298話
「どうかしたのでござるか?」
「トキオリ、あんたがどうかしてるよ」
シャルロッテに言われ、ようやくトキオリも少し理解したようだ。
「もし、時の精霊に戦いの決着がついたことを言って、結界が解けたらどうなりますか?」
「1000年という時の流れが島を襲う、でござるか?」
「私たちは一瞬で白骨化しちまうよ! さぁて……どうしようねぇ……」
「厄介なことになったでござる」
時の精霊を見つけたはいいが、決着を言えないくらい時が経ってしまっている。俺の場合はせいぜい数年くらいのはずだが、シャルロッテとトキオリは完全に1000年経ってしまっている。島の魔物や植物も同じである。
「いや、地下にプレートがあれば、この島ごと移動する可能性もありますよ。火山は大噴火するかもしれませんし……」
「天変地異でござるな」
「島が壊れるで済めばいいけど、この島の上には空間の精霊が北半球と南半球を分ける壁を作っているんだろ?」
「そうですね。一端、冒険者ギルドに戻って考えますか?」
俺たちはシャルロッテの空間魔法で集落に転移した。
その週はどうすればいいのか、3人とも考え込んでしまって答えが出ないまま、時の精霊こと巨大な砂時計がひっくり返る瞬間を見て終わった。
バシャンッ!
「やっぱり、あれが時の精霊で間違いないようだね?」
砂浜でびしょ濡れになっている俺にシャルロッテが言った。
「そうですね」
そう言いながら、そのまま集落に転移。テーブルでは、トキオリが手術の準備をしている。
ここ何十週かの、いつもの風景だ。
後は俺が石鹸やナイフの消毒、回復薬の作成をしている間に、2人はシマントの巣から成長剤を取ってくる。同時に探知スキルの取得や診察スキルなども取得し、戻ってきたら手術開始。開腹前にシャルロッテの内臓から魔石腫を取ってしまい、開腹したら全て取り出し、患部に回復薬をかけて終了。開腹した傷も回復薬で治せてしまうので、非常に便利だ。
「手術も初日に終わってしまうようになったね」
「ええ、繰り返していることですからね。習慣化してしまいました」
「さて、どうするでござるか?」
俺は冒険者ギルドの倉庫にあった黒板を引っ張り出してきて、カウンターの前に置いた。
「可能性を書き出していってみましょうか?」
「うむ、一番楽観的なものから。もし時の精霊様に決着を言った後、1000年の時が巻き戻り拙者とシャルロッテが決戦開始から一週間後になる。そうすれば島もなにもなかったかのように平穏無事でござる」
「それはいいけど、ナオキはどうなるんだい?」
「俺はポンッと消えちゃうんじゃないですかね? 1000年前にいませんし」
俺は黒板に白墨で書き出しながら言った。
「消えてしまうでござるか?」
「だいたい1000年前の一週間後になんか戻ってどうするんだい? また両国の板挟みになって戦争するはめになるだけじゃないかい?」
シャルロッテが悲観的なことを言った。
「だったら、この1000年後の世界にいたほうがいいかな、と思うよ。私は」
「しかし、拙者たちは白骨でござるよ」
「この島で、生きたいだけ生きたし病気も治ったからそれでもいいように思うけどね」
シャルロッテは病気が治ったから生きたいじゃなくて、死んでもいいという。
「いや、納得して死にたいってことよ」
「わからなくはないです。あとは、北極大陸に行って俺と同じように転生してもいいじゃないですか?」
「ええ!? 同じ顔になるということでござるか?」
「転生するなら、ナオキが前にいた世界がいいな。私は」
自我が強く、記憶力も確かな2人には転生は向いていないのかもしれない。
「もしくは白骨化したまま、胸に魔石をはめ込んで魔族になります? 魔族の国もありましたよ」
「魔王になれ、とおっしゃるか?」
「もう、人間だろうと魔族だろうと、争いごとや政には関わりたくないよ」
「いや、そうはならないと思いますけど、お2人とも今の身体がいいと?」
「そうでござるな。なんだったら、この身体で生を全うしたいでござる」
「確かに寿命で死ぬのが一番いいね」
2人とも自分探しの旅など必要ないのだろうな。
「そんな方法があるのでござるか? 伺いたい」
「あるの?」
「いや、どうなるかはわかりませんが、決着を宣言せずに時の精霊を壊しちゃえばいいんじゃないですか?」
そう言うと、2人は一瞬ポカンとした顔で俺を見た。
「変なこと言ってます?」
「精霊様を壊すってやっていいことなのでござるか?」
「そんな事ができるのかい?」
