大変そうだから魔力がある時にゆっくりちょっとずつやっていく」と言っていた。
「まぁ、拙者の時魔法で結界の中を数秒止めれば、この星の自転の力で徐々に浮いてくると思うでござる」
トキオリも島をあげるようだ。
「それくらいがちょうどいいのかもしれませんね」
俺がそう言うと、2人とも頷いていた。
「で、俺の船出には協力してくれるんですよね?」
「もちろんだよ」
「無論でござる」
2人は小舟を帆が立てられるように改良してくれた。保存食の壺も積み込んだ。
一応、結界の外に出た時にどうなるか、俺が履いていたサンダルで実験してみると、そこそこボロボロになっていた。
「大丈夫かな?」
「形状は留めていたから大丈夫じゃないかい?」
「ダメなら、また転生すればいいではござらんか?」
2人とも最近新種を発見してレベルが異常に上がってきて、何事もうまくいくと思い始めてしまった。
実際、第一回バルニバービ島『クーシン祭』では、3メートルほど島を浮かせてしまった。
「怖いものなしでござる」
「これなら、2年もあれば、世界中を回れるよ」
頼もしいことを言っているが、大丈夫かな。
「大丈夫。もう、あの頃には戻らないよ。ちゃんと畑で野菜も作るしね」
「人間の生活でござるな。ナオキ殿から教えていただいたことは忘れないよう、魂に刻んであるのでござる」
俺の不安そうな顔を見て、2人が言った。
旅立ちの日、俺は島中を回った。
もう見ることはない場所だけにすべてを目に焼き付けておきたい。
俺が、この島に来た当初、川辺で見たゆっくり歩くカメの魔物は西の浜辺まで来ていた。
「今日でお別れだ」
俺は甲羅を撫でてカメの魔物に話しかけると、口を開けて返事をしていた。
その後、カメの魔物は畑の採れたて野菜を盗み食いをしてシャルロッテに遠くへ放り投げられていた。
朝飯を3人で食べ、島での思い出話をした。だいだい何で死んだかとか、何週、この島にいたのかとかだ。もしかしたら、俺はこの島に5、6年いたかもしれない。死にすぎて、あんまりその記憶はないんだけどね。
「うむ。ナオキ殿には本当に世話になった。拙者たちが人生を全うできるのはナオキ殿のおかげでござる」
「この島で、トキオリとともに生きるよ。もし、この島が浮いているのが見えたら、手を振ってね。私たちも手を振ってるから」
2人とも俺の手を握ってくれた。
「なんか、最後って感じがしないですね」
「そうでござるな。また会える気がする」
「なんども別れを経験したからかもね」
俺は2人と固い握手をしてから、帆掛け船に乗り込んだ。
シャルロッテが船ごと空間魔法の結界で覆って、そっと押してくれた。
トキオリは時魔法で時間を早めスピードを上げてくれた。
「さらば友よ! また会いましょう!」
岸に向かって手を振ると、2人とも手を振り返してくれた。
船の前には島の結界が迫っている。一瞬、ふっと身体が浮く感覚があり、俺は船ごと結界の外に転移していた。シャルロッテが空間魔法で転移させたのだ。
「ここからは俺だけだな」
俺は指先に魔力を集中させて『空間ナイフ』を出した。アイテム袋の中を整理していた時に使っていた技だ。教えてくれた空間の精霊の依頼通りとはいかなかったが、『勇者駆除』はできたかな。
船に張られた空間魔法の結界を『空間ナイフ』で切った。
その瞬間、数年分の時が一気に俺を襲う。
ちょっと背が伸び口周りには無精髭が生え、めちゃくちゃ喉が渇いた。
水袋から水を飲んで落ち着くと、今度は睡魔が襲ってきる。それでも、帆で風を掴み、船を北へ向けた。
空は曇り始め、急に向かい風が吹いてくる。もしかしたら、空間の精霊が怒っているのかもしれない。徐々に波が大きくなり、船が傾く。
「いいだろう! 俺は神々の加護を捨て、人の生命力を取った男だ! 空間の精霊ごときに負けるかぁあっ!」
荒れる波に向かって叫んだ。雨が降り始め、頬を叩く。
「俺には帰る場所があるんだ!」
元勇者2人が送り出してくれたからには、必ず帰らねばならぬ場所がある。
あいつらの下に帰らなきゃ。
「帰らなきゃ、帰らなきゃ」
空も海も真っ暗で、荒れ狂っている。雷が鳴り響いている。
帆が破け舵は壊れ、俺は必死にマストにしがみつくしかできなくなった。いつ転覆してもおかしくない。それでも、死の恐怖はなかった。
島で死にすぎたせいで慣れたのかもしれない。
「たとえ死んでも、何度でも転生するさ。生まれ変わって魂に刻まれた思いを頼りに、あいつらに会いに行くことだってできる。人の命を弄ぶ神々や精霊には負けやしない……」
そうつぶやくと、頬を叩く雨が勢いを失った。
思いが通じたのかもしれないと思ったら、笑ってしまった。気が抜けて、俺は睡魔に負けた。
意識を取り戻した時、船ごと引き上げられていた。