「前に話したように水の精霊は消滅しましたよ。今回は人型ではなく、砂時計ですからね。割ってしまえば壊れそうですが……」
「壊すと時が繰り返さないと申すか?」
「なにか他に大変なことが起こったりしないかい?」
「起こるとすれば、トキオリさんが時の勇者じゃなくなるくらいじゃないですかね。水の勇者の時は普通に生きて、今は魔族の奥さんになってますよ。たぶん、今頃は子どもも生んで幸せに暮らしているはずです」
2人とも「そこまで考えてなかったな」などと言いながら、お茶を飲み始めた。
「時の精霊を壊したら、結界が壊れたりすんじゃないかい?」
シャルロッテが聞いてきた。
「結界は空間の精霊の領域なんじゃないですか?」
「それもそうだね」
「時の精霊様を壊した瞬間に1000年巻き戻るってことはないでござるか?」
「それも考えられますが、1000年経っているのは結界の外側ですからね。繰り返されているのは結界の中だけの現象です。結界の中だけの時が過ぎていると考えるのが普通では?」
とりあえず、可能性だけでも黒板に書いていく。
「つまり、この星の中で同じ時空で動いているように見えてはいるが、違う時を過ごしている島があるということでござるな?」
「トキオリ、あんたそれなにを言っているのかわかんないよ」
「今も、違う時を過ごしていますけどね」
「うむ。思考がこんがらがってきたでござる……」
「とりあえず、飯にしますか?」
「「うん」」
考えていても答えが出ないなら、日常の生活に戻る。
今はまだ、考える時間はいくらでもあるのだから。
「要するにさぁ、7日以降も生きたいってことだよね?」
手をフィールドボアの脂まみれにしたシャルロッテが誰にともなく聞いた。
「そうでござる。拙者たちは8日目以降を生きたいのでござる」
「ただ、どれも仮説なんだよねぇ」
「やっぱり実験してみますか?」
「実験って!? 例えば?」
シャルロッテが聞いてきた。
「例えば、魔物を捕まえて、結界の外に転移させてみるのはどうです?」
俺の言葉に2人とも目が点になっていた。
「俺は空間の精霊に転移させられて、この島に落ちてきました。だったら、そういう実験も可能なんじゃ……」
幸い結界は透明なので外側も見えるはずだ。
「相変わらず、ナオキ殿は常識だと思っていたものを破壊していくでござるなぁ」
「やってみよう!」
急いで飯を食べ、集落に残された小舟で海へ出た。
海の端、結界の境界付近まで来ると船から碇を下ろした。
「実験体には、いつも集落に遊びに来てくれるマスマスカルくんにやってもらいたいと思います!」
俺は捕まったマスマスカルをシャルロッテに渡した。軍手をはめたシャルロッテはマスマスカルのしっぽを掴み、「準備はいいかい?」と聞いていた。
「3、2、1。ゴー!」
シャルロッテの手から転移したマスマスカルは結界の外側で落ち、すぐに海へボチャンと落ちてしまった。
「ん~見えなかったでござる!」
「なにか白いものが見えた気がしたけど、わからなかったね」
「トリの魔物にしてみますか?」
「「うん」」
トリの魔物を捕まえてきて同様に実験したところ、トリの魔物は結界の外で、羽ばたきながら老化して羽が抜け、骨になり、海へと墜落した。一瞬で1000年の時を経験したからだろう。
「見たかい?」
「見たでござる!」
「見ました!」
3人とも小舟の上で青ざめた。
さすがにああはなりたくないなと思った。
「どうします?」
冒険者ギルドに戻って、2人に聞いた。
「いや、正直恐ろしいでござるな」
「結界が解けると、この島のすべての魔物と植物があんな風になっちゃうなら、ちょっとね……」
「じゃあ、結界を壊すのはなしの方向で」
翌週、実験に使ったマスマスカルとトリの魔物は消えていた。結界の外側に行ってしまったものは時の精霊の効果外になるらしく、一週間は戻らないらしい。
「もう一個実験してみましょうか?」
「まだ、なにかするのかい?」
シャルロッテが聞いてきた。
「ええ、7日目の深夜に魔力の壁か空間魔法で覆った魔物はどうなるのか?」
「週が繰り返される前に結界の外に行ったものが、初日にどうなるのか、ってことだね?」
「そうです」
「シャルロッテが生きていなければできなかった実験でござるなぁ」
いつもの生活を終え、7日目の深夜、また小舟を出し、シャルロッテの空間魔法でトリの魔物を覆い、そのままの状態で結界の外に転移させる。
「空間魔法にこんな使い方があるとはね」
シャルロッテがしみじみと言っていた。
岸辺に戻ったところで、一週間が終わった。
バシャンッ!