引き上げてくれているのは、大型の商船らしい。お礼を言いたいのだが、身体が言うことを聞かない。
「ああ、動かないでいいぞ。兄ちゃん、名前だけ教えてくれるか?」
丸太のように太い腕の船員に抱えられ、名前を聞かれた。
「ナオキ・コムロです」
俺は甲板に寝かされた。周囲に慌ただしい足音が聞こえるが、瞼が重すぎて目が開かない。
「どうすんだい? 牢か、それとも船長室か?」
「どちらにしてもこの傷だ。医務室で回復薬をぶっかけて、なんか食わせてやれ!」
船員たちの声がする。申し訳ない。皆にお礼を言いたいが、何度も身体を動かそうとしても動かないのだ。
俺は再び丸太のような腕に抱えられ、医務室のベッドに移動した。
そこで回復薬をぶっかけられ、再び寝た。
「あんた、何時代からやってきたんだ?」
男の声がして目が覚めた。
「ん? んん……」
俺は起き上がると、ものすごい喉が渇いていた。枕元に置いてあったコップの水をガブ飲みして、男がいる方を向いた。もっさりとしたアフロヘアーが特徴的なダークエルフの船乗りだ。腕には入れ墨が彫られて、古い切り傷も多い。
「何時代?」
「いや、あんたの船に乗せていた壺から化石みたいな保存食が見つかってね。船の板も相当古いものでよく生きていたなと思ってね」
そうか。俺は数年だが、島にあるものすべてが1000年の時を過ごしていたんだよな。
俺が笑っていると、「頭大丈夫か?」と聞かれた。
「頭おかしいとはよく言われますね。すみません、助けてもらって」
ようやく身体も動き始めている。俺はちゃんとベッドの上に座り、船乗りを正面から見た。
「なにかヤバい薬とか葉っぱとか吸ってないよな?」
「吸ってないです」
「なら、いいけど。何者だ?」
事情聴取か。正体不明のヤバいやつは船に乗せられないもんな。
「清掃・駆除業をやっております。ナオキ・コムロと言います。コムロカンパニーって知ってます?」
「はっ、知ってるっちゃあ知ってるけどよぅ」
船乗りは鼻で笑っていた。あいつら、なにかやらかしたのか。
「ちょっと今お金持ってないんであとで払いますから、なにか食べ物恵んでくれませんか?」
「ああ、スープとパンはそこに用意してある。食べていい」
見れば、机の上に出来たてと思しきスープとパンが用意されていた。俺はなりふり構わず飛びついた。
「あとで団長が直々に会いに来るそうだ」
船乗りはそう言って、医務室から出た。
「団長って誰だ? まぁ、いっか」
俺は目の前のスープとパンを食べ尽くした。すげーうまかった。
飯を食べると、落ち着いてきて、ようやく自分が島から戻ったことを実感した。
コンコン。
ドアのノックが聞こえ、「はい」と返事をすると、ドアが開くとセスがいた。
「よう、セス、久しぶり! 元気か?」
「社長! 『元気か?』じゃないですよ! どこに行ってたんですか?」
「どこってバルニバービ島」
「やっぱりあの島ですね。赤道直下の」
「お前よくわかるなぁ」
「だって、僕たちが探せなかったのはあの島くらいですから!」
「そうかぁ! 心配かけたな。で、俺がいなくなって何年経ってるんだ?」
「ちょうど5年ですね」
「5年!? やっぱ死にすぎたな!」
「社長死んだんですか!?」
「ああ、死にまくった!」
そう言うと、セスは大口を開けて「ああ、やっぱり社長だなぁ」と笑い始めた。
「あの、団長……」
笑っているセスの後ろには、豪華な出で立ちの髭面のおじさんたちがいた。貴族かな?
「ああ、悪い。これ、うちの社長だから、皆よろしくね」
豪華な出で立ちのおじさんたちは目を白黒とさせている。
「ああ、本物には意味なかったですね。団長って言うと、社長の偽者たちは、後ろの彼らを団長だと思うんですよ」
「待て待て、俺の偽者が現れたのか? で、団長ってなんだ? お前、団長なのか?」
「ええ、社長の偽者はいっぱいいましたよ! 団長ってのは僕が率いている船団の長ってことです」
「船団?」
「ほらぁ、手に職つけろって言ってたじゃないですかぁ? それで船の運送会社を始めて、適当に海賊を狩ってたらこんなことになっちゃって。あ、メルモは今ファッションデザイナーをやってますよ」
「ちょっと待て、現実に追いつけていない」
いろいろと矢継ぎ早に聞かされて理解が追いついていない。
「そうですよね。社長腹減ってませんか?」
「さっき、スープとパンを恵んでくれたけど、まだ入るぞ」
「じゃ、食べに行きましょう! 僕が作ります! これでもコムロカンパニーの食事係ですから」
「うん、頼む」
そう言って、セスは俺を甲板まで連れて行った。
「あ、そうだ。これ、言っておかないと」
セスが振り返って俺を見た。
「なんだ? なんかあったか?」
「おかえんなさい」
「ただいま」
甲板から見える青い空が眩しかった。