俺が浜辺に落ちたのは朝だった。
「あ、タイムラグがあるのか?」
深夜に一週間が終わるが、俺の一週間の始まりは朝。つまり6、7時間のタイムラグがある。
「どこかに行っちまったね」
「やっぱり、実験失敗でござる。だが、まだ実験は繰り返せるでござる。今度は潮の流れを読もうと思うのでござるよ」
俺より早く一週間が始まる勇者たちは、次の一手を考えていたようだ。
その週は、手術を終えて、鳥籠づくり。鳥籠の床に空間魔法の魔法陣を描いていた。2人とも自分が得意とする時魔法や空間魔法の魔法陣をいくつか描けるようだ。
「空間の精霊にちょっとだけ教えてもらっただけ。たぶんあっていると思うけど……どうかな?」
「拙者のは先代の勇者から伝えられた魔法陣でござる。いくつも描けるわけではござらん」
魔力を込めるとちゃんと魔法陣が作動した。
食料と水と一緒に鳥の魔物を入れ、再度実験に挑戦する。
「今回は潮の流れを考えて北の海岸から出てみよう!」
7日目の深夜、鳥籠ごと結界の外に転移させた。
俺たちは海の上で一週間を終えた。
バシャンッ!
翌週、俺が浜辺に落ちた時、2人が抱きついてきた。
「成功でござる!」
「ちょっと東の方に流されていたけどね。鳥籠の中のトリの魔物は骨にもならず、水も餌も食べていたよ」
時の精霊の外側でも、空間魔法で守られた空間なら生きていられることが証明された。
俺たちは時の精霊を壊すことに決めた。
成長剤を確保し、手術を無事に終え、必要なスキルを取得した後、俺たちは再び冒険者ギルドにいた。
「ようやく繰り返さない時の流れに戻れるね」
「その分、失敗ができなくなるでござる」
「失敗し放題じゃなくなっただけです。人はミスするものです。そこから学ぶことは大きい」
「確かにね。ナオキ、あんたが来てから、まったく違う一週間を過ごしている気がするよ」
「本当になんだったのでござる!? あの1000年間の一週間は!? ハハハ!」
2人とも笑っていた。
7日目。俺たちは時の精霊がある洞窟で、ハンマーを握っていた。
「長きに渡り世話になり申した。ごめん」
トキオリは砂時計にハンマーを振り下ろした。
ガキンッ!
という一撃で、時の精霊である砂時計は大きく揺れた。
「1000年、長かったよ」
シャルロッテが空間魔法を付与してからハンマーを横に振った。
パコンッ!
という一撃で、砂時計のクビレ部分が空間ごと壁にぶち当たり砕けた。
「安心していい。次の時の精霊がすぐに生まれる」
俺は砕けた砂時計にハンマーを振り落とした。
ガシャンッ!
ガラス片と砂が飛び散った。
散々、時の精霊である砂時計を破壊してから、冒険者ギルドに戻った。
3人とも清々しい顔をしている。
その夜は宴会が開かれた。
「時の精霊から解放されたのでござるな!」
「そうだよ。トキオリ、あんた時の勇者じゃなくなったんだから、時魔法が使えなくなるんじゃないか!?」
「そうなのでござるか?」
トキオリが俺の方を向いた。
「いや、皆、少し威力が弱くなるかもしれませんが、勇者じゃなくなっても使えていましたよ」
「そうか! よかったでござる! 今夜は朝まで飲み明かしたい!」
そう言いながら、トキオリは深夜を回ったところで酔いつぶれてしまった。
そのトキオリを抱え、俺とシャルロッテは東の海岸に転移し、朝日を拝むことに。
「本当に8日目が来るのかい?」
「もう0時は回っているでしょうし、いつもなら今頃、俺は砂浜にバシャンッと落ちているところですよ」
少し肌寒く感じたのは、緊張をしていたからかもしれない。
ここは赤道直下、常夏の島だ。寒くなるはずはなかった。
「明るくなってないかい!」
「ええ、西の空よりだいぶ明るくなってきました!」
「トキオリ! 酔いつぶれてる場合じゃないよ! 起きな! 8日目が始まるよ!」
シャルロッテに叩き起こされて、トキオリが目を覚ました。
「んあっ! 繰り返さなかったのでござるな!」
「うん、だから、東の水平線を見てごらんって!」
東の空は徐々に青くなり、水平線から輝く太陽が昇り始めた。
俺たちは言葉もなく、日が昇るのを眺めた。
2人とも頬に涙が伝っていた。この世界に来て一番の日の出だったかもしれない。
「ハハハ! 8日目だ! シャルロッテ8日目でござる!」
「はしゃぐんじゃない。わかっているよ」
俺は少し肩の荷が下りた気がした。
でも、それだけだった。俺の身体の奥でなにかが疼いていた。それがなんなのか、その時はわからなかった。
「そして人はまた、なにをすればいいのか悩むんだね」
シャルロッテは俺の背中を見て、そういった。
「悩みこそ人生ですよ」
俺たちは日の出を堪能してから、冒険者ギルドに戻った。




